知り合いが、クリスマスにまつわる
失恋の日記を書いていて。
読んでたら、自分のこともちょっと思い出しちゃいました。
勢いで、いろいろカミングアウトしていいっすか
(明日の朝、後悔するかな・笑)?
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中高一貫の男子校出身。
剣道をやり抜いた6年間に悔いはないけど、
もう一度選べるなら間違いなく共学へ(笑)。
いや、人にもよるだろうけど、
女の子に免疫(笑)がないから、ホントに
「ウブ」になっちゃうんですよ。
現役の時、受けに行った代ゼミの模試で、
隣が可愛い子だったら、もうあがるあがる。
大学1年で、「武道系」のつながりがあった
少林寺拳法部の子(笑)に告白するも、玉砕。
その夜は、大学の友人が慰めの酒宴を開いてくれたが、
泣きながら?「匍匐前進して」寝入ったそうな(痛たたた)。
大学4年の時、密かに
「文通」 (時代を感じますネ。『大きな玉ねぎの下で』みたい)!
していた、
関西の子が東京に来た際、
「会わへん?」と言われ、
当時の愛車トゥディで、品川までかっ飛んでいきました
(そりゃー行くでしょー、男なら・笑)。
その子の「彼氏遍歴」はいろいろ手紙で知ってましたが、
たしかに魅力的な子でした。
当時、彼氏がいると聞いてたので、
横浜ベイブリッジまでドライブして、
また品川まで戻り、ぬるいビールを飲み、
「起こしてあげるから少し寝な」
なんてカッコつけちゃって(笑)。
翌朝、羽田まで送って何もなく別れました。
だいぶ前にやってたジョージアのCMで、
「コーヒーを部下の女の子が
渡哲也から奪って飲む」
ってのがありますが、
まさにそんなことが朝の羽田であり。
「えっ、こんなん、ふつうやで」
と言われ、
ウブな(笑)自分はドキドキでした。
その後、彼女から電話が。
「あんな...」
「何、どしたの(無防備)?」
「この前、君に会ってな...」
「うん?」
「わからへんの?」
「だから、何が?」
「好きになってしもてん...」
えーっ!!
「だって、彼氏は?」
と、言いながら、男としてうれしくない訳ねーし。
結局、そのままつきあうことに。
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といっても、横浜と尼崎の「長遠距離」恋愛。
電話代がかかるかかる。月2万円くらいはザラでした。
でも、正直、
悔しいけど、別れた今でも、その頃は幸せだったなと
思います。
卒業旅行も、卒業が危なく、
レポートでようやく免除だったので(オイオーイ!)
仲の良かった同期2人をカーフェリーで先に行かせ、
自分は彼女と大阪で落ち合い、
長崎まで飛行機で。
長崎→阿蘇→宮崎と、彼女同伴で旅行しました。
今考えると、2人には悪かったなと。
彼女とは宮崎で別れ、野郎どもで沖縄へ。
でも、楽しかったなー。
彼女の卒業式の後、大阪で逢い、
彼女の振り袖姿を見、大阪城へ。
翌日、なぜか、彼女のキャンパスで稽古(笑)。なんで?
「なんちゃって体育会、週4稽古」だった
自分に比べ、「朝練夕練毎日」だった彼女は本物で。
辛うじて勝ちましたが、
That was close !
って感じでした(男としてそこは譲れない)。
神戸を歩いたり、いろいろありましたが、
そのあと、
「中間点で逢おう」
となった浜松を最後に、
二人の関係は終わりました。
社会人になり、魅力的な彼女には、
近くにまた頼れる人ができたからです。
最終的には、その人とも違う、警察官と結婚したようです。
悔しいけど、本人がそれで幸せかはともかく
(本人も惚れっぽい?ことを気にしていた)
それだけ相手を乗り換えられるほど、
彼女は魅力的だったと思うし、
それはある意味、「才能」なんだと思う。
半年足らずだったけど、
自分にとっては、
あそこまで本気で人を好きになったのは
初めてだった。
その後、就職のミスマッチや、
転職、1年ごとの異動に次ぐ異動で、
恋愛なんて余裕はなかった(いいわけ)。
でも、人を好きでいるときの「エネルギー」
といったものはわかるし、そういうときって、
充実していると思う。
30代。今からでも、まだそれを味わえるんだろうか?
親も安心させたいし、
なにより、 自分のためにがんばりまっす(笑)。