ども。
抑圧された自己(こころ)の起動
フタをした意志(おもい)の疼き
それを「衝動」と呼ぶのなら
きっとこれも
時々「ドッグランに行って、そこらに居るわんこというわんこを片っ端から抱っこしまくりーのナデナデしまくりーのしたい」と思うのも
きっと「衝動」…そう、自由になるための。
…とゆぅ訳で、わんこ好きなワタシです。
ちなみに幼少の頃の夢は「バビル二世になりたい」でしたが、それもなぜかとゆーと「ロデムを飼いたい」とゆぅ理由により。
可愛らしい少女の、可愛らしい夢だネッ☆
と、同世代からの「ロデム、動物じゃねーし、ペットじゃねーし」とゆぅツッコミよりも、「今、サクッと自分のこと可愛いとか形容したよな?」と気付かれることを回避したいワタクシに、大変なことが@パート2。
それは
夏頃にも書いたんスけど、ワタクシ、両足の親指の爪が「巻き爪」とゆぅものになりまして
病院…つかネットで調べたら接骨院の管轄らしいので、調べたトコに2週間に1度通ってて
8月に治療が終わったんス
先生にも「こんなに早く治療が終わるなんて素晴らしい!優等生ね!」と褒めていただいたくらい、終了が早かったらしく
あ、ちなみに女医ね
でも体育会系つか、下町のチャキチャキ娘、みたいなカンジの
で、今に至るんスけど…
ワタシの場合は比較的軽度な状態だったので、「BSスパンゲ」とゆぅプラスチック?の矯正板を爪の真ん中あたりに貼って、それを定期的に張り替えるだけっていう簡単な治療法でして
「水、湿気を避ける」
「正座をしない」
「必ず定期的に張り替えする」とか、そういう注意点さえ守れば、あとはフツーに歩けるし運動もできるしお風呂も入れるし(ただし湯船には浸かっちゃいけないし、後でよく水気を拭いて乾燥させなければいけない)全く生活に支障はなくて
注意事の数々と定期通院を守り、夏期だから靴もサンダルとか、オープントゥの靴ばかり履いてたというのもあって、結構早く完了して最終日、先生がこうおっしゃいました
「じゃ、今日で最後ね。スパンゲは自然と剥がれるからこのままで。」
…そして11/27現在、剥がれる様子なぞ全くなく、がっつり張り付いてありおりはべり。
で、何が大変かとゆぅと
夏はオープントゥだったからいいけど、今の時期、フツーの形状の靴を履くじゃないスか
…靴のつま先部とスパンゲの摩擦で、靴下という靴下・ストッキングというストッキングが破れてしまうとゆぅ…
1日持たないスからね。朝、会社に着いたらもう破れてるとかザラ。
だから、破→買→破→買→…
ここんとこ、靴下類の買い替えがエンドレスレイン以上にエンドレスに続いとるわけなのですよ
ぁあ"ッ!!こ、このままでは「くつしたびんぼう」になってしまうゥゥゥ~!!!
ハィ?
「も1回病院に行って、外してもらったら?」
…ぁ。そっか、その手があったか☆
(※むしろその手しかない)
とゆぅ訳で、ワタシ will go to the hospital、soon
なんか先生によると、結構「巻き爪」の人って多いらしいけど、自覚症状が無い人が大半らしくて
ワタシも「なんか最近、爪が切りにくい、、つか、両サイド(爪の縁)が垂直になってきてる…?」と思いながらもそのままにしてて
ある時フト、「コレ巻き爪ってやつ?」と思ってネットで調べたら、どうもそれっぽく
で、どこのサイトもだいたい一番目立つスペースに、身の毛もよだつ痛そーな症状例の写真をででーんと載せているので
「ひぁぁ~~!!!!!!!」と叫びながら治療法とか治療できる病院とか調べて、ワタクシは通院したんスけど
ワタシも爪が切りにくいっていう以外自覚症状(痛みとか)はなかったし、他の患者さんでも、爪の縁が食い込んでても「痛みはありません」て言う人も沢山いらっしゃるそうです
で、原因としては、「足に合ってない靴を無理に履き続けてる」っていうもの多い(コレは特に女性)そうなんスけど、「遺伝」て方も多いそうで、ワタシの場合も先生が足を見た瞬間「あぁ☆遺伝だねッ☆(なぜか笑顔)しかも深爪しすぎ。」て言われました
(深爪もダメなんだって。「爪切りダメ、ヤスリ使って」とも言われた)
で遺伝てのもビックリしたけど、さらにビックリしたのは
指に体重(負荷)がかかると進行していくので、指を地面につけないようにするため、親指がどんどん反るっていう
…確かに通院時点で、ワタシの両親指、床に着かなかったんスよ
すごいスね、人の体って。
全く意識してなかったのに、痛みも不快感も何もないのに、細胞なり骨なりが異変を察知して反応してるなんて
…健康・異常が無い状態であることの有り難さとか、大切さとかとともに
たとえ本人がどんなにぼーっとしていようと、どんなにあほぅでも、どんな意志を持っていようとも
体は常に「生きる」ために機能していて、「生きよう」としているんだと気付いて
それってたぶん、大半の人が当たり前と思ってることで
気付きとか感謝とかを改めて感じる機会がなかったりもすることで
でも、ものっっっっっっすごい大事なことで
ていうか、当たり前じゃなく、「奇跡」と思ってもいいくらいのレベルの凄いことで
…とかなんとか思ってたら、神サマ(と人が呼ぶでっかい存在)や親への感謝とともに
「ありがとう、自分(の体)」とか思えてきちゃって
幸い、大きなことにもならずに軽度で済んだから言えることかもしんないけど
とてもたいせつなコトに気付かされた、貴重な経験だったな、と
…自分の体(健康)のことは
まず自分自身が体のことに気付いてあげて
そして体をいたわってあげる
それが「自分との対話」でもあるし
魂の容れ物である身体でより良く生きるという
重要なミッションを果たすために必要なことかもしれない
忙しかったり、休むヒマがなかったり
気を張りつめていたり、自分を省みる余裕がなかったり
色々あるけれど
結局「癒し」って、自分の中にあるもので
内から発生するもの
だから
たとえソトに「癒し」を求める…「癒しを与えられる」ことを希望してソレを得たとしても
ソレは一時的なもの、仮のもの
根本的に何の解決にも、癒しにもならない
自分を癒せる癒しとは
まず自分を省みて自分と対話すること
気付いてあげること
ここからスタートするもの
スタートしたあとに「ツール」として
例えばマッサージに行くとか、誰かに会うとか
吞んだり食べたりするとか
そういう「ソトのもの」を活用しないと
疲れがたまる一方だとか
暴飲暴食に走ったりとか
何かに誰かに依存するばかりだとか
で、自分が満たされないと不満や怒りを覚えたりとか
ストレス解消、リフレッシュのためにやったことが、全部裏目に出て
「負へ向かっての暴走」になってしまう
ソトへ向かう前に、まず自分自身に意識を向けて、自分の心身に何が起きているか、現状(じぶん)と向き合うことが「癒し」のスタート
…ていうことをよーく解ってる人・実践できてる人っていうのが、本物の「他人に癒しを与えられる人」だと思う。
取り繕った見た目や口先だけの「偽物」に頼ると、癒しどころかその偽物が持ってるネガティブなエナジーをチャージする一方になって
…嘘、偽善、虚栄、何らかの魂胆(欲)あっての言動とかってのは、負の世界の産物。そういうモノたちを生産するのは、負のエナジーだからサ。
逆に自分のエナジーを持ってかれて
んで、例えばネガティブ思考に走りがちとか
体調がすぐれないとか、病気になったりとか、病気になって治らないとか
結局何も改善しないとか
よろしくないコトが色々起きることもあるから、要注意。
…自分を癒す、いたわるってのは、もちろん自分自身のためだけど
心身ともに健康・健全=幸せであるってことは
実はもっともっと大きなトコに繋がっていくわけで
だから、もっと自分をいたわろう、癒そう
自分に優しくなろう、ネ☆
…次回「この俺様の漢気、しかと見よッ~作り始めたら片栗粉がなかった、でも作り続けた、そしてシャパシャパな麻婆豆腐ができた、敢えて言おう、麻婆豆腐スープとッ!!~の巻(仮題)」を、「こんなことなら自分でタレ作らずに、市販の麻婆豆腐の素みたいなの買ってくればよかったかな…」なんて思いながら待てッ!?
Six:A.M.の「Lies Of The Beautiful People」は、この曲を含んだアルバム全体のコンセプトもそうなんスけど
深い。
さすがまさに天国も地獄も経験したニッキーだからこそ描ける真理という名の世界観。
美しいと言われてるものが、果たして本当に美しいのか
美しく見えているものが、果たして本当に美しいのか
美しく着飾ったものが、果たして中身も本当に美しいのか
そもそも「美しい」とは、どういうものなのか?
真と誠、それについて考えされられるし、ニッキーの言おうとしてることに、私はめっちゃ共感する。
