変わらないもの Lisaらしく

ヨガと癒しとマイペースなワンダフル日記


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さて、春休みに入った智仁くん。

休みに入ったとたん・・・




発熱しましたーーーーーーーー(w_-;




結構、引かず。。。



週末は子供の誕生日もあって、お出かけの予定が


あるので確実な、いつものかかりつけの先生の所へ。




「うーーん。。。」と先生。。。



「けっこう、ひどいんですか??」と私。




普段は元気な智仁くんなので、熱が続くのは珍しい。


しかも、お腹痛いし、下痢だとも言う。。。







先生「・・・・これは、感染症じゃないね。。。」


私「虫垂炎とかですか??」




先生「下痢ってそんなに酷いの?」



智仁「うーん・・・沼みたいだよ!」と智仁くん。



沼って・・・・・それ、下痢じゃないし。。。。(-。-;)






先生「まぁ、疲れだね。」



私「・・・え?疲れですか??」





小学生なのに・・・・・





遊び疲れか・・・・??



そうそう、午前中授業になって


くもん辞めて



遊び放題の智仁くん。。。。




体力以上に遊んだようです。。。。



ハッスルしすぎて、発熱したようで。。。


ついでに暖かく緩んで、鼻血も出しまくり。。。




デトックスですね。。。。。( ̄Д ̄;;



休みに入って、緊張が緩んだって感じなのか・・・???

中年のサラリーマンみたいね。。。


先生に、腸の状態を良くする(免疫を高める)為に

暖かいものを食べるようにと注意された

冷たいもの好きの智仁くん。



反省したのか、ひたすら暖かいものをチョイスして

冷えるものは避けております。

自己管理できるじゃん!!とちょっと驚きの私。。。





おかげで今週は、、、、



クライアントさんたちに連絡し、お仕事はお休み。。。

(すみませんでした。。。)



薬飲んでも、さらに熱は上がり、今朝は一旦引いたけど


ぶり返しても困るので、念のため本日も病院へ。。。



今日は先生、なぜか手技で色々と
(10年診てもらってて初めてだわ。)

頭蓋やら、脊柱・胸骨などを手技で整えてくれました。


顔の骨を指圧されてるとき、子供が

「あーーー、鼻がーーー。。。」


と、言ってたけど、鼻に対応するツボだったようで


「おーーー、よく分かったねー!!
そうそう、ここは鼻だよ。良い身体を持ってる!!」

ついでに仙骨とかも色々やってたけど、

服が邪魔で見えなかったーー。。。


うーん。。勉強になります!!!
(すぐに主旨がずれてしまう。。。)




そんなこんなで・・・・




子供の元気が母は一番有難い。。。。


と、つくづく感じた1週間です。。。。



今日もくだらない雑記にお付き合い
有難うございます。。。


Lisa
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前回、人間関係における「愛」をテーマに

書きましたが、今回は人間関係以外の「愛」

「愛」そのものについて、書きます。



ホントはこれが書きたかったのだけど
書き始めたら①の内容が出来上がってしまって
シリーズものになってしまいました。。。。


まぁ、でもごく普通に「愛」と言って思い浮かぶ
のは、人間関係の愛ですから、ちょうど序章には
良かったと思います☆

自分自身を無条件に愛しているかが①の最後の
キーワードとして書きましたが、
それって、どういうことかといいますと
自分自身が愛の存在だと受け入れることです。

自分の内にある「愛」をどうやって見つけるか?
自分自身が愛の存在だとどう認識するか?
ということが今回のテーマとして関係してきます。



それには、ちょうど良い本があるので
ご紹介します。


「アミ小さな宇宙人」シリーズの2作目の
「もどってきたアミ」の中から抜粋します。

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愛とは意識のデリケート(繊細)な一成分のことである。

それは存在の深い意味を教えてくれる。

愛は唯一の合法的な"麻薬"でもある。

間違って、愛が生み出すものを酒や麻薬に探す人もいる。

愛は人生においてもっとも必要なものである。

賢者はその秘密を知っていて、ただ"愛"だけを探した。

ほかの人はそれを知らないから"外"ばかりを探した。



どうやったら愛が手に入るかって?

愛は物質でないから、どんな技術も役に立たない。

それは、思考や理性の法には支配されていない。

思考や理性の法が愛に従っているのだ。

愛を手に入れるには、まず愛が感情ではなく、

存在であるということを知ることだ。

愛とはなにものかであり、実在してる、

生きている精神である。



だから、われわれの中で目覚めると

われわれに幸福を、

そして全てのものをもたらすものー。




どうしたら愛がくるようにできるのか?




まず最初に存在していることを信じること

(愛は見ることはできない。ただ感じるだけだから
それを神と呼ぶ人もいる)


それができたら心の奥底にある住まい、

つまりハートに探すことだ。


それはすでにわれわれの中にいる。呼ぶ必要はない。

来てもらうように願うのではなく、ただ自由に出る

ようにさせてやること、人にそれを与えてやるように

することだ。




愛とは求めるものではなく、与えるものなのだ。




どうやったら愛が手に入るかって?






愛を与えることによって






愛することによって



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愛とは、感情でも感覚でもなく
実在している「愛」という存在なのです。

私たちは「愛」というと
つい「経験」する事だと思っています。
誰かから「愛」をもらう経験。「愛」を与える経験。
でも、「愛」とは存在しているそのもので、体験する事
だけが愛ではありません。
「愛」を体験・体感するので、「愛」に気づきやすいだけです。


これが分かると、自然のさまざまな事柄や
いつも通る道の風景、空気の感覚、
物を手にしたときの込められている想い


いつも私たちの周りにあふれる愛に
気づくはずです。


そして、寸分違わず私たちの細胞ひとつひとつも
この同じ「愛」が溢れている事に気づき
自分という肉体・精神全てに感謝を捧げましょう。

ちょうど、ヨガをすることで、体を見ていく行為や
気づきのプロセスなんかは、この私たちの身体の「愛」という
存在を知るとても良い方法だと思います。


それが、無条件に愛する=ひとつになる事です。



自分自身のありのままが存在している事実

そこにすでに存在していること自体が奇跡であり
愛なのです。


視界に入るものすべてが在るべくして在り
愛によって存在できるのです。


私たちの身体から「愛」が無くなれば
それは、存在自体が無くなる事を意味します。


「愛」とは、在ること。


だからこそ、現在(いま)を生きて
この瞬間=愛をしっかりと味わう事が
あなたを愛で満たす事となります。




今日も読んで下さり有難う御座います。

皆さんの幸せな一日を願って...


Lisa








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「愛って何だと思いますか?」

こう質問されたらあなたは何と答えますか?


愛って、いろんな形・呼び方がありますね。



親子愛・親愛・夫婦愛・兄弟愛・隣人愛など…


いわゆる、分かりやすい人間関係における
「愛」ですね。


今回はこの人間関係における「愛」について
考察してみます。



多くの人が、「愛」って言って思い浮かぶのは

「愛する人=彼氏・彼女or夫・妻・子供」

では、ないでしょうか?



私自身、いつも愛に基づいて行動できるよう
できるだけ自分の感情、行動を注意深く
観察していますが、エゴが出てきて
難しい時もあります。


賢い人は、愛は「無償の愛」です。と言いますが

この「無償の愛」って、どういうことでしょう?


自分への見返りを求めないって事が多く言われて
いますが、今の時代、子供にだって
そう接していない親が多いように感じます。

見返りを求めない。というのは
相手が幸せにいる事が自分も心から幸せであり
決して自己犠牲の幸せではないのです。




元気に育ってくれればいいと言いながらも
成績が、ある程度までは…とか人並みに…とか
こう育ってほしいと、ついつい期待しています。


ましてや、彼氏・彼女や夫・妻の場合、
成熟度=年齢=同じレベルと見ているので
期待、要求することも多く、高度になっています。


そして、その「期待」や「当たり前のレベル」だと
思っている事が満たされないと


よくある、

「私はこうして欲しいのに、あの人はやってくれない。」
「そのぐらいはやってもらわないと…」

という状態になります。



多くの人はここで、自分の思い通りにならない
イライラや、分かってもらえない悲しさから
いろんな感情にとらわれてしまいます。



でも、少し待って考えてみましょう。

逆の立場で、相手が自分に欲求されていることが
自分には簡単な事ではないかも知れません。

「気づく」という事が苦手な人かも知れませんし
「効率よく」という事が苦手な人かも知れません。

また、「じっくり」が苦手な人かも知れませんし
「受け流す事」という事が苦手な人かも知れません。


自分の考えている「常識の枠」に相手をはめようと
することは、気づかない「エゴ」であり
「愛」から遠ざかり、結果として自分を苦しめる始まりになるのです。


人はさまざま一長一短で、それぞれのペースで
歩んでいます。


年齢も性別も関係ありません。


人の成長を促すために、愛を持って真摯に
時には、厳しい言い方をしなければいけない時も
あるかも知れません。

でも、それは非難したり、自分のいらいらした
感情をぶつける事とは大きく違います。


愛を以って伝えることはもっと穏やかですし
じっくりと大切な言葉を選んで、
相手に伝わるように考えながえら行います。


その時、尊重した心で、嫌な感情や言葉が混じって
いないかを自分に問いかけるのも必要です。


どんなに愛を以って伝えても、相手に自己否定の
感情が根底にあると、自分が非難されたと
感じてしまったり、できていないと否定・侮辱
されたように感じるかも知れません。

でも、それは、相手の心の問題で
あなたの問題ではありません。



無条件の愛とは嫌われることも厭わず
目先ではなく、結果的に相手の為(成長)に
繋がる様に自分の行いを行っていくものです。

相手が幸せになるように自分の行いをただただ与える。
いわゆる奉仕の心です。


表面的に相手が喜ぶ事を与えるだけが
愛ではありません。
それは、よくよく深く自分の感情を見てみるとエゴです。



必ず、愛を持って行ったことは
相手の大きな成長に繋がります。


「自分が誰かから好感を得る」ことはあまり
関係がないのです。
まぁ、愛を基にしてるとそこまで嫌われる事も
ないと思います。
あっても、数年単位の一時的なものでしょう。


人間関係においては、まず、その人を受け入れる
ということは、その人自身を疑わず、否定せず
その人となりを理解し、その人のペースを
尊重してあげることがとても大切であるかと思います。


そのような見方ができるようになると
どのような他人もさほど、気にならなくなり
受け入れていく事ができます。

相手の立場で考える事は、
自分を振り返る事でもあり、受け入れる事でも
あります。

いつも、疑い深い人は自分に対して何か
信用せず、疑っているはずです。

つい、相手に怒ってしまう人は自分に対して
どこか、納得できない怒りの感情があります。

自分の心の投影が人間関係における「愛」
にもおのずと現れてくるのです。


で、あれば、「無条件の愛」を行う事とは
自分に対しても「無条件に愛する」ということが
出来ているかを考えてみると面白いかも
知れませんね♪


次回は、

人間関係以外の愛をみていきます。



今日も読んで下さり有難うございます。


愛を込めて....shanti...


Lisa

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