2012年02月18日(土)

やけに控えめな「石川調書証拠不採用」報道

テーマ:政治

前宣伝はたいそう賑やかだった。


「石川氏の供述調書を証拠採用するかどうか、2月17日の法廷にご注目」…。


そのわりに、その日を迎えてみると、いずこの局も、どちらの紙面も、なんとも慎ましやかな報道ぶり。


昨夜の報道ステーションなどは、八王子に雪がちらほら舞っているのをライブで長々とレポートしたあと、「その他のニュース」の一つとして、「小沢無罪」に限りなく近づいたと誰もが感じる東京地裁の決定を、急ぎ足で詰め込んだ。


3年前から検察、マスコミ連合軍で繰り広げてきた小沢バッシング。口を開けば「政治とカネ」「天の声」「説明責任」と、ひたすらイメージ先行、根拠もなしにどれだけ騒いできたことか。


ついこの間も、小沢一郎氏が法廷で本人質問に答えると、多くの識者や評論家らが、口々に罵った。


「収支報告書を全く見てない、全て秘書任せだった。そんなことは通らない」(岸井成格)


「小沢を無罪にする裁判官はポンスケだ」(三宅久之)


こういうことを、テレビへの環境適応で利益を得ている連中に言わせて、世間を煽り立てるものだから、予想はできたとはいえ、いざ今回のような小沢有利の形勢になると、報道を控えめにして、ひそかに無罪判決を想定した軌道修正をはからねばならない。


小沢氏への捜査、そして強制起訴そのものに無理があったことを、司法記者クラブの面々がいちばんよく知っているはずだ。


「思考停止」していないとできない定型捜査、「思考停止」していないと書けない定型記事。二種類の「思考停止」が疲労と混乱の中で共鳴しあい、そのつくりだす小沢悪徳ファンタジーがメディアを通して世間に広がった。


そもそも、陸山会による政治資金収支報告書虚偽記載という事件そのものがほとんど虚構にもとづくカラ騒ぎに過ぎなかった。


それは、小沢裁判の法廷で、商法と会計学の権威である弥永真生・筑波大学教授が、収支報告書の土地取得時期を登記時とするほうが適切だとし、裁判官の「16年に取得した土地を17年分の収支報告書に記載してかまわないということですね」という問いに「そうです」と答えたことからもうかがえる。


ところが、小沢一郎という大物を釣り上げるという気持ちにはやり、視野狭窄に陥った東京地検特捜部の面々は、巨額の裏金がゼネコンから渡ったという妄想にとらわれ、実務を担当していた元秘書の口を割らせるべく、虚偽記載事件をでっち上げた。


裏金など動いていないのだから、いくら調べても、検察が狙う捜査の展開になりようがない。ハナから無理な筋立てであった。


検察は事件の本丸攻略をあきらめ、小沢一郎を不起訴にしたが、収支報告書にどう記載するかという元秘書らの事務上の問題は、逮捕した手前からか、事件として生きつづけた。


その共謀を問われて小沢氏は、匿名市民を集めた検察審査会なる新手の権力によって強制起訴された。


石川氏の隠し録音で田代検事の捏造と判明した捜査報告書が検察審査会に提出された一方で、建設業者から聞き取った70通にのぼる小沢有利の取り調べメモは審査員の目に触れないよう操作されていたのだから、強制起訴への誘導が企図されたのは明白だ。


小沢抹殺をもくろむ特捜部の組織的犯罪と批判されても仕方があるまい。


「小沢先生に虚偽記載を報告し了承を得た」と、田代検事が作文した石川衆院議員の供述調書を、証拠として採用しないことに東京地裁が決したというのは、あまりにも当然で、いくら「ポンスケ」と三宅氏に蔑まれようと、大善裁判長もきっぱりこう断言せざるを得なかった。


「このような取り調べは違法不当で許容できない」。


指定弁護士は唯一ともいえる証拠を失って論告の書きようがなくなった。道理が通じる世界なら、これで小沢無罪はほぼ100%決まったようなものだ。


しかし、裁判官と検察官のなれあいの根深さを感じさせた元秘書三人の有罪判決を経験しただけに、小沢サイドとしてはゆめゆめ楽観は禁物であろう。


あの陸山会裁判の登石裁判長ではないにせよ、東京地裁には証拠がなくても「推認」で、あっさりと人を有罪と決めつける奥の手がひそんでいるかもしれぬ。


新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)

2012年02月11日(土)

記事作成ロボットになるなかれ

テーマ:政治

誰がつくり、使い始めたのか、「社畜」という言葉がある。企業に飼いならされ、自分の意思と良心を捨て、奴隷と化したサラリーマンのことを揶揄しているという。


マスメディアの記者たちは、自らに問いかけてほしい。


「社畜」になっていないだろうか。締め切りに追われ、原稿を催促され、時間のゆとりと思考の自由を奪われて、型にはまった記事を書き続けるマシーンに成り果てていないだろうか。


小沢一郎氏が出演したBS11の番組(10日)に関する記事が日経新聞に掲載されていた。筆者は番組を見ていないので、小沢氏の発言内容を知るにはこの記事が頼りだ。


記事は小沢氏の発言として、次の2つを紹介している。


(野田首相の増税路線について)「国民に対する背信行為であり、有権者への冒涜だ」。


「野田さんにもう一度政権交代の時の原点を思い起こしてほしい。最後まで期待する」。


番組に関する内容はこれだけしかない。選挙のさいに約束したことを守らない現政権を批判するのはまっとうなことだ。


しかし記者は、まっとうな小沢を書きたがらない。デスクや部長や編集局長らが納得しないからだ。


独り歩きする小沢の悪党イメージをからめて書けば、まずボツにはならないだろう。そこで、権力闘争と裁判闘争にくっつけるのが手っ取り早いと考えたに違いない。以下のような記事になった。


◇…消費増税で、小沢元代表の敵対姿勢が目立つ。グループ内の求心力維持に躍起だが、政治とカネをめぐる裁判闘争を抱えて焦りもにじむ。

「国民に対する背信行為であり、有権者への冒涜だ」。10日、BS11番組。元代表は首相の姿勢を厳しく批判した。

年明け以降は公の場で発言する機会を増やしている。最近は支持議員との会合に積極的に顔を出し、昨年末に発足した週一回の勉強会には欠かさず出席。9日には101人を集め、首相の消費増税路線をけん制した。

展望を描けない現状への危機感も見てとれる。17日の公判では、判決のカギを握る元秘書の供述調書の証拠採否が決まる。不採用なら裁判の展開が元代表に有利に働く可能性がある。逆に「万が一、有罪になればグループは瓦解する」(若手)との声が出ている。(以下省略)◇


「グループの求心力維持」。「焦りもにじむ」。「展望を描けない現状への危機感」。こうした言葉を随所にちりばめることによって、いかにも追い詰められ焦っている小沢氏がグループの勢力を維持することばかりに躍起になっている印象を抱かせる。


「小沢一郎記事作成」ソフトというものでもあれば、前掲の発言内容と、いくつかのキーワードをパソコンにインプットするだけで、簡単に出来上がりそうな記事である。


そこで思い出すのが「ニュース制作ロボット」の話だ。


7、8年前だっただろうか、米国のメディア研究者二人が制作したショートムービー「EPIC2014」が、話題になった。


ニュース制作ロボットがメディアを席巻し、NYタイムズを事業縮小へ追いやるという架空の近未来劇だ。ストーリーを簡単に紹介しておこう。


◇グーグルとアマゾンが合併し、グーグルゾンが誕生。そのコンピュータは、あらゆる情報ソースから事実や文章を抜き出して、それらをふたたび組み合わせることで、新しい記事を自動的に作り出す。これがニュース制作ロボットだ。


ニューヨーク・タイムズは、グーグルゾンのロボットが著作権法に違反するとして、訴訟を起こすが、敗訴する。


グーグルゾンはニュース制作ロボットを進化させた「EPIC」を公開した。混沌としたメディア空間を秩序立て、情報配信するシステムだ。個人ブログの文章や画像、映像レポート、フリジャーナリストの取材が記事作成に貢献する。


この万能ニュース制作マシーンに対し、NYタイムズはインターネット上で歯が立たず、最終的にはエリート層と高齢者向けの紙媒体のみを発行する。◇


記者があらかじめプログラミングされたかのごときステロタイプな記事を書いているようでは、ニュース制作ロボットが誕生したら歯が立たない。このショートムービーにはそんな皮肉と警告がこめられているのではないか。


マスメディア共通の問題だが、たまたま日経の記事を取り上げたついでに、元日経新聞記者、大塚将司氏が「世界」3月号の誌上対談で次のように語っているのを紹介しておこう。


「日経などは、思想・理念的な問題というより、もっとつまらない次元で、例えばあそこの社長とうちの部長がすごく親しいから、あそこの(会社の)問題はあまりやらないほうがいいんじゃないかとなったりします。どこでもそうです。社畜の世界になっている」


これでお分かりのように、「社畜」は大塚の発した言葉である。部長の顔色をうかがう記者たちの姿が目に浮かぶ。


記者が「社畜」であれ、「ニュース制作ロボット」であれ、読まされる側は人間の心から紡ぎだされたものと信じて誘導され、情報の罠にかかってしまいやすい。この怖さを記者の多数がほとんど意識せずにいることが、なおのこと怖い。

 

 新 恭  (ツイッターアカウント:aratakyo)



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