#262 潤「はじめから」1

テーマ:
窓の外を東京の夜が流れていく。
強まったり弱まったりしながら動いていく春の色合い…

助手席にはママがいて賑やかに話してる。
運転席のパパは楽しそうに笑ってて、私の隣ではマネージャーさんがタイミング良く相槌を打ちながら笑ってる。

ステーションワゴンのトランクから甘く漂うお花の香り。

この感じ…昔から変わらない…

本番のあとの高揚感は、お花の香りと共に、私を、私の家族をふんわりと包み込んで、浮き立つように軽やな気持ちにさせてくれた。

思えば、幼い頃から今に至るまでずっと、チェロはいつも必ず私に何かを見せてくれた。
音は私にとって、光であり、水であり、空気であり、恋だった。


膝に置いたバッグの中に無地の封筒が見える。
お花やお菓子と一緒にいただいたカラフルなカードに混じって、それはとても白く光って見えた。
他の手紙は今すぐにでも読めそうなのに、この封筒だけはここで開けちゃいけない気がした。

まりさん…が、すぐに読んでください、大切なお手紙なので…って。

なんだか胸がそわそわする。
スマートフォンを開いて、さっきママが撮った写真を眺める。
まりさんも写ってる。
サインしてるところ、話してるところ、ハグしてるところ。

幸せな瞬間がよみがえる。
画面を見つめていると胸が温かく満たされる。

目が覚めるほど綺麗な人だった。
お化粧なんてほとんどしてないように見えるのに、見惚れてしまうような華やかさがあった。
ホワイエを行き交う人が何人も振り返ってまりさんを見てた。


指先で封筒の角っこを撫でると尖った硬い紙が、早く読んでって催促するみたいに、つんつんと私の指を突っついた。


チェロに寄りかかって窓の外を見つめる。

昔はよくこの道を車で走った。
レッスンに通うため、楽器の調整に行くため、友達に会うため、フルーツや甘いお酒を買いに行くため…
それから…
大好きな人と休日を過ごすために。


次の交差点を右折すると

潤くんのマンションが見える


ママがふっと振り向いて
「明日は早いから、帰ったらすぐ寝なきゃね」
って微笑んだ。
「わかってる」
って答える自分の声。
ママは優しく私の目を見つめ続ける。

日本にいる間、ママは時々こんなふうに私を見つめた。
肩の傷のことを話したことはないけれど、娘の肩を噛んだ男の人のことを、ママはきっと憎んでいる。

「…わかってる」
意識したせいで右肩の傷がぽわんと熱を持つ。

「だけど6時50分発なんて。起きれるの?ゆりちゃん」
って呑気な声で言ったのはパパ。
マネージャーさんが
「4時に起こしてください。私は5時半には空港行って待ってますから」
って言って笑った。


交差点が近づいてくる。

気をゆるめれば、溢れ出しそうになる思い出に、私はぎゅうっと蓋をした。



車は青信号の交差点を流れるように通り過ぎ、私は笑顔を浮かべて会話しながら、後方に遠ざかる風景を頭の中で見ていた。



*****


食事をした後、マネージャーさんをホテルへ送って、家に帰り着いたのは10時過ぎだった。
荷物の確認をして、両親と話をして、おやすみなさいを言う頃には日付が変わっていた。

灯りを落としたリビングで
「ルンちゃん、一緒に来る?」
って声をかけると、ルンちゃんはクッションの上で伸びをして、それからぽとんと飛び降りて、小さな声でにゃあって言った。
私の足首に柔らかい耳を一瞬擦り付けて、先にたって防音室へ向かう。
「待って~(笑)」
私の声に反応して、ふわふわのシッポが嬉しそうに揺れる。
ニューヨークに連れて行きたいなぁって、感傷的な気持ちがぐんと膨らむ。



ルンちゃんと一緒に分厚いドアの内側に閉じこもると、空気は無音になった。

オイルヒーターのそばの1人掛けのソファーに座って手紙の束をひざに置く。
ルンちゃんが早速肘掛けの上で丸くなる。

子供の頃から好きだった真夜中の防音室。
ごろごろ…ごろごろ…とルンちゃんが喉を鳴らしてる。


私はリビングから持ってきたハサミを使って、真っ先に、白い封筒の封を切った。

3つに折った便箋をそっと取り出すと、硬い小さなものがころんと膝に滑り落ちた。


目で追って…


…息が止まる


一瞬で時間が巻き戻る…
思い出を封じ込めた瓶の蓋が弾け飛ぶ…


そっと手に取ると胸が震えて…
ふぅんと鼻が鳴った…



ルンちゃんが薄く目を開けて私を見上げる。



この指輪を最後に見たのは、潤くんとお別れした日だった。

あの日、リビングに敷いたお布団の中で、私たちは朝が来るのを茫然と見ていた。
潤くんの手のひらが私の背中にのっていて、時々親指だけがゆっくり動いて私の肌を撫でた。

…遠くに行っても…
潤くんの…
…幸せを…

祈ってる…って、そう言いたかったのに、胸がふさがって、そこから先は言葉にならなかった。
苦しくて、分厚い胸にすがりつくように抱きしめたら、潤くんは私の背中を手のひらでそぉっと撫でた。
それから、ため息みたいな声で

遠くじゃなくて

ってつぶやいた。


体温が、濃く、鮮やかに、全身に蘇る。


カーテンの隙間がどんどん明るくなって、潤くんの胸のうぶ毛が白く光って見えた。
胸は呼吸に合わせて静かに上下していて時々キシキシとひきつれた。
ひきつれる度に、潤くんはごくりと唾を飲み込んで、用心深く息をした。


俺は…できるよ…
もとに…戻れる…絶対…


疲れた声だった。




気がつくと、ルンちゃんが私を見上げてる。
透明な水晶に覆われたビー玉みたいな青い目で、じっと私を見ている。

言葉を持たない動物は、どうやって、ものを思うのだろう…

いきなり視界がぼやけて、鼻の奥がつんと痛む。
胸がぎゅうっとせつなくなる。

「…潤くんを覚えてる?」
小さな頭を撫でてささやくと、ルンちゃんは目を細めてごろごろと喉を鳴らした。
それから眠たげに瞬いて、やがて目を閉じた。




あの朝、のろのろとお布団を出た潤くんは、もう、ひとこともしゃべらなかった。

私はキッチンの小さなイスに座って、潤くんが立てるひそやかな物音を聞いていた。
指輪がテーブルの上に転がっていた。
カーテンを閉め切ったままの部屋の中で、それは暗い色に光っていた。

静かなシャワーの音に混じって、いつだったか忘れてしまうほど遠い昔の潤くんの声が、雨音みたいにさわさわと聞こえてくるような気がした。

この俳優、俺すげー好き。
え、まさかもうフライパン洗ったの?まだ使うって言ったじゃん。
そこ危ないよ。踏んだらケガするから…ちょっとのけて…
なんもかんもティッシュで拭くの良くないって。どんだけエコじゃないのあなた。
次あれ弾いて、なんだっけ、ほら、えーと…
ねぇ、これプリン?…見た目よりはうまいけど。ん~…もういっこ食べてみよう。
こらっルン、手どけろよ。その足は俺んだぞ。



支度を終えた潤くんが、いつの間にかそばにいて、静かに手を伸ばして指輪を掴んだ。
赤く充血した目と荒れた肌のせいで、潤くんはとても不幸せな人に見えた。
見つめ合って何か言おうとしたけれど、私たちには、言葉も、涙も、もう何も、なかった。




あのとき見た指輪が手のひらの上にある。
自分の手を包む乾いた温かさを思い出す。


指輪の内側に丸く並ぶ琥珀色の石…


深呼吸するみたいに、ゆっくり息をしたけれど、涙はぽろぽろ、ぽろぽろと、手紙の上に零れ落ちた。







芹澤ゆり様。

びっくりさせてごめんね。
元気ですか?
俺はなんとか元気にやってます。
相変わらず忙しくてね。助かってる。

今日はゆりと話がしたくなって手紙を書きました。
でもいざ書き始めてみると、話したいことが多すぎて何から書けばいいのかわからない。
元気かなって。。まず知りたいのはそこです。

嵐のみんなも元気です。


ゆりとのことを振り返るたびに、もしもあのときこうだったら、ああだったら、もしも俺がああしていれば、こうしていればと考えずにはいられない。
だけどどんなに後悔しても、その、もしは、結局ひとつも叶わなかったし、起きなければと願ったことは全部起きた。
運命という考え方を俺は信じてはいないけど、今いる場所を思うとき、それがゆりとのことに影響した事実を思うとき、すべてを運命のせいにして閉じこもってしまいたくなる。


そんな中、ある人と話をする機会があった。
その人も大きな後悔を抱えて苦しんでいた。
俺はね、悲しみも孤独も後悔も、俺だけのものだとずっと思ってきた。
分かち合えないものだと信じていたし、分かち合ってたまるかとすら思ってた。
突き詰めれば、一番許せないのは自分なのに、誰かのせいにしたり、運命のせいにしたり。
俺は、ごう慢だったと思う。

時間は巻き戻せないから進む方向は前しかない。。そんなの誰だって知ってることなのに、その人がその単純な答えに辿り着いた瞬間、俺も一緒にそこに辿り着けた気がした。
当たり前のことなのに、言われるまで忘れてた。
変えられないのは過去に起きたことだけで、1秒先にある新しい時間は誰にも、運命にも、支配されてはいないんだって。

嵐で居続けることは変えられない。
だけど俺はその運命にもゆりとのことにだけは触れさせない。



やり直してみない?

手をつないで散歩したり、評判のレストランに行ったり、海に行ってただぼぉっとしたり、遠くまで星を見に行ったり、そういうことはまだ当分できそうにないけど。
それでも俺はゆりと一緒にいたい。



ゆりはどう思う?




もう会いたくないか。











#261 雅紀「センチメンタル」

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楽屋には5人全員揃ってた。
テーブルのところにいるのは翔ちゃんと松潤。
フジだから向かい合わせ。

まぁ…普通だけど…
昨日の今日だからな…
俺はそれとなく2人を気にしながらちらちら見てた。

翔ちゃんはからだを斜めに向けて足を組んで新聞を読んでいる。
松潤は机に肘をついて何かの書類を読んでいる。


見慣れた景色…


ニノと目が合う。
小声で
『…昨日はどうも』
って言ったら、ニノは
「おぅ…」
って言ってちょっと長めに俺の目を見つめた。

(あの2人大丈夫なの?)
(………)
(あの人たち)
(は?)

俺が何を聞きたいかわかってるくせに、ニノはわかんないふりして眉間にしわを寄せた。
大丈夫ってうなずいてくれたら安心するのに。


リーダーがふらぁっと机に近づいて、松潤の隣、つまり俺の席に座った。
2人が同時に顔を上げる。

なに言うのかな?ってドキドキしたけど、リーダーは黙って椅子によたれかかっただけだった。

「………」
「………」
「………」


たぶんだけど…
5人でいるときに限って言うなら、リーダーの辞書に気まずいという言葉は載ってない。


松潤が
「…なに?」
って言ってちょっと笑った。
「別に…」
「………」
「…すげぇ見られてんだけど」
「いいでしよ、見てても」
「………」
「………」

松潤は笑い混じりのちっちゃいため息をついて、視線を書類に戻した。
翔ちゃんもほっぺたで笑ったまま新聞に戻った。


(ニノ…)
(………)
(ニノ!)
(はぃ?)
(あの人たち大丈夫なの?)
(………)
(あの2人!)
(…え?)

ニノはおもしろがって目をクルクルさせる。

ダメだこいつ。
俺をからかってる。



「あっち行けよ(笑)」
って言ったのは松潤。
「なんでよ。ここ俺の席だもん」
リーダーがふにゃふにゃ答える。
「ちげーだろ」
低い声で松潤が言って、翔ちゃんが
「あんたの席はそっち」
って指をさす。

松潤がちらっと翔ちゃんを見る。
翔ちゃんも松潤を見る。



あら…


この感じ、悪くない…




それからしばらくして、トイレでニノを捕まえた。
先に手ぇ洗えとかなんとか言われながら
『昨日は?』
って聞いたら
「…まぁね…なかなかだったよ」
って。

なかなか?
鏡の中で見つめ合う。

『…なかなか…』
「物音が…ちょっとね…」
『………』
「………」
『…なに…物音って』
「…どす~ん…がしゃ~ん…って」
『えぇ?』
「………」
『………』

あぅ…


心臓が痛てぇ…


「でもまぁ…大丈夫なんじゃない?」
『なんでわかる?』
「後片付けして帰ったから、2人で。たぶん一緒に」
『あぁ!そう!』


もやもやがひょいと軽くなる。


「翔ちゃんの字でメモが残っててさ。花ちゃん、じゅうたん汚してごめんなさい。松本がお酒こぼしましたって」


あぁ…


『そっか~』


ため息が出る…


よかった…





収録後、松潤に呼び止められた。
しばらく野球の話をしたあと突然
「…まりちゃん、元気?」
ときた。

え。
まり?

『…元気ですよ…』
「今週末って忙しいかな…」
『…うちに来るはずだけど…なにか』
「これ…」

クラシックのコンサートチケット。
…と、きちんと糊付けされた白い封筒。


『まりに?』
「…週末にね…」
『ふん…』
「オペラシティでチェロのコンサートがあるんだけど…」

そこで浅く息を吸い込んで、松潤は言葉を切った。
それからぼそぼそと聞き取りにくい声でしゃべった。

チケットに書いてある Yuri Serizawa は別れた彼女だってこと。
連絡取りたいけどアドレスも電話番号も変わってて、今回がチャンスだってこと。
リーダーに相談したら、千咲ちゃんはダメって断られたらしい。
まぁそうだろうね。
千咲ちゃんのこととなると、リーダーは別人みたいに慎重になるから。


俺は松潤から封筒をあずかって、失くさないように、汚さないように、大事に台本に挟んで持って帰った。


*****


オペラシティには何度か絵を持ってきたことがあるけれど、リサイタルホールに入るのは初めてだった。
250ほどの可動式の座席はほぼ満席で、皆ステージ上の彼女に見入ってる。

チェロというと通奏低音を思い浮かべてしまうせいか、重厚で、どちらかというと静かな楽器だと思ってた。
でも今日チェロに対する印象が変わった。

輝きのある音が積極的にF字孔から溢れ出す感じ。
手を伸ばせば触れられそうな音の帯。
色彩豊かで、鮮やかなのに幻想的…
静かな情熱を秘めていて…
まるでシャガールみたいだ、と思う。


潤くんの大切な人。
その人が奏でる音楽に胸を打たれるのは、私も彼女と同じように秘密の恋を知っているからかもしれない。


大事なあずかりものをしまったバッグに手がいく。
上質な白い封筒には、たぶん手紙と、馴染み深い形状の小さなものが入ってる。



まりちゃん、行ってくれる?
松潤がずっと想ってる人なんだって。
離ればなれになってたみたい。
…2年もだって…


弦の響きにまぁくんの声が溶ける。


詳しくはわかんない…
一生言わないんじゃないかな…松潤。
でも…これは俺の憶測だけど…
嵐じゃなかったら別れずに済んだんじゃないか…って…
そんな気がする…



舞台上ではプログラム最後の曲が始まった。
purpure…
明るい調に乗って感情の起伏が見える。
痛みと甘やかさが同時に存在してる。
淡く濃く色を変えながら天井高く舞い上がっていく音のリボン。


紫色の恋の記憶。





演奏会終了後、ホワイエでCDの販売とサイン会があった。
春の花で飾られたテーブルの前には列ができていて、ゆりちゃんは一人一人と笑顔で会話している。
深いすみれ色のタフタのドレス。
パフスリーブから伸びた腕は白くてすらりと長い。

見渡すと楽器を背負ってる人が何人もいる。
集まって談笑してる同世代の人たちは、たぶんゆりちゃんの同級生。
お母さんと手を繋いで小さなチェロケースを背負った小学生の女の子が、うっとりとゆりちゃんを見つめてる。

時折閃くフラッシュ。
賑やかな話し声、笑い声。

思いがけないギフトみたいな…
春めいた夜…



私の前に並んでいた華やかに着飾った年配の女性たちがゆりちゃんを囲むようにして話しはじめた。
箱根では…箱根のときは…
同じワードが度々聞こえてくる。

去年の秋にまぁくんと行った箱根の光景が目に浮かんで、胸がきゅんとなる。

紅葉の赤と淡くて甘い水色の空。
蜂蜜がけのヨーグルト。
…ひさしぶりの旅行だね…
って優しい声で言ったっけ。


どんなに幸せな記憶でも、振り返ればいつも必ず、ぼんやりとせつない。
胸があたたかくなるような瞬間も、陽射しの匂いも、眩しい笑顔も…
記憶の中では、ほの白く、せつない。




「…結城茉莉と申します」
「まりさん。…はじめまして」

優しい笑顔。
春風みたいにやわらかな印象。

「今日はいらしてくださってありがとうございます。…CDにサインさせていただいていいですか?」
「はい、お願いします。…あの…まぁくんとまりちゃんへ…って書いてください(笑)まぁくんのまぁは小さいあで…」
「了解しました(笑)」
ゆりちゃんは楽しそうに微笑んで、ディスクの表面に細い銀色のペンで文字を書いた。

「コンサート、とってもよかったです」
「ありがとうございます」
眩しそうに瞬く長いまつ毛。
きれいな瞳…

唐突に、気持ちが溢れる。
無性に胸が痛んで泣きたくなる。

声が震えないように
「チェロって…歌うんですね」
って言ったら、ゆりちゃんはぱっと笑顔になって
「嬉しいです、そんな風に聴いていただけて」
って言った。

喉元のペンダントがきらりと光る。
琥珀色のお花が揺れて、小さく微笑んだみたいに見えた。


もっと話したい。

私たちきっと友達になれる。


「あの…お手紙をあずかって来たんです…」
ゆりちゃんは微笑んだまま一瞬えっ?て目を見張って、それから
「どなたからかしら…」
って小さく首を傾けた。


潤くんからあずかった封筒を差し出す。


表にも裏にも文字が書かれていない白い封筒…
ゆりちゃんはその表面を美しい手でそっと撫でた。

「日本にはしばらくいらっしゃるんですか?」
頼まれた肝心な問い。
「いいえ。明日の朝の飛行機で帰るんです。ずいぶんゆっくりしたので」

心臓がとくんと跳ねる。

「…あの…すぐに…今日中に、必ず読んでください。大切なお手紙なので…」
たまらず泣けてくるのを、ぐっとこらえて、私は言った。
「はい。そうさせていただきます」
澄んだ瞳がまっすぐに私を見つめ返してくる。


ゆりちゃん…
あなたも魔法を見た?
隣で眠る静かな寝顔を不思議な気持ちで見つめた?
テレビと同じ声が耳元で響く魔法。
生身の人間と偶像の間を行き来する本物の魔法。
…ペンライトの海の前に…
自分たちの恋はあまりにもちっぽけだと…
そんなことを思った?


「…ハグしていいですか?」
泣きそうな自分の声が耳の奥で響く。
「もちろん(笑)」
ゆりちゃんは明るく笑ってテーブルの向こうで立ち上がった。


私たちは両手を伸ばしてそっと引き寄せ合った。

冷んやりとしたシルクの肌触り…
滑らかな腕の内側…
透き通るシトロンの香り…


「…また…お会いできますか?」
今度は潤くんと、まぁくんと、あなたと私で。
「音楽が再会させてくれると思います。それに…まりさんとはまた会える…そんな気がするんです」
優しい声。
そっとハグを解いて微笑み合う。

いつか…きっと…


最後に握ったその手はやわらかく、とても温かかった。



*****


仕事が終わって家に帰ると、まりちゃんがソファーで寝てた。
古いCDプレイヤーを床に置いて、ソファーと同じ濃い青色の毛布をかぶって眠ってる。

俺は、そぉっとまりちゃんの耳から片っぽのイヤホンを抜いて、自分の耳に差し込んだ。

クラシックが静かに頭の中に流れ込んでくる。
Yuri SerizawaのCD…

抱きしめて
『…ただいま…』
って言ったら、まりちゃんは
「…おかえり…」
って言って俺の顔を見上げた。

目が腫れてる…
胸がぎゅうっとなる。
ぱっちりした目のいつものまりちゃんと同じぐらい、俺は腫れぼったい目のまりちゃんが好きだ。
ふっくらした瞼の、気持ちの優しい子…

『電話ありがとね』
「うん…」
『松潤にすぐ伝えといた』
「………」
『………』
「…間に合うかな…」
『間に合わすよ…たぶん…』
「………」

髪をかき上げてイヤホンのない方の耳にキスする。
泣き腫らしたまぶたにも。

『優しいな…まりは…』
「………」

すべすべした首筋に顔をくっつけて息を吸い込んだら、甘酸っぱいレモンの匂いがした。

『今日はシトロン?』
「…うん…」
『俺があげたやつだ…』
「そう…SABONの…」
『待って、名前当てる。…えっと』
俺は犬になって、まりちゃんのほっぺや肩やわきに鼻を押し当ててクンクン嗅ぎ回った。
「やん(笑)」
まりちゃんが笑ってくれたから嬉しくなってパジャマをめくりあげようとしたら、逆にわき腹をめちゃくちゃにくすぐられた。
『ちょっ!(笑)』
暴れてソファーから落ちる。
その拍子にイヤホンが抜けて音楽がふつっと途切れた。

『わかった。レモンミント!』
「………」
『あたり?』
「………」

俺はソファーによじ登って、黙ってしまったまりちゃんをよいしょと抱き起こした。
『…泣くなよ…』
まりちゃんのイヤホンを抜いてソファーの下に落とす。
足で挟んでぎゅうっと胸に抱きしめると、まりちゃんは俺の肩に顔をくっつけて、小さくしゃくりあげた。
首を傾けてそっとキスしたら、気持ちが膨らんで泣きそうになった。
『やっべ…まりちゃんのセンチメンタルが移ったべ(笑)』
鼻水を啜り上げたら、まりちゃんは泣き顔のまま小さく笑った。

「ゆりちゃんに…また会いたい…」
『そんないい子だった?』
「いい子だった…」
『そっか。じゃあさ、うまくいったら会おうよ…みんなで』
「うん…」



その夜、まりちゃんと一緒に青い毛布にくるまって、俺は夢を見た。


ニノの家に集まる夢。

ひよりみたいな子供が5人ぐらいちょろちょろしてて、まりや花ちゃんや千咲ちゃんがキッチンで笑ってた。
そこにはYuriちゃんもいて…

松潤とリーダーとニノがいて…


ちゃんと翔ちゃんもいて…


…すげぇ安心した。







#260 翔「夜明けの道を」

テーマ:
智くんを玄関まで見送ったあと、ソファーにもたれて潤を待った。

お湯で割ったウィスキーから華やかな香りの湯気が立ち昇る。



ゆりの帰国を知った夜、俺の部屋にはのばらがいた。
互いの家を用心深く行き来するようになって半年近くが経つけれど、未だプラトニックな俺たちは、一枚の毛布にくるまって映画を観た。

映画のタイトルは「バタフライ・エフェクト」…
この言葉の元々の意味は、一匹の蝶の羽ばたきが、地球の裏側で大きな嵐を引き起こすということ。
つまり、ごく小さな出来事が、やがて無視できない事象を招く場合があるというカオス理論のたとえだ。

映画では、過去に戻れる能力を持った主人公が好きな女の子に好かれたくて、分岐点だと思われる時点に戻る。
過去をほんの少し変えれば彼女とうまくいくはずだと思って時間を巻き戻すわけだけど、良かれと思って変えた過去のせいで、彼女や自分の母親や親友が救いようのない不運に見舞われる。
何度も過去を変えていくうちに現在がめちゃめちゃになっていく。
最終的に主人公が辿り着いた答えは、自分がそもそもの始めから彼女に出会わないこと。
そうすればみんな幸せになれる。


観終わったあと胸がざわざわして仕方なかった。


パソコンを開いてラジオを流した。
セレナーデを聴きながらのばらを抱きしめると気持ちが落ち着いた。


ゆりの名前が耳に飛び込んできたのはそんなときだった。






ベランダのガラス戸が静かに開く音がして、はっと我に返った。
夜風と甘い煙草の匂いが舞い込んでくる。
潤は俺の横を素通りしてホットワインのカップをキッチンに持ってった。

水が流れる音と意識的な咳払い。
平静を装っているけれど、緊張が静かに伝わってくる。



潤は俺の正面を避けて、同じ並びに間隔を広くあけて座った。
花ちゃんが用意してくれたウィスキーに手を伸ばして
「水割り?」
って言って俺のグラスをちらっと見る。
『いや、お湯割り』
「………」
『冷めちゃったけど』

ふぅんって興味なさげに言って、潤は瓶を傾けてグラスに4分の1ほどウィスキーを注いだ。
スクリューキャップをきちんと閉めて、ソーダも水も氷も入れずにひとくち飲む。

直視しなくても、潤がぎゅっと顔をしかめたのがわかった。


あれから…2年…か…

うつむいて手のひらを上に向けるとダイヤモンドの瞬きが今でもはっきり目に浮かぶ。
俺のジャージを着て駐車場を歩くゆり。
背中で揺れる白いチェロケース。

…あの艶やかな緑の葉っぱは…
今もあるんだろうか…
ニューヨークのゆりの部屋に。



「最近どう?忙しい?」
視線をそらしたまま潤が聞いた。
『まあまあ…かな』
「………」
『そちらは?』
「…メンテ中(笑)」
『(笑)』

お互い顔を見ずに小さく笑う。

ゆりと出会ってゆりを好きになって追っかけて、やがて彼女の影を不器用に避け続けてきた男が2人…
真夜中にぽつんと取り残されている。


俺はぬるい酒を飲み干して水割りを作った。
手元に注がれる潤の視線。
どんな表情を浮かべているのか気になって少し目線を上げると、思ったよりずっと暗い目をしていて、心臓がずきりと痛んだ。


俺はグラスを握りしめて水割りを飲んだ。
それから息を吸って、思い切って
『彼女…』
って言った。


潤は何も言わない。
ただじっとグラスの中を見つめてる。


『…帰国してるらしいんだ』
「………」
『…ラジオで偶然知ったんだけど』
「………」


潤はゆっくり首を傾けてこっちを向いた。
静かな目で俺を見つめて、優しい声で
「…だから?」
って。


『…会いに行ってほしい』
「…(笑)」
低く笑う。
「なに…今更(笑)…」
薄く笑ったままの唇で琥珀色の液体を静かにすする。
「もういいって。何回言わせんの』


一瞬…本当にもういいのかも…って気持ちが胸をよぎる…
このまま、あの夏のことは一生語らない…
それもありかも知れないって。


だけど、もし、俺が黙ってしまったら

あのときのゆりの気持ちを
潤は一生知ることができない


『…ゆり…ちゃんは』
「あのさ…」
『………』
「悪いけど…俺は翔くんの口からゆりの話なんて聞きたくないから」
『………』
「なんなら翔くんが会いにいけば?」

胸にグサリと刺さる言葉のナイフ。
傷ついて、苦し紛れに顔を上げたら目が合った。

「そのほうが喜ぶんじゃない?」

そう言った潤のほうがもっと傷ついた顔をしている。


『ゆりちゃんは俺のことなんか見てなかったよ』
「………」
『…一瞬もブレずに、あなたのことだけを想ってた…』

ゆりはよく窓の外を見てた。
夏の森を越えて
晴れた空や満天の星空を越えて
心の目で潤を見つめてた。


「そういうことよく言えるね」

潤はウィスキーを飲み干して、親指の腹で唇を拭った。
それから深くうなだれて
「翔くんは…俺が失くしたものがどんなものか…わかってる?」
って言った。



わかる…

わからない俺でいたかったけど…

…わかるんだ…今の俺には

たとえば 空

窓から見えるコバルトブルーの空。

そして…木漏れ日…

裸足の足の柔らかな感触
心乱れるキス、読書という名の2人旅…
弦の響き、昼寝、冷たいシャワー
鼻先をかすめるシトラスの風
想いを込めたセックス…

分刻みに管理された日常を…
甘酸っぱい果汁でずぶ濡れにするような…
信じがたい幸福…



「お願いだから…わかるとか言わないでよ…」

潤が絶望的な声で言った。




時間を巻き戻したい
あの映画の主人公みたいに


ゆりに会わなかったら…
いや…潤に出会わなかったら…
…嵐じゃなかったら…
テレビに出る仕事なんかせずに普通の学生だったら、普通の高校生で、普通の中学生だったら。

時間を巻き戻しても出会ってしまえば抗えない。
だからいっそ俺が俺じゃなかったら。

俺が…いなかったら…



『ごめん…』
「………」


言葉はころんと床に落ちて…
潤はそれを拾わなかった…


…俺を許さないで…一生…
最後の日に、ゆりに言った言葉が苦い飴のように喉に貼りつく。
声に出して言ったつもりはなかったけれど、まるで聞こえたみたいに潤は顔を上げて俺を見た。


『ゆりに…俺を…憎んで…って言ったんだ。一生許さないで…って』


潤は黒く濡れた目でひたと俺を見つめる。


『…演奏会の日…別れを言いに帰ってきたゆりに…』
「………」
『…遠くへ行って…俺らの前からいなくなって…でないと…嵐で…いられない…って』


自分の声が遠くから聞こえる。

潤は何も言わずに俺を見ている。

時間が止まったみたいだと思った。


うつむいて自分の手を見ると、ちかちかと輝くダイヤモンドの幻影が見える。
指に絡みつく細い鎖…
魔物みたいな…恐ろしい恋…


『ゆりは…男を狂わせる…だからきっと…潤は…またおかしくなる… 俺は…ゆりに…そう言っ』


言い終わらないうちに潤が立ち上がるのが目の端に見えた。
何がどうなったのかわからないまま、胸ぐらを掴まれてソファーから引きずり下ろされる。
背中と頭を床で打って息が詰まる。
思わず潤のシャツを掴んだら、潤は食いしばった歯の隙間から唸り声をもらした。

こぶしが振り上がるのがスローモーションで見えた。
反射的に顔をそらして潤の首に肘を当てて押し返すと、こぶしは鎖骨にがつんと当たった。
衝撃で一瞬息が止まる。
どちらかの体が当たって、テーブルががしゃんと派手な音を立てた。
髪を掴まれて、俺も夢中で潤の髪を掴んだ。

「なんでゆりだったの?」
顔にかかる熱い息。
低い声は怒りで震えてる。
「女は他にもいるじゃん…なんで…ゆりなの?」
揺さぶられて、こぶしで喉を圧迫されて、涙が滲んだ。
『…ごめ…悪…かっ…』
「………」
互いの髪やシャツを掴んで目の奥を見つめ合う。
潤の目に涙の膜が盛り上がるのが見えた。
「…ゆりに…何したの?」

不気味にしわがれた声は潤の声とは思えなかった。
胸がえぐられるように痛んだ。
ナイフを突き刺された魚みたいにじたばたとひきつった。

俺は潤の髪から手を離した。
顔を殴られても構わないと思った。

『…初めて…人を…好きになっ…た…夢中…だった…』
「………」
『どうし…ても…欲しかった…』

潤の顔がくしゃっとなって、大きな水滴がぼとりと降ってきた。

「翔くんは…俺が…どんなに…ゆりを大事に想っ…てたか…知ってたよね」

潤は涙を流しながら低く唸り続けた。
そして突き上げるようにこぶしで俺の腹を殴った。

痛くて…
腹も…心も…痛くて…
胸が詰まって…
息ができなかった。


「ゆりは…最初っからずぅっと俺のだから…翔くんのじゃないから…」

湿った鼻声…

長い年月一緒にいるけど、こんなに近くで潤の顔を見上げるのは初めてだった。

いくらなんでも泣きすぎだろうって、からだが痛すぎて可笑しくなってくる。
痛みのせいで霞む目を凝らして、俺は潤の顔を見つめ続けた。


ゆりが好きになった男の顔…
泣き顔はかっこわるいけど、綺麗な顔だと思った。
ゆりはこの顔をこの角度から見たはずだ。
そして潤は、これに似た表情で、ゆりを抱いたんだろう…
見つめていると、どうしてだか…
泣き顔の向こうに、優しく微笑む顔もゆらゆらと見えてくる…


『…会いに…行ってやっ…て』


その顔を見せてやって。


つらかった…
会いたかったって…


抱きしめてやって…


『…ゆりの気持ちは…きっと変わってない…』


潤は震える息を大きく吸い込んで、俺のシャツをぎゅうっと握りしめた。

ぼとぼとと涙が顔に降ってくる。

手を伸ばして肩を撫でてやろうとしたけど、脇腹が痛くて腕が上がらない。
俺は潤のひじに触って
『そんな泣くなよ…かっこわりぃ』
って言った。

潤は鼻をすすり上げて俺の手を振り払った。
それからもう一発俺の脇腹を殴った。
骨ばった左フックは見事に重くて、肝臓にずどんと響いた。



ゆりが愛した男の涙を、その味を…
こぶしの硬さを…


たぶん俺は一生忘れない…






明け方、タクシーが拾える通りを潤と歩いた。
春の空はどこか透明な藍色で、白い三日月が溶けかけの氷砂糖みたいに浮かんでる。

首も背中も肩も腕も腹も、とにかく体中が痛くて、普通に歩いてるつもりなのに徐々に潤から遅れていった。


6~7メートル先で潤が振り向いて立ち止まった。

俺はゆっくり追いついて左手を伸ばした。
潤は自然な仕草で右肩を俺の脇の下に当てがった。
そして
「かっこわり…」
って低くつぶやいて、俺の体重を半分持ち上げた。


空車タクシーは通らない。
ずっと先のほうに高層ビルが見える。
白や青やオレンジ色のちっちゃな灯りがちかちかと点滅してる。

冷たくて清潔な空気の中を、まるで二人三脚してるみたいな格好で俺らは黙々と歩いた。

3月はまだ寒いけど、確かに春の気配を感じた。
しょっちゅう車で通る道も、歩いてみると違って見える。
このまま歩くと他の世界に行ってしまいそうに思えてくるけど、実際にはそんなことは起こらない。
このまま30分も歩き続けたら、潤の家に着くだけだ。


コンビニの白い明かりが見えてくる。
店の前に、俺らがプライベートでいるときに最も避けたい年代の女の子たちが数人たむろしている。
潤は知らん顔で立ち止まって、俺を支えたまま自動販売機にコインを入れた。
女の子たちが俺と潤を凝視して静まりかえる。

缶コーヒーを飲みながら俺らはまた歩き出す。
後ろで、うそーっ!って叫ぶ声が聞こえた。


藍色の空が徐々に淡い水色を帯びてくる。

からだはボロボロだけど気分がいい。
このまま潤に肩を借りてどこまでも歩きたい…

タクシーがこっちを気にしながら徐行運転で通りかかった。
俺が手を上げないからか、自分が手を上げないからか、潤がふっと笑った。

通り過ぎるタクシーのテールランプを見送りながら
『俺らってバカなのかなぁ』
ってつぶやくと、潤は
「バカだね」
って答えた。
それから
「…こんなことやってて…嵐の幹は…太くなんのかなぁ…」
って。
俺は
『…なると思うよ…』
って答えた。


表立っては言えないけれど、仕事をこなすだけが俺らの全部じゃない。
これは恋を知ったからわかったことだ。
10年先、30年先まで走るためにスキルアップは大切だけど、その前に、人として生きてないと。

これから先、一緒に仕事をする時間がどんどん少なくなっていっても、俺らはそれぞれ何十年先まで、この世界で生きていくしかない。

だから、どんな感情も営みも、成功も失敗も反省も後悔も、かっこ悪さも、生きて過ごす時間のすべてを糧にするつもりで生きていかないとと思う。
求められる限り、できるだけ長く、人としての魅力を売るアイドルという曖昧な存在で居続けるためにも…
そしていつか立派にそこを抜け出すためにも。


『…こういう時間も…無駄じゃないんだよ…松本くん』
「…俺には言い訳に聞こえますが」
『(笑)』


空が橙色に染まる。
夜が明けていく。


『…ひとつずつ…年取るじゃん…誰でもみんな…』
「………」
『だれかを好きって気持ちはそのときのその年の自分が感じるものでさ、たとえば先で同じ誰かを好きになっても、1年前、2年前と全く同じじゃないと思うんだよね』


ふぅっと…もう二度と会えないだろう、ゆりの顔が浮かぶ…

それからのばらの顔も…
今はじっと抱きしめるだけで、胸がぎゅっとなって満たされる。
でもきっともうすぐ、全部欲しくなる…
たぶん…潤とゆりが出会えたら…
今の潤と、今のゆりが、出会えたら。


「…よくしゃべるなぁ…」
潤のため息を遮って俺は続けた。
『時間は一方通行で…振り返って懐かしがったり後悔することはできるけど、進む方向は前しかない。人は常に通過点を生きてるってこと。今も、1秒後も』
「……それってなに…結局『俺がやったことはさっさと忘れろ。前進あるのみだ』って言ってるんだよね。…勝手すぎる」
『違う。そうも取れるけど。俺は主に自分に言い聞かせてんの。巻き戻したくても、時間は絶対に巻き戻せないぞってね』
「………」
『…以上』
「………」
『聴いてた?俺の話…』
「……聴いてましたよ…」
『そ…』
「………」
『………』
「……巻き戻せたら…ゆりを紹介しない、絶対…」
『…そうして。…てかやっぱ俺の話聴いてねーじゃん』
「…(笑)」


2つの影が道路にすっと長く伸びる。


『今週末…オペラシティーで弾くらしい』
「………」
『それが終わったらニューヨークに帰るって。…ネットに出てた』
「………」
『………』
「………」
『…協力するから…』
「………」


頑固な恋敵は黙って前方を見つめてる。


でもその瞳は数時間前とは違って…

明るく輝いている…