今日は久々に
療法士ヤマモトさん来訪。
突然のじいちゃんの宣告により
やめることになっちゃった
訪問リハビリ。
まだ利用料が支払ってなかったのでね。
(ジジのこだわりで現金支払いなので…)
最後までソリは合わなかったみたいだが
自分本位なじいちゃんに一生懸命携わってくれた。
お世話になりました。
さて
ご本人。
相変わらずの日々。
ほれ・・・リハビリは?
おーい。
ツマに言われてるぞ。じいちゃん。
これで
あとまだ17年? 100歳までがんばるって?
そうは言っても
おっぽり出すわけにもいかず
二人分のウン●と闘う日々。
ナンだって、カミさまは
こんな試練をワタシたちに?
今日も介護殺人のニュースが流れてた。
共に80代。老老介護のご夫婦。
寝たきりの夫が
「おむつの仕方が気に入らん」と言ったことに腹を立て
思わず包丁で刺してしまったと。
刺してしまった奥さん・・・おばあさんと言うべきか
日ごろは献身的な介護でおじいさんを支えていたらしい。
本当に気の毒な話。
でも、どの家庭でも起こりうる話。
そうなる前に何とかする術はなかったのか
・・・それは勝手な周りの言い分だ。
そのご夫婦も
そうするしかないと思って日々を送っていたんだもの。
ワタシたちはまだ若い。
体力もあるから
まだ余裕をもって13番さんを看ることが出来る。
じいちゃんのウツも
混乱期も
ばあちゃんの認知症の急激な進行も
対処がわからないまま手探りながら
何とか幸い切り抜けられた。
世話の仕方、手の抜き方(笑)
諸々、わが家流が分かってきて
今は束の間の安定期といえるのかも知れない。
でも
ココに至るまで山あり谷あり。
例えば
車の運転。
毎回腹を立てながらも
なるべく、じいちゃんの意に添うように
乗せているのはね・・・
話は6~7年前に遡る。
うつ病突入で一旦は返上した免許証。
2年ほどでうつ状態から抜け出せたと同時に
再び運転したい気持ちがムクムクと。
もちろん、再度免許取得なんて無理に決まっているけど
いきなり新車を購入するに至り
これは本気だと怖くなった。
じいちゃんの免許返上を聞くと同時に
一念発起
自動車学校に4日間だけ通って
20年のペーパードライバー歴に別れを告げたワタシは
13番さん(特にじいちゃん)の運転に専念した。
もちろん、
うつが抜けて躁に転じちゃってるじいちゃんは
こちらの都合(当時はパートにいってた)
などおかまいなし。
それでも無理して言う事を聞いていたのは
この状態でもし運転されでもしたら
取り返しがつかなくなるから。
介護殺人も多いが
高齢者が運転して重大な事故を起こすことも
後を絶たない。
そうなると
必ず言われる言葉が
「家族がついていながら何をやっていたんだ。」
あれから今日まで
ワタシのアッシーは続く。
ありがたいことに
今では落ち着いてくれたじいちゃん。
あの頃のような無茶は言わなくなったけど
その落ち着きも
これまで家族ががんばった成果だと自負している。
高齢者
特にどんどん衰えていく者
認知症を患っている者
そんな家族を抱えた介護は
家族の見守りが必要な一方
手出しが出来ない一面もある。
彼らは最初から何もできない、何もわからない
赤ん坊ではない。
むしろ、かつては企業戦士であったり
患者を癒すナースであったりするわけだ。
記憶も、誇りも、狡さも、欲も
まだらではあってもまだ脳内には残っていて
出番が来るのを待っている。
身体は思うように動かない。
希望を持つことも出来ない
そんな八方ふさがりの中で
よし。もう一度頑張ってみようじゃないか。
そう、少しの光を見た時
周りの人間が力づくで抑えこもうとしたら
おそらく光は砕け散ってあらぬ方向に行ってしまうか
それとも、フッと消えてしまうか・・・。
家族としてはそれは避けたい。
じいちゃんのお金に対する執着も
こちら側とすれば
疑われているようで
面白くはないけれど
じいちゃんにとって手持ちのお金は
お金であってお金でない。
ただの光なんだと思えば合点がいく。
本人は100まで生きると言ってはいるが
今の状況を見るとどうやらそれも無理なよう。
あとどれだけ
じいちゃん、光を追いかけることができるのか
試練という名の貧乏くじを引いちゃった
万能でない家族は
それでも腹をくくって
彼らを見捨てるわけにはいかないのだ。
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