【2012桜上祭】
桜の咲いていた18年前の今日、親父の名前“上(のぼる)”と合わせて親父の葬儀の時に名付けた“桜上祭”と言う命日。オヤジの墓参りはいつも晴天に恵まれる のに、今年は厚い雲が空を覆い雨と風で荒れている。
さて…行くか…と身支度をすると、少し空が明るくなってきた。車に乗り込むと陽射しが射してきた。西武ドームの隣の墓に到着すると、雲が気を使ってくれて青空が見えて来た。
【オレは何処に向かうんだろう】
線香を灯し数珠を持って白い息を吐きながら理趣経 を唱えた。親父が他界したのは63歳で当時オレが23歳。親父がオレの年齢42歳の時、三男坊のオレは2歳。今のオレに2歳の子がいたら…楽しいだろうな。幸せな生活を掴み取りたい。しかし、自問自答しながらも、まだまだ修業の身だ。これまでも何度か紹介してきた弘法大師 空海の言葉 に
経路未だ知らず 岐に臨んで幾たびか泣く
あのお大師さんも悩まれていたんだなと思うと、精神的に重荷がやや軽くなる半面、選択した岐路の先には、喜び、悲しみ、試練が常に待ち構え続けていくんだと、褌を締め直す気持ちになる。
【オレの死生観】
ささやかな勤行を続ける中、ことさら墓参りには疑問を持っている。ココにあるのは壺に入った亡骸であり仏さんではない。魂は墓に滞留しているとは思わない。お大師さんの教えでは、鮭が生まれた川から旅立ち、また生まれた川に帰ってくるように、人は宇宙から来て、また宇宙に帰る…オレも本当にそう思っている。
その魂の存在は、人間の常識からは逸脱した世界にあり、両親、祖父母以前の先人を“先祖”と総称するように、長い歴史において自分の存在は一瞬であり、忘れ去られていく存在だ。生きている間は己を知り、与えられた試練を全うすることを心がけようとオレは想う。死んだら墓などいらぬ。瀬戸内海に…これがささやかな楽しみだ。
2010年12月29日 荒川ヒロシブログ もしオレが死んだら…を考えた
【同じ霊園にある2つの墓】
親父の墓参りを済ませ、一区画斜め前にある尾崎豊氏の墓にも手を合わせた。墓の前には多くの花が供えられていた。死んでも想い出に残る人、まだ勇気を与えることのできる人もいるんだよね。この墓も何世代後の人々に愛され続けるのだろうと思うと、少し淋しい気持になった。
そして同じ霊園内に2010年11月21日のブログに綴った“スマイリーたっちゃん” も眠っている。60歳をチョットのたっちゃんの死を当時多くの仲間たちが偲んでいたけれど、どれだけの人たちがたっちゃんを想い出すことがあるだろう。そっと手を合わせてお参りをした。たっちゃんと仲良しだったフラの先生にお参り報告メールを入れた。返信メールには
お父さん今日が命日だったんだ。私も近いうちにお参りに行こうと思っています。ありがとう。
人生とは、死とは、色々な形があるんだね。
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