子供との交流で感じたヨルダン人と日本人の違い
テーマ:青年海外協力隊活動:@ヨルダンマルハバ!
先週末のこと。
土曜日に、アカバから車で2時間ほどの村で、地域コミュニティーの子供たちと交流してきました。
去年も、アカバのシニアボランティアさんたちと一緒に訪問した村です。
とりとめなく書きます。
日本紹介と、文化紹介という事で今回は折り紙
いろいろ準備して段取り考えていたんだけど、・・・私ひとりに対して子供40人はカオスです!!厳しかった~(笑) 予想を超える反応、質問にしょっぱなから収拾がつかなくなってしまった・・・。
急遽予定変更して、紙飛行機大会をしたんだけど。
なんとか折り方を教えて飛ばしてみたはいいものの・・・。
1番を決められない・・・。
一番遠くまでいった子はわかっているんだけど、みんな自分が一番っていうもんだから、またしても収拾つかず。
遠くまで飛ばせた数人用に、プレゼント(っても、千代紙で作った小物入れなんだけど)を用意していたけど、
「私にもちょうだい!」 「私が一番!!」 が続いてしょうがなくなっちゃったんで、ひとりひとりに折り紙あげて終了!
こういう場所では、むやみにモノをあげることは良くないっていうの、わかってますよ。
けど、ちゃんとしているところはちゃんとしているんだけどなぁ。ルールはこうだよ、って話したらわかってくれて、そのルールの中でがんばろうとする子だっている。
だけど、小学校高学年、中学生くらいの子供でもそれがわからず チョウダイチョウダイ が繰り返されるとどうしてだろうって、思っちゃいます。
最近、日本とヨルダンを比べて考えてみることが多くて、どうしてこんなにも違いが出るんだろうと単純に不思議に思います。
だって、日本だったら、こうして前へ前へ出て、私がイチバン!!!って叫び続ける子は少ないですよね??
私があの子より優れている!って、ちゃんと出来た!って、主張する子って少数派だと思う。
それは日本の謙虚で良い部分であり、まわりと同調する力。けど、主張するべきところは主張するという力が無い部分、かなぁと。
日本って、特段こういうコトを教わって出来ているわけじゃないよね。人がたくさんいるところで騒がない、キチンとする、大多数の人が自然に出来るって、どうしてなんだろう。
ヨルダンの場合は・・・どうしてこうグチャグチャなっちゃうんだろう。
姉妹兄弟が多いから、自分が主張していかないと、親の注目、愛を受けられないからだろうか。
家庭内で、小さいときからサバイバルなのかな。
そして、日本人は自分のいいところよりも、悪い部分を見がち。良く出来たところはそれで当然。反省点があったらそこをまた直そうとする。
だから、上へ上へといけるのかな。 そのかわり、自分を許せない人が出てきて苦しくなってきてしまうような気がします。
ヨルダン人は、良いところを見て、悪いところを見ない(比較的)。
何かを行った後、「お疲れ様、良かったよ」 と声をかけると、
「そんなことないですよ」 と返事をするのが日本人。
「そうでしょ?良かったでしょ?」 と返事をするのがヨルダン人。
と、まぁ完全に個人的な意見です。 アカバへの帰り道、どっと疲れが押し寄せ色々考えてしまいました。
とりあえず、今回の訪問について私も反省点はたくさんありましたが、子供たちはカオスながらもかなり楽しんでくれたので良かったです。なかなか村から出る機会が無く、新しいものに触れる機会がない子供たちとのこと。変な外国人と会ったことあるなぁ、飛行機飛ばしたなぁくらい思い出してくれたらそれでいいです。
あぁ まとまらなかった・・・・。









