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乳がんのブログに父のがんについて詳しく書く必要はないと思います。
でも、これは私自身の個人的な記録として残したいので書かせていただきます。
とても長くて暗い記事なので、体調が悪い方は読まないでくださいね。
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朝起きて、
「ああ、やはり現実なのか」
とガックリするのは、自分が乳がんだと分かったとき以来かな。
本当に気が重いです。
入籍してから、割と幸せを感じて生きてきたのに、その気分は9ヶ月で終了しました。
昨日、父が入院した病院に行って、病気についての説明を聞いてきました。
中咽頭がんということです。
ちょっとだけ、珍しいそうです。
強いお酒が原因であることが多く、九州や沖縄で多いらしい。
父は殆どアル中状態で、ヘビースモーカーで、更に刺激物大好きですから。
なるべくして……という。
勿論、それを止める努力を母も私も妹もしました。
けど、人の話を一切聞かない人なんです。
このがんは、初期でも転移しやすいそうです。
もう一つの特徴として、20~30%の確率で重複がんが見つかるそうです。
主に、胃や食道です。
(酒タバコが原因ですからね~)
今日は、そちらの検査を受けているはずです。
もし、がんが見つかった場合は、より進行している部分を優先して治療するそうです。
そもそもの始まりは、首のグリグリだったそうで。
咽喉が痛いこともあったみたいなのですが、風邪だろうと思っていたそうです。
半年程前、散歩中に転倒して整形外科に行ったときに、そのグリグリを診てもらって抗生物質を出してもらったのですが、少し小さくなったものの完全に消えず、医師から「がんの可能性がある」と言われたそうです。
それで現在入院している病院に行ったワケです。
ところが、全く原因が分からなかったのです。
様々な検査を経て、最終的にPETを受け、反応が出た咽頭の細胞を手探りで取って検査したところ、がんが出たそうです。
原発は目で確認できない状態です。
主治医は「見つけるのが困難だった」と必死に言い訳していました。
まぁ、分かりにくいがんがあるのは理解できますので、そんなに言い訳しなくてもいいのにな~と思いました。
首のリンパの腫れは、ポッコリと目立ちます。
その腫れが小さいうちに病院に行っていれば、もう少し状況は良かったかも知れません。
一昨年だったかな?
珍しく父が人間ドックを受けると言い出したので、私が車で保健所に連れて行ったんです。
どうやら、TV番組(本当は怖い~)を観て怖くなったらしい。
そうしたら、市の検診は終了したので、次回また申し込みしてくださいと言われました。
ところが、日が経つと恐怖心は消えてしまって、申し込みをしませんでした。
自分は大丈夫だと思ってしまったんでしょう。
で、
主治医は「退院するときに病期や5年生存率を教えます。今から、そんな事を聞くのもなんでしょう?」
と言って、詳しい話は聞けませんでした。
確かに、がんについて何も知らない父が、いきなり聞くのは酷かも知れません。
なので、突っ込んで聞かずに、帰ってきてから検索してみました。
主治医のコトバの中にあった「T1 N2」。
それを調べてみると、病期はⅣでした。
原発は小さすぎて確認できないけれど、転移したリンパの状態が悪すぎる。
5年生存率は51%でした。
あ、父はネットなんて見ないので、堂々と書いて大丈夫なんです。
恐らく、抗がん剤の辛さも治療が始まるまで理解できないと思います。
放射線治療も、咽喉だと食事が困難になって体が弱るかも知れません。
勿論、主治医から説明は受けていますが、
「吐き気があります」
という言葉だけでは分かりませんよね。
私だって想像するだけで理解してませんけどね。
万が一、原発が消えても(PETで再確認)リンパの腫れが残ったらオペになります。
リンパ郭清は、多少の後遺症が残るものの、それほど大変ではないのですが……。
最悪なのは、原発が消えなかった場合。
もう~、大変なオペになります。
後遺症も、嚥下が困難になりますし、声も出しにくくなります。
こんな状態で、私が何に落ち込んでいるのかというと。
とても申し訳ないのですが、父が可哀想というものじゃないのです。
体力が落ちてきた母が、父の看病(世話)をしなければならないこと。
結婚を間近に控え、仕事を持つ妹も看病などに時間を取られること。
私は関東への引越しを諦めなければならないかも知れないということ。
冷たいようですが、それを重く感じているのです。
長年の夢が、家族の病気によって叶わなくなる。
仕方が無いことのような気もします。
でも、本当にそうやって諦めてもいいのかな?
無理に引越しを強行すれば、父が寝たきり状態になったとき可能性として考えられるのは、
私が月の半分を愛知の実家に泊まって、父の介護をする。要するに彼と半別居状態。
彼は、それも可能ではないかと言います。
私も可能だと思います。
でも、実際にそうなって、私と彼の関係が駄目になってしまったら、何のために無理をしたのか分からなくなります。
じゃあ、諦める?
諦めてしまって、父が亡くなった後、私は父を恨んでしまうのではないかと思います。
人生の邪魔をされたと感じるかも。
父は自分の好みでお酒を大量に飲んで、タバコも刺激物も決して止めなかった。
それなのに、私は自分の好きな人生を歩めなくなってしまう。
どちらを選んでも後悔すると思います。
どうしたら良いのかわかりません。
とりあえず、治療を終えて退院するまで様子をみれば?と言われますが、様子をみたところで、病状の推移は誰にもわかりません。
自力で病院に通えるかも知れないし、寝たきりになるかも知れない。
最終的に寝たきりになるのは、ほぼ確実だけど。
他にも、悩む原因があるのですが、それはココには書けません。
ただ言えるのは、関東へ引っ越すチャンスは、恐らく今回が最後ということです。
今回諦めたら、一生愛知県で生きることになります。
何故、そんなに関東に住みたいか……。
それは地方出身で関東に住んだ経験があればわかると思います。
私も、過去に横浜に住んでいなかったら、こんなに想いを馳せることはなかったでしょう。
ただ、頭を抱えるばかりです……。