2012-02-21 13:43:36

迷ったときに思い出す母の言葉

テーマ:がべ母シリーズ

先日掲載した転載日記


【見事な返し技】

http://ameblo.jp/aqualagabe/entry-11160190640.html

あの日記にしてもそうですが


ウチの母親はここぞという時は


なかなか説得力のある切り返しをします 笑


今でも私が生きていく上で


迷い道にさしかかった時に


必ず思い出す


母の言葉があります



それは私が中学3年生の時


高校受験を控えていたある日


担任の先生と美術先生両方から


偏差値も十分だし


デッサン力もあるということ


あとは素行が真面目と言うことで



私を高松工芸高校の美術科へ


推薦したいというお話がありました


その頃の私は何よりも絵を描くのが好きで


毎日大好きな絵を描ける


工芸高校へ行きたくて


毎日美術先生がおっしゃる通り


1日5枚以上のデッサンを描いて


毎晩遅くまで勉強していて


努力した結果を


先生方が評価してくれての推薦の話


とてもとても嬉しかった


でも その時私が狙っていたのは

美術科ではなく


デザイン科でした


家に帰り夜遅く仕事から帰ってきた母に


そのことを話した


私は推薦で行けるなら

美術科受けなさい


と母は言うと思っていたが


母は

「あんたが行く高校だから

どうするか決めなさい」


私は

「えっせっかくの推薦なのに

デザイン科行きたいからって

デザイン科より入るのが難しい

美術科の推薦蹴って良いの?

もったいないやろ?」


すると母は

「お母さんがこうしなさいといって


言いなりになって入ったら


もしも何かあって挫折したとき


あんたは、お母さんが行けいうたからこうなったと


人のせいにするやろ


自分の進路だから


自分が何があっても


自分の責任持てるように


自分で決めまい」


私はその時はっとなった


正に母の言う通りだと思った


中学3年と言えば


もう小さな子供ではない


自分の事は自分で決めていける


母は私を突き放したのではなく


自分のしたことに対して


責任をもてる大人になる為


きっと母は言ったし


母は私をそれだけ信用しているんだと


私は次の日


担任の先生に美術科の推薦の断りをした


先生は物凄く勿体ないといっていた


でも数日後 今度は自分が入りたかった

デザイン科の推薦の話が来て


めでたくデザイン科に入学できました


今は絵を辞めてしまったけれど


デザイン科で学んだこと等は


今のアクセサリーの製作にも

とても役立っているし


何より母の言葉は


フリーランスで


誰にも頼ることが出来ない状況で


制作も雑務もこなしていくことになった


今の私にとって大きな支えになっているし


物事を決める際も


すべては己の責任


例えそれで蹴躓いても


誰のせいでもない


何があっても


後悔しないという生き方に


母の言葉は


大きく息づいている


普段は怪しい言動だらけの


母だけれど


この言葉を言った


その姿は


珍しく格好良かった 笑


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2012-02-09 22:15:00

見事な返し技

テーマ:がべ母シリーズ

永年のがべブログの読者達には


絶大な人気を誇るキャラ


それは


がべ母「ちずこ」


新しくアメブロで友達になった方の為と


親方 制作に追われすぎて


日記ちょっと書けない時など


過去に掲載した大反響のあった話を


たまに転載しています 笑


ずっとお付き合いのある読者様で


何度も読む羽目になった方は


サクッとスルーしてください


そして読んだけれど忘れた人は


良かったら読んで上げて下さい 笑


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見事な返し技



私が育った家庭環境はよろしくなかった


率直に言えば


良くない方だった


私だけ見たら


礼儀正しく


あまりにお嬢様ムードタップリで


私の家庭の事情話した相手は


よくぞグレることなく育ったと感心した

(ある意味自慢話?爆)


しかし私の年子の妹は違って


かなりグレて悪事の限りを尽くした


高校もろくろく行かず


家出を繰り返した妹


その妹と母が大げんかして


言い合いしているときに妹が



【お母さん、そんな酷いこと私に言うぐらいだから


私はどうせ橋の下で捨てられていた捨て子なんやろ!】


と母に言った


その際母が目を真っ赤にして



少し震えながら






「あんたみたいな子


わざわざ拾ってまで育てるほど


物好きちゃうわっ


自分の子どもやけん


あんたみたいな


悪いんも養っとんじゃーーーーー」


と言い返し

妹は


思わず


「あっほんまや、その通りや」

と納得して丸く収まったことがある


下手に否定するより


真実みがあり


私もパーフェクトな返しだと


傍観しながら頷いた(笑


そんなしょうもないことを思い出した


初夏の風が薫る午後(* ̄Oノ ̄*)ほほほほ


ちなみに

がべ母はこんな人

http://ameblo.jp/aqualagabe/entry-10528179467.html


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2011-06-13 14:40:35

思い出の修学旅行

テーマ:がべ母シリーズ

本日の日記はブログネタより~♪


修学旅行はどこに行った? ブログネタ:修学旅行はどこに行った? 参加中

本文はここから

修学旅行どこ行った?というブログネタなんですが

香川県在住の私は

小学六年生の時は

【京都・奈良】

中学校3年生
【九州方面…長崎、大分、佐賀辺り】

高校3年生

【関東…東京、横浜辺り】

だったのですが高校の修学旅行が

2年で行ったのか、3年で行ったのかうろ覚え

ほんの数年前まで高校生だったのに

忘れるなんておかしいなぁ♪自称平成生まれのがべ

こうして書いたら私がほんまに20代そこらの

おぼこ娘と勘違いする読者いたりするんだろうかと想いつつ

思い出として強烈だったのは

高校時代の修学旅行ですね

何が強烈だったかって言うと


それは





親方とした事が

修学旅行の朝



寝坊してしまったからо(ж>▽<)y ☆てへ


修学旅行の朝


母ちずこに

蹴り起こされた



私は何で蹴り起こされたかしばらく

状況が飲み込めてなかった

「あんたっなんで
今日が修学旅行言わんのなむかっ


この一言でハッとした

続けて母ちずこは

「Rちゃんが迎えに来ているで
早く制服着なーーーむかっ

制服を投げつけられた( ̄Д ̄;;


慌てて顔も洗わず

制服着て荷物を持って飛び出た私




近所に住むRちゃんのお母さんが

車で集合場所の高松駅まで

送ってくれるので6時に家にRちゃんが

迎えに来る約束していたため

Rちゃんが迎えに来て

呼んでも一向に出てこないので

ドアめちゃんめちゃしばきながら

「がべちゃーん修学旅行遅れる」と

半狂乱でうちのドアの前で騒いでいたのを

母ちずこが聞きつけて飛び起きたことが事の顛末でした 笑


修学旅行で遅刻した場合は

テメェで現地まで行く事に

危うく友達のRちゃんまで

巻き添えになる所でした^^;
母が働いていたので

取りあえず自分で

修学旅行の荷物を準備していたので

直ぐさま出られて修学旅行遅刻は免れました

不幸中の幸いでしたが

親にすら修学旅行の日程伝えてなかった私 笑


高校生の頃部活で

他県への遠征も結構していて

修学旅行いくいうのが

既に特別だという感覚が

薄れていたせいもあったんでしょうが

いくらなんでも酷いですよね 笑

修学旅行では髪もぼさぼさ

顔も洗わない状態で出発しましたが

岡山駅から乗り換えた新幹線で

しっかり顔も洗い歯も磨いて

髪もセットして持って来た

おやつで朝食を済ませました(笑



しかし いくら腹が立ったからって

母ちずこ


娘を蹴り起こさなくても

昨日久しぶりに 

ちずこに会って思いだした私は

想ったのでした 笑


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