迷ったときに思い出す母の言葉
テーマ:がべ母シリーズ先日掲載した転載日記
【見事な返し技】
http://ameblo.jp/aqualagabe/entry-11160190640.htmlあの日記にしてもそうですが
ウチの母親はここぞという時は
なかなか説得力のある切り返しをします 笑
今でも私が生きていく上で
迷い道にさしかかった時に
必ず思い出す
母の言葉があります
それは私が中学3年生の時
高校受験を控えていたある日
担任の先生と美術先生両方から
偏差値も十分だし
デッサン力もあるということ
あとは素行が真面目と言うことで
私を高松工芸高校の美術科へ
推薦したいというお話がありました
その頃の私は何よりも絵を描くのが好きで
毎日大好きな絵を描ける
工芸高校へ行きたくて
毎日美術先生がおっしゃる通り
1日5枚以上のデッサンを描いて
毎晩遅くまで勉強していて
努力した結果を
先生方が評価してくれての推薦の話
とてもとても嬉しかった
でも その時私が狙っていたのは
美術科ではなく
デザイン科でした
家に帰り夜遅く仕事から帰ってきた母に
そのことを話した
私は推薦で行けるなら
美術科受けなさい
と母は言うと思っていたが
母は
「あんたが行く高校だから
どうするか決めなさい」
私は
「えっせっかくの推薦なのに
デザイン科行きたいからって
デザイン科より入るのが難しい
美術科の推薦蹴って良いの?
もったいないやろ?」
すると母は
「お母さんがこうしなさいといって
言いなりになって入ったら
もしも何かあって挫折したとき
あんたは、お母さんが行けいうたからこうなったと
人のせいにするやろ
自分の進路だから
自分が何があっても
自分の責任持てるように
自分で決めまい」
私はその時はっとなった
正に母の言う通りだと思った
中学3年と言えば
もう小さな子供ではない
自分の事は自分で決めていける
母は私を突き放したのではなく
自分のしたことに対して
責任をもてる大人になる為
きっと母は言ったし
母は私をそれだけ信用しているんだと
私は次の日
担任の先生に美術科の推薦の断りをした
先生は物凄く勿体ないといっていた
でも数日後 今度は自分が入りたかった
デザイン科の推薦の話が来て
めでたくデザイン科に入学できました
今は絵を辞めてしまったけれど
デザイン科で学んだこと等は
今のアクセサリーの製作にも
とても役立っているし
何より母の言葉は
フリーランスで
誰にも頼ることが出来ない状況で
制作も雑務もこなしていくことになった
今の私にとって大きな支えになっているし
物事を決める際も
すべては己の責任
例えそれで蹴躓いても
誰のせいでもない
何があっても
後悔しないという生き方に
母の言葉は
大きく息づいている
普段は怪しい言動だらけの
母だけれど
この言葉を言った
その姿は
珍しく格好良かった 笑


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