aqua*rera 水と風の祈り in the beautiful one world

スピリチャリティを意識して生きる≒本来の自分で生きる

  本来の自分へ還る≒暮らしの中の選択が変わる

  暮らしの中の選択が変わる ≒ 社会、惑星、宇宙が、変わる。

  そして つながるすべてのいのちは まるごと 一つだったんだって、思い出す。


テーマ:
とうとう
舞いたくなってきたんだ

と 気づいたのは

この数年のことです

うたでは
表現しきれず

身体が
訴え始めたのですね^^


その時々のご縁で
フラや、ベリーダンスなど
少しずつ体験して
自分へ「どう?」と
聴いてきました

有る時
ベリーダンスの体験WSで

これは
神への巫女舞いであると
直観したとき

ちょうどその説明があり

一気にかちっとはまると
すっと 体が動きやすくなっていました

そして
自分でも おどろくほど
神聖な気持ちで
その 動きとともにいました

これは
大きな再会でした

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ 

この 舞 ダンスへの 衝動。。。。

今 思えば

「何のダンスがよいか?」

という感覚よりは

動くたびに

何かしら
体の奥の方からわいてくるものを
聴いていた感じです

なつかしいような

知っている感覚を

手繰り寄せていたのです

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ 

以前
ポラリティセラピーのクラスで
自らが 五大元素になる、というものを
チームを組んだり ひとりで表現したことがありました

その時に
まず 一つ目の
大きなブロックが外れました

いま思うと
びっくりしますが

「あ、人前でも
自分は 自由に踊って
いいんだなぁ」

なんてことを
当時 ぎくしゃく動きつつ
思っていたのです

「みんなはいいけど
私は ちょっと規制かかってる」
みたいな(笑) 
何かの事情があったにせよ
制限を自らかけている大昔の習慣ですね
(もう、てばなしてOK

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ 

そんな中
ハワイ島でのリトリートで
友人の友人と出逢い

なんとも
美しく懐かしい舞いを
たくさん披露くださり

そのお陰様で
すっかり 舞への扉が
啓かれた気分です


リトリート中

島のエネルギーやら
集ったメンバーや
いまの磁場に
サポートされながら^^でしたね


特に
スエットロッジの夜

テントに入り、信じられない汗を流し
水で洗い流し、を5~6回ほど 重ねたあと

焚き火を囲み
どこまでも自由に 踊りの中で舞いました
自然の元素となって
神様へ語りかけるように

これまで いろいろ準備して
歩き出す 最後の背中押しを
してくれてるんだろう、このリトリート

スエットロッジの中でも

ただ
呼吸

そして

素のまま
源への回帰
新しい惑星での
グラウンディング
(光を自らに どんどん流し
 いまここに 天国)

うかぶことは
ずっと 胸にあったことですが


その中で

真の芯の神の
喜び のようなものに
触れるのでした

テントの中でも
踊りの時も

内側は

とても 静かでした

空(くう)



とにかく


純粋に
お祈りのひと時でした^^



↑ スエットロッジあと みんなで囲んだ たき火
  踊り 奏でた 夜。。。



身体に解放が起こると
流れに 勢いが付きます

もう
何がきてもOK♪みたいな
おおきな 気持ちで

その流れを受け止めて

流れを見つめ感じるというよりは

自分が
流れそのものになるチャンスです~

ハートから思わず動く
感覚ですね

選択すれば

そこで生きていける時が 今です

場合によっては
何かをとりもどすように
どんどん 体と共に内側から
ほとばしる感覚があるかもしれない

その ダイナミックな動きも
いつかはおさまり

静けさが
おとずれます


そこからが

いよいよ

1人ひとりが
内なる自分と共に

人生の舵取りの時なのです


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ 


こちらのブログでは

いろいろ 書きますが

主な目的は
自分自身の記録もあり

敢えて書きますと
インディゴ先発隊で
特に
激しい上
無理やり
自分を押し込め

いま 内なる力や
信頼をとり戻すのに
心傾けているだろう
まだ見ぬ仲間へのシェアとしても書いてます

自分はおそらく
クリスタルのハイブリッドと
言われるのかな?

でも
こういう言葉必要な時代も
どんどん 移行しているものね

どうぞ
心やすけきときを♪



Lumière  









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テーマ:
わくわく、どきどき

もう
どれほど
使われきた表現でしょう

「ただ
らくちーんなこと
してたら いいんだ!」

「ほんとうに
そんなので いいの?」

感想、解釈のされようも
ほんと いろいろでした

この数年
体験から 思うのは

ほんとに

わくわく どきどきを
100%選択して生きるには

覚悟が
要ります

それは

信頼して
委ねる

という 覚悟です


※周囲の反対にめげずに
 自分の生き方しかできない人には
 なんてことないと思いますが


自分を後回しにして
器用に合せてきた人には

ここで
誰よりも
覚悟が必要となるでしょう

たとえ
どんなに大切な人から
反対され 心配されても
世間に自分がどう思われても

信頼して
委ねる覚悟です

でも

自分の本当の

「好き」



「楽しい」

の ためなら

大変も

大変ではありませんよね



それに

それが
ほんとうの

わくわく、どきどきなら

おそらく

だめかも。。。ってことが

すっと 道が啓けたり
いわゆる 奇跡みたいなことが
起こるように感じるかもしれません

でも
それは たんじゅんに
あなたが 本来行く道だから

そういう 流れに
乗っているということなんだと思います


ただ
自分の 本当のわくわくやどきどきを
周囲に合せて 後回し
あるいは 代替案を選ぶことで
済ませることに慣れている人にとっては

そのような 100j%の選択を

贅沢なこと

自分には もったいない

と 感じることもあるかもしれません


昔 私が そうでした

その選択が ほんとは答えだとしっていながら

時期が熟すまで
自分が自然にOKを出せるまでは
知ってるけど、 でも・・・、と
わかってない ふりをしていた時期があります
(確信しながらの、こういう歩みをわかってしてました)

その時期にあるのなら
無理は しない方がいいかもしれません

ほんとうに
これが限界かも!
というときは 自然に動きだすと思います

全部知っている自分
(いわゆる内なる叡智、自分、ハイヤーセルフ)が
ちゃんといますから

もっと スムーズに
と 思うのであれば

もう
自分の直観を
もっともっと信頼して
その直観とともに「行動」しましょう

直観とともに
行動することで

直観に
確信をもてるようになります

これは
肉体をまとっている為に

直観の筋トレですね♪


゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

二十年ほど前に バシャールが
チャネリングされた時には

その わくわく どきどきは 
魂が求めるものを

肉体ごと
感じられるサインだと

伝えてくれていました

いわゆる
生まれてきた意味へと
みちびかれる道ですね


ところが
当時 バシャールは
特に言ってなかったそうですが

昨年?おととし?
関野あやこさんが
アンフィニのクラスの中で
おっしゃっていたのは


わくわく どきどきを 選ぶと

ええ!!
と 目を覆いたくなるようなものが
次から 次から

感情を伴って浮上します、ということです

これは
もう 本当にたくさんの方が
語られてきて

山のように
ワークなど生まれた側面でもあります

素直に生きるのはいいが

その軌道修正の際に


いわゆる

自分が 手放すもの

超えていくものが

日常の人間関係や

出来事の中で


噴出する場合がある、ということですね



それを

もう大変だし、怖いし
やめます

という選択をするなら

それもOK


また
あらたな道がクリエイトされるのですね


表現は色いろですが

わくわくではなく、
今までの、安全な道を生きることを

「眠り」
というひともいます

でも 眠りが悪いわけではない


ただ

目を覚ます
(わくわく感を入り口にして
 肉体をまとう前の 無限の可能性に満ちた自分を生きる)

という道が

宇宙から 過去最大に サポートされている時代を
私達は今生きている のも 真実なのです


これは
科学的にも説明できることだそうです
その説明を簡単ですが、お聞きした時

素人の私ですら
直観的に

ほんとだな

と わかるのです


量子(≒光)が
いま どんどん増している時代と言われてます

光りが増すということは

さまざまなことに 光が当たる

透けて見える、ということでもあります

(以前 ブログでも書いたかな?)


社会で いろいろ 暴露されるというのも
その現象の一つだと 言われてます
(こういう視点もある、程度に思って頂けるといいです)


暴露され
白日にさらされ

素の姿を現す

そのプロセスは、いろいろ、

現象として、どろどろや、いろんな感情を
呼び起こすことも、あるでしょう

でも
その、あらゆるものは、

他でもない 私達
1人ひとりの内側を
映しだしているものという視点もあります

私は
そのアイデアを確信しています

体験を重ねることで
こう書けるにいたりました

いま
自分が意識するものが
ほんとうに現実になる
そんな磁場にいますね

これは
奇跡、などというよりは

そういう宇宙の流れ

という方が 自然に感じます


バシャールも重ねて言ってましたが

出来事は 中立
どう意味づけするかは 私達しだい

これは

私達が どういう世界を生きたいのか
それを明確にすることで

そういう世界 そういう日々を生きることができる、
ということなのです



゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚

この
わくわく どきどきを
毎瞬 100%選択して生きるということ

それは

ゆるぎなき
信頼さえあれば

そして

ほんとうに
望むのであれば

誰にでも可能な

方向性です


もちろん
プロセスは
1人ひとり、オリジナル

でも
その根底にあるのは
行きとし生けるものの すべてで
シェアしているもの

それは
もう 体験するしか
ありません


どんな言葉を
駆使ししても

完璧では ありません


そして

その体験が

本気で望むのであれば
誰にでも可能なのだ

それは ほんとうだし

そんなに
遠いはなしでもありません

すくなくとも
私は 思います



ほんとうに

自分しだい



無いと思えば

無いと思います



有ると思って
そう動けば

有ると思います



今回も 私はなんにも
新しいことは 書いてません

私が 自分のシェアできるものとして
体験をつづってみました

長くなりましたが
最後まで読んでくださり
ありがとうございます


春分 新月 のエネルギーの流れが

この 始まりの季節への 滑走路のように

流れをくださった感があります



みなさま どうぞ

また 佳きときを


私たち 1人ひとりの中にある
決して消えることのない 光 Lumière を 感じつつ。。。。



merci
Lumière 




テーマ:
先日のハワイ島

いくつか 深く響いたことがあった中で

ここ ハワイ島で 体験した
ALOHA スピリットを

日本で生きる♪ 


というものが ありました



そういう言葉が 自分の中で
はっと 涌いたと言っても

説明できるものではなくて

言葉にしたじてんで
消えちゃいそうな
別物になっちゃいそうな

もう 体験だけの ものです

ほんらい すべて そうなんだけどね^^



そして

この ALOHA スピリットって

たぶん 日本のスピリットを
より 活かすための存在だなlって 思いました


海外での 通訳などされている方から
再三 教えていただくのが。。。。

私達が あまりにも慣れ親しみ
当然のようにしていることが

海外の方にとっては

とっても 賞賛される ものなのだと

いわゆる 道徳心 倫理観 みたいな 部分ですね

親切 和の心 慈しみ

いやいや、わたしなんて、、、、と それでも
日本人は 思うのですが

世界的にみると

もちろん どの文化も素晴らしいだけど

この日本人の気質は 尊ばれるようです

今回 リトリートでお世話くださった NYご出身のヨガの先生も
それは 何度もおっしゃってました

なので 日本人の 

「いえいえ わたしなんて・・・」

というのは あくまでも 自分が思っているだけであり

いま この地球にとっては とても大切な気質が
日本人には DNAレヴェルで育まれているのだと思います


だからといって
日本人が特別でもないと思います

単に
時代に必要とされるエッセンスを持っており
生きている、という方が ナチュラルな感覚とおもいます


ちょっと こまかく書きましたが

この日本人の気質も

一歩 行き過ぎると

とても 窮屈になる場合があるのですね

もう お分かりですよね?



その バランスをとってくれたり

解放のサポートをしてくれるのが

ALOHA スピリットなんだぁ


と 個人的に 腑に落ちたのです




今回 いろいろ名づけてたんですが

まずは

ハワイ島は まさに
地球の 保養所♪

それにふさわしチームとも
出愛の場がたくさんあります

そのチームとは
イルカさん、クジラさん、ホヌさん

ただ この水の星

地球の海の あちこちで

ネットワークをもって 


愛と遊びと 自由、解放の周波数を

海を通して 発信 発振してくれてるのです♪



その 仲間たちと
コンスタントに つながってくれていた
マリエル。ありがとうございます

こちら
マリエルのHPです
http://www.stellamaris77.com/ 


どこまでも自由に遊び
時には 単独で
時には 家族や仲間と
美しく 愛くるしく。。。。

その生きざまで

私達に 沢山のことをみせて おしえてくれた イルカたち






また

姿がなくとも
その 海は 本当に

泣きそうなまでに 美しく

愛に満ち溢れてました

すくなくとも

私には そう感じられました

大大大大大好きで
愛してるのに

足がつかなくなると 怖かった




今回は
始めての本格的なシュノーケリング

初日などは
フル装備緒でした

ライフジャケットに浮き具に
そして 過度に装備したため
大きなダイブ用フィンで歩くだけでも どきどき

事前に 何人かの友人から
マスクの着け方とか聞いてたのに

やってみるのが
なによりですね


もともと 道具を扱うことで
余計に 慣れる時間を要するのです

※ ほんとうは
  なんもなくて 潜っていたのかも。。。とか
  最終日は思いましたけど^^


どんどん
イルカに会うメンバーの中

私はヘルプを求める発想も初めはなく
ひとりで何とか行こうとして
浜からの出発が最後になった時もありました



いろいろ 浮上しながらも


ふと我に還るのでした


今回は ドルフィンスイムを
成功させるために ハワイ島にまできたの?


いや ぜんぜん ちがう

今回の リトリートは

ただただ
本来の 自分に還る という流れの

1つのプロセス


その 扉として 居てくれたのが
イルカだった

どれも これも
出逢うもの 起こっていることは

外側に現れた 結果にすぎない



そんな ことをぷかぷかんで
内観しつつ

すっと
自分のまんなかに戻りました



海のまんなかに

ひとり ぽつーんと なったとき


いま 海の中を眺めて
楽しむことも忘れていた自分がいました

それを意識できて
もう 大笑い

何十年も ずっとずっと

本屋 ポストカード ネット画像で
たのしんでいた あの海に いるんだ

なんてことも どっかに 飛んでました



そして

どんどん 自由に
海との再会をゆったりと楽しむのでした



美しすぎます

そして
何が見えても
見えなくても


すべては

ここにある



一瞬 キーって
イルカの声が
聴こえたような
聴こえないようなとき

ふと
イルカから

メッセージが きました

何 あせってるんだよ~

大丈夫さ~

ずっと いっしょだっただろう~?




あなたたちが

イルカなんだよ~




実際 子どもの頃から 

自分が 昔
イルカだったり
イルカの背に乗る人だったり

そうであるくらいに

とにかく

イルカが 好きだった(今も好きだよ~)記憶が
どんどん 甦るのでした


そして
落ち着いてくると

こんどは

海の中 全体を 眺める余裕が出てきました


呼吸を意識しながら



もちろん
途中 なにかの拍子で
海水を飲むことだって ありました

それでも

とても 落ち着いた自分がいて



かなり 深い海底を眺めながら

水中カメラのシャッターを押したり

海底コミュニティは
本当に幻想的


森の仲間のコミュニティに似てる

違うのは
動いてる存在が 多い

海底特有の
ゆったりとした波があるからねぇ

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


海は 本当に 沈めないんだ。。。。

って ことも 体験しました



へんにあがくと

どんどん、 海底へと

水をかきながら 沈んだり おぼれたりするだけで




今回 潜るとこまでは
なりませんでしたが


でも

怖さから準備した
道具をどんどん手放して


最後は やっと

シュノーケリング三点セットのみになり
身軽となりました




いくら 書いても

こういう体験は

ご縁の中で 実感するものなんだと思いますが




今回の旅で 恐れから準備したものは
海の道具に限らず

ことごとく  用無しでした^^;



これって 日頃の暮らしも同じです


いま 前はおもいながら 手放しにくかったものも

どんどん 手放し


人生の 舵取りをより軽やかに できるようになりました

まだ 手放す前は その恐れからの 重さにも気付かないので
それで なんとかやってる と 思っていたわけですが


島へ渡る前もですが

渡ってから

時が満ちて

いっろいろ 外れていった後の軽さと自由さは

もう 最高です


そして これが最終目標でもないので


日々
ますます どんどん 自分の源へ還る旅にあるのです


直線ひかれた先にある ゴールなどは
本当に 昔の習慣でしかありません


ただ いまここ。 


美しさ 楽しさの 喜びの中で

この 感覚の
裏づけすることがでしました


知ってることを

叡智へと導かれました



ALOHA&MAHALO

心からの
愛と感謝をこめて


Lumière