>佐賀旅行20からの続きです
いろいろな体験プログラムが用意されています
勾玉もいいな~銅鐸もいいな~
すっごくやりたい
地図を見て、すっごく広かったので、
はやくも途方に暮れていたところ、
ボランティアの方が話しかけてくれました
このルートで回ったらいいよ、と教えてもらい、
ちなみに、これからご紹介する竪穴住居、
高床式倉庫などの復元された建物は、
すべて実際に発見された遺跡の真上に復元してあります
本物へのこだわりから、同時期の遺構のみを活用し、
考古学や民俗学、建築学など幅広い専門家の意見をもとに、
集落や建物を推定復元しているそうです
つまり・・
リアル弥生時代!
クワは合成ですが、いきなり興奮
吉野ヶ里遺跡、実は日本100名城でもあります
遺跡がお城
ただの広い原っぱじゃん
・・いえいえ
お城の定義は、防御設備を備えた施設・拠点
このブログで何度も書いてますが、
天守閣はあくまで城の施設の一つ(物置だったり)で、
取り囲む堀などまでがお城なのです
吉野ヶ里の集落の入り口には、
門があり土塁があり柵があり堀もある
門があり土塁があり柵があり堀もある
環壕(今は水たまりだけど)に、土塁の上に木の柵
侵入者が柵を超えて外へ逃げようと飛び降りたら、
このビッシリ並んだ草むらの中の
尖った木(逆茂木)にぶすり
串刺しです
さらに櫓つきの門があり、ここからが南内郭です
この場所はかつて、土橋があり、
大きな門を備えていたようです
侵入者ごっこ
ここの堀、かなり深いの分かりますか
外ばっか紹介してないで早く入れや、
という声が聞こえてきそうなので、
そろそろ中へ
(公式サイトよりお借りしました)
南内郭
こちらは、吉野ヶ里最盛期、
吉野ヶ里の集落をはじめ、周りのムラを治めていた
王やリーダー層の人々が住んでいた場所
ここの堀、かなり深いの分かりますか
外ばっか紹介してないで早く入れや、
という声が聞こえてきそうなので、
そろそろ中へ
(公式サイトよりお借りしました)
南内郭
こちらは、吉野ヶ里最盛期、
吉野ヶ里の集落をはじめ、周りのムラを治めていた
王やリーダー層の人々が住んでいた場所
一部の有力者しか持つことができなかった
極めて貴重な鉄製品が数多く見つかっていることなどから、
そう考えられています
上の地図の左上にある高ーい物見櫓
上に登れますよ~
南主郭を上から見下ろせます
写っている家は、王たちの住居です
麦わら帽子をかぶった人が下の方にいるの
見えますか
かなりの高さなことが分かると思います
どの角度も、二重に堀を巡らせてますね
王やリーダー層の人々が住んでいたっていうの納得
これだけ周囲を環壕と城柵で囲んでいて、
敵を見張る物見櫓がどーーーんと
吉野ヶ里の権威を示すシンボルでもありますよね
では次は、王様の家へ
突撃お宅訪問してみましょう~
AYUを探せ
あ、一つアドバイスです
吉野ケ里遺跡はホントに死ぬほど広いです
吉野ケ里遺跡はホントに死ぬほど広いです
全部じっくり回ろうと思ったら、丸一日は必要
なので、いろんなところに弥生人がいるので、
(ボランティアガイドさん)
(ボランティアガイドさん)
帰る時間を伝えて、どう見たらいいか聞いた方がいいですよ