5月18日の ひろたん! さんのブログ
「
奥華子~5th Letter~@富山県教育文化会館」に,衝撃の事実が かかれていました。
どうも,この日の公演のクエスチョンタイムで『きみの空』について質問した人が いたらしく,それに対する 奥華子さんの回答が かなり詳細なものだった模様。
同記事によれば,
歌詞の中では、相手が死んでしまうんだけど、本当は、失恋した時も同じように
もう二度と会えなくなるということを書いた失恋ソング。
ということだったとか!
ちなみに,その記事のあとに「信玄」が どうのこうのと かかれているのは,それまで わたしが 勝手に推測していた説のことで,あれは きっと「信玄」という,奥華子さんが むかし 飼っていた犬のことなのではないかという 話のことです。どうも,これは はずれだったみたい。
なるほど。わたしは歌詞のなかの「突然じゃなく その日はやって来た」が気になっていました。いくらなんでも人間が死ぬかもしれないというときに,朝まで ほうっておかれることは ないと おもうからです。また,もし,朝まで ほうっておかれて死んでいたのなら,「突然じゃなく」という いいかたは へんです。
で,もし,これが犬なら納得できるというのが わたしの説だったわけですが,どうも そうではなくて,「人間」。しかも,「ほんとうは死んでなかった」というのが正解らしいというのだから,なにがあるか わからないものです。
それにしても,これって すごく衝撃的なんですけど。
だって,奥華子さんは,冷たくなった恋人,恋人でなくなった モトカレのことを,歌のなかで死人として あつかったということなのですから。
ちょっと,華ちゃんに対する みかたが かわってしまうくらいの衝撃です。
おもいだしたのが,この曲。
『船』/ 谷山浩子
谷山さんは,おなじ発想で 恋人でなくなった男を葬送するために これだけの壮大な曲をつくったのでした。
これと同様の発想が 奥華子さんにも あったなんて!
ぼくは,けっこう 初期の歌に ふくまれる,奥華子さんのブラックな部分,暗い思考というか,不健康なところが 好きだったりするのですが,これは,いま,うりだしている部分のイメージとは あきらかに ことなる部分ですよね。
そういう意味で,やはり,この事実,衝撃的だとしか いいようがありません。