2007-12-07 09:10:14

   プラカード事件・奇妙な結末

テーマ:ブログ


 昭和20年11月1日、東京の日比谷公園で、一つの集会が行われた。

 その集会の名は、『飢死対策国民大会』。その頃は、〝上野駅で6名が飢死〟などの報道もあって、その後もソチコチで飢餓にまつわる事件は、後を絶たなかった。


〝飢えに泣き叫ぶ子を、川へ投げ捨てた母親〟昭和21年4月26日。

〝買出しに行ったらその農家が留守だったので、台所のご飯を食ってしまった主婦〟同年3月14日。

〝ジャガイモ畑を荒らした女を捕まえて、電柱に縛り付けた農夫〟同年5月9日等々。

 畑から作物を窃取する〝野荒し〟の事件が、ピークに達したのが敗戦の翌年の、この頃であった。


 そんな中で、昭和21年5月12日に、東京の世田谷で〝米よこせ区民大会〟が開かれた。そして共産党の野坂参三は、『出鱈目な内閣や官僚を任命をした天皇に責任がある。デモの行き先は、天皇の所だ』とアジった。

 かくて勢いづいたデモ隊は皇居へ。史上初めて赤旗が、坂下門をくぐって宮城の中で翻るという、事態になったのであった。


〝飯米獲得人民大会〟即ち〝食糧メーデー〟が開催されたのが、それから一週間後の5月19日。

 米の配給の遅れが、日常化していた現状への庶民の憤懣を背景に、大会には25万人が集まった。

〝米の即時配給、隠匿食糧・米軍放出食糧の人民管理、民主人民政府の樹立〟等々のスローガンを掲げた集会への参加者は、それぞれ思い思いの言葉を書いたプラカードを手にしていた。

 その中で、ひときわセンセーショナルで、法的・政治的にも大問題となったのは、日本共産党田中精機細胞のプラカードで、次のような文言のモノであった。

 『詔書 国体はゴジされたぞ 朕はタラフク食っているぞ ナンジ人民飢えて死ね ギョメイギョジ』(写真のプラカード)


 東京地方検察局は、これを不敬罪であるとして、同社のメーデーの参加者の代表である、松島松太郎を召喚。しかし松島は姿を隠して出頭しなかったので、地検は拘引状を出して、会社からプラカードを押収をした。

 これに対して、共産党系の自由法曹団は、敗戦と共に〝不敬罪〟は失効しているとして、捜査の打ち切りを主張したが、検察側は〝天皇制は現存しているとして〟松島を逮捕し起訴をしたのであった。

 しかしこの年の1月には天皇は〝人間宣言〟をしているし、11月には新憲法が公布されている。

 この事件にはGHQ(占領軍の総司令部)も当然に関心を持ったわけで、その意向もあってか判決は、〝名誉毀損〟で有罪であったと言う。

 しかし名誉毀損は親告罪である。法的には天皇自身の告訴が必要になってくる。しかしこれは現実には、出来る事ではない。

 したがって司法は、一応は被告を有罪として、新憲法発布による〝特赦〟を適用をして、この事件を処理をしたという。


 日本は先進国の中で、食糧の自給率が最も低く39%であると言う。

従って何か事が起きて、日本の港湾に船が入れなくなったら、一番先に問題になるのは、〝食糧の事〟かもしれない。

 我々の死後、日本に上記のような事態が起きないよう、今からでも心すべきだろうと思うが。


 ○〝戦後事件史データファイル〟より。


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コメント

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1 ■食料メーデーのプラカードの写真をお借りしました。

初めまして。
篠塚と申します。

拙Blogで、食料メーデーのプラカード事件の事を書くにあたり、その画像が必要だったので、貴Blogの写真をお借りしました。

事後報告申し訳ございません。

拙Blogに画像を載せるにあたり、引用元として貴Blogのアドレスを紹介させて頂きました。

取り急ぎのご報告まで。

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