2010年11月10日

性格VS考え方

テーマ:生き方

先日、学生時代の友人と話をしていて「お前のような傷つきやすくて打たれ弱い人間が、よく人前で講演したり、多くのスタッフを使って仕事できるものだな~」と不思議がっていました。


 そのとき久しぶりに自分の性格について考えてしまいました。


「そうだ俺はとても繊細で傷つきやすい、ネガティブな人間だったんだ」ということを思い出してしまいました。


思い出したというのは、今現在自分の気持ちの中では、自分の性格に関して、「特別に傷つきやすくて、打たれ弱い、ネガティブ」な人間という認識が無くなっていたのです。


人間の性格なんて、そんなに簡単に変わるものではないですから、正確に言えば、今でも「傷つきやすくて、打たれ弱い、ネガティブ」であることには変わりは無いのですが、それを防衛する考え方を身につけたのです。

 

自分の性格を変えようと長年時間を費やしてきましたが、挫折感の連続で 性格を変えることはできませんでした。


しかし考え方を変えていけば、性格が変わったのと同じように行動できることに気づいたのです。


「あの人は変わったね」とか「あの人は成長したね」というのは、その人自身が成長したと考えていたのが、実はその人自身の考え方が変わっただけなんだということに気が付いたのです。


人間を変えることは不可能ですが、考え方を変えることは努力や習慣で誰にでもできることなのです。

2010年11月04日

自然淘汰

テーマ:ブログ

電子書籍が出てきて、今後の出版社はどうなっていくのだろうと少し考えてしまいます。


町から本屋がなくなる………



私の中で、どんなことが起きようと、「世の中はすべていい方向に向かっている」と信じようと思うようにしていますが、見えない未来にはどうしても不安も同居しています。



出版に関しては、あまり心配はしていませんが、今の世の中は何が起きても不思議ではありませんので「今後、歯科医院が不要の世の中が来る可能性もあるかもしれない」と考えると少しぞっとしてしまいます。



少なくとも、今の数の歯科医院が必要ないことは間違いありません。


生き残れる歯科医院とは、患者様から必要とされる歯科医院だけです。


「南青山デンタルクリニックがなくなると困る」と思っていただける患者様がどれだけいらっしゃるかで、淘汰される方になるか、生き残れる方になるかが決まってきます。


統計的に、今ある歯科医院の中で何%が必要とされているのかはわかりませんが、謙虚な気持ちで患者様から必要とされる歯科医院であり続けるように頑張らなければいけないなと思う今日この頃です。


「信用を得るのは大変でも、失うのは一瞬」なんだということを忘れないようにしたいと思います。

2010年11月01日

強制VS気付き

テーマ:仕事

人は他人から強制されると反発するものです。


人を変えようとすれば必ず反発されます。


当クリニックには22人の社員がいますが、私の中で、こうなって欲しいという願望はあります。


しかし、スタッフを変えようとすれば必ず反発されるでしょう。




私は結婚していますので、妻や子供と生活しています。


家族とはいえ自分以外の他人と生活していれば「あーして欲しい、こうして欲しい」ということは当然あります。


子供でさえ反発するのですから、大人の反発心は子供の比ではないでしょう。


妻とのことなら自分が我慢すれば解決する問題であれば、相手を変えようとするよりは自分が我慢して波風を立てないようにしています。


相手を変えようとすれば反発されるだけなので、意識的に必要最小限しか言わないようにしています。


しかし、子供には将来自立させるために親として言わなければいけないことがあります。


いくら子供とはいえ「人は他人から強制されると反発する」という人間の性質は変えられませんので、できる事なら自分で気づかせたいと思っています。

(現実的にはほとんどの事が強制になってしまいますが……)


社員には患者様と対応してもらわなければならないので、「人は変えようとすれば反発する」とわかっていても成長してもらわなければなりません。


社員にしても、上から目線で命令されれば、素直に受け入れられないことも多くでて来るので、できるだけ自分で気づいてもらいたいという気持ちでミーティングを行っています。




強制されたことは相手のために嫌々してあげている行動になりますが、自分で気づいたことは自分のための行動になります。


勉強も同じです。


強制されてしている勉強は、身に付きませんが、自分の意志でする勉強は将来にわたっての自分のスキルになってきます。



私本人は気付かせようとしているつもりでも、相手には強制されているように受け取られることもあるでしょう。


それは、相手との信頼関係がポイントになってきます。


信頼関係がない人間に何を言っても強制になります。


信頼関係ができていれば、多少の強制的な言い方もいい方に受け止めてくれて、何かに気付いてくれることもあります。


尊敬できる人の言うことなら聞く耳を持てますが、軽蔑している人からどんな立派なことを聞いても受け入れることはできません。


相手に何かを言う時には、相手との信頼関係を考慮して言い方や、言う内容を考えないと「ぬかに釘、馬の耳に念仏」になってしまうでしょう。



理想的には、社員や子供に対に対して、強制ではなく、たくさん気づいてもらうための一番の近道は、尊敬してもらえる関係になることだと思います。




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2010年10月29日

くじ引きで思うこと

テーマ:生き方

ドラフトのくじ引きを見ていて、「絶対に当たりを引いてやるぞ~」と気合の入っている人を見るたびに、「絶対にこの人には当たらないな!」と思ってしまいます。


往々にして、残り物に福があることが多いですが、これは偶然ではないと思っています。


普段の生活においても、欲の塊の人間が選び残したものこそ本当は宝の山で、その宝に気付く生き方をしているかどうかで、残り物の中にある目の前の宝物を手にできるかどうかが分かれ目なのではないかと思います。


どの人間にもある「自分が得してやろう」「何が何でも自分が……」という卑しい利己の気持ちは、神様のご機嫌を損ねるのではないかと思います。


くじ引きをする以上、当たりを引き当てたいという気持ちは誰もが持っていて当然ですが、「ここまで来たら後は天命だから、当たっても当らなくても出た結果がベストだ」という悟りの気持ちになっている人ほど当たりくじを引けるのだと思います。


でも、人間にはどうしても「欲」があるから、そういう心境になれる人は、本当に、日々、感謝しながら生きている人なんだと思います。


学生時代によく耳にした「人事を尽くして天命を待つ」は私にとっては死ぬまでのテーマです。


人事を尽くすから天命を待てるのか、天命を信じれるから人事を尽くせるのかはわかりませんが、私の中では後者の「天命を信じれるから人事を尽くせる」の方がしっくりきます。

2010年10月28日

天使と悪魔

テーマ:生き方


私の中には天使もいれば悪魔もいる。


できる事ならいつも天使の自分でいたい、


でも……


自分に余裕がなくなってくると、悪魔の自分が顔をもたげてくる。




例えば


自分を否定された時


信じてた人間の信じたくない現実を見た時


忙しすぎて気持ちに余裕が持てなくなった時


気持ちだけが焦って、結果を早く求めてしまう時


時間がないのに子供たちがいうことを聞かない時


未来に不安を感じた時


病気になった時


我慢の限界を超えた時


…………





天使の自分は他人にも思いやりの気持ちが持てるのに、悪魔の自分は自分のことで精いっぱいで、他人を責めたり、他人の足も引っ張りたい衝動に駆られる……


天使の自分は問題を解決しようと頭を使うが、悪魔の自分は、相手の人格を攻撃してより深く傷つけようと頭を使っている……


天使の自分は生きることは楽しいが、悪魔の自分は生きることは苦しいと感じる……





神様はなぜ、人間に天使の部分だけを与えなかったのだろう?




悪魔の自分がいる事を知ることで、どんな状況でも謙虚な気持ちになりなさいという戒めのためだろうか?


悪魔の自分が少なくなったり、顔を出さなくなることを成長と呼ぶのだろうか?


悪魔に自分の誘惑に打ち勝つことを克己心というのだろうか?





「馬鹿とはさみは使いよう」ということわざがあるが、悪魔の存在も使い方で意味と価値のあることなのだろうか?




悪魔の自分を受け入れて共存していくのが正しい生き方なのだろうか?






悪魔の存在にも何かの意味があるのだろうか?

















2010年10月27日

知事としての立場

テーマ:ブログ

広島県知事が第3子の育休をとるということに、大阪府の橋元知事が苦言を言っているらしいですね。



その件に関して、広島県知事に対して、電話やメールで165件の意見が寄せられて、140件は反対意見だったみたいです。





当クリニックでは、朝のミーティングでこういった答えのないテーマをとり上げて、それぞれのスタッフに意見を持ってもらう試みをしています。


早速これもいいテーマだと思うので、スタッフに考えてもらおうと思います。





さて、私の意見としては、育休をとるかとらないかということよりも、知事という仕事に対する思いで、その是非が問われてくるのではないかと思います。


育休をとっても、仕事に支障がないのであれば何ら問題はないと思いますし、育休をとらなくても知事という仕事を軽く考えていられるようでしたら、それは問題があると思います。





その人の本心や思い、志というのは推測することでしか判断できないので、最終的には目に見える形でしか判断できないでしょう。


思い、志としては、知事という立場は自己を捨てて、国民、県民のために尽力するべきであり、育休をとることでその思いを誤解されかねないということを心配して、橋元知事は苦言を言われているのではないかと思います。



広島県知事には、自分のような立場の人間が率先して育休をとることで世の中の風潮を変えるきっかけになればいいという、彼なりの思いがあるでしょうし、橋元知事には同じ知事としての思い、志もあると思います。



人というのは思いが形になりますので、どちらの思いが国民や県民のためになるかということで判断されるのではないかと思います。



私の考えは古いのかもしれませんが、知事という立場を考えれば、橋元知事の考え方の方が、国民には受け入れられやすいように感じます。





















2010年10月26日

ドラフト近し

テーマ:ブログ

2日後にプロ野球のドラフト会議ですね。


ハンカチ王子の斉藤投手など逸材が多いと言われていますが、私の応援している広島カープはどの選手を指名すのかわくわくしています。



さて、早稲田の斉藤投手の実力は、他の選手に劣っていて、客寄せパンダのようなことがよく書かれていますが、私はそうは思いません。


確かに斉藤投手より球速の速い選手は他にもいるとは思いますが、高校野球から常に注目を浴びてきて、プレッシャーの中で今のような成績を残せているのですから、とても精神力の強い選手だと思います。


人望もあるから主将をされているのだと思いますし、コメントなどを読んでも人間的にも立派な人だと思います。


球速や体が大きいとか目に見えることで選手の能力を判断するのは簡単ですが、それならプロのスカウトでなくても素人にでも判断できるのではないでしょうか?


どんな世界でも、最終的に生き残れる人は精神力の強い人なのではないかと思います。


斉藤投手は客寄せパンダのような扱いをされて、辛い思いをされているようにも思いますが、この悔しさをプロに入ってから「結果を残して見返してやろう」と心に期すものがあるのではないかと思います。

2010年10月23日

そんなの常識でしょ?!

テーマ:生き方

「そんなの常識でしょ?!」


この言葉を小さい時から何度耳にしたことだろう。


子供の時は、常識がないと言われることは恥ずかしいことなので、こう言われないように勉強したり、こう言われそうな質問は人に聞かなくなったように思います。


大人になって、少しは自分にも自信が持てるようになってから、自分の意見を言ったり、わからないことは素直に聞くようになると、再びこの言葉を言う人間にたまに出会うことがあります。


子供の時は、この言葉を言われることが恥ずかしいことでしたが、今ではこの言葉を言う人間の方が可哀そうになってきます。


今なら、知恵もついてきたので、「そんなの常識でしょ?!」と言ってくる人間をやり込めることもできますが(争いたくないのでわざわざしませんが……)、こういう人間が、人が自由に話しあったり、わからないことを素直に聞きあえる環境を壊しているんだよなと残念に思います。


そもそも「常識って何か?」ということを真剣に考えれば、この言葉ほど簡単に使ってはいけない言葉だという言葉だということに気付くはずです。


医者にとって医学的なことは当たり前の常識です。


しかし、眼科には眼科の常識があり、外科医には外科医の常識があってもいいように思います。


まして患者様からしたら、そんなことを常識といわれても困ってしまいます。


主婦にとって「コシヒカリ」はお米の名前だと知っていたり、野菜の値段を把握しておく事は常識かもしれません。


しかし、同じ主婦でも、お米を食べない人や、子供が病弱で料金よりも有機栽培、無農薬にこだわって料金を気にしないで購入している主婦がいたとしたら、その人は常識のない人間なのでしょうか?


そもそも、「コシヒカリ」を知らないことで非難される必要はあるのでしょうか?


日本の総理大臣の名前を知っているのは常識だとしたら、フルネームで知らなければ常識がないのでしょうか?

名字だけではダメなのでしょうか?



PCというのはパソコンの略だということを知らないのは常識がない人でしょうか?


PCを知らないことで誰かに迷惑をかけることはあるのでしょうか?



そもそも、物事を知らないということは恥ずかしいことなのでしょうか?


知っている人が知らない人に教えてあげて、「ありがとう」「どういたしまして」で完結すればいいだけではないでしょうか?



人が生きていくうえで大切なことは、多くの知識があるということよりも、お互いを思いやって生きていくということの方がより大切だと思います。


そもそも、すべての事を知っている人間はいません。


社会の中で人が生きていくうえで、人として守らなければならない常識はあります。


しかし、知識として知らないことで、他人から非難されるような常識ってあるのかなと思います。


何か、限定したことを知らないということで誰かに迷惑をかけているわけでもないのに、「そんなの常識でしょ?!」と他人から非難される必要はないのです。


自分が知っていることは常識で、自分が知らないことは知らなくても当然の事、という驕りの気持ちが「そんなの常識でしょ?!」という言葉の影には含まれています。


「そんなの常識でしょ?!」という人は、自尊心がとても強く、常に他人より自分が優れていることを認めさせたい人間なのです。


普段、自分の事をなかなか認めてもらえない人間か、常に自分の事を認めさせたいという欲望が、「そんなの常識でしょ?!」ということで自分の欲望を満たそうとしているのです。


常識というのは何を知っているかということのように思われていますが、本当の常識というのは、自分の持っている知識を消化したうえでどんな生き方をしているかではないかと思います。


学校のテストではないのですから、何かを知っていること自体には何の意味もありません。


その知っている知識を、誰かのため、社会のため、自分の成長のためにどう生かしていくかが大切なのではないでしょうか?


人間関係を円滑にしていくためには、何かを知っているということには、そんなに価値はありません。


相手の事を思いやる、相手の嫌がることは言ったりしたりしないということこそ常識なのではないでしょうか?


あなたの周りにいる「そんなの常識でしょ?!」というかわいそうな人を発見したら、「他人をおとしめて自分が優位に立とうとしている心の貧しい人を発見」と思って憐れんであげてください。





2010年10月22日

歯科医院の生き残り方法

テーマ:仕事

「患者さんを増やしませんか?」というDMやファックスが、毎日毎日いろんな会社から複数送られてきます。


全て、ゴミ箱に直行していますが、あまりの多さに、こんな広告に飛びつく先生もいるんだろうか?と考えてしまいます。


歯科医院間の競争が激しくなってきて、烈しい患者獲得合戦が巻き起こっています。


私の考えでは、患者さんは異性と同じで、「追えば逃げる」と思っています。


「付き合ってください」「治療に来てください」とお願いすればするほど、相手はひいてしまうのではないでしょうか?


交際するのも、治療に行くのも、いくらお願いされても嫌なものは嫌なのです。


可哀そうだと思っても、ボランティアで付き合ったり、治療には行けないのです。


患者様も異性も、自分が相手から興味を持ってもらえる存在になるのが一番早いと思います。


そのためには、目先の集客テクニックではなく、患者様の立場に立って、長期的な視野での根本的な改革が必要だと思います。


結果を急ぐのではなく、「急がば回れ」で地道な努力ができる医院だけが生き残っていけるのではないでしょうか?


2010年10月20日

怖い時こそ1歩踏み込む

テーマ:生き方

最近意識していることがあります。


それは、「怖い時こそ1歩踏み込む」ということです。


普通は、怖い時には1歩退くか、背中を見せて逃げて行きます。


1歩退けば、その分怖くなり、背中を見せて逃げると、恐怖心は何倍にも膨れ上がり2度と体勢を戻せなくなります。


ですから、怖い時ほど勇気を出して1歩踏み込んで行くことで、逆に恐怖心を減らせると信じています。


まだまだ習慣にはなっていませんが、これが習慣になれば、僕の人生は大きく変わると信じて、頑張っています。




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