OHIYORI日誌

3児のハハの子育てお天気報告

ようきたね~♪待っとったよ~♪



OHIYORI日誌


個性的な3人の子供たちの子育ての記録を

絵日記にして残してきました。

時代はうつり変わっても、

人を育てることの核の部分は変わらないと思います。


子どもと一緒に

泣いたりわらったりしながら、

年月を重ねてきました。


そんな我が家の今までをぽちぽち更新中♪




近況や、4コマ漫画などはこちら↓のホームページで公開中です。



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『ひよりなぎHP 天気屋おっかさん劇場』





いつもばたばたしていて、そのぶん更新がのんびりしています。

忘れたころに「あらま~更新されてるやーん」…そんな感じですから…(笑)

こんな私ですがどうぞ気長にお付き合い下さい。


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3人目っておなかにいるときから、はっきりいってかわいそうかも。

胎教に、母の怒鳴り声や姉兄の泣き声、悲鳴…(笑)

生まれるまでの10ヶ月の間、おなかの中で、何を思い何を夢見て成長しているかわかりませんが、8か月検診でおちんちんがついていると判明して以来、少々複雑な気持ちの母。男でも女でも構わないと口では言いながら、ついつい女の子を期待していた自分がいます。ごめん、おなかの子~。

だけどきっと生まれたこの顔を見ると、そんなことどうもよくなると思う。

2時間おきの授乳だって、泣きすぎてでべそになろうが、うんちやしっこでお尻がかぶれても…大丈夫。

眠らない男の兄ちゃんで鍛えられたので、受け入れ態勢は整っているつもり。





それにしても今まで挿絵以上の過酷な日々を送ってきたというのに、よくトラブルらしいトラブルもなくおなかの中にしがみついてくれています。

妊娠も後半に入って精神的な負担でおなかのハリがひどく悩んでいた。でも何とか持ちこたえてくれているようです。

引っ越し前に、社宅でのママ会があったのですが、その際に破水かと思い、あわてて産婦人科に行ったこともありました。幸いにもその時には大丈夫でした。

雪の日もうららを歩いて保育所まで送り届けたが、滑らないようにと最新の注意を払いながら歩いていきました。

どきどきしながらの妊娠後期。夫が先に転勤先に行ってしまってからというもの、本当におなかのハリ以上に気持ちも張って過ごしていました。



明日は引っ越し。

明朝8時ごろには、引っ越し業者が来て荷物を積み始めます。引っ越し準備も動ける範囲でできる限りやってきましたが、いよいよ本番当日大詰めです。今回は一応らくらくパックを頼んでいます。

向こうに移って半月後には里帰り。

それまで、どうか何事もなく無事に過ごせますように。

とはいえ、引っ越しに伴う手続きは正直負担です。未知の土地できかん坊二人抱えて、どれだけ動けるのか心配。ああ、あいも変わらず前途多難な生活が待っているようです。こわいわ~。


そんないろんな不安と闘いながらのマタニティライフですが、おなかの子は結構大きめで、母のストレス食いとともに栄養を分かち合っているのでしょうか。

あまり大きすぎても出産が大変ですし、悩みが尽きないまま明日の引っ越しを迎えます。(1999/02/10)




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■引っ越しクライシス■

うららの幼稚園入園問題で、出ばなをくじかれた感があり、N市に対して不信感しか感じられなくなった今、引っ越し自体がこわくて仕方ありません。

いろいろと知人から、N市は福祉面でもすごく遅れていると聞くにつれ、余計と不安がつのりつらく感じるばかりです。文化財の保護だのなんだのにかける予算が多すぎて、福祉関係はおざなりなのだろうかと…。


1月末から夫だけが先に現地へ引っ越し。その2週間後に私と子どもたちが家財とともに移る予定。今回、3年目ということもあり、引っ越しにかかわる手続きやそのほかもろもろのことが、遠ーい記憶の彼方にいっちゃって、思い出すのに大変。不動産屋や引っ越し業者と話していて、ぼけかまして人格を疑われるような質問したりで…恥ずかしい思いもちょくちょく…(笑)


今回は何もかも重なってしまうので、本当に頭の中はパニックです。引っ越しから2週間後には、出産のために実家へ里帰りしなければならないのです。その2週間の間に何もかも完了しなければならないわけで…。2人の落ち着かない小さな子どもをつれて、行政手続きから、金融機関、里帰り準備やうららの病院の転院手続き、幼稚園への転入手続き…あー考えただけでも頭が痛い。

そんな子どもをつれて、全く知らない初めての土地で手続きに回るのは、妊娠9か月の妊婦には過酷すぎです。だれかたすけて~って感じです。でも預け先などありません。

春一番とともに引っ越しする毛けど、決して春一番ほどわくわくするようなものではなく…さわやかな風でもなく…(笑)どろどろとした重ーい気分とともに後ろ髪をひかれる思いで、3年間住んだ土地を後にします。

この地に来た3年前も、うららの発病に気づかないまま、母の私が孤独な育児で落ち込んで押しつぶされそうな毎日を送っていました。変な話、うららの発病がきっかけで外へとメモ向いたように思います。でもN市に移っても同じように落ち込んではいられません。あの時より守るべきものが増えているのです。

母がしっかりしなければ。

できるだけ、積極的に外に向いて厚かましく出ていこうと思っています。



■なにかと気がかりなマタニティライフ■

今回、8か月に入ったところでエコーの検診中にどうも男の子のシンボルが見えたような気がした。ドクターに聞いてみると「おとこやん、おとこおとこ。もっぺん見したろか~?」と、うれしそうにこちらを見ながら話してきます。

そんなに「オトコ」ばかり連呼せんといて~。私は女の子だと思っていたのに~。まあ、それはしょうがないか。こればかりは、神のみぞ知るというか。

性別うんぬんよりも、元気な子が生まれるのが一番よいこと。

それよりも、今回は早くから赤ん坊が下がり気味で、おなかがめったやたらに張るので、張り止めの薬をもらっている。

あと半月ほどで引っ越し前。今は産婦人科も主治医なので何かあっても売れ入れてくれるそうですが、夫が先に現地に行ってしまった後の2週間は私に何かあると途端に子どもたちの世話をする人がいなくなります。なんとしても緊急事態は避けれなければなりません。

また、N市に移ってからの2週間も何事もないようにしなければいけません。なぜなら、産婦人科を知らないから…。里帰り出産するまではおなかにいてもらわなければ困るんです。どうかさとがえりまではでてこないでねえ~腹子ちゃん。


■すでに不安定な我が家のギャングたち■

「せんせいとばいばいする」と言うことを、ことあるごとにうららに話しています。これが、彼女の気持ちをさらに不安定にしている原因とはわかっているのですが、2年間も山あり谷ありの中でひたすらかわいがって守ってくれた保育園の先生と突然引っ越しして会えなくなるのは、絶対激しい情緒不安定になると感じたので、少しずつ抗体をつける意味でまえもって何度も何度も話していました。

これが逆効果なのかどうか…。

最近問題行動が増えています。

夜な夜なおねしょをし、朝は出がけの大量おもらし。

ぼんやりしていることが多く、呼びかけても無視して返事もしない。

元気がなくて、保育園でも大好きな先生以外の先生のいうことは全く聞かないようです。気ままにふるまいすぎて、結局ひどくしかられるようですが、そうなると大声で泣き暴れて大変なんだそうです。

2月10日で保育園ともバイバイします。

27日の生活発表会の日のみ参加させていただくこととし、この地を後にします。

ただ私の体調のこともあり、出席できるかどうかは不明です。


今回の転勤で、住む家も変わり、生活環境もがらりと変わります。

なにより今回は3人目の子どもが生まれるという、特別な事情もあってすぐにおばあちゃんの家に移動し、夫の実家で預かってもらう段取りになっています。

子どもたち二人で初めて親元を離れるのです。

たった1ヶ月の間で、子どもたちはめまぐるしく大人の事情で翻弄されてあちこち移動させられるのです。

多分そのせいで不安定になるのは目に見えています。

やむを得ないこととはいえ、できるだけ長い時間そばにいてやりたい気持ちでいっぱいです。

5月になったころに、改めて新居に帰る予定ですが、はたして子どもたち2人はどうなっていることでしょう。




カイセイはだんだんといたずらが激しくなってきていて、もうすぐ引っ越しというのに壁に落書きしてくれたり、おもちゃで傷をつけてみたり。

私のおなかに対しても、なぜか攻撃的。ついつい抱っこをするのがつらく、無理に歩かせることも多くなってきたせいか、自分への扱いが前よりぞんざいになったことを敏感に感じている様子。正月を境に、父ちゃんへ甘えの矛先を変更したようです。そこでもともとお父ちゃん子だったうららが場所をとられまいとして、大ゲンカがたびたび勃発。

泣き方も以前にもましてでかくしつこい。いつまでも大声で泣いています。

抱っこしてもらう回数が減って自分の存在を主張する毎日が続いています。


しかし、我が家で今一番情緒不安定なのは、何をかくしましょう、私です(笑)

泣くより不眠に苦しむ今日この頃。結婚当初はよく泣いていましたが、この頃は子どもたちの手前もあり泣くことを忘れていました。それでも今回の幼稚園がきまるまでの間は、何度泣いたことでしょう。

こんなことがあると、どうしても子どもたちにとばっちりが言ってしまいがちです。

うららのどんくさい行動や遅れ気味な発達のこともいつもなら「ああ、またか」ですませるところが、怒りに変換してしまい「あんたがもっとしっかりしないから、幼稚園も行かれないんだ」という抑えきれない情けなさに襲われてしまうのです。今までのように園での生活を先生がつきっきりでサポートしてくれる保証はないのです。…というか、むしろそれはできないとはっきり言われたのです。だから、少しでもできることを増やしていかなければ、行く場所がありません。

この頃、できることもわざとめんどくさがってしないそぶりが見られるので、余計とイライラしてしまいます。私一人が焦ったところで仕方ないのですが、どうにもならないと思いつつついつい口うるさく言ってしまう、そんな自分にも自己嫌悪なのです。(1999/02/07記)

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~あら転勤だ!あら出産だ!!あら入園だ!!!~



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■転勤族の宿命

うおおおっ!!決まった決まった!ついにおそれていた転勤があっっ!!

今年こそは・・・と毎年毎年年末が近づくにつれ、胃のイターイ思いをしていたが、ついに来てしまいました。当初、神奈川県か埼玉県と言われていましたが、上司に近隣での異動に変更できないか相談し、結果的に奈良県に決まりました。

何しろ今私は、3人目を妊娠中の身。出産予定日は4月3日なのです。

引っ越しは1月末日。妊娠8か月に入っているころになります。

いくらお任せパックを使ったところで、今までの経験から考えたら、完璧に何もかもすっきり荷物を片付けてくれた業者はいませんでした。結局、この家の主婦である自分が片付ける羽目になるのが予測できています。


■住む前から嫌いになる

それはそれで困ったことなのですが・・・。

今回、もっとも困っていることがありまして・・・。それは、うららさんの幼稚園入園、保育園編入がスムーズにいかないこと。

私も妊娠していない状態であれば、もっと現地に赴いて担当者とガチで話し合いにも挑むのですが、それができません。電話で市役所の担当者に紹介されて、いざ当該幼稚園に電話すると受け入れに後ろ向きな返事しかもらえません。

ご存じのとおり、うららには軽い障害があります。公立幼稚園でも受け入れにはなんとなく二の足を踏んでいるような後ろ向きな返事しかいただけず・・・。お先真っ暗。

何件か連絡を入れ、引っ越しの場所がまだ定まらないことを伝えたら、「ほかの幼稚園の校区に引っ越しされたらいかがですか?」とか言われてしまいました。

定員に余裕はあるそうですが、現在の病状や情緒面での落ち着きのなさ、多動傾向があることを伝えると加配が必要と判断されるようですが、タイミングが悪く、各園につき一人しか加配の先生が配置できず、度の園でもうららより小さいクラスにすでに加配がついているため、新たな要請ができないとのこと。

「1月の今になってそういう話をされても、幼稚園からはどうにもできません。市の学務課に直接ご自身で出向いて加配職員を付けてもらえるように直談判されてください。それが通るようでしたら検討させていただきます」と、はっきりと言われてしまいました。

また「こちらは校区が特に定められていないので、他の受け入れてくださる幼稚園を探す方がいいと思います」と、以前とは違う返事をして、とことん逃げ腰な返事。

しかし、いろいろ話を聞いていくうちに、同じ幼稚園に通う子どもたちはほぼ100%同じ小学校に入学するとか。うちの子は障害があるから、一緒の小学校に行くことはないと思われているようです。

ほんとに・・・どいつもこいつも逃げ腰な返事。

実はその前に紹介してくれた、学務課の担当者の言葉もひどいものでした。

「まあ、幼稚園は義務教育ではないですからね・・・」

まるで障害児は幼稚園に入らなくてもいいじゃないか・・・という風にとれる差別的な発言に、落胆はすごいですよ。

間もなく引っ越ししてここに今からすまなければならないことが果てしなくつらく思えました。

行く前から大嫌いになりそうでした。


■時間はすすむよ

悔し涙に暮れつつも、どんどん時間は過ぎていくものです。立ち止まっていることはできません。今回、引っ越し業者は会社が手配をしてくれるそうですが、当日までにしておかなければいけないことが山ほどあります。

うららの幼稚園の件もそうですが、まず役所関係の手続き。転出・転入手続きに、子どもたちの医療関係、手当て、うららの福祉関係の手続き。なにより通院している病院からの転院手続き。

普通の病気と違うので、書類上の手続きも大変です。病院だけでなく、保健所まで行かなければなりません。

それに、銀行や郵便局にも・・・。

ああ・・・気が狂いそう。

3年も同じところにとどまったことがなかったので、すっかり忘れています。


■思い出は多いほうが・・・

私は今妊婦です。引っ越してすぐに産婦人科を探したいとおもっていますが、できれば、出産は里帰りして上の2人と同じ病院でしたいと思います。

と、なると1月松に引っ越しして、2月下旬には実家へ帰らなければ下手すると、早産なんてことになりかねません。

・・・とここへきて、1月末の引っ越しは旦那だけがして、それ以外の家族は2月中旬という予定になりました。理由は、うららの編入先がないこと。2月いっぱいまで今の保育園へ籍を残していただくこととなりました。

私の体調は全く無視した、正直ムチャと思われても仕方ない計画ですが、うららを優先したらせめて思い出は多いほうがいいじゃないですか・・・。

しかし・・・そうなってくると、約2週間ですべての手続きを完了して、3月までには実家へもどらなければなりません。誰にも頼るあてがない私たち家族にとって、これは結構過酷な2週間となりそうです。


■母子通園

あてがないと言えば、もしうららが新入園児としてに遊園したとしても、当分母子通園をすることが決められました。そうなると、カイセイと生まれたてのアカンボともつけていかなければなりません。

園によっては『お姉ちゃんの世話をしていただくためには危険度が増すので下の子どもは連れてこないように』なんて、意地悪な事を条件に言ってくるところもありました。

転勤で引っ越しして頼る人がいないと説明していても、とにかく安全を優先にするとそうなるみたいです。

母子通園で私の付き添いができない場合は、入園を認められないと遠まわしに言っているのと同じですよ。いずれも公立幼稚園。

信じられないと思いませんか?


■重なる年
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なんで今回よりによって何もかも重なってしまうのかなあ。

夫の厄年と私の厄年が重なっていることも一つかなあ…なんて。

何よりも今は3人目を無事に産むことが一番大事なこと。

転居先へ帰ってからは、母子通園がいつまで続くかわかりませんが、とにかく落ち着くまでにはかなり時間がかかりそうです。

毎度のこととはいえ、今年もまた、肉体的・精神的に疲れ果てそうな予感です。

今度の転居先では、勤務先にも転園先にも食堂も給食もないので、弁当作りが始まります。

せめて生まれてくるおなかの子よ、よく眠る赤ん坊であれ~!!と、祈るばかりです。

男の子だったら、兄ちゃんに似て寝ない子かもしれない・・・。どうかそれだけは勘弁してほしいと心から祈っています。















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■1歳半検診にて
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1998年12月13日でカイセイは1歳7か月。

16日の1歳半検診では特に異常なしでした。

歩行も、言葉も、指さしも順調。

体重のわりに身長は低めで、体重は標準。

要するにちょっと小太りってことかな…(笑)

……でも、ヒマンじゃなくて、標準の範囲内。

















■得意わざ
最近の得意技は数知れず。

カンパイにはまったかと思うと、ハーモニカでの吹き語り(声と音の多重演奏…(笑))
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兄や姉がいるとなんでも早いというが、うららの精神年齢が低いので、時として立場が逆転していることもあります。

たとえば、テレビのリモコン。

うららは手元にリモコンがあってもスイッチさえ入れることができないが、ある日カイセイのほうが先に体得しました。

それをみてうららも遅ればせながら使えるように。

そうはいっても、うららのほうがもちろん人生経験は長いので、カイセイがいくら真似をしたところでたちうちできない差はあるのです。先日もお姉ちゃんの眼を盗んで自転車によじ登り、何度も落ちてやっとサドルにまたがったものの、足がペダルに届かない…。しかもオンロードバイクの前傾姿勢よろしく、ハンドルと背中がほとんど並行(笑)どう考えても、幼稚園児向けの自転車は…君には無理…。

でも負けず嫌いな彼は、泣きうめきながら前に進まないことに腹を立てて怒っていました。

あんたにゃ、まだ幼児用の足けり自動車がお似合いですから~(笑)

こみ上げる笑いをこらえるのに精一杯の母なのでした。



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■おしゃべり


うららより格段に言葉が早く、本当にびっくりさせられます。

これが提携発達なんだろうかと…改めて感じました。

うららは残念ながら、2歳1ヶ月で発達遅滞と診断されて以来、言葉が出始めたのがようやく最近です。

まだまだたどたどしい感じで、変な話、カイセイに刺激されて覚えていくことも多いよう。


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1歳6カ月の時点でかなりの単語が出ています。

自分の思いを伝えるために、彼は着々と言葉を体得していっています。


母は彼の親になって、初めて子育ての楽しさをやっと感じ始めていました。


(1998/12/28.記)




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■正義のひと

快晴君も最近いたずらが激しくなってきて、カミナリもよく落ちるようになりました。

そんな時、うららがとんできて、快晴をなぐさめつつ、私の方を向いて必死に抗議。

まるで正義の味方のようです。自分が叱られた時の怖さを思い出すのかなとか…。

でも、だれが教えたわけでもないのに大した正義感だと思います。

ただ…自分が気にいらないことをされるとおかまいなしにこぶしが…あしげりが…(笑)

こんなところがエセ正義の味方とでもいうか…(笑)


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■うららの誕生日に乗り越えたこと


今年の誕生日は、私にとって胃の痛い一日でした。

かねてより言いそびれていたうららの病気の名前を、亭主の実家にあてて、少し前に手紙で伝えていたのです。

それが届くのがちょうどうららの5歳の誕生日くらい。

何しろ、偏見と差別の代名詞のような病気なのだと知ったのは発症後のことでした。

年配の親戚から、「私の家系にはそんな病気の人はいないのにどうしたことだろう」といわれたのが最初。

なに~?なんで、そんなこと言うんですか?

この病気って遺伝なの?

思い悩む日々に胸がつぶれそうでした。

大学病院の先生にいろいろと話を聞いても、原因がはっきりしないので、出産時、あるいはその後の事故の確率も否めないし、もともとおなかにいた時に何かの病気に感染してその後遺症で…と、いろいろと考えられるからはっきりしたことが言えないと…。ただ、親せきの人が言われるような、遺伝だと言い切ることはできないから、心配しないようにと、それは快晴を妊娠した時に言われ、実際、快晴は今のところそんな心配はなく順調に成長してきています。

発症してから2年半、どうしても嫁の立場としては、遺伝だのなんだのと痛くもない腹を探られることになるのではないかというおそれで、またその誤解をきちんと説明して説くことができるか自信がなく、ずっとずっと黙ってき続けていました。

それまでなるべくよき嫁でありたいと、一生懸命表面を取り繕ってきていたのですが、3人目を妊娠してイロイロと本音で伝えなくてはいけないことも出てき始め、それに伴い、うららのことも打ち明けざるを得なくなってきていました。


手紙にしたためてから、約半月。本当につらく長い二週間でした。

うららの誕生日までには…!

自分の中ではそう決めていたのですけれど、でもひどく後悔もしていました。

もしかしたら、このことで離婚しなければならなくなるかもしれないとも思っていました。


ポストに投函してからは、本当に食事ものどを通らなくて、事情を知っている友人知人にそんな気持ちを溢れるように打ち明け、投げかけ、自分のしたことが正しかったかどうか、やたら確認していました。

やもたてもたまらない…そんなかんじで、落ち着かない日々を過ごしていました。



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――そして。

誕生日の翌日。

まさかの電話。

お義母さんから。

ショックのあまり、私のことを憎んで、連絡などくれることはないだろうと覚悟していたので、本当に驚きました。

電話の声は、落胆するでなし、怒りにふるえるでもなく…。

ただただ、おだやかで。

途中で涙声になりながら。

「まだうららなんかは幸せなほうやけん。寝たきりの人のことを思ったら全然かるいほうやけん。」何度も何度も繰り返して言い聞かせてくれました。

私に言いながら、実は自分で納得するために話しているようにも取れました。

「若いもんばかりで悩んでいて、どうするん?家族なんだから何でも言えばいいんよ」とも言ってくれました。

本当に本当に、重たい肩の荷物がドスーンと大きな音を立てて降りたような気がしました。

(1998/12/10記)


うらら5歳の時点で、知的発達はかなり遅滞しており、ようやく二語文が話せるようになったばかりでした。

これ以上、打ち明けるのを伸ばすにはさすがに不自然になるため、最後のチャンスではありました。

おかげさまで、離婚することなく今年で20年。

ありがたい気持ちで電話を切った事を今でも昨日のことのように覚えています。








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■24時間オンタイム検査



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毎月通院している大学病院の担当ドクターとうららの病気の経過を話していた時、くすりの調整もしてはいるものの、正直病気の発作は改善されず…

「どんな感じの発作か頻発しているわりに発作型がわかりにくいので、1泊2日24時間ぶっ通しで検査してみますか?」

と、すすめられるままにOKしてしまいました。


春頃から小さな発作を完全に止めるべく、数種の薬を次々ためしてきた。

しかし、どれも効果はいまひとつ。

むしろ、ひどく副作用が出て、ふらふらになることもあり、4歳の体には相当な負担がかかっているのだろうと思うと、せつない。


発症から丸2年。

倒れるような大きな発作はなくなったのですが、頭がこっくりと前に倒れるような点頭発作が止まらないのです。

発達地帯もその後、発達の幅が埋まることはなく、逆に実年齢からは離れ気味に…。


快晴もいるし、3人目を妊娠中の今、子どもの入院となると24時間付添いが必要になってしまうのはいろんな面で厳しいと思います。

でも…。

ものは考えようで、3人目が生まれた後では、なおのこと大変。

妊娠中の今だから、多少は無理しても身軽に動けるわけで…。

とりあえず、夫に相談してから返事をすることにしました。


■手分け育児


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夫の返事はとりあえずOK。

母ちゃんべったりの快晴は、お父さんと二人きりは到底難しいので、夜だけは交代しようという話になりました。つまり子連れでの検査入院ですね。

ところが、病棟は院外から持ち込まれた菌での感染を嫌うので、子連れ入院は無理とわかり、結局、夫が休暇をとり、うららに24時間付き添うことに落ち着きました。

検査入院当日、なんとお父さん…数日前からなんとなく風邪気味だったのですが、本格化して熱が出ている状態で付添いとなりました。

子どもが雑菌持ってるから病棟に入るなという以前に、風邪ひきでガンガンに熱がある人が付添いって…どうなんですか…(笑)ほんと、こわっ。

どっちが病人やねん。

「お父さん、声かれとるし、鼻水も咳も出さんように気を付けてよ~」なんて言いながら見送りました。

まあ、病室からは一切出ずに付添いをしてくれたのでやれやれではありました。

そもそも、自身もつらくてうららが動き回るのを制するのがやっとな状況だったそうで(笑)

当日、快晴も鼻水ずるずるで、虫に刺された右まぶたが腫れあがってて…悲惨な顔になってまして…。

いずれにしても、かなり感染率は高めの状況の家族ではありました…。

今だから言えますが、ほんと、すみませんでした~っっっ!


■入院前の勘違い
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当のうららさん、「あしたはねえ、びょういんでおとまりよ♪」というと最初は嫌がっていたのに、「先生に合えるからうれしいねえ。」と私に言われて、何を勘違いしたのか、急に喜びだしました。

どうやら病院の先生と、保育園の先生を間違えているようです。

説明するのも面倒だし、何よりきげんがわるくなるとこまるので、そのままにしておきました。

でもって、入院して検査の機会を付けられて初めて気づくわが身の不幸?(笑)

鎖につながれた犬のごとく、ながーいコードを付けてもらっていよいよ検査が始まりました。



■家族が離れてちょっぴりセンチ


入院先の病院は、付添いの食事が出ないので、夕方、食事の差し入れに行きました。

快晴は外からの感染を嫌うため、子どもは病棟に入れてもらえないので、生まれてはじめて他人様にお預けすることにしていましたが、私が昼過ぎからお弁当を作り始めると、何かを察知したのか落ち着かず、ちょっとトイレに行ってもすかさず必死の形相で走りながらくっついてきていました。

夕方、出発する直前には足にまとわりついて離れなくなりました。

こんな状態でお隣さんに預けるのはしょうじきためらいが…。

多分嵐のように泣き叫び、預かった側が困り果てるに決まっています。

仕方なく連れて行くことにしました。

差し入れだけを看護士さんにことづけて帰ることだってできるだろとう思って、割り切って。

病院についたころには、夜のとばりも舞い降りはじめて、帰宅ラッシュも始まっていました。

関西へ来てから、夜間の運転をしたことはほとんどなく、それこそ2年前にうららが肺炎で入院した時以来でした。かえりみちは真っ暗で、心細く感じていましたが、隣に快晴が眠ってはいてもいてくれるだけで、心強く感じました。こんなに小さくでも存在自体が私を勇気づけてくれるのだなあと…改めて思いました。

家族が増えて、最近いろんな負担ばかりが気になって仕方なかったのですが、今日は本当に心から励まされてしみじみよかったなあと感じました。


■うららモード健在


夕方、病院についてから、看護士さんに快晴をしばし預かってもらい、お父さんの食事をもって病室を覗くと機械のコードで鎖につながれた犬のようになって退屈していたうららが、私を見るなり大喜び。用事だけを済ませ、帰ろうとすると、「うららもかえる!!」と涙声で訴えてきました。

その声にうるっと来て、「明日、お迎えに来るから!今日はお父さんと一緒にねんねしてね!」そう言っても納得せず、ベッドから降りようとするので、困ってしまいました。こちらももらい泣きしそうになって、抱きしめてやろうとしたら…、同時にテレビからドラえもんのテーマ曲が流れだし…。

とたんにうららさん…「おかーさん、ばいぱーい!どけてーや、見えん!!」

ドラえもんに負けた母…。

複雑な心境で病室を後にしましたがな…(笑)



■1日ぶり!?感動のごたいめん!!


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2日目に検査も終わり、病院へ迎えに行ったとき、病棟の外の廊下でうららとお父さんが出てくるのを待っていたのですが、一足早くうららが出てきたのをみつけて、快晴が猛ダッシュ!!

そして抱きついて、感動のごたいめーん(笑)

普段、あんまり姉弟で共通の遊びをすることはなく、うららの邪魔をしては怒られることが多い快晴。

そんな関わり方が中心だったので、ここまで喜んでうららに抱きついていくとは思ってもいませんでした。

前夜、急に家族が半分こで別れ別れになってしまったせいでか、いつも以上に後追いが激しかった快晴。

どうのこうのいって、家族4人はいつも一緒にいないとね。

それにしてもたった24時間離れていただけなのに、あまりにもオーバーアクションだったので思わず笑わずにはおれませんでした。



■検査の結果は?


検査から2週間後。

結果を聞きに行きました。24時間頑張ったけれど、別の疾患も見つからず、違う発作型も見えなかったので、難治性ではあるものの悪性のものかどうかはわからないという診断でした。

よって、薬も変わらず。

ほかの疾患がなかったのは喜ばしいことですが、治療に行き詰り気味だったので今回の今朝で何か進展があるといいなと期待していました。

これからまた、薬の調整をしていくのみです。

改めて、この病気との闘いは長く続きそうだなあと感じました。

偏見や誤解のある病気なので、不安は募るばかり。

そもそもの原因も遺伝ではないものの、産後の事故のせいか、生まれつきなのかはっきりしないままです。

今は家族がただただ悩んでいる割合が大きいですが、いずれ成長して本人自身が悩みだすとかわいそうだなと思ってしまいます。できるだけ、大人になるまでに完治できますように…。心から願わずにはおれません。

(1998/11/15記)

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■期待はかけすぎず…

今年もやってまいりました。胃の痛くなるような運動会シーズンが…!!昨年のほろ苦い思い出がトラウマ的によみがえりつつ、逆に過剰な期待は落胆のもとと心して本番当日を迎えることとなりました。

日時は毎年同じで、10月10日。当時は毎年体育の日で、祝日。

今年の参加種目はかけっこと、体育遊び(障害物競走)がおもな出場種目。

昨年と違い、演技の順番なども園側は工夫してくれていて待つのが苦手なうららは一番最初の出番です。

それでも出遅れた時にはいっちょまえにくやしくてメロメロになって泣きながら演技をするありさま。

すごい成長です。


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障害物競走は、ほかのクラスメイト達は、跳び箱をぴよーんと跳躍。でもうららは、よじのぼりそこからジャンプ。

のぼり棒も、棒は登らず横の鎖をよじ登る。

てんぐゲタという、一本歯の下駄も、うららは特別仕様のカンぽっくり。

それぞれみんなより変則的になっていたものの、うららの精一杯を、めいっぱい見せてもらえたと思う。

それまで、練習中にはできなかった鉄棒の足抜き周りも当日できたりして、先生方にはずいぶんと褒められたようでした。

最初ののぼり棒の時にはあやうく落ちそうになり、ヒヤッとしたものの、半べそをかきかきそれでも最後まで頑張った姿を見て、えもいわれぬ感動を覚えました。

よくやったなあ。


■保護者の結束力と本当のやさしさ

うらら自身の成長もさることながら、今年の運動会でもっとも嬉しかったのは、ほかの保護者の方の励ましの声援と拍手。昨年は一番最後に演技をさせてもらったものの、ほとんどできないものばかりで、盛り上がっていた場内が一気にしらけてしまったのが嫌というほど記憶に残っています。そんな中で申し訳程度に参加させてもらっているうららの姿はとてもみじめに見えました。だから、トラウマ的に私の中には残ってしまっているのです。今でも時々うなされるように夢に出てきます。

今年は失敗しても、親の私たちが声をかけるより先に、場内の多くの保護者から声援や拍手があり、すごくあたたかい気持ちになりました。

あらためて、この保育園の仲間として認めてもらっていると気づき、そちらのほうでありがたい思いがいっぱいでした。うれしくて涙が出そうでした。


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心からの感謝をこめて…。

うららの2年目の運動会は、私たち親にとってもいろんな意味で救われた一日でした。

(1998/10/31記)




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 ■うらら 4歳9か月■
夏場のプールで、保育園の先生方をかなり振り回し、母は以来針のむしろで保育園にはますます何も言えなくなっていました。
やがて9月に入ると、今度は運動会の練習。
ここでも、またさらなる差別的な扱いが顕著に出てきました。
「うららちゃんはうららちゃんのできることしかできないのだから、ほかの子とは一緒にできないと思います」そんなことを担任の保育士さんは言い放ちました。
つまり・・・運動会には参加しないでほしいと暗に言われてしまったということで。
それに先立って、夏頃に、私の煮詰まった気持ちとうららの情緒不安定と多動のことについて市の保健師さんから保育園側へアドバイス的な対応をお願いしました。

 

ほかの保護者の間からも、障がいのある子どもだけを除外した活動が目立って、逆によろしくないという話題がちらちら出ていた頃。
もちろん集中力のない子を、みんなと同じ時間だけ集団活動に無理やり参加させるのは難しい。うららの場合1対1だとわりとおちついて指示が入るのですが、集団行動になるととたんにだめ。
でもせっかく保育園に入れたのですから、途中で飽きてしまうとしても、最初から外すのではなく誘いかけを積極的にしてもらえれば参加できるものもあるのではないかと思い、そんな希望を直接園側に言えず、保健師さんから障がいの特質などを踏まえて話していただきましたが、逆効果だったようで、「なんでわざわざ専門家を読んできて苦情みたいな嫌がらせみたいなことを言うんだ」というような、そんなことを聞こえよがしに担任に言われたこともありました。
けれど、しぶしぶながら、先生方が先生らしく対応をしてくれるようになって私も少しだけ気持ちが落ち着いてきました。
加配の先生がどんなによくしてくれても、担任の先生がそっぽを向いている状態では、気持ちが休まるときはありませんでしたから。
運動会の練習も、それまではほったらかしだったものを、少しずつ呼びかけて誘ってくれ、集団の中にも少しずつ慣れてきました。
誘われると気分によっては、嫌がることもありますが、練習をみんなが1時間すればそのあいまあいまで参加したりできるようになってきました。
また1学期にはただの殴り書きだからと、1度も張り出してもらえなかったお絵かきも、殴り書きから円、そして小さなまるをたくさん書けるようになって、それを張り出してもらえるように。
定型発達の子にはわからない、細かい成長をどんなにかうれしく思ったことでしょうか。
苦手で大嫌いだった担任の先生とも少しずつ打ち解けてくるようになり、いかに環境の変化に左右されるかがよくわかった数か月。
自分のことを好きじゃない人の事は、こんな子は特に勘が鋭いから、嫌いなのでしょう。だから、どんなに担任が口先だけでかわいがっても、嫌いだったのはよくわかります。見抜いていたというか。

■快晴 1歳4か月■
最近風呂上りに、彼は発見した。
おしっこが、ちんちんから出ていることを!!
固まっていたので、横から「しっこ、じょじょじょじょじょ~ってでてるね~」というと、うれしそうに「よよよよよよ~」っと繰り返し、全部その場にぶちまけてしまわれましたわ~(笑)

以来、ハダカになるとちんちんをながめて、出るのを待っている。
(どうやらまだ自分でコントロールできないらしい。)
そして、出るとまた「よよよよよ~」。
実にうれしそう。
男って出ているところが見えるから、オシッコしてる実感がわきやすそう(笑)
うららのトイレトレーニングの時には、実感がうまくつかめない彼女との戦いの日々だったが、いや~素晴らしい。
とはいえ、快晴がすんなりとれるかはわからないわけで…。
当分は彼の満足そうな「よよよよ~」に付き合ってみますか。

 
 



未だに私がいなくなると狂ったように泣き出す彼。
この頃指さしがとても多い。
ことばも少しずつでてきました。相変わらず大泣きすると最低 30分は止まりません。(1998/10/01記)


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OHIYORI日誌
快晴が生まれて間もなくのころ、「うららはお姉ちゃんなんだから!」とか「お姉ちゃんらしくしなさい」とかは絶対言うまいと心に決めていました。

できれば姉弟同士、名前で呼び合う仲になってほしいとも思っていました。

それから間もなく1年半が来ます。現在、そのその計画は見事に失敗しました。

「お姉ちゃんらしくしなさい」は、よほどのことがない限り出ていませんが、ほめる場面では多用しています。

「うららは、おねえちゃんだねえ。えらいねえ…」とか、「やっぱりお姉ちゃんはちがうね」などという具合に。ほめ言葉だからいいよね…と思うんですが、こころのどこかで引っかかっています。それはかつて自分自身が子どものころ、いつも親から求められていた『姉らしさ』と同じと思うから。

怒られるとか、叱られて怖いとか恐怖は伴わないのですが、この言い方には相当な威圧感がありました。つねにいい子で弟の面倒を見る『姉らしい姉』を、暗黙の了解のもと、ずっと演じ続けた記憶。そして、ある年齢で我慢の限界が来てしまいました。――あまりいい思い出ではありません。

だからあまり使わないほうがいいと思いつつ…。

うららはそんなだから、快晴に対しては「これはお姉ちゃんのだからだめよ」とか言って、結局お姉ちゃんを意識しているよう。不思議なことに、快晴にはどんなに嫌なことをされても、反撃はしない。とことんかわいがっているようです。

快晴の方もそんなうららに最近とても好意をもっています。うららが保育園に行っている間はとてもつまらなさそうで、やたらぐずるのに、休日や夜はお姉ちゃんにべったり。時々思い出したように泣きべそをかきながら私のところへ来るのですが、すぐまたうららに呼ばれると喜んで行ってしまいます。ほほえましい光景です。

もう少し大きくなると、ケンカも激しくなるのかな。

2人で手をつないで眠る姿を見ていると、このままずーっとなかよく成長してほしいなって…親の勝手な願い。


OHIYORI日誌


来春、3人目が生まれてくるとこの二人の関係はいったいどんなふうに代わっていくのか、ちょっと楽しみだったりするんですが、仲睦まじい姉弟愛にあぐらをかきすぎると、先で自分がしっぺ返しを食らいそうだな…とか思ってしまう、心配性の母なのでした。(1998/10/01記)




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OHIYORI日誌



5月で快晴が1歳を迎え、ぼちぼち歩いたり、普通食を食べられるようになってきて、手も少しずつかからくなってきたなあと思っていた頃。

ちょうどうららの療育のほうも真剣に考えなくてはいけないと、保育園任せの後ろめたさと、最近情緒不安定が輪をかけて大変になってきて頭を悩ませていたところだった。

ここはいっちょ児童相談所に相談して通所施設を改めて探してみようかなと、7月に行われた保健所の精神発達の定期検査の時に相談。

保健師さんを通じて療育施設を探してもらうことになった。


そして、それから1ヶ月ほどたったころ。


誰が予想だにしていたか…。

まさかまさかの妊娠発覚!!!!!!!!!

兄弟姉妹は多いほうがいいかもな~…、将来助け合ってくれそうな気もするし…とか、漠然とOHIYORI日誌 考えてはいたものの…。

いざ、懐妊してみると…。

快晴とあまり年もちがわないし。

うららはまだおちつかない。

また、障害児が生まれたらどうしようというドキドキしながら10ヶ月過ごすのかと思うと、胃が痛い。

そして、何より私自身、椎間板ヘルニアの治療中だ。

体重を増やすな、重い荷物を持つな…が鉄則なのにっっっ!!!

正直、わらうしかない。

何もせんでも妊娠したら10キロくらいは軽く体重増加が見込めるよなあ…。



でも、授かった命。

育ててやりたい。

命を親の勝手で絶つようなことは絶対に嫌だ。

そんな一心で、実家の母をはじめ、周囲の心配を迷いつつもはねのけ、現在14週。

とりあえず、つわりはあるが、腹の中は順調です。

半ばヤケクソの境地なんだけど、無事に元気な子が生まれてくるよう、腰が少々痛かろうが這ってでも3回目のマタニティライフを送ろうと、まさに胎をくくりました。

この腹の中の子、予定日は学年のボーダーライン付近。

1999年4月3日。せめて予定日まではおなかにいてほしいなと思ってる。

夫が3月30日という超早生まれなのだけど、子どものころにいろいろからかわれたりして苦労したそうなので、できるだけ新年度に生まれますようにと、祈らずにはおれないのです。

でも、快晴は36週で生まれたし…。果たしてどうなるか、結果はこうご期待!!(笑)


1998/09/30記




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