どれもこれも他人に誇れるところがない。
「これが好きっ!」と言って仕事にできる人が
羨ましい。
実は数年前までの私のことです。
ちょと意外でしょうか?
もう少し学歴があれば・・・
職歴も名だたる大手の社名が並べば・・・
もう少しお金持ちの家に生まれていれば・・・
他人に誇れる趣味でもあれば・・・
~があれば・・・
もっと魅力的になれたのに
もっとモテたかもしれないのに
もっと人から信頼を得ることができたのに
もっと・もっと・もっと・・・
のに・のに・のに・・・・
エゴの塊でした。
自分に自信が持てないからこそ
何かのスペシャリストになろうと
いつも、何かに挑戦しようと考えていた私。
私にできそうな事でスペシャリストになれそうなものは何か?
今考えると、本当に恥ずかしい。
できそうな事を探していた私にはやりたい事が何かを
見つけることはできませんでした。
いつも、「これなら私にも出来るかもしれない」が
私のトライする基準でした。
そんな心根じゃ、たとえ出来たとしても
スペシャリストにはなれません。
色々な事に挑戦しながらも
いつもフラストレーションが溜まっていました。
「一体、私の天職は何だろう」
人間、半世紀も生きると、
残された日々の短さを痛感します。
その時ふと気づいたのです。
できそうな事ではなく
やりたい事を片っ端からやってみればよかった。
そう気づいたのです。
私は長年、
自分に自信が持ちたくて
他人に認めてもらいたかったのだと思います。
みんなが認めてくれれば、自信が持てるだろうと
思い違いをしていました。
けれど、たとえ誰が認めてくれても
それは、私の心の中を通過して、虚しさを残して行くのです。
お花にしろ、お茶にしろ
お師匠さんが、稽古を付けてくださって
最後には良く頑張りましたとお免状をくださるでしょう。
そのお稽古の過程で
できないことができるようになるからこそ
自信をもって人様に作品を披露することができるのです。

(c) .foto project
お免状を貰ったから、自信が持てるのではないのだということを
本当に最近になって気づいたのです。
自信をもって演奏したければ、
絶対に間違えないと自信を持てるほど
練習すればいいのです。
これはお稽古に限らず、すべての事に
同じ事が言えるのだと思います。
結局、自分のチカラを認めるのは
誰でもない自分自身なのです。
一番近くにいる自分。
自分の全てを知っている自分。
弱さを誰よりも知っている自分だからこそ
自分が一番手ごわい攻撃者になってしまうのです。
自信を失いそうになったら
小さな目標をコツコツと、「出来た」「また出来た」と
積み重ねていくこと以外に
自信を取り戻す方法はありません。
そのコツコツを長続きさせるコツは
また、明日お話しましょう。
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