手当たり次第の読書日記

新旧は全くお構いなく、読んだ本・好きな本について書いていきます。ジャンルはミステリに相当偏りつつ、児童文学やマンガ、司馬遼太郎なども混ざるでしょう。
新選組と北海道日本ハムファイターズとコンサドーレ札幌のファンブログでは断じてありません(笑)。


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謎とき徳川慶喜―なぜ大坂城を脱出したのか/河合 重子
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父親が図書館から借りてきた本です。おや幕末ものだね、ってんで私も手を出してみました。

ふーん慶喜かあ、著者はどんな人なんだろ……と、中身を読む前にまずカバー袖の著者紹介を見てみたらば。

「家は四代続いた履物商」「家業に従事するかたわら徳川慶喜研究を続ける」──って、ええっ?

あー、この人って、あの人だ!

このブログでも何回か話題にしてます、我が愛読書・司馬遼太郎「街道をゆく」シリーズ。その1冊目、「甲州街道」のくだりに登場する八王子在住の「Kさん」だったんです。


 Kさんの面白さはこれだけの文章力を持ちながら、一度も慶喜についての自分の考えや研究を活字にしたことがないのである。文明の土壌というのはそういう奇人がさりげなく出てしかも世間に知られることがなく、町の人から単におだやかな履物店の女主人だと思われつづけているということである。


と司馬遼さんが書いたのは1971年のこと。この本の著者紹介によれば、その後、「歴史読本」誌を皮切りとして新聞や雑誌に慶喜論を発表するようになったそうです。そして2007年、とうとうこの本ができたんですね。

終章で、司馬さんと会った「甲州街道」の頃が振り返られています。この時既に息子さんが大学生だったという河合さんを、司馬さんは「ひどく少女めいてみえた」と書いていますが、河合さんから見た司馬さんの記憶もまた、「その表情がどこか少年のようだと思った」と書かれているのが印象的です。

河合さんは1927年生まれ。この本が出た時、80歳ですよ。司馬さんはとうにこの世にいません。そして、共通の知人であるという「Hさん」こと比屋根かおるさんも、故人となられたということがあとがきに記されていました。河合さんの慶喜熱に伝染して、司馬さんに「旧幕イデオロギー」という言葉まで使わせるほどになっていた人。

司馬さんも書き、河合さん自身も「はじめに」で述べていますが、そもそも徳川慶喜に打ち込むきっかけとなったのは、15歳だった女学校2年生の時に観た、真山青果の戯曲「将軍江戸を去る」なんだそうです。卒業生を送る会で上級生が演じたものですから、出演者は全て女学生。10代の少女達が壮年の武士のものとして書かれた台詞を読むという、言ってしまえば、ただの素人芝居。でも、その舞台が客席にいたひとりの下級生に衝撃を与え、その後の人生を決定付けることになった。


 江戸城明け渡しを明日にひかえた慶応四(一八六八)年四月十日、上野大慈院で謹慎中の慶喜を幕臣山岡鉄太郎が訪ねてくる。芝居の中心は山岡と慶喜のせりふにあるのだが、当時のわたしに落雷にも似たショックをあたえたのは、前段の高橋伊勢守の、恭順謹慎が徹底していないという切々とした諫言のあと、ながい沈黙をやぶって発せられた、はじめてといっていい慶喜のせりふだった。それは、「伊勢守!」という呼びかけからはじまり、とつぜんの落涙と堰を切ったような憤懣の吐露となる。

 「三年この方……、第十五代の將軍職に坐つて……、慶喜の苦労、そちや氣の毒には思はぬのか」

「慶喜の苦労」どはどういうことだ? 大政奉還のほか何事も知らないわたしは、とてもこうしてはいられないと思い、翌日からは宿題以外の勉強はせず、古本屋を歩きまわって慶喜に関する本をさがしつづけた。家に帰れば帰ったで、机にむかってぼんやりと慶喜のことを考えつづけた。

 それから半世紀あまり、ずっと慶喜のことをしらべ、彼ひとりを見まもりつづけてきたというのに、いまだに慶喜はひとつのイメージとして定着してこない。それどころか、ますます一筋縄ではいかぬ人だという思いが強くなる。慶喜の出自や個性自体が複雑なうえ、彼が生きた時代がそれにまた輪をかけて複雑だからである。


自ら「ファン」と任じる人が書いた慶喜本なのですが、しかし、単純な擁護や賞賛にはなっていません。何しろ大坂城脱出の一事のみでもオール幕末ファンの総スカンを食らうには充分過ぎる慶喜さんなんですけれども(苦笑)、彼の言動や歴任した役職を逐一追って行ってみると、確かに一方ならぬ「苦労」をしている人ではあるんですよね。その様子を詳述する河合さんは、しかし、彼が不当に軽んじられていたと声を大にして訴えようとはしていません。問題の大坂城脱出の一件に関しては、「さすがの慶喜贔屓にも言葉がみつからない」と手厳しい。

全体に、非常に抑制が効いている文章なのです。

激動の幕末史を書きながら、謳い上げることはせず、淡々とした筆致に終始しているからこそ、却って強く伝わってくるものがあります。

決して、巷間伝えられるような、水戸学イデオロギーに凝り固まり自分が朝敵の汚名を着ることを病的に恐れていただけの無責任な人物などではなかった。でも、良くも悪くも頭が回り過ぎ、「かわいげ」のない、若いに似合わず腹の底の読めなさ過ぎる人だった。

つくづく損な性格の人だったんだなあ、慶喜さんって、と、微苦笑したくなるような感慨がこみ上げました。

幕末ファンの間でも、決して人気者とはいえない人でしょう。でも、この本、読んで損はないですよ。

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