手当たり次第の読書日記

新旧は全くお構いなく、読んだ本・好きな本について書いていきます。ジャンルはミステリに相当偏りつつ、児童文学やマンガ、司馬遼太郎なども混ざるでしょう。
新選組と北海道日本ハムファイターズとコンサドーレ札幌のファンブログでは断じてありません(笑)。


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新聞を読んでいて、斎藤美奈子氏の文芸時評に目が止まりました。

実際の出来事や手記に依拠して書かれた作品について、「さよか」で終わってしまっている、という批判をしていたんですね。

そこで連想したのが、この前、面白く読んだのだけれども、でも物足りなかった『幕末の青嵐』のこと。あれも厳しく言ってしまえば、「さよか」で終わっている作品だと自分には感じられたということなのかもしれない、と思ったんです。

実在の人物を登場させ、史実を扱う作品は本当に難しいものです。時代考証にがんじがらめになり過ぎると、ただ実際の出来事を小説っぽく書いてみた、ドラマっぽく描いてみたというだけの、「さよか」で終わってしまう作品、ということになる。かといって作者の想像力が奔放になり過ぎると、実際の人物像から離れ過ぎ、いくら何でも荒唐無稽だ、ということにもなってしまいます。そこら辺の匙加減がうまくできなければ、良い作品にはなりえない。

で、この「龍馬伝」。まだ序盤ですが、今のところかなりうまくいっている部類なのじゃないかと思うんです。

今回のストーリーは、岩崎家の(というか、弥太郎の、だな)大問題。父が重傷を負わされたという手紙を受け取り、普通なら1箇月かかる江戸から土佐の道のりを僅か16日で帰ってきた弥太郎が、庄屋と奉行所に抗議をし、しかし聞き入れられなかったために、でかでかと奉行所批判の落書きをして、入牢という破目になった。

これは、事実です。

この事実を、ドラマ「龍馬伝」の中でどういうものとして描くのか。

幼なじみで何となく一緒にいた青年達が大人になり、それぞれ自分の人生というものへ足を踏み出して行く、その分岐点のひとつとして描かれていた、と思います。

今、「幼なじみ」と書きましたが、これも大河ドラマではよく使われる設定ですね。主要登場人物を、実際に知られているよりも実はかなり早い時期からの旧知の仲だったということにして、彼等のその後の人間関係に陰影を持たせるというもの。このドラマでは、龍馬、半平太、弥太郎、それに平井家の兄妹・収二郎と加尾、皆、少年少女の頃からの知り合いです。

だから、加尾が龍馬に想いを寄せるのも、多分特に理由はありません。たまたま、身近にいた少年達の中のひとりに心ひかれたというだけのこと。そして龍馬のほうでも加尾を意識しているのに、なかなか自覚できないでいるのも、これまた、いつ出会ったとも明確な記憶のない幼なじみであればこそでしょう。

そんな、気がついたらごく自然に育まれていた、昔からのお互いの関係。しかし、成長するに従って、いつまでもそこにとどまってはいられなくなります。

最初のきっかけは龍馬が江戸へ剣術修行に出たことでした。弥太郎と半平太の中に芽生えた妬心(半平太のほうは、自覚していたかどうか不明ですが)。あの龍馬に江戸で修行をする機会が与えられるのに、自分にはない。あの龍馬が、この自分より先へ進もうとしている──。

という時に黒船騒ぎなんていうものまで起こる訳で、青年達の「自分はこうしてはいられない」という焦燥を更に煽ることになる。

もっとも、そういう時でさえも龍馬は龍馬で、確かに黒船を見て衝撃を受けはしたものの、自分と旧友達の関係が変化することがあるなどとは夢にも思っていないようです。岩崎家の受難に同情し且つ憤って、半平太のところへ言いに行く。しかし予想に反して、半平太の反応は冷淡そのものです。

今の半平太は、世の中の何事をも、尊皇攘夷というイデオロギーの眼鏡を通してしか見られなくなっているんですね。考えるべきは、天下国家についてのことだけ。個人の難儀など、それが自分の知己であってさえ、取るに足りないことでしかない。

前回、彼等3人の関係はジャンケンみたいだと言いましたが、この微妙な等間隔の関係、崩れてしまいましたね。後年の弥太郎の回想というナレーションがそれを念押ししていました。半平太は彼だけの道を行き、それは龍馬・弥太郎とは全く別の方向だったと……。

そう、龍馬と弥太郎は、今回、初めて「一緒に」行動しています。

龍馬の江戸行きに弥太郎が強引に同行しようとしたことはありましたが、あれは勝手について来たのを黙認したというだけのもの。今回は、龍馬が吉田東洋に訴え出ることを思いつき、弥太郎がその気になり、2人で一緒に吉田邸へ日参して……門前に坐り込んだ2人、互いの肩にもたれて眠っていましたよね。

そして、東洋に一喝された時も、2人一緒でした。

半平太が東洋と一対一で味わった屈辱とは、何かが決定的に違っていた気がします。半平太の頑なさに失望して殆ど何も言わずに追い払った東洋は、しかし、龍馬と弥太郎に対しては、かなり重要な言葉を吐いているんですね。

藩の重役なら誰でもいいという訳ではなく、特に自分を選んで、自分の行状を知って訪ねて来たこの2人の下士の若者に、何がしかの関心が動いたのでしょう。自分と2人の違いは身分の上下ではなく、余人に代え難い「力」を持っているかどうかであり、そんな「力」がなければ何ものにも勝つことはできないと──これは、もう、年長者から若者へ、人生の道へ踏み出すにあたっての導く言葉じゃありませんか。

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