倍音発声法と虚無僧尺八とヒプノセラピー 青山雅明のブログ

トゥバ共和国に伝わる倍音歌唱法ホーメイや日本古来の尺八(法竹)の演奏をベースに活動中!ヒプノセラピーサロンTLUSI町田オープン!


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1990年代


油絵の勉強するために、自殺者が日本一多いと言う某美術学校に入学。

入学時の面接時に「木炭も持ったことありません」と正直に告白するが、

作家でもある講師はニヒルに笑うと、

「そんな事はどうでもいいのさ。ただアートの道は暗く険しい、やってみるかい?」

そして、入学を許可される


入学して1週間目に隣のクラスの生徒が中央線に飛び込み自殺をして亡くなる。


アトリエにて木炭デッサンの毎日。

ダンボール工場や、ステージ組み立ての仕事もする。

手がけたステージは

「ダイナソーJR」

「マニック・ストリート・プリーチャーズ」

「ブランキー・ジェット・シティー」

「ボガンボス」

「ジェームズ・ブラウン」 などなどそうそうたるステージに係わる。

が実際はドヤされながら重い機材を運んだだけだが、実際のJBにあえたり貴重な体験であった。


時間が出来ると美術館へ通い、吉祥寺いせやで飲んだくれる毎日を送る。


僕とおなじような、はみだし者が多かったのでバンドが自然発生する。

個人的には、テープのダビング、逆回転、アナログ機材によるサウンドコラージュ作品を作ったりしていた。


やがて、サイケデリック・ブルースバンドを結成しボーカル&ギターを担当する。

アトリエの片隅にバーを開いたり、屋上から夕日に向かって紙飛行機を飛ばしたり、

虚無とノスタルジーの入まじった美しい時間を過ごす。


やがて、あっと今に3年が過ぎ卒業すると同時にインドに旅に出ようと思い立つが

吉祥寺のガード下にアパートを借りてしまい、清掃業をしながら夜間油絵研究科に通う。


その頃、だんだんと幻覚、幻聴になやまされはじめる。


ガンジスに行けという宇宙からのメッセージを受信する。

そして、絵筆を折りインドへと旅立つ。



(つづく)



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1980年代


★小学生時代

日本各地の小学校を転々とする。

YMO クィーン RCサクセション などを聴いていた。

従姉のお姉ちゃんにもらったギターを弾き始めたのが12歳の時。

初めてコピーした曲は、ビートルズのイエスタディ。

愛読書は江戸川乱歩シリーズ。

『ブルースブラザース』のジョン・ベルーシのバック転に衝撃を受け、

ルイス・マイルストン監督の『西部戦線異状なし 』に泪する。


★中学生時代

音楽仲間も出来、ジャニスジョップリン、ジミヘンドリックス、ドアーズなどを

好んで聴くようになる。

戦場のメリークリスマスでデビッドボウイ の存在を知る。

中学2年になると転校。暗黒時代へと突入!


転校先の中学校とソリが合わず家に帰ると、ひたすらギターをかき鳴らす日々を送る。

遠藤ミチロウGISM YBO2アインシュツル・ツェンテ・ノイバウテンサイキックTV

などのアンダーグラウンドシーンを知る。

中学3年の春休みに魚屋でアルバイトをして念願のエレキギターを手に入れる。

エレキギターで初めてコピーしたのは、ピンクフロイト「time」のギルモアのソロ、ワンフレーズ。

学校をサボってミニシアターで見た、フランソワ・トリュフォー の「大人は判ってくれない」

に強烈なシンパシーを抱く。


★高校時代

勉強に全く興味が持てなかったため、中学を卒業したらすぐに働こうと思っていたが

周囲の反対もあり都立高校に入学。

吉祥寺バウスシアターで『ジギースターダスト 』を見に行くが、デビッド・ボウイの変な踊りにがっかりする。

しかし、同時上映のスラバ・ツッカーマン監督『リキッド・スカイ 』の80年代ニューウェーブ的陶酔感に

恍惚となり、呆然となりながら繰り返し2度見る。


音楽に明け暮れる日々。15歳でライブハウスデビューを果たす。

客をあおり、機材を壊したためギャラはもらえず借金のみが残るという無残な結果に終わる。

しかも、地元のヤンキーが多数見に来ていたためライブ終了後に、あらゆる凶器を手にした凶暴そうなヤンキー軍団に取り囲まれ絶体絶命のピンチに陥る。


後から続々と増え続けるヤンキー軍団。もはや、これまでか!!!

と覚悟を決めると、後から来たリーダー格の男が知人だっため、九死に一生を得る。


拠点を吉祥寺に移し、今度は白塗り系の暗黒サウンドを試みるが楽屋に入ると、メンバーがパンダのような不気味かつ失笑を買うようなメイクをしているではないか!

俺の頭の中にあった、耽美的かつシュールな暗黒世界はもろくも崩れ去った。


MC、歌詞にはオリジナルの言語を使い、オリジナルのダンスも予想に反して会場を爆笑の渦に巻き込み

好評を得る。 

あわや、コミックバンドに路線変更したほうがいいのだろうかと真剣に悩む。


ライブの打ち合わせで吉祥寺のライブハウスに出向いた帰りに、

バウスシアターでアレハンドロ・ホドロフスキー 監督の『エル・トポ 』を見る。


映画にこれほど強烈なインスピレーションを受けた経験は未だにない。

もはや映画と言うスケールを飛び出した天啓とも言えるでものあった。

『エル・トポ』体験により僕の人生は大きく変わることとなる。


複雑な育成環境下でルサンチマンが蓄積し爆発寸前になってしまったため

16歳で家を飛び出し一人暮らしをはじめる。

ファミリーレストラン、家を壊す解体屋、荷物の仕分け、エアコンの取り付けなど

様々なアルバイトをしながら、生計を立てる。


謎のエンジニア、EROと知り合い意気投合しカセットブックを製作。

僕は小説とサウンド&ギターを手がける。手売りで販売し、プチヒットとなる。

その後3年ほど、EROと共にライブ&音楽製作を続けるが突然失踪。

かなり後になってUAのエンジニアを手がけているという噂を聞くが、その後一度も会っていない。

オーストラリアにワーキングホリデーに行くことを考えるも、オートバイで事故に愛救急車で運ばれオートバイは大破!!奇跡的にたいした怪我ではなかったが、おりた保険金で北海道へオートバイで旅にでる。

雨の日も風の日も、野宿し大自然の中を猛スピードで駆け抜けているうちに、さまざまな不浄の念が洗い流される。



1990年代へ


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