裁判員制度が話題です。
酒井法子さんが最高裁裁判員のcmをやりながら悪い事をしていた?というのも話題です。
クスリの専門家ですからこれは面白いですけど~合法的というものと非合法というのはその国の機関が承認してるか?否か?だけであります。
例えばある国ではクスリと認められている物質がある他の国では毒?かもしれませんし~サプリメントなどで売られているケースもあります。
よくあるのは漢方薬の定義ですけど・・・中国の漢方薬すべてが日本で承認されているか?日本独自の処方内容もあったり~漢方の場合は組み合わせですけど~日本と中国では価値観や法律が違うため~合法的~非合法なクスリが生まれるのですね。
覚せい剤や大麻でも~合成麻薬など医療用で承認されていれば医者の処方で合法的に使えるのですね。
一時期「スマートドラッグ」といって頭や記憶が良くなる~一部幻覚作用があるような向精神薬的なものが話題になりましたが~海外から輸入し個人で飲む分には処罰の対象にならないものもあります。
申し上げたいのは法律や考え方の違い~一番は国や宗教~政治ですけど・・・国によって大分~倫理観も違うと言う事です。
もちろん同じ人間ですから~人種や宗教の違いを超えなくてはいけませんが、一般に倫理・道徳という言葉が漠然とした使われ方を多くするが倫理とは何か?という事を真に問いただすという機会は少ない。
今日倫理は主に現代科学の行き詰った分野で多く耳にする。例えば生命倫理などは各界の注目の的である。仏教界においても脳死・尊厳死の問題に関心を寄せ発言する学者・僧など数多いが個々の問題に対しての答えには意見の食い違いも見られる。
臓器移植や生命倫理などは非常に個々人の問題でもあり、国として統一の考え方を押し付けることは出来ません。信仰や信心は国のものではなく~個々人に帰する問題であり。生死(尊厳死等)や死後の埋葬方法(散骨等)真剣な議論が期待されるところであります。
倫理とは何かということは善と悪をどこで分かつか?という事に帰着する。
善と悪の基準は人によって様々~千差万別である。
例えば~クスリと毒の基準
ある人には効いてある人には効かない薬?はクスリなのか?
ある人には何事も無く~ある人には副作用が起きるクスリは?
クスリとは?何か?を考え定義して承認指定すれば
それ以外のものは全てクスリではないと成ります。
しかしこの論理には逆なロジックがあって
毒には毒を持って制するという言葉がありますが
全ての薬~クスリは毒性があって毒性試験をします
ですから「クスリ」の反対は「毒」ではなく
クスリとは?薬=毒となります。
ある種の毒性を持っているものが薬なのですね。
ですから薬害と副作用の違いを質問した事があります
理不尽と不条理
同じ事が起きても
心の感じ方が2つある
まあ知らされていない副作用被害(隠し含め)=薬害
知らされている知られている何らかの被害=副作用
副作用=全ての薬に存在しますし~毒性を如何に?抑えるか?
これが薬の主作用と反作用(=:=>副作用)
正比例する関係であって反比例では無いのです。
例えば~綺麗と汚いの基準
潔癖症の人も居れば~不潔症?の人もあり~ゴミ屋敷もある。
どちらが??如何という論争になりがちであるし~ゴミ屋敷の住人や騒音おばさん等近所でもトラブルになりがちでありますが
汚いより~綺麗がイイですよね
綺麗の基準を考えるべきであって
汚い基準は「綺麗でない」という否定形でイイのです。
善とは何か?
善の研究~西田幾多郎~有名な哲学者ですけど、善を突き詰めれば悪とは善でないものでありますから自ずと自壊するのであります。
絶対的な善とは何か?何が最高の善であるか?最高原理と言いますけど~善の中にも段階があるのでして~最高の価値を考えれば2番目3番目が自分で理解できるようになるのです。
ベスト=最高の薬とは?を突き詰めれば~ベター=イイ薬とは?そんな事が理解できるようになります。























