2012-01-20 12:23:46
「姉が待つ・姉ヶ松」 ・ 「姉が先・姉が前・姉前大明神」
テーマ:社長日記「百六十余段」 の 「男坂」 を登り切ると 「三の鳥居」、1929(昭和4)年 奉獻 「狛犬」
「三の鳥居」 脇に 1740(元文5)年奉納 「姉前大明神・燈籠」
駅名は 「姉ヶ崎」 ・ 住居表示は 「姉崎」 ・ 神社は 「姉埼(土に奇)」 に加えて、「姉前」 も有った!
「あおき日和・昨年1月・『千葉支店青交会安全祈願祭』 」 掲載時にも触れた、「姉埼神社(土に奇)・姉ヶ崎駅・
姉崎・姉前」 に関して、今年も神社・地元の方々に取材確認をいたしました。
「姉埼神社」
主祭神は、風の神 「支那斗弁命(しなとべのみこと)」
日本武尊・天児屋根命・塞三柱神・大雀命を祀る
日本武尊東征の際、暴風雨で海難に遭うが 妃の「弟橘姫」の犠牲によって「上総」に上陸出来て難を逃れ
「宮山台」に「弟橘姫」を偲び、「風の神・支那斗弁命」を祀った
近くの「島穴神社・志那都比古尊」とは 妻(姉)であり、出かけて戻らぬ 夫(弟)を思い、「待つのは辛い」と
嘆いた事に因み、この地では「待つ・松」が忌まれる事により「門松」を 「門榊」とする風習が出来たそうです
また、姉弟神が この地を訪れた際、姉神「支那斗弁命」が 弟神「志那都比古尊」より一足先に来て
弟神の到着を待ったので 「姉が先」となったとも云われる
元々の地名は 「姉ヶ松」と云う説も有る
姉妹が居る家では、妹が先に嫁ぎ、姉が実家に残る事も多かったようで、「姉が待つ」とされたが、
姉が先に嫁に行けるように 「姉が先・姉が前」とし、「姉前」から「姉埼」、そして「姉崎・姉ヶ崎」に
変化したとの説も有るようです
「三の鳥居、姉前大明神・燈籠」 の先には 1809(文化6)年 六月初午 奉納 「狛犬」
「縁結びの神」
かつて 大鳥居の近くに「夫婦杉」 があり、その二本の杉が 途中背丈ほどで一本の枝のように連結し
(連理と呼ぶそうです)、夫婦仲睦まじき事の象徴とされ、親指・小指で紙縒りを結び 良縁を願えば叶う
と云われた (夫婦杉は枯れてしまった・残念!)
「拝殿・本殿」と「茅の輪」

「拝殿」 脇に 「古木」・・・・・由来を聞き忘れました!
1986(昭和61)年1月に 「祝融に遭い (要するに 火事) 「神殿本殿・社務所・御神木」 が焼失
「拝殿・本殿」・・・・・昭和63年再建
銅板葺き・権現造り、本殿・流れ造り、拝殿・入母屋造り
本来の 「南向き」 ではなく、「弟橘姫」 を思い 海に向かって 「西向き」 に建つ
「社務所」・・・・・平成2年に再建
「御神木」・・・・・焼け残った芽から芽吹く
厚く敷かれた玉砂利を踏みしめ 「境内散策」
「浅間神社」
「天神宮」
「境内末社」
「安全祈願」 が始まります・・・今年も 『無事故無災害』 が継続できますように!
清清しい心で参拝を終えて、「懇親会場・串の栄」 へ出発!
駐車場の有る 「北鳥居・神門」 に向かいます
「神門」・・・・・平成元年新造
銅板葺き、千鳥破風
左右六本の円柱で 柱計十二本になります、中柱を数えず八脚門と呼ぶとも聞きましたが、やはり十二脚門
でしょうか?
(「扁額」は 「姉埼神社」、裏面は 「萬世太平」)
「神門」 脇の 「手水舎」
元禄15年寄進、江戸小網町・米穀問屋・姉前四郎左衛門
正面上部で 「龍」 が睨む
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