2012-03-30 20:05:42
「金王八幡宮」 の 「金王桜・長州緋桜」 は 蕾だった!
テーマ:社長日記渋谷八幡通り 「金王八幡宮」 に、「金王桜 (長州緋桜、一枝に一重と八重とが混じり咲くと云います) 」 を
見に行きましたが、未だ未だ 『蕾』 で有ります。
『金王八幡宮』
2011(平成23)年に 「御鎮座920年・金王丸生誕870年・春日局御社殿御造営400年」 を迎えました。
1092(寛治6)年に 「河崎基家」 (渋谷城を築き、渋谷氏の祖となる・・・「渋谷」 の地名へ) が信奉していた
八幡神の御加護で 「源義家」 が勝利したとして、此処に 「八幡宮」 を創建したと云う。
「基家」 の子 「重家」 は、「堀河天皇」 から 「渋谷」 の名を賜り 「渋谷土佐守重家」 となり、八幡宮に
祈願し 妻の胎内に 「金剛夜叉明王」 が宿る霊夢によって授かった子を 「渋谷金王丸常光」 と名付けた。
「金王丸」 は、「源義朝」 に従い 「保元の乱」 で武勲をあげ、義朝死後は 「土佐坊昌俊」 となり霊を弔い、
「頼朝」 の命で 「義経暗殺」 を試みるが討たれてしまったと云われています。
「渋谷城」 は、北条氏に焼払われたが神社は残り、家光公が三代将軍に決定した折、1612(慶長17)年に
乳母春日局と守役青山忠俊が御礼に社殿を寄進したとされ、『御神門』 (赤門) 造営 は 1769(明和6)年・
1801(享和元)年建立の二説が有る。
「御神門」 を入り 右脇には 『御神木 椎の木』、左には 『手水舎』
右手手前奥に 『金王丸御影堂』 (出陣に際し、自分の姿を彫って母に残したと云われる木像を安置)
「1759(宝暦9)年建立の 狛犬」 (豊かな表情、阿吽それぞれが 左手 いや左前脚で玉遊び)
『御嶽神社』
開運・商売繁盛に御利益有りとして、客商売の参拝が多いようです
「実践女子学園・香雪神社」 から移された 昭和12年建立の狛犬 (誠に面白い顔立ち・ヘアスタイルです! )
『玉造稲荷神社』
1703(元禄16)年創建、御本社は 京都伏見稲荷大社、農耕・商売繁盛・学業成就の御神徳
昭和47年奉献の 「石狐」
『神楽殿』
『金王桜』 (長州緋桜)
「源頼朝」 が 「金王丸」 の 「父 義朝」 への忠節を偲び、鎌倉亀ヶ谷の館にある憂忘桜を移し金王桜と名付けた
江戸三名桜の一つと称された (西新宿 常圓寺 枝垂桜、白山神社 旗桜と聞きますが・・・・・)
足元には 芭蕉句碑 「しばらくは 花のうえなる 月夜かな」
『金王八幡宮 社殿』
拝殿向拝の木鼻・蟇股・梁・狭間・手挟等に装飾を施した 江戸時代初期の朱塗り権現造り社殿
「木鼻(きばな)」 は、「獏と獅子」
「蟇股(かえるまた)」 に 「鷹」、その下梁に 「金龍」
窓様の 「狭間(はざま)」 には、「獏と虎」
「海老虹梁と 菊の手挟(たばさみ)」 を覗き込みます
「社殿前 明治33年建立 青山石勝・中村勝五郎の狛犬」
『渋谷城・砦の石』 だそうです
満開の 「金王桜 (長州緋桜)」 が拝見できる日を楽しみに待ちます!
道路を渡って 「豊栄稲荷神社 (とよさかいなりじんじゃ)」 に立寄って見ます。
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