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第1回口頭弁論から17日目のことだった。

未だ結城弁護士のところには
進学費用に関する夫からの連絡は
来ていなかった。

結城弁護士が先方弁護士に連絡を取っても
「未だ検討中のようで返答できません。」
の一点張りだった。

どうも先方弁護士自体
ろくに夫と連絡が付いていないようだった。

私の心配もイライラもとうに限界を超えていた。

まさか・・・
このまま夫は大学進学費用は出せないと
言い続けるつもりなのだろうか。

まさか・・・
自分があれほど息子に
大学進学を勧めておきながら
自分に好きな女が出来たからといって
子供に対してやっぱり進学は諦めろなどと
ひどいことを言うつもりなのだろうか。

いくらなんでもそこまでは。

しかしここまで
夫がやって来たことを思うと
その心配も拭いきれない。

まして夫のそばにいる女が
他人の子供の進学費用で
自分の新車を買うような女であることが
より一層私の心配を増幅させた。

こんなことならいっそ
私は単身夫の住む美香の家に
乗り込んでやろうか。

それでも話が付かないのなら
その場でなにもかもを
この手でめちゃくちゃにしてやりたい。

そんな自暴自棄な気持ちに
一瞬はなるものの
子供達を置いて私が
そんなことをするわけにはいかない。

大事な我が子を
犯罪者の母を持つ子にはできるわけがない。

それだけ私は
もう我慢の限界に来ていたのだった。

頭がおかしくなりそうだった。

もう3日後には長女の受験。
そして一週間後には長男の受験なのだ。

結城弁護士は私の気持ちを察して
あれから一日おきに私に電話をくれた。

今日もその日だった。
いつもは夕方なのに
今日は午後一番で先生から電話が来た。

「先生・・・どうでしょうか。
変わりなしでしょうか・・・。」

私の言葉にはもう期待の気配は無い。

「麗子さん
良い知らせです!
健太郎さんから
長女さんの高校進学準備にかかる費用と
長男さんの大学進学にかかる費用の
奨学金で足りない分は
健太郎さんが全額負担するという回答が
裁判所を通して今来ました!」

電話越しでも
結城弁護士が喜んでいることがよく分かる。

私は張り詰めていたなにかが切れたように
床にへたり込み声をあげて泣いた。
子供のようにわんわんと泣いた。

これで長男を
東京の大学に送り出してやることが出来る。

親としての役目を果たしてやることが出来る。

子供達を今以上には
悲しませないで済む。

「ありがとうございます・・・
先生・・ありがとうございます・・・。」

電話越しに私は何度も何度もお礼を言った。
頭を床に擦りつけて。

先生の話では
夫は自分の弁護士からの電話にも
ろくに出ることも無く
この話をただただ
引き延ばしていたと言うことだった。

引き延ばしているうちに
受験期間が終わって
手遅れになってくれればいいと
思っていたらしい。

そのあまりの夫の不誠実な行動を知り
裁判官が先方弁護士に
「そのような不誠実な態度で
裁判所の問いに返答もせず
子供達への責任を放棄するならば
そのあなたの態度は
今後の裁判に大きく影響するばかりか
裁判の結果自体を左右する大きな要因と
なることを覚悟して下さい」と
警告をしてくださったのだそうだ。

夫ののらりくらりの無責任な態度に
憤りを感じていたのは私だけでは無かった。

夫の子供への無責任な言動を
非常識で許すまじと思っているのは
私だけでは無かった。

私の子供達をなんとか無事に
予定通りの進学をさせてやりたいと
思っているのは私だけでは無かった。

私はこんなにも
多くの人に助けられ支えられていることに
心から感謝した。

私はそのことがたまらなく嬉しかった。

私は先生に深くお礼を言うと
その電話を切った。

その夜
私は何ヶ月ぶりかで泥のように眠った。
ただひたすらに眠った。

こんなによく眠れたのは
いったいどれくらいぶりだろう。

私の寝室の
少し開いたカーテンの隙間からは
冬の蒼色の月が私を労うかのように
静かに見つめていた。


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