昔から僕の両親の子供に対する教育方針は、
「ポイントは押さえつつ、後は自由奔放に放っておく」
だったそうです。
その方針は、その言葉通りに
僕にも兄ちゃんにもずっと貫徹されてきたように思います。
そのお陰か、既に三十歳近いうちの兄ちゃんは
弟の僕から見てもかなりかっこいいです。
会う度に、俺はなんてガキなんだろ~ってへコまされます。

そんな方針を掲げたうちの父ちゃんだから、
僕がくよくよ悩んでるときでも「自分で考えろ」って一言放って
アドバイスをしてくれることなんかは滅多にありませんでした。

それでも、ここぞ!っていうときには
いつもシンプルな何かを言ってくれてたように思います。

例えば、僕が大学に入るにあたって言ってくれた言葉。
「『若い』ってことに自惚れるなよ。
 若さはいつか必ず煙のように消えて無くなるものなんだから、
 周りが若さを謳歌してるそのときに、お前は自分を磨いておけよ」

お陰で、この言葉は大学時代ずっと僕に付いて回りました。
結局あんまり自分磨きなんかできなかったけど、
最近やっと自分の考え方の基盤みたいなものを
つくることができたような気がします。
「若い」以外の自分の属性を、
あっちこっち動き回り続けてやっと少しだけわかった気がする。
自分がどうしても欲しいものはどういうもので、
そして、どうしてもしたくない事はどういう事なのか。

いよいよ社会に出ていこうとしている今。
父ちゃんと兄ちゃんに一泡吹かせるような
生き方をしていきたいと思っています。

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今日から、週のはじまりの月曜日。
っていっても「休み」なんかない。
与えられたルーティーンじゃなくて、
区切りは自分の手で決める。

ホリエモンは、自分の手で何かを区切ろうとしてる。
それは、すでに「株式の論理」を超えた意味を持つまできている。
それにしても、メディアをはじめとして
ヒステリックに「二項対立」へと単純化しすぎ。
それよりもまず、もっと長いスパンでみた構図を明確にするべき。
そもそも、ほりえもん個人とライブドアって企業も
ちゃんと分けて考えなきゃいけない。

時代は変わりつつある。
ちょっと前に騒がれていたように、
それは突如としてやってくるものではなくて、
徐々に、のんべんだらりんと変わっていく。

今の時代は、長い過渡期にあたる。
そんな時期には、以前のシステムと変わりつつあるものの間で
軋轢は当然のように生じてくる。
ビジネスの世界だけではなくて、
文化や社会、個人と個人の間にまでも。
みんなみんな道筋に迷う。
誰にもゴールなんてわからない。
だからこそ、一人の人間と触れあうことを
何よりも大切にしていかなきゃいけない。

この過渡期が終わるころには、新しい何かが芽生えるかもしれない。
反対に、ひょっとしたら何も変わらないのかもしれない。
でもひとつだけわかることは、
こんな時代だからこそ、腹の底から笑えるようにしなきゃいけない。
自分と他人に対して、もっともっと素直になっていかなきゃいけない。
今の時代に生を受けて、何より感謝感謝。

(削除候補筆頭記事となりますです。寝てなすぎて頭が飛んでます。
 ぎゃふん!)
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やる気ない谷をとおりこし、
中国での研究会に使用するプレゼン資料を作成しています。
すべて英語なのです。
こちとら江戸っ子でいぃぃ!!と大上段に構えたいくらい
英語は苦手です。
でも、お世話になった先輩主催のものだから、
絶対に失敗なんかできない。

前回のNYでは、結局観光なんてあったもんじゃなかった。
今回はどーにかしたいな。
なんとか雑技団系とか見てみたいな。
あわよくばパンダと記念撮影したいな。

明日は七時に起きねば。
いったい、何のためにこんなに頑張っているのか。
未来のため、お金のため、そんなんじゃない。
今呼吸をして生きてる自分に嘘をつかないため、
自分の好きな人の真正面に立てるようにするため、
明日飲むビールをこの上なくおいしいものとするため。

「明日は明日の風がふく」
そんなこと言う前に、
今目の前の空気を思いっきり吸い込みましょう。
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どーしよう!全くやる気がない。
やる気が無さすぎて、
ネットで何かにとりつかれたように手相占いやってた。
前に手相の人にみてもらったら、
「ない!!皺がない!」ってびっくりしてました。
僕の手の平って、赤ん坊みたいに皺少ないんですよね。


関係ないけど、こないだアメリカから友達が遊びにきてて
ちょっとだけ一緒にご飯食べてました。

そのときの会話を一部抜粋。
(Q=アメリカ人の友達の質問、A=僕の答え)

 Q「日本にはなぜ宗教が根付かないのか」
 A「みんな自分が大好きだからだ」

 Q「日本人は普段どーいうものを食べているのか」
 A「寿司とテンプラだ」

 Q「HARAJUKUにいっぱいいるあのコスプレは何なんだ」
 A「あれが日本の最先端だ。底力だ。」

 Q「侍の心意気は今でも生きているのか」
 A「秋葉原という聖域があって、 
  そこには今でも多くの侍が残っている」

その友達は秋葉原のことは知っていったので、
僕のうそも徐々にバレていきました。
あ、こーいうふうに書いてると僕が極悪人のように・・。
そいつとはいつもそんな感じなんです!

ちなみに、うまい日本食って言ったらここっきゃない!っていって
中華料理店に連れていきました(笑)
ここ最近、ほとんど寝てません。
というか、ここ何ヶ月か不眠不休っす。
でもそれも、いよいよあと少し・・。

何を、なぜここまで頑張ってるかは、
それは全部が終わってからこっそり書きます。
他の全部を犠牲にしてでも、
どーしても通さなきゃいけないことは一つくらいある。
ま、論文なんですけどね。
これを書くことによって、一つの夢が塵になっちゃいます。
いろんな人に迷惑かけちゃうかもしれません。
でもそれでも譲れない。

周りの人たちの存在は、それだけで勇気に。
オーストラリアでビジネスを続けるY。
NYで写真を撮り続けてるS。
言葉の不確かさに悩み続け、それを職業として挑戦してるM。
昔のビジネス仲間、くよくよしすぎS(ごめんなさい)
他にも他にも。
そして、ブログのなかで、こうして知り合った人たち。

みんなみんな、きっとこんな夜でも奮闘し続けてる。いきつづけてる。


と、たまにはいきなり弱音みたいなものを・・。
おしー焼きそば食べてがんばるぞ~!






旅行の計画決まりました。
→「中国」。ちゃいな。

というのも、先輩が中国の大学で働いてて、
そっちの仕事をちょっと手伝います。
(日本経済に関する研究)
ほんのちょっとの期間だけだけど。

どきどき・・。
中国は大きいかな・・。
中国経済はこれからが本当の勝負。
でも、一癖二癖ある人が多いです。本当に。
(なぜか中国人の知り合いはたくさんいます)
風邪をひいてしまいました・・。
頭が痛くて、ボーっとする。
ということで、今日の更新は少しユルめに。
今日中にマッハで治しちゃわないと。

風邪の思い出を一つ。
北海道へ旅行を行く当日に、運悪く風邪を患ってしまいました。
熱は38度以上出て、それでも観光ぐらいはなんとかこなしていました。

問題はその夜。
函館山を登りたいが、既にロープウェイは動いていない時間だったため、
僕達一向は徒歩にて頂上を目指すことに。

風邪はつらかったけど、眼前に広がる
函館の街の光は目を疑うほどでした。
しかし、頭痛い・・。
こりゃ途中でギブ・アップだな~って思ってた矢先、
どこからともなく友達の女の子からの声が
「せっかくここまで来たんだから、頂上までがんばろ!」・・
ここで折れたら男がすたる・・そしてみるみるヨボヨボになりながら
なんとか頂上まで徒歩にて制覇!

でも、そこからほとんどの意識が飛んでます。
僕は、震えながらも転げ落ちるように下山していったらしいですが
どうも記憶が・・。
一緒にいた友達の励ます声と、
頂上で買ったココアが温かったことだけかろうじて頭に残ってます。

人間、必死になると日常では考えられないエネルギーが沸いてきますね。
そして、男は女のためならバカになれますね。
(その女の子はただの友達だったけど)
風邪ひきの中、そんな思い出をヨボヨボ思い出してました・・。

で、痴漢話を挟んで前回のアメリカの続きです。

鼻息荒くアメリカへ上陸したはいいけど、
ラスベガスの空港を降りた途端
無計画の僕はポツーんとたたずんでました。
(泣きそうになった)

英語もほとんど離せないし、何もわからない。
ということで、タクシー捕まえてとりあえずは一路カジノへ!!

それから何日間はカジノに入り浸ってました。
僕は日本では賭け事はやらないけど、
ここ数日だけは目の色変えてやってました。
結果は・・。
微妙に勝ってたのかな。
当り前だけど、大きく賭ければ大きく勝てます。
これは何事もそう。

それからは、一ヶ月近くアメリカの各地を彷徨ってました。
グランドキャニオンで商売っ気を帯びたインディアン。
カジノで出会った身にまとうもの全てがゴールドのわかり易いおっちゃん。
家に泊めてもらって、僕がギターを弾いたら腰抜かしそうになってた老夫婦。
サンフランシスコかどっかのビーチでお昼寝。鳥に食われそうになった。
たった一人でのユニバーサルスタジオ。(寂しかった)
ロスの夜中で黒人に追いかけられる。(死ぬかと思った)
警察に捕まりそうになる。(アメリカの警察ワイルドすぎ)
などなど、思い出は手の平を溢れています。

思えば、あれほど自由で危険な時間は無かったな。
また行くぞ~!
それは、「電車で男に痴漢されたこと」
(僕は男です)
そして、なんと驚きすぎて何もできなかった・・。
痴漢されて声も出せない女の人の気持ちがよくわかってしまった。
敢えなく、次の駅で逃げるように下車・・。

こんなこと書いていいのかな・・。
友達と驚いたこと話になってしまって、つい。
前回、アメリカへ行くって書いたばっかりに、
少しばかり反響がきてます・・。
僕がアメリカへ初めて旅立ったのは、まだ19歳の頃でした。

高校生の頃は、前にも書いた通りバイトばっかりに精を出す日々でした。
でも無目的に働いていたわけではなくて、
アメリカへ行けば何かある!とたくらんでお金をセッセと貯めてたわけです。
(青々しいですね)
周りに少し違和感を感じてて
新天地に夢見ていました。

何十万か原資が出来たタイミングで、
僕はそれを何倍にも増やすことを夢見ました。
「アメリカン・ドリーム!」ってなわけで、
僕も目線の先はただ一つ、ラス・ベガス!!!

あ、どーしよう眠くなってきた・・。
続きはまた書きます。
失礼します。

でも今回のアメリカは今書いているような旅にはならなそうです。
ひたすら地味な作業に終わる気がします。
目的があるから、
それはそれでいいんだけど・・。