2005-07-11 17:49:37

(株)マインドシェア 今井祥雅社長

テーマ:青学OB起業家訪問

今井祥雅社長
【訪問企業】 株式会社マインドシェア
       所在地  〒108-0073 東京都港区三田3-2-8 
       設立   平成元年12月22日
       http://www.mindshare.co.jp/   
       事業内容
       ・コミュニケーションマーケティングのサポート事業
       ・コンサルティング
       ・リサーチ&ディベロップメント
       ・アドバタイジング&プロモーション
       ・クリエイティブ
       ・ウェブソリューション
【取材相手】 今井祥雅社長
       

◆今井社長の学生時代について教えてください
今井:中学の時から不良だったんだけど、中途半端な不良っていう感じで

した。高校1年になって3度目の停学が無期停学で、父親が学校に休学

届けを出して僕をアメリカに放り投げたんです。ミシガン州にホームスティ

したんですけど、初めは自分がどこにいるのかもわからない状態でした。
 でも、アメリカは自分から行動しなければ何もできない国だから、僕なり

に頑張って、日本への帰国が近づく頃にはバスの運転手を口説いてバス

を貸し切って留学生の仲間達とアメリカ縦断したりするようにまでなってい

ました。
 帰国して、親に浪人を許してもらって青山学院国際政経に入学しました。

1期生です。でも、厚木キャンパスに行ってみたら先輩もいないし、高校

4年生みたいな感じだった。
 当時厚木は、青山のネクストバッターボックスみたいな位置づけで、つま

んなかったんですよね。何かしなきゃいけないなぁっていつも考えていて『

奥さん米屋です同盟』というのを作ったんです。月に1回お米を運んでくる

お米屋さんになぞらえて、どこのサークルに入っていてもいいから月に1

回僕が主催するイベントに参加してくださいねっていう、いわゆるセカンド

サークルです。これが厚木にすごくフィットした。それでテレビに出たりだ

とか。第1回厚木祭も企画しました。厚木祭名物イベントのナイトハイクも

僕が企画したんですよ。


◆起業することはいつから考えていたのですか?
今井:何かを企ててやるということに興味があったので、会社を興すという

よりも、まず事業の中身の方に興味を持っていたのかもしれません。学生

企業もはじめて、代理店から仕事をもらったり、先輩から取材を頼まれた

り、さまざまな仕事をしました。すぐにではなくても、いつかは独立して、僕

の先輩たちのように社長やってみたいなと思い始めたのが大学3年生の

終わりくらいです。


◆起業するきっかけを教えてください
今井:卒業してすぐに独立したいと思ったんですけど、僕の恩師に「使われ

た経験もないのに人を使うなんて全然だめだよ。まず、石の上にも3年、こ

んな会社作りたいって思う会社に入ってみろ」って言われて、興味のあった

リクルートに入社しました。
 でも、学生企業をやっていた時、年収900万だったのが、リクルートに入

ったら自由に使えるお金が月16万強。なんとかしないといけないと思ってマ

ンションを田町に借りて、「三田クラブ」と名付けてルームメートを募集した

んです。結構いろんな人間が集まってきて、そこでできた仲間は今でも本

当にかけがえのない存在です。会社で名刺交換してから始まる仲間と、

友達から始まる仲間って全然違うんだよね。
 そして3年後、三田クラブの仲間とみんなで辞表書いて、それぞれの会

社に出してそれぞれに独立しました。みんな何か大きいことがやりたいって

いう奴らばっかりだったし、実際企業から三田クラブに何かアイデアを出し

てくれっていう仕事もきてたし、もう待てなかったです。僕は平成元年にマ

インドシェアを立ち上げました。


◆マーケティングという分野で仕事をしようと決めたのはいつですか
今井:僕自身マーケティングというものを知ったのはリクルートに入ってか

らです。初めは調査の集計を勉強し、設問と設問の間の相関関係を見つ

けていくというような分析を学んだりしました。ここで得た経験がすごくおも

しろくて、調査というものからこんなものまでわかっちゃうんだ、と。目から

鱗状態でした。
 それと、生活者側の視点にたって生活者が本当に欲しているものを調

査して、こういう商品が欲しいので作ってくださいっていうアイデア提供み

たいなことがしたくなったんです。
 というのも、バブルの頃って企業側はどんどん商品を作っていたから、

モノがいっぱいあったんです。生活者側も消費欲があるから新しい商品

にどんどん飛びついていた。
 でも、僕の感覚では欲しいものは逆にだんだんなくなってきたなってい

う感じがしました。ヒット商品がでても、それを越える商品がでてないなっ

て思ってたから、自分でアイデアを提供してみたいと。実際、企業側から

も「若い人に受ける商品ってどんなのかな」とかいう質問もけっこう来てた

しね。企業側と生活者の間のズレを見つけて、企業にフィードバックする

ような仕事ができないかと考えて仕事を始めていったら、それがマーケテ

ィングでした。
 心の中の“気になり度数”を調べるマインドシェア方程式というものがあ

るんですけど、マインドシェアという社名はそこからとりました。ロゴマー

クも、二つの相対するものの交わりをつくっていきたいというところから考

えつきました。


◆学生へのメッセージをお願いします
今井:手足で稼ぐ20代、頭を使って稼ぐ30代、人を使って稼ぐ40代、お金

を使って稼ぐ50代っていう考え方が昔からあります。やっぱり自分の能

力を身につけて、発揮しなきゃいけない。
 君たちには潜在能力はあっても、まだ経験が少ないので発揮能力はあ

りません。発揮能力を過信して独立しちゃだめだよということを僕はよく言

います。潜在能力を発揮能力に変えられて始めて仕事なんです。仕事も

お金が入金されて始めて成果なんです。
 10年後、20年後に本当に世の中の中心に入っていった時に、いろんな

ベンチャーに一緒に頑張れる仲間がたくさんいたらいいよね。僕がずっと

言い続けて来たことは、日本を元気にしようよってことです。どこにいて何

をしててもいいけど、みんなの時代観というか、みんなで一体となってこ

の日本を元気にしていこうっていう握手は今のうちにしておこうよっていう

ことなんです。
 新しい時代に新しい価値観をもてる仲間達を僕は学生の時から探して

は飲んで、夢を語って、ネットワークを広げていました。ただ「知ってる」

だけではネットワークにならないんです。共通の価値観を、大学という枠

を越えて何人の人と共有できるか。学生の頃は、本当にネットワーク作り

ばかりしていました。大学を卒業するときには、5000枚の名刺がありまし

た。(取材・文 塚越安季)

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2005-07-03 17:25:52

㈱gusiness(ギジネス) 園田雅江社長

テーマ:青学OB起業家訪問

【訪問企業】 ㈱gusiness(ギジネス)
   ・所在地  東京都港区虎ノ門1-2-3
   ・http://www.gusiness.com/index.html
【取材相手】 代表取締役  園田雅江氏  


園田雅江社長


--今回は初めて女性社長の園田さんにお話をお伺いするということで、「仕事における女性の可能性」というものを軸にお話いただければと思います。まず園田さんの学生時代を教えてください。
園田:今では想像つかないと思いますが、大学時代は気に入った作家の作品は著書全てを読破するような文学少女でした。当時の私の友達や恩師は今の私を知るとひっくり返るくらい驚きます。


--学生時代はバブルでしたよね?
園田:そうですね。まさに、田中康夫の「なんとなくクリスタル」の時代でした。毛皮のコートを学校に着て来たり、クルーザーで花火を見に行ったり、親がマンションを買ってくれたりという話はよく聞きました。

 私自身はそういうふうに遊んだりしていませんでしたが、社会全体がこのままどんどん豊かになると根拠なく思わせるような雰囲気がありましたね。


--アルバイトをされたことがないとか?
園田:そうなんです。親の方針で(笑)。実家は松山ですが、東京の大学に行くということで4年間の東京行きが許されました。母親が専業主婦だったということもあったと思いますが、働くということについての自分の意思や意見はまったくありませんでした。
 でもまだ東京に居たかったという本音と、社会勉強という建前で、2年間の就職を決めました。そんな動機なので行きたい会社もなく、やりたい業種もない。幸いなことに成績だけはよかったので、就職課の人が一生懸命探してくれて業者間の債券取引を扱う証券会社に就職しました。


--どんな仕事をされたんですか?
園田:今でいう一般職ですね。当時は男女雇用均等法などもなくて、女性社員は入社10年目と入社1~2年目の仕事に大差ありませんでした。お茶酌みですね。そんな感じだったので最初の予定通りきっちり2年で辞めて実家に帰り1年間花嫁修業しました。華道、茶道、料理教室などで結構忙しく過ごしました。今考えるとよくやったな、と(笑)。
 帰省して1年後に結婚したのですが、「個」が埋没していくのが嫌で、仕事を探しました。でも当時の社会で特別なキャリアもない既婚女性を雇ってくれるところはなかなかありませんでした。
 でも外資系企業は違いました。私が結婚しているかどうかは聞かず、あなたは会社に何ができます?という視点の質問ばかりでした。何のキャリアも能力もない自分に悔しい思いもしましたが、そこで働いている女性の姿が輝いて見えたのです。その会社で秘書として働くことになり、最初は自分の上司が良いパフォーンスを残すこと、上司に褒められることが単純に嬉しくて、それをモチベーションに頑張りました。かわいい秘書ですね(笑)
 でも、仕事が面白くなってくると、秘書という仕事には業務の限界がありますので、管理部門に一般スタッフとして入りなおし、そこで人事専門のコンサルティングや社労士のことをはじめて知りました。私にとって外資系企業の人事制度は、とても働きやすく従業員として幸せだった、そこで、このような制度をもっと広めるべきだと思ったんです。
 最初は独立というよりも、自宅兼事務所といった感じの開業目的で社労士資格を取りました。しかし、私は「人」に関わる仕事をしたかったので人事コンサルティングを業としていこうと、経営コンサルティング会社の経営に参加しました。その後、人材育成を業とする㈱gusiness【ギジネス】を昨年12月に立ち上げました。


--男女雇用均等法などの違いは体感されてきたと思いますが、社長という職業について男女差などはありますか?
園田:まったくと言ってもいいくらいないと思います。会社経営に携わる人はリスクは避けて通れないとおもいますが、それは男女いかんを問いません。女性だからといってリスクが高いとか困難だということはありませんね。むしろ女性起業家の支援制度があったりで、メリットはあるかもしれません。私は元来個人差
であるものを男女差として論じるのが好きではありません。ほとんどの問題は個人差だと思っています。


--今の学生についてどう思いますか?
園田:今の学生は保守的なんじゃないでしょうか? 保守的っていっても私たちが学生のときとあまり変りはありません。でも社会や環境が大きく変っているのに学生は変っていないということは保守的なのかな、と。
 就職活動をする時にとりあえず大企業、みたいなブランドで選ぶ人がいぜん多いのではないでしょうか?
 起業するにしても、一度組織に属してスケーラビリティを身につけて欲しいというのが私の持論なのですが、自分の目標を立て、それに向かってマイルストーンを決めながら進んでいく。その延長線上に会社があるといった感じでしょうか。ゴールイメージはいくらでも修正してもいいと思います。 イメージすることが重要だと思いますので、自分のキャリアプランをしっかりと見据えて、皆さんには頑張って欲しいと思います。 


--最後に今後の㈱ギジネスを教えて下さい。
園田:設立から一貫して理念は変っていません。「考える時間」と「体験する時間」の提供です。企業としては、誰が操っても前に進める理論のきっちりしたパブリックな組織にすることを目標にしています。 また、起業家教育という分野では、高校生に対してのコンテンツの提供などの展開を予定しています。
--ありがとうございました。(取材・文 遠山寛志)

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