鳩山政権はテレビ局の浄化に取り組むべきである。
テーマ:国策捜査、メディア操作の衝撃昨日、鳩山首相の施政方針演説についての
マスコミの報道のあり方の問題点について、ブログを書いたが、
それ以前にも、検察や自民党と癒着した報道の問題もある。
政権交代が実現して、マスコミ自体にも自浄能力が行われることを期待したが、
もはや、それは無理であると考えたほうがよさそうだ。
やはり、テレビにしても、新聞にしても、
そのほかの既得権益集団と一緒で、
長年、政府からの事実上の保護下に置かれ、
「規制」という名の下での既得権益をむさぼってきたわけだから、
こういう企業というのは、社外や、視聴者には目はいかず、
常に内部の権力闘争、派閥争い、上司の評価に目がいきがちである。
魚住昭氏のナベツネの評伝を読んだらよくわかるが、
結局、あそこに書かれている歴史が象徴していて、
ナベツネが死んだところで、第二のナベツネが読売新聞で登場するだけの話で、
そもそもテレビ局、新聞社自体が、
社内独裁政治を生み出しやすい体質になっているわけだ。
それが、時の政治権力と癒着をしてきたわけだから、
これまでのような自民党の一党支配構造になってきたわけだし、
検察や、官僚や、アメリカなどの権力と癒着を行ってきたということだろう。
さて、おそらく鳩山政権は、
国策捜査をこれまでも何度も行ってきた
樋渡検事総長体制がこの6月で任期を切れるのを待って、
検事総長に民間人を登用し、抜本的な検察の人事刷新にメスを入れることだろう。
ただ、参議院選挙を控えて、またしても、
検察がなにかしらの国策捜査を行うことは十分に予想されているので、
そこで、次のバトルがあるということも、予想もしているとは思う。
問題はマスコミである。
どのようにして、既存マスコミの腐敗構造を、破壊するかである。
もはや、新聞社に関しては、影響力は失いつつある。
それは、これほどまでに情報が進化して、
携帯や、ネットをはじめて、情報にかけるコストがかさむ中で、
わざわざ新聞に固定で定額料金を払って、読む家庭が、
若い家庭を中心にどんどんなくなってきている、
また、2009年度中には、ついに広告費もインターネットが新聞抜くことが
確実視されており、
新聞自体が、このままでは、経営的に完全に行き詰っていて、
崩壊するのは時間の問題だからである。
そもそも、新聞紙面をちゃんと目を通すような教養層は、
ある程度、今の自民党や検察、マスコミのおかしさに気づいており、
簡単にマインドコントロールされるような教養レベルではない。
マスコミの中でも、とくに問題はテレビ局である。
やはりこれは朝から晩まで、無料で、有害な情報を垂れ流して、
とくに映像の力や、タレントの力で、
マスコミが意図した方向に国民を、マインドコントロールする力を持っている。
新興宗教の勧誘でも、映像の力をフルに使っているというが、
テレビ局がやっていることは同様であると見たほうがいいい。
で、私は、テレビ局自体も、
昨年も赤字会社が続出したが、これで抜本的な経営改善に着手するのか、
と見ていたら、まったくそうではなかった。
つまり、東京のキー局でいえば、
社員の平均年収1200万円クラスというところは維持をしたままで、
番組の制作会社、タレント事務所への制作コストを大幅削減したり、
また、お金がかかるドキュメンタリーや、音楽番組を減らして、
ひな壇芸人をタダ同然の金額で多用するクイズバラエティーや、
ニュース素材を「報道バラエティ」といって、
事実の裏づけもないままに、適当に垂れ流すという傾向が増えてきた。
さらに、もっと悪質なことは、広告手法の変化である。
これが健全な方向であればいいが、
そもそも「インフォマーシャル」といって、
番組そのものの中に、
生活バラエティ番組に、新しい映画や、新しい音楽CDの紹介を
有料で紹介する手法はあったが、
これが最近ではエスカレートしていて、
朝、テレビをつけていても、広告もどきの番組ばかりだし、
有名司会者のトークを見ていても、
よく観察してみると、企業の宣伝が絡んでいることがよくある。
もっといえば、ランキング情報や、世論調査も、
意図的に、これはいじっているな、とわかることが少なくない。
週末の報道番組でも同様である。
昨年のとある時期に、「農業」をテーマにした番組や、
「餃子の王将」を絶賛する報道が、妙に増えたが、
こういうときに、これは「仕込み」だな、と気づく人がどれだけいるだろうか。
結局、見る人が見れば、よくわかるのだが、
今、テレビ局がやっているのは、
普通のことをやっていても収益があがらないから、
このような広告手法についても、禁じ手をどんどんやっているのである。
では、なぜこれが禁じ手か、
ひとつは放送する側のモラルとして、
一方で国民は、テレビから流される情報というのは、
「公正中立」であるという前提に立っているわけだから、
「まずいものをおいしい」といったり、
「健康に関係ないものを、健康にいい」といったりして、
国民をミスリードするということは許されないのである。
たとえば、これが業界が違えば、
過剰なオーバートーク被害にあえば、
不動産の売買でも、通信販売でも、
消費者を保護するための法律はもちろん整備されているが、
では、テレビ局の虚偽放送について、
結果、消費者が購入したとしても、なんら保護されないわけである。
典型的な例として、昔、企業からのPR番組として、
「あるある大辞典」というのがあって、納豆ダイエットでの虚偽報道があったが、
ではあの番組の結果、誰かが逮捕されるか、
といえば、誰も逮捕されていないのである。
関西テレビの社長も、ちゃんと役員にとどまったままであった。
こういうところにまず、政治や検察、警察とのマスコミのもたれあいが見えた。
そもそも原点に戻れば、
テレビ局は、「公共の電波」という表現を使われるが、
一般企業が、放送に参入したくても、そこは法律上制限をされているわけである。
よって、放送法によって、
テレビ局は、「公正中立」の放送を義務付けられているし、
また、民放連の規定でも、CM枠は、全放送量の18%以内におさめる
ということを義務付けているわけである。
しかし、現実は、昼間の番組や、BS番組などを見ていると、
露骨なショッピング番組や、健康食品のタイアップ番組だらけだし、
まして、上記のようなインフォマーシャル系の番組まで加えると、
おそらくそれは、30%-40%ぐらいは広告になっているのではないかと考える。
つまり、そもそも今のテレビ局は、
公共の電波を独占しながらも、
広告収入のあり方においても、報道の「公正さ」というところにあったも、
明らかに、法律違反の状態にあるわけだ。
よって、これは日本国民として、テレビ局のあり方について、
本来は、「公共の電波」を独占しているわけだから、
メスを入れなければいけないということになる。
では、なぜそれが今までできなかったのか。
もちろん、自民党時代は、マスコミとずぶずぶだったから、
というよりも、ナベツネ自体が、新聞記者でありながら、
昭和30年代に大野派の主要幹部として活躍して以来、
(このころ、彼は、CIAのスパイだったことを生前暴露した
右翼の重鎮である児玉誉士夫の舎弟同然になっている)
自民党そのものであると考えたほうが正確であろう。
最近でも、二年前の福田自民党と、小沢民主党の仕掛け人であったことが、
報道されていたように、
福田、麻生クラスについては、
日本国の首相決定において、隠然たる影響力をもってきたわけだ。
やはり、自民党とマスコミは一体的であったという前提がある。
では、民主党政権になって、
これほどまでにマスコミに攻撃されつづけてきた中で、
鳩山政権はどのような打ち手があるのか。
厄介なのは、世界でも悪名が高い
マスコミの横並び状況をつくっている元凶、「記者クラブ」などを通じて、
マスコミ自体が、徒党を組んでいるということにある。
そのため、政権側といえども、その浄化を目指して、
メスを入れようものなら、猛反撃をくらうことになる。
彼らの大義名分は、「報道の自由」だの、「知る権利」だの、
実際、彼らがやっている行為からすると、笑えるほどの
偽善ぶりで、こういう主張をするわけだが、
残念ながら、テレビにマインドコントロールされている国民もまだまだ多いから、
ここに手をつけるのが難しくなっているわけである。
しかし、とはいえ、鳩山政権は、どこかで意を決して、
検察の浄化が終わったタイミングで、
放送法に基づいて、行政処分の大鉈を、テレビ局に対してくだしていくべきである。
昨日の鳩山首相の施政方針演説をめぐる報道のあり方についても書いたが、
結局、今の日本社会を低俗なものとし、混乱させているのは、
マスコミ、もっといえばテレビ局の報道のありかたである。
そのために、国民から、政府は信任されているわけだし、
法律上も、行政処分を行えることになっているわけであって、
もはや、テレビ局に自浄能力はなく、
鳩山政権が、テレビ局にメスを入れることを私は強く期待したい。
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