私はそれこそブログでも、三年、四年ぐらい前から、
地方の空洞化と、東京一極集中の問題が、
日本の国力を減退させ、成長を阻害しているという問題は、
ずっと指摘をしてきたし、
ふりかえってみると、昔はブログでも、
「首都機能移転」問題について、熱く書いてきた。
これは要するに、私が大阪出身で、
そして大阪自体が、この10年あまりで、
いかに地方経済になり下がったかということを感じていて、
実際、大学の友人も、
大阪に残っているのは、役人か、警察か、独立行政法人、銀行くらいで、
名だたる企業の本社機能は、東京に移転してしまったから、
今は、大阪に仕事がないのだ。
この10年でも、三和銀行がなくなって、
松下電器(パナソニック)も本社機能は東京に実質移ってしまって、
ますます大阪は空洞化してしまったと思う。
要するに、日本のような人口1億2000万人もあって、
経済力も世界屈指の国で、
東京にばかりすべてが集中するということが、
いかにいびつで、そして地方の空洞化を招いているか、
その根本原因は、霞が関に権力が集中していることにやっぱりあるのだが、
この「地方活性化」というのは、私にとっても、
仕事の上でも、ある面、取り込んできたテーマでもあるのである。
そうしたことを前提として、このブログ記事を書くのだが、
私は最近、マスコミがはやしたてている「地方分権」論に関しては、
うさんくさいものを感じている。
橋下大阪府知事は、真剣に「大阪活性化」のことを考えていると思うが、
それ以外の政治家で、地方分権の問題を、
己の政治的野心に利用しようという政治家が多すぎる。
まず、「地方分権論」でいろんなテーマがあると思うが、
今、集中的に議論がなされはじめたのが、
財源移譲の問題と、道州制の問題である。
しかし、この点、マスコミは、「首長の乱」だとか、
明治維新の廃藩置県以来の「地方の乱」だとかいって、
橋下知事や、東国原知事らのタレント知事をシンボリックに扱って、
面白おかしく、騒ぎたてるのではなくて、
そもそも、まず、この地方の首長たちが、
財源を移譲したところで、ちゃんと地方行政ができるのか、
という問題も追及していくべきであろう。
橋下知事も、東国原知事も、まだ四年間の任期もつとめていない首長で、
彼らを象徴的にとりあげることによって、
「地方の首長=改革派の旗手」というような構図の描き方はおかしい。
本来象徴的な地方の首長は、三期も四期も多選されて、
しかも地元の利権にどっぷりとつかって、
選挙も、自公民のオール与党の体制の首長だろう。
こういう連中が、地方議会とも癒着して、地方行政を食い物にしている。
だから地方の財政が破たんしたケースも多い。
こういう問題を棚に上げて、
まるで、橋下知事の国家公共事業の負担金の「ぼったくりバー」発言が
象徴的だからといって、
まるで彼らを正義の味方のように、描き過ぎるというのは、
この問題に対しての、本質をぜんぜん描けていないと思う。
また、道州制の問題も議論も足りない。
財界が支援にまわっているかしらないが、
本当に道州制でいいのか、というところをマスコミはちゃんと追及すべきだ。
最近、マスコミが堕落したなと感じるのは、
広告だったり、官僚だったり、何らかの圧力がかかれば、
まるで右に倣えで、一切の批判をストップしてしまうことだ。
象徴的なのが、裁判員制度にまったく批判がなかったことである。
私は基本的に道州制には、賛成の立場であるが、
それでも、この問題に対しての議論や、
マスコミの追及がまったく足りていないと思う。
マスコミは、インターネットが普及してなお、
生き残りをしていこうと思えば、それは「情報の質」「言論の質」であろう。
だからこそ、インターネットの普及でかしこくなってきている国民の、
信頼に耐えうるような良質な言論を展開していかないといけないのである。
また、この問題を考えるうえで、
そもそも「首都機能移転」問題はどうなったのか。
那須に移転するだの、畿央を開発するだの、
せっかくの国家プロジェクトがあれだけ騒いでいたのに、
いつのまにやら、グタグタになって、フェードアウトしてしまった。
だから、私はこの手の問題には、うさんくさい思いでみている。
最近のマスコミの報道をみていると、
「地方分権」が次の総選挙のテーマだと、
まるで、テーマを「政権交代」から「地方分権」にすりかえよう、
という自公政権や、財界の思惑にのっかって、
そして、地方の首長を、
郵政選挙の小泉首相のようにスターにしようという思惑が見え隠れして、
しかもそれは、
東国原知事の総裁立候補宣言に対して、
国民の怒りがあつまったことに対して、一時は頓挫したようにみえるが、
あいかわらず、このテーマを、
どんな裏があったのかわからないが、テーマに設定しようとしている。
国民は今、「地方分権」をテーマに次の選挙を投票しようなどとは考えていない。
まして、橋下知事らがいっている、財源の問題も、
それは国と、自治体との、公的機関同士の問題であって、
国民からすると、関心のない話だ。
国民が関心があるのは、まずこういう問題を考えるときに、
「日本をどういう国家の形にするのか」
というビジョンの問題があって、
そのうえで、国はどこまでするのか、地方自治体の役割は、
というところをしっかりと論じて、
それは経済面でもそうだし、公共サービスでもそうだろう。
そうしたビジョンがあって、
では、首都機能を移転して、
アメリカや、中国、ドイツなど主要国がそうであるように、
首都と、経済都市、金融都市、文化都市をそれぞれこういう設計をしましょう、
という話かもしれないし、
また、道州制を実際導入をどうするか、
その際、都道府県は消えてしまうけど、それでいいの?
とか、
そういうまず、国のありかたを議論して、
そのうえで、ブレイクダウンしていって、財源問題云々という話だと思う。
こういうまず、全体のビジョンがないままに、
地方の首長が「予算をよこせ」といったって、
結局、それはまたカネをめぐって、国と地方がもめているだけと、
しらけた眼で見てしまうわけだ。
まず、「地方分権」問題を考えるときは、
財源の分配問題ではなく、国家像を考えるべきだろう。
だから私はそういう意味で、
今回、民主党が政権公約にかかげた
「国家戦略局」の設置というのは、まったく正しいと思う。
要は、省庁間や、国と自治体で、カネや利権の分捕り合戦をやったって、
日本はよくならない。
根本的な再設計が必要である。
それにしても、横浜の中田市長の任期途中の辞任には、
本当に失望した。
私は、横浜市民の一人として、中田市長の行政手腕は、
素晴らしいと思っていたし、
それが、横浜市が市全体をあげて、盛り上げている
「開港博Y150」の途中で、市長職をほうりだすというのは、
非常に残念である。
しかし、このところの彼の動きはおかしかったから、
横浜市に対しての情熱がなくなったのなら、
そういう市長は、さっさといなくなったほうが、
横浜のためではある。
また中田市長の辞職で、
結局、このところの東国原騒動や、中田市長ら首長の動きをみても、
ウラで民主党政権の樹立を警戒して、糸を引いている勢力があるなと思った。
それは新自由主義の面々か、財界の守旧派か、小泉一派か、
誰かわからないが、
おそらく、秋にもなれば、
民主党から、前原派あたりが分裂して、
そして渡辺喜美や、中川秀直、浅尾慶一郎あたりと、
新党をつくろうという、シナリオを書いているやつがやっぱりいるんだろう。
なんか、最近、中田市長と、前原副代表はキャラがかぶっている。
中田市長は優秀な政治家だけに、
こんな思惑で翻弄されて、政治生命を失ってしまわないようにしてほしいものだが。。
おそらく中田市長が新党をつくっても横浜市民はついてこない。
まず、私自身も、中田市長の行政手腕は認めているが、
とてもじゃないが、支持する気にはなれない。
それは、こんな「大義名分のない辞め方」をして、
地方分権を、おまれの政治的野心に利用しているというところでは、
東国原知事と、中田市長とでは、
やっていることは、同じだからだ。
もちろんスマートさと、実績が違うが。
やっていることは、両者同類である。


