善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『寺(うち)においでよ』

但馬、そこは兵庫の秘境。大自然に囲まれた静かで心癒される空間に悠然とたたずむ真言宗の御祈祷と水子供養の寺『善住寺』。目を閉じてください。聞こえてくるでしょう。虫たちの鳴き声 鳥たちのさえずり 川のせせらぎ・・・誰でも気軽にお越し下さい。寺(うち)においでよ!

 但馬の秘境に悠然とたたずむ真言宗のお寺、善住寺。


「いつまでも 清き流れの 岩清水 

 熊野の山を ここに移して」


 こんな素敵な自然の中に生まれたこと、

今では感謝しています。




善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『あ、寺(うち)来る?』




 善住寺副住職、コウジュンが記す想い。

様々な悩みや葛藤の先には何が見付かるのか?



 「迷ってぶつかった分だけ道は大きく広がっている。」


何かが伝わりますように。。。




【最初から読む】


《テーマ1》   い の ち  


  僕のブログの中で、これを一番に読んでほしいって思います。


《テーマ2》   お寺に生まれて


   僕というお坊さんができるまで。 生い立ちから修行時代まで。


《テーマ3》   お 経


   お経に書かれていることを、僕なりに読み説いていきます。 


【善住寺公式ホームページ】

          http://www.zenjuji.jp/



【善住寺YouTube】

         http://www.youtube.com/user/koujun1976



【コウジュンtwitter】

         https://twitter.com/koujun1976



【善住寺グルッポ】

         http://group.ameba.jp/group/B7B_jmUd8-xC/





NEW !
テーマ:

 初宮参り(お寺参り)に来られました。

 

 神社で土地の神様への報告をすませ、お寺で健やかなる成長を願う御祈祷をするのがこの地域の風習です。

 

 この土地とのご縁をしっかりと感じながら、この世界に遍満する愛をいっぱいに浴びながら、元気に伸び伸びと育ってください☆

 

 そしてもちろん、この地域の方でなくても、宮参りの後のお寺参りの御祈祷は、どなたでも賜ります。


 ご縁を結びたい方はお越し下さいね。

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

先日、同級生で修行仲間のシュウホウ君ファミリーとランチをしました。

豊岡市日高町にあるカジュアルレストラン『Via Doritto(ビアドリット)日高店』です。

 

ちなみに豊岡劇場内に『ViaDritto豊劇店』もあるようです。

 

 

個室は広いお座敷で、10名くらい入れそうですね。

お互いに小さな子供がいるので、広めでゆったりだったので、少し手を放すことができてとてもよかったです。

 

 

そして味も美味しかった~。

ソースが好み!

 

 

量はやや少なめで女性向きでしょうか。

なのでデザートもしっかりといただきました。

 



妻が「こういうのんびりとした時間が幸せ」が言っていました。

 

機会を作ってくれたシュウホウ君ファミリーありがとう。

 

 

 

【Via Dritto 日高店】

住所・・・兵庫県豊岡市日高町水上18-1-1F
TEL・・・ 0796-20-3094

 

【Via Dritto 豊劇店】

住所・・・兵庫県豊岡市元町10-18
TEL・・・0796-34-6257

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

 しまった〜。
寄り道してたらこんな時間!

 

遅刻しちゃいますが、お許しください(笑)

 

 草場先生の個展の情報が昨夜飛び込んできて、どうしても行きたくなって、来ちゃった。

本日都市部棚経最終日。
ここで行けるとは。。。

 

 生で見る陶彩画。
これはすごいです。

美しくて、吸い込まれそうで。

 

「私の青は空から生まれた。
だから私は空になる。」

 

感動!!

 

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

 ひより塾一年間講座。「第二回文月」


 前回は座布団への座り方からお辞儀の仕方などを学びましたが、今回は立ち方から立ち姿(胴づくり)、歩き方、T字の方向転換などを学びました。

 

 単発受講生3名が加わり、深い礼法の世界を真剣に学びながらも、和やかで緩やかで楽しい時間でした。

 

 

 「やまとことば」は一文字一文字が意味があるということを伝えて下さいます。
「やまとのこころ」とは「八」百万のものを「ま」とめあげて「と」どめておく心。
「いのち」とは「生」きるため「の」「智」恵。

 

(この文化があったから仏教はもっとも日本に根付きやすかったのかな~と僕はやっぱりここを考えちゃいます)

 

 

 靴をはく、歯を磨く、顔を洗う、お風呂に入ることなど、全てが禊(みそぎ)であり、日本人は一瞬一瞬御魂鎮め(みたましずめ)の儀式を行っているのであること。
 「これらの全てがご先祖様の愛であり、生きるためのお知恵なのです。」と、日和先生は日本人に生まれた誇りを喜びをもって伝えられるのです。

 

(なるほど。一瞬一瞬の生活習慣が、過去を洗い流しながら、荒ぶる魂を鎮めながら生きているのだとするならば、「今」はいつも新鮮で、真っさらなものなのだと感じました。日常生活の一つ一つをもっと大切にできそうだな~。)

 

 

 そして中村文昭さんとの出会いのおかげで今の自分があること。

「あの時あの瞬間あの場所にいて下さった感謝」と、運命的な再会から今の日和塾に繋がっていくエピソードを語っても下さいました。

 

(やっぱり人との出会いって素晴らしいな〜。文昭さんの「あそこで会ったのもなにかある」と次の日に電話を掛けて来られたという行動も直観的で素敵だな〜って、お会いしたことのない文昭さんに想いを馳せました。)

 

 

 「四隅を整える」とは自分の端々までしっかりと把握しておくことであり、目に見えない部分、例えばイライラ感などにまで責任を負うこと。

 

(おー、イライラまで整える責任とはいい言葉だな〜。これ使おうかな~と、自分のものにしている場面を想像しました。)

 

 

 「なぜ靴下(足袋)は白なのか」とは、白というのは清浄観を象徴した色であり、靴下を白く保つことは一番汚れる場所を白くする、つまりあえて汚れる色を選び、それを汚さないように生活するという日本人の心意気なのであるということ。

 

(「白は汚れやすいからやめとく」っていう何度も聞いてきたセリフへの別視点になるな〜と思いました。)

 

 

 また使い捨てのものも清浄観の象徴であり、焼いても埋めてもその場に残る御魂を水で流してしまうという意味で箸を流すという風習もあったこと。

 そして先生は使い捨てのものを見ると「あー清浄観、清浄観」と思うのだということ。

 

(僕も使い捨てのものを見たら「清浄観だな〜」って思い返すようにしよっと。)

 

 

 などなど型に込められた意味をしっかりと教えてくださいます。


(それと並行して、先生のお話を聞きながらも、自分の思考感情は聞きながさないように見守っていこうと再確認です。)

 

 

 そしてお話から実践へと移ります。

 

 歩き方は、紙一枚分だけ浮かせたような気持ちで足裏を見せないように歩くということで、「ドラえもんの気持ちです」と日和先生。

 

(ふふふ。みんなドラえもんは宙に3ミリ浮いているという雑学をみんなわかってるかな)

 

 

 モデルさんのように足を一直線に運ぶ歩き方は「千鳥歩き」といって不自然なのだそうです。

 

(過去に妻の歩き方にダメ出しして、この歩き方を教えちゃったよ〜、あーやばい。案の定、千鳥歩きしてるし・・・笑)

 

 

 毎回講義の隙間隙間にこぼれ落ちる森日和ワールドが炸裂です。


 「筋肉がプルプルとなる時には(修行よ修行)(今いい筋肉を使えてるわ」などと言い聞かせながらやっております」とか。
 「今日はマイナスな自分だったな〜と思う日もあります。そんな時には献血をしてプラスなことで帳尻合わせをします」とか。

 

(すっごいツボに入るんですけど・・・笑)

 

 

最後にこうおっしゃって締めくくりです。
「皆さん、鍛錬あるのみです。皆さんの自主練に期待いたします。やってこないなんてないですよね〜」と満面の笑みです。

 

(自主練しよっと。。。)

 

 

 

↓希望者のみ、日和先生を囲んでのランチ会からスタートです

 

↓13時半より本堂へ移動して講座の開始です。

皆さん、まずは座布団の下座側に待機しております。

↓座布団に乗りました

↓みなさん熱心にメモを取っておられます

↓「決めるということが大切なのですが、決断というより覚悟を大事にして欲しい」というニュアンスの言葉が僕には残っています。これは腑に落ちたというより、僕は今消化しきれなかったからこそ残っているという感覚でしょうか。

 

↓一時間ちょっとで休憩に入ります。みなさん和やかに談笑です

 

↓休憩後はいよいよ実践。

肩をぐ~っとあげて、すっと下ろした時の姿勢が立ち姿なのだそうです。

↓「胴はただ常に立ちたる姿にて、退かず、掛けからず、反らず、屈まず」とのこと。

↓跪座は前傾になることなくまっすぐ上半身を持ち上げる。ここでもう足がぷるぷるしてます。

↓そして下座の側の片足づつ返し、お尻をのせる。最近の子供たちは足の指先が曲がらない子も多いのだとか。

↓下座の足を半足ほど前に出してひざを上げます。

↓そのまままっすぐにスッと立ち上がります。

↓みんなヨロヨロする人続出。

↓座り方は下座の足を半分ほど引いてまっすぐに座り、また下座の足から片足づつ指を返してお尻を載せます。

↓座ったら指だけつく〇〇礼。場をお騒がせしました的なことだったと記憶していますが、ちょっとここは曖昧です。

 

↓そして正座です

↓両足は重ねすぎず、かかとを開いてその中にお尻を下ろすとのことです。

↓な、なんて美しい正座なんだ~!

 

↓次は歩き方とT字の方向転換です。

Tに足を掛ける時、止まっている場合は足を引くのだそう。こちらは正しいやり方。

↓こうやって前に出すと、相手の境界を侵してしまうのでダメなんですよ~と。

でも歩いている時には自然体の方を優先しますので、こうやって掛けて下さいねとのこと。

難しい~。

 

↓今度は180度の方向転換。まず左足(下座)を引いて、次に右足を前にかけて~。

↓左足をもどして半周できあがり。体操の時みたいに回れ右しないようにって。

 

↓ぐるぐると歩く練習です。

↓方向転換だけではなく、歩き方はかかとではなくつま先から畳につくことなどなかなかに難しく、みんなが緊張した面持ち。

↓楽しそうな方々。

 

↓今度はファッションショー的に3人づつ。

 

↓たたみの中は斜めに歩いていいけど、ヘリは垂直に足を入れるということを教えて下さっています。

 

 ということで第二回講座の終了です。

みんながとても楽しそうでした。僕もこういう作法とかに嫌悪感というか反抗心というか微妙な感情をしめしてはずだったのですが、あれ、なんかめちゃめちゃ楽しかったんですけど~。

 

↓最後に記念写真をパシャリ☆

 

 

 

 

ひより先生、みなさん、ありがとうございました。

ひより塾、とってもいいな~☆

 

それではまた来月!

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

これはきた!
2016年度コウジュンaward最優秀!

なにそのaward(笑)

 

茨木市のラーメン鱗。

ここの塩ラーメンは、もう €°#¥÷*〒\]$%〆☆=!!

 

まいう☆

 

都市部棚経2日目です(≧∇≦)

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

僕もついに40才を迎えました。
 

 5月の窪寺先生のスピケア講座で、思わぬ自己開示を引き出されたと感じたことがあります。

 僕の口から「今の僕の人生は付録っていうか、うーん、おまけっていうか」と、「付録」「おまけ」という思ってもみなかった言葉が何度も飛び出したのです。

 

 僕は不眠症だった時、もう満足に生きることは無理だって思いました。
もちろん身体が思い通りにならないことにより、誰かとの結婚など考えられなかったです。。
 不眠と性欲のツボって同じ場所にあるようなのですが、男性機能としても不全で、子供のいる人生なんて半ばあきらめていました。

 

 今はこんなによく眠れます。
それだけでも素晴らしいことなのに、そばに妻がいてくれ、そしてなんと3人の娘にと恵まれて、ほんとに夢のようです。

 

 おまけだな。
うん、おまけ。

 

 僕は、窪寺先生に向けてそのワードを連発する自分を眺めていました。
ぴったりな言葉だな〜って。
きっと降ってきたメッセージなのでしょうね。

 

 僕は今、おまけの人生を生きているんだな〜って思います。
終わったと思ったら、思いもよらない付録がついてきて、なんてハッピーなんだろうって。

 

 まさに絶体絶命から学んだ糸色体糸色命、いとしきからだ、いとしきいのち、なのでしょうね。

 

 この前まで減っていく寿命を感じていました。
それなのに今は、現在から増えていく寿命を感じています。

 

 今を生きるってこういうことなのかなって思ったり。
いやもしかしたらもっともっと違う境地にあるのかな〜って思ったり。

 

 神様仏様、おまけをありがとうございます。
幸せをしみじみと噛み締めている、40年目の誕生日です。

 

↑妻と子供たちから。

 子供たちがクリームを塗ってくれたんだって~。

 

↑これも子供たちがプランターからむしってきたんだって~。

 

↑妹が書いてくれた~。

 

 

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

 2005年の善住寺だよりの中で、一人の闇を抱えた少年が善住寺にやって来た時のエピソードを 『夜回り先生からのメッセージ』 というタイトルで書いた。

 もしかしたら、覚えていてくださる方もあるだろうか。

 

 その少年と家族のように過ごした数日間の思い出は、今でもかなり鮮明に記憶されている。 

 彼との関わりの中で、住職を始めとするうちの家族はどうしろという指導はなにも行わなかったし、もちろん僕もお説教をするつもりなどなかった。

 

 言葉よりも、人の温もりや自分と向き合う静かな時間が、彼にとっての薬になると信じていたから。

 いやそうじゃないな。きっとそれしかできなかったのだろう。

 

 ただそれでも、別れのバスに乗り込む彼に向けて僕は一言だけ言った。

 「ドラッグにだけは手を出さないでくれよ。」

彼は笑いながら答えた。

 「大丈夫です。」

 

 僕はこの直前に出会い影響を受けていた夜回り先生にでもなったつもりだったんだろうな。

 彼を見送りながらなんとなく満足した気分だったというか、僧侶らしい責任を少しは果たせたと感じていたというか、どこか勘違いした自分がいた。

 

 その後、彼の担任の先生から話を聞いた。

「腕輪念珠をもらったって喜んでいましたよ。お兄ちゃんからもらったって」

 

 僕はエッと驚きつつも嬉しさが込み上げてくる。

「お兄ちゃんって呼ぶんだよ」と伝えてはいたが、一緒に過ごす間には一度も呼ぶ気配すら見せなかった彼が、秘かにそう呼んでくれていたことに。

 

 しばらくして、彼から中学を卒業して働き始めたという手紙が送られてきた。

便箋の中に包んであった三千円のお供え。

 

 「初めてのお給料です。お供えしてください。」

そんな彼の手書きの文字を何度も読み返しながら、みんなが感激したものだ。

 

 彼は変わったということだった。その後の学校での態度も、卒業してから仕事に通い始めた姿勢も。

 

 「やっぱりお寺に行かせてよかった」と、担任の先生や彼のお母さんから電話や手紙ももらった。それを見て、僕たち家族はまた役に立てたという満たされた気持ちで一杯になった。

 

 全てが順調に進んでいると思われていた矢先、あの事件が起こったことを知った。

 彼が薬物中毒で道に転がっているのを警察に見つかり、補導されたというのだ。

 

 そんな知らせを受けた僕たちは茫然とした。信じられなかった。

いや、信じたくなかった。

 

 なんでだよ。彼は立ち直ったんじゃなかったのか。

彼の笑顔が浮かびあがる。「大丈夫」と言って笑った彼の笑顔が。

 

 だけど、彼は間違いを起こしてしまった。

 

 考えてみれば、あんなわずかな時間一緒に過ごしただけで何が変わるというのだろうか。

 それは、一気に彼の闇が晴れればいいなという僕の願望だろ。彼はあの後も一人苦しんでいたに違いないんだ。

 

 どれだけ苦しいかったんだろう。

どれだけ寂しかったんだろう。

わかってあげられなくてごめん。

 そんな罪悪感が僕の中に残った。

 

 更生施設にどれだけいたのか知らない。

彼は無事に出所し、社会に戻ったと聞いた。

 

 彼に出しても返ってくることのない手紙や葉書。

それでも彼の母親から時々近況を語る手紙が来る。

「家族で乗り越えて行きたい。」そんな趣旨の言葉が書かれていた。

 

 会いに行きたいと思ったこともある。

なんでそれをしなかったのかと後悔することもある。

 

 それでも僕たち家族は、君のことを思い出しては心配してるんだ。

君が僕らに後ろめたく思ってるんだとすれば、そんなの気にしなくていいよ。

またぜひ訪ねてきてくれよな。みんなで待ってる。

 そんな思いを空に放つことだけしかできなかったんだ。

 

 あれから十年が経った。

ある日のこと、両親が嬉しそうに手紙を僕に差し出した。

「あの子から来たぞ!」

 

 僕はドキドキしながらその手紙を手に取り、何度も読み返した。

そこには壮絶な人生の告白があった。

 

「十三、十四才から始まった薬物を使用する人生は、二十一才まで続きました。その間、家族を傷つけ、友人を失い、自分の命も失いそうになり傷つけていく人生でした。」

 

 そうだったのか。僕と出会った時にはもうすでに薬物に手を染めていたのか。

 

 その後に二十一才で転機が訪れ、施設の治療プログラムを経て、薬物をやめ続けることができていること。

 大切な人達ができ、家族との関係も修復、それ以上の成長ができていること。

 現在その施設で職員となり、同じように薬を止められずにいる人たちに希望を持って生きることを伝えていること。などが書かれていた。

 

 自分の過去を書くことで見捨てられたり、もう会えない恐怖があることも。

 それでも、手紙を書く準備がやっと整い、勇気を出して伝えたいと思ったのだということも。

 

 最後にこう添えられていた。

「最近善住寺の皆様のことをよく思い出します。もし、こんな僕でも宜しければ、善住寺さんに行かせて頂きたいと勝手ながら思わせてもらっています。」

 

なんだよ。なにが「こんな僕でも」だよ。来ていいに決まってるだろ。

僕の瞼に熱いものが込み上げた。忘れてなかったんだ・・・。

 

 そして連絡を取り合った僕たちは、再会の約束を取り付けた。

彼が善住寺に再訪する日程は、カレンダーの「次女の三才の紐落とし」と書かれた日に、敢えて合わせた。

 

 2015年11月14日。

 十年前と同じく湯村温泉に着いた特急バスから迎えた彼は、とてもかっこよく素敵な大人の男性になっていた。

 彼は会うなり「お兄ちゃん、お迎えありがとうございます」と爽やかな笑顔で挨拶し、あっさりとその「お兄ちゃん」という家族のキーワードをクリアした。

 

 そして善住寺家族みんなと涙の再会を果たし、四日間もう一度家族のように過ごした。

 彼は、ボロボロだったという歯もきれいに治し、脳のダメージもわからないほどたくさんの心理学の知識を蓄えており、みんなを驚かせた。

 薬物依存者だったなんて信じられないほどの回復ぶりだった。

 

 次女の紐落としの日には近所のお宮参りに一緒に行き、家族親族の集合写真にも一緒に収まった。それは「君は家族なんだよ」というメッセージであるとともに、僕の罪滅ぼしという名のエゴに過ぎなかったのかもしれないね。

 

 僕はこの四日間、彼との出会いがもたらしたものについていろいろと考えていた。

 もしかしたら彼を救えなかったという罪悪感が、僕をスピリチュアルケアの道へ向わせたんじゃないかなって。

 

 そしてスピリチュアルケアで学んだのは救い方なんかじゃなかった。

救うなんておこがましいこと。

救わなければならない人なんて存在しないこと。

救うという一段高い所に立った目線がかわいそうな人を作り出すこと。

 

 もしかして当時の僕は、彼を救うことを自分の存在証明のために使おうとしてたんじゃないだろうか。そんなことを思ったりもした。

 

 そしてそんなもの必要ないって気付けた時、彼は戻ってきてくれたような気がする。

 

 彼が話してくれたことの中で最も響いたのは、母親から薬物依存を抜け出せない息子へと投げかけられた最終通告の言葉だった。

 

「あなたのもう戻ってくる場所はありません。私は私で幸せになります。あなたはあなたで幸せになってください。」

 

 これは本当に辛くて堪えたけど、これが治癒への鍵になったと彼は語った。そこが僕の学びと重なり合い、確信をくれる。

 

 そうだよな。自分が人生を目一杯楽しんで、満たされて、心豊かで、そこから溢れだした幸せは、周囲をも幸せの渦へと巻き込こんでいく。

 それが本当のケアなんだよな。

 

 最後の日、二人で湯村温泉の夢千代館に行き、一年後の自分に届くという「夢手紙」を書いた。

 「時間」というものの不思議を強烈に感じるからこそ、このタイムカプセルを彼と共に投函してみたかった。

 彼は一年後の自分へ向けてどんなことを書いたのだろう。

 

 「あれから十年も~。この先十年も~。」

 

 渡辺美里さんの歌が頭の中を流れていく。
歌詞はこう結ばれる。

「大切なものは何か今も見つけられないよ」か・・・。

 

 たしかに・・・。

その大切な何かを見つけたくてもがいてた君の行為を、僕が「間違い」ってジャッジするのもおかしいよな。

 ごめん。

 

 そして、よかったな、ほんとに。

十年前と今とを重ねながら、改めてそうつぶやいた。

 

 彼の横顔をじっと見ていると、すごく変わったなと感じていたはずだったのに、なんだ変わってないな、とも思い始めた。

 

 そうだよ、十年前だってさりげなく優しくて、笑ったらかわいかったよな。多分今は、それを歪めずに素直に表現できるようになっただけなんだろうな。

 

 あの時足湯につかりながら交わした言葉を思い出し、彼に伝える。

「いいところですね。」

「そんじゃ住むか。」

「いえ、遠慮しときます。」

そんなくだり。

 

 彼は笑いながら景色を眺めている。

ほとんど覚えていないという過去の記憶を一つ一つ取り戻していくかのように。

 

 バスに乗り込む彼に今回伝えたのは、「またおいでよ」って言葉だけだった。

それしか思い浮かばなかったし、それが等身大の自分の言葉だと思った。

 

 その三カ月後、思いがけずテレビの報道番組で彼の姿を目撃する。

元プロ野球選手の清原和博さんの覚醒剤所持で逮捕のニュースだった。

 

 そこで彼は更生施設スタッフの一人として、自身の回復体験をもとに、回復の道は必ずある、絶望することはないということを伝えていた。

 

 彼のビシッときまったスーツ姿を愛おしく見つめながらつぶやく。

「なんだよ、偉い人になりやがって。」

 

 彼は薬物からの回復という奇跡を見せてくれる人になって、僕たちの前に帰ってきた。

 でも一方で薬物依存は一生完治しないものということも彼から聞いている。

 

 関係ないさ。かっこいい君も、かっこ悪い君も、どっちも受け入れる器が今の僕にはあるって自分を信じてるから、安心していつでも戻ってくればいいよ。そう思った。

 

 もう僕に罪悪感はない。

お互いに目一杯自分の幸せを発信していこうな。

 

 僕には僕にしか、君には君にしかできない幸せの表現がある。

 

 

 

 

 

 

 

 生きるって素晴らしいことだよな、えいと。       

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

 心の相談員の総会が終わった。

そしてその夜から、いろいろと思い返してる。

 心の相談員、スピケアで救われたのは、誰でもない、僕自身だったと。

 

 

 学んでいったことを夫婦関係に落とし込んだ時、「言い合うよりも聞き合おう」って言葉がふと浮かんできたんだった。

 

 お互いに言いたいことは言い合いたい。たとえお互いに傷つけ合おうとも、言いたいことを飲み込んでしまうよりよっぽどマシという妻と、言い合いによるエネルギー浪費と、自分の精神状態が怒りに偏っていることが嫌だった僕の、それが妥協点だったのかもしれない。

 

 言い合って喧嘩する。
喧嘩はしんどいし、もうめんどくさいから一喝する。
そしてそのうちどうせ言っても無駄だからと言葉を飲み込んでいっていた。


 イライラは家の空気をさらに悪化させる悪循環を生んでいるようにも思えた。

 

 これではダメだと思っていても、心に向き合う前の僕は、どうしていいかわからなかった。
 「我慢」っていう、非常に楽で使い勝手のいい言葉を彼女に押し付けていただけだったのかもしれない。

 

 僕が彼女の不満の言葉を塞いだ時、
「そんな意見とか聞きたくない。別に状況が変わらなくても、ただあなたが聞いてくれる、それだけでいいのに」と、泣きながら言った彼女の言葉は、僕の中で鮮明に焼き付いている。

 

 「言い合うより聞き合おう」


 多分僕たち二人にとったら、ふっと降りてきたこの言葉は魔法の言葉だったんだな〜。


 その言葉を伝えた時から、お互いの関係は確かに変わったし、二人の時間が心地よくなっているのを感じる。


 結局言い合うことと同じなのだけど、傷つけ合うことが前提じゃない。
彼女の本音を伝えたい、言葉を飲み込みたくないという思いと、僕の怒りにエネルギーを支配されたくないという思いが、両方満たされる言葉だったんだろうね。

 

 だから僕流の夫婦円満メソッドの一つはこれ。


「言い合うよりも聞き合うこと」


 夫婦の相談を受けた時にはこのこともだいたい伝えている。

 

 もちろん僕たちが今後夫婦を全うできるかなんてわからないし、「あんなこと言ってたのに離婚しとるやないか」ってこともあるかもしれない。

 

 でもね、もっとも身近でもっとも大切な人に向き合うことを疎かにしていないって、今では言えるかな〜。

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

二年ぶりに復帰したものの、

 

重い身体と向き合う時間。

 

ボロボロで、ガクガクで・・・。

 

それでも神様は少しだけ僕に優しい。
ってちょっと思った。。。

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:

 朝早くから大声を上げて、よく寝ていた三女を起こし、

「なんで園に行く日は起きないのに、休みの日はこんなに早く起きるの!」と、妻から怒られる次女。

 

 「父ちゃん」と助けを求めてくる。

 

 「なんでまゆはお休みにはこんなに早いの?」

 「だって園に行くのは嫌なんだもん」


 「そっか〜、なんで園に行くのが嫌なの?」
 「だってみんなうんちなことするんだもん」
 「なんだよ、うんちって(笑)」

 

 「さっき母ちゃんもうんちなこと言って怒った」
 「まゆは嫌なことはみんなうんちになっちゃうんだ〜(笑)」
 「うん」

 

 「父ちゃんは今優しいだろ〜」
 「うん」

 

 「うんちじゃない?」
 「うん」

 

 「父ちゃんはなに?」
 「父ちゃんは・・・」

 

 (わくわく☆)

 

 「しっこ」

 

 

  ・・・。

 

 

 

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。