武田双雲オフィシャルブログ「書の力」

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 但馬の秘境に悠然とたたずむ真言宗のお寺、善住寺。


「いつまでも 清き流れの 岩清水 

 熊野の山を ここに移して」


 こんな素敵な自然の中に生まれたこと、

今では感謝しています。




善住寺☆コウジュンのポジティブログ☆ 『あ、寺(うち)来る?』




 善住寺副住職、コウジュンが記す想い。

様々な悩みや葛藤の先には何が見付かるのか?



 「迷ってぶつかった分だけ道は大きく広がっている。」


何かが伝わりますように。。。




【最初から読む】


《テーマ1》   い の ち  


  僕のブログの中で、これを一番に読んでほしいって思います。


《テーマ2》   お寺に生まれて


   僕というお坊さんができるまで。 生い立ちから修行時代まで。


《テーマ3》   お 経


   お経に書かれていることを、僕なりに読み説いていきます。 


【善住寺公式ホームページ】

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2012-05-31 16:07:18

被災地訪問 (宮城県大崎市古川の真言宗前線基地弘法寺から南三陸町へ)

テーマ:東日本大震災
 5月24日、25日

 ずっと思い続けていた被災地へ向う。
善住寺の檀信徒のみなさんから託された義援金も携えて。

 真言宗の但馬青年教師会のみなさんの企画に参加させていただいた。
 一人で被災地へ駆けつけ、すでに仮設の人々との信頼関係を築きつつあった水生会長。
 手配や運転などかいがいしくお世話してくださった行動力のある小川君。
 そして同じ思いをもった密くんと松井くんと山本くんと6人で。
 僕はほんとについていくだけですみ、なかなか自分では行きにくい僕の背中を押して下さったことや様々なご縁を与えて下さったことに感謝するばかり。
 現地に着くと高野山から派遣された藤井さんが案内してくださる。

 新幹線で古川まで行き、そこからレンタカーを借りた。
弘法寺でおつとめと物資を積み込み、一時間半ほどかけて南三陸町へ向う。

  今でも変わらず残る震災による津波の深い傷跡。
復旧の見込みもなく、さらには徐々に撤退を始めているというボランティア。
 これからどうなってしまうのだろうという不安は隠せない。

 被災地の真言宗の最前線基地として活動をされている弘法寺のご住職の言葉が心に残っている。
 「忘れられてなかった。覚えていてくれたんだ。
 そう思って、みんなが喜んでくれると思います。
  また来たで~が生きがいなんです。
 だからね、うまい茶菓子持ってきたで~、これが最高なんですよ」


 僕たちは小さな仮設住宅を回り、支援物資とお土産をお渡しする。
桜沢の仮設住宅と小森の仮設住宅。
 そこで迎えて下さったみなさんに会ってその言葉の意味を実感した。
「ほんとにありがとうございます」
「おまもりもらえてうれしいね~」
「生きててよかったね~」

 なにも励ますような気のきいた言葉も言えなかったけど、たくさん笑ったね。
 おばちゃんたち、方言対決は僕たちの完敗です。
「おしょすい。」
「からしずね。」
「んだべっちゃ。」
 僕たちの未熟な但馬弁では太刀打ちもできなかった。

 最後に言ってくださった言葉、とても温かかった。
「また来てね」
「今度は奥さんと子供さん連れて遊びに来てね」

 「はい、また来ます。」
約束しちゃった。

 うん、きっと行く。
僕だけじゃない。
きっと誰もがそう思ったはずだ。



 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 





 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


↓ 変わり果てた街
 



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 















2012-05-20 14:14:49

善住寺春の水子地蔵大祭

テーマ:善住寺の行事
 「子供っていうのはほんとにかわいいもんだ。

ほんとにかわいくて、愛おしいもんだ。

60年たった今でも変わらずかわいい。

この膝の中で死んでいったあの子のことが、今でもかわいい。」

80を過ぎたおじいちゃんが話してくれた。


 本日5月20日、善住寺水子地蔵大祭が行われ、多くの方々にお参りいただいた。

今でも毎年忘れることなく子供の供養をする人々。

 なんだか胸が熱くなった。
2012-05-14 21:53:11

地獄と極楽

テーマ:いのち
 ある男がどうやら死んだらしく、閻魔大王の前で裁きを受けることになった。
 しかし閻魔大王は男に言った。

 お前はまだ死ぬ予定になっておらんな。
どうやら手違いのようだ。
もういちど元の世界にもどるがいい。
 そうだ。
せっかくだから地獄と極楽を見学していってはどうだ。

 男はせっかくだから地獄がどんなに怖い所で、極楽がどんなに素晴らしい所かみておこうと思った。

 男はまず地獄に案内された。
すると、大きな釜にぐつぐつとお湯が湧いている。

 なんと釜の中には、美味しそうなうどんが煮えておった。
そして大勢の人たちが、長い長いはしを持って釜を囲っている。
うどんをみんなが食べようとしておるようだった。
 もっと恐ろしい場所を想像していた男は、その光景になんだか拍子抜けした気分になったが、じっくりと人々の様子を眺めていた。

 しかし誰もが、はしが長すぎて、うどんを口に運ぶことができない。
もう少しで口に入りそうというところで、いつもツルんとうどんは落ちてしまい食べることができない。

 だんだんとみんなが恐ろしい表情に変わっていく。
空腹が蝕んでいく。
怒りと苦しみに覆われていく。
そんなみんなの鬼のような姿を見て、男はこう言った。

 「あ~これは地獄だ・・・」


 次に男は極楽へと案内された。
すると全く同じように、大きな釜にはぐつぐつをお湯が湧いていて、中には美味しそうなうどんが煮えておった。
 周りには大勢の人たちが、やはり長い長いはしを持って釜を囲っている。
 なんだ同じじゃないかと男は思った。

 しかし極楽の人たちは違っていた。
その長いはしを自分の口へ運ばず、となりの人に食べさせてあげていたのだ。
 そして自分はとなりの方から食べさせてもらっている。

 美味しいうどんをいただき、みんなが笑顔だった。
満たされた思いが、周りを優しく包む。
そんなみんなの仏様のような姿を見て、男はこう言った。

 「あ~、これは極楽だ。」


 男はしっかりと胸に焼き付けて、生の世界へ戻っていったそうな。

 これは昔聞いた地獄と極楽のお話。
今でもはっきりと覚えている。


 地獄も極楽も、実は心の中にあるのだ。
心の持ち方で、それは地獄にもなり、極楽にもなる。

 地獄は血の池や針の山に恐ろしい鬼。
極楽は花咲き乱れる園に美しい天女。
そんな姿で表現されることもある。

 違うように見えて、その本質は同じである。
死んだら精神の世界に行くのだとすれば、自分の心が、行き先を決めるのだろう。

 
2012-05-11 23:25:46

村岡の柤岡にある柤大池で般若心経を唱える

テーマ:お経を読み解く
なんとなく柤大池に寄ってみようと思いました。

御詠歌を教えに行った帰り道。

池の前で御詠歌を唱えようといましたが、雨が降るので般若心経を唱えることにしました。

般若心経は心が落ち着きます。

2012-05-08 11:34:46

花祭り(降誕会) 天上天下唯我独尊

テーマ:善住寺の行事
旧4月8日はお釈迦様のお誕生日です。
花咲き乱れるルンビニーの園でお生まれになったため、花祭りと呼ばれています。

我々の地域では月遅れの5月8日にお祝いをいたします。


 お釈迦様は誕生された時、右手は上、左手は下を指し7歩進んで「天上天下唯我独尊」と言われたそうです。
 いろいろな解釈があって困ってしまいますが、僕はこのように思います。
「この全宇宙で、私という存在はたった一つのかけがえのないいのち」
 そのいのちを使う。つまり使命を全うすることの意義を、生まれた瞬間に説かれたということなのではないでしょうか。

 解釈を間違えると、「自分より偉いものはいないんだ」とか暴走族の旗印のようになってしまいますが、お釈迦さまがそのような思い上がったことを言うはずがありません。

 「我」というのはお釈迦様だけを示すことばではなく、私たちひとりひとりに言えること。
私たちのいのちは、この大きな宇宙から見ると、ちっぽけで、自分がいなくても変わりなく動いて行く世の中だと、誰しも感じるのでしょう。
 今自分が死んでも、今変わりに誰かが生まれ来る。ただそれだけのことだ。
そんな否定的な見方をする人も多いのでしょう。

 しかしそれはいのちの本質を見えていないからだとお釈迦様はおっしゃいます。
ちゃんと役割があるのです。

 この縁起によって現れる真実の世界は、生死を越えてずっと続いていくものです。
我々はその中でずっと生き続けます。

 大きな命を悟ったときから芽生える、周りに対する慈愛とともに・・・。




 

 
 

2012-05-04 15:38:04

善の綱

テーマ:仏さまの拝み方
 「善の綱を検索していたらコウジュンさんのブログに辿りつきました。
 意味を教えてください。」
 そんなメッセージを下さった方がおられたのですが、僕が出先で見たため、そのまま返信をわすれておりました。
 申し訳ございません。

 うちのお寺の御本尊さまの御開帳法要の際には、御本尊様の手から五色の糸をつなぎ、それから善の綱を結びました。
 善の綱は、檀信徒の皆様から御寄進いただいた布(さらし)を繋ぎ、一本の綱にしたものです。

 その善の綱の下を通るだけで、御本尊様のお力が降り注ぐと言われております。

 さてなぜ布を繋ぐのでしょうか。
それは布は人生を表すからだそうです。

 縦の糸。横の糸。
織りなす様々な繋がりが、一つの形になります。

 布を繋ぐということは、一人ひとりの織りなすさまざまな人生を繋ぐことになるのではないでしょうか。
多くの方のご協力によって繋がれた善意の布は、固い固い「き綱」となり、大きな力を生み出すのだと思います。

 最近になって思い出したかのように叫ばれ続ける絆。
それは昔から、ちゃんと形として残されているということなのでしょうね。

 やはり仏事は深いと思いました。

質問された方の目に、この記事がちゃんと届きますように・・・。  合掌

2012-04-27 17:09:25

法事は33回忌まで頑張ってします☆

テーマ:仏さまの拝み方
 追善供養を司る十三仏といわれる十三の仏様がおられる。

不動明王は初七日(7日目)
  ノウマク サンマンダ バザラダン カン

釈迦如来は二七日(14日目)
 ノウマク サンマンダ ボダナンバク

文殊菩薩は三七日(21日目)
 オ ンアラハシャ ノウ

普賢菩薩は四七日(28日目)
 オン サンマヤサト バン

地蔵菩薩は五七日(35日目)
 オン カカカビ サンマエイ ソワカ

弥勒菩薩は六七日(42日目)
 オン マイタレイヤ ソワカ

薬師如来は七七日(49日目)
 オン コロコロセンダリ マトウギ ソワカ

観音菩薩は百か日(100日目)
 オン アロリキャ ソワカ

勢至菩薩は一周忌(2年目)
 オン サンザンサク ソワカ

阿弥陀如来は三回忌(3年目)
 オン アミリタテイ セイカラ ウン

閦如来は七回忌(7年目)
 オン アキシュビヤ ウン

大日如来は十三回忌(13年目) 干支が一巡
 オン アビラウンケン バザラダトバン
       二十五回忌(25年目)干支が二巡

虚空蔵菩薩は三十三回忌(33年目)
 ノウボウ アキャシャ キャラバヤ オンアリキャ マリボリ ソワカ

 なお50回忌以降の年忌を、御遠忌法要という。
これ以降は先祖代々の霊として御祀りしてもよいとのことだ。


 十三仏の仏様のお話とおつとめのしおりに書かれている真言を照らしながら、

「よしなんとか33回忌まで頑張って法事をやります!」

そう宣言されたあるお宅のお父さん。
 親戚の方々とお膳を共にしながらの話に花がさく。
ありがたいものだと僕は思った。


 最近7回忌とかでも省略してしまうお宅が増えている。
なんだか都会のお宅の方がきっちりしている。
 田舎はなぜにこんないい加減になってきたのだろう。
簡素化する都会の風習の悪いものをどんどん取り入れ、いつの間にか都会より堕落してきたのかもしれない。

 最近都会の法事に行くたびに思う。
近所の付き合いは乏しいが、その代わりに子供たち、孫たちが勢ぞろいしてお迎えしてくださるお宅ばかりだ。
 遠くからだろうがなんだろうが、きっちり呼びもどしている。

 「遠くの人に迷惑がかかるので。」
いや迷惑などかかるものか。大事なことなのだから。
 なんとか誰もが、永く継続的に行うということが大切なことだということに気付いてほしいものだ。
 こちらも努力しなければとも思う。
もっともっと伝えていかなければ・・・。

 僕は、法事で、家族親戚の皆さんの前で、子供たちや赤ちゃんたちの前で、まっすぐな仏教のお話をしたい。
最近伝えたいことが溢れすぎている。


 こんな質問があった。
「年回を行うごとに故人の魂のレベルがあがるとか聞いたんですが、どういうことですか?」
 それはこういうことだと思う。。
年忌を重ねるごとに、残された者たちの心のレベルが向上していかなければならない。
すると自ずからあの世の故人も報われていくのだろう。
2012-04-18 02:14:22

朝来市山東町の鹿園寺にて中曲理趣三昧法要

テーマ:但馬青年教師会
但馬青年教師会の理趣三昧法要が今年は朝来市山東町の鹿園寺にて行われました。

みなさんお疲れ様でした。


導師・・・鹿園寺

唄・・・温泉寺

散華・・・蓮華寺(大屋)

対揚・・・善住寺

前讃・・・安養寺(餘部)

中曲・・・長福寺(香住)

後讃・・・長谷寺

回向文・・・長楽寺(上石)

称名礼・・・安養寺(和池)


 

 

 

 

 

 

 

 

 

youtube


2012-04-13 17:23:22

御詠歌っていいな~

テーマ:御詠歌とともに
 最近特に思うようになりました。
御詠歌っていいな~って。

 月に一度、もしくは二度。
各組ごとに集まって練習されます。

 我々は「結果がすべて」というプロではありませんので、
あくまで結果よりもその過程が大切なんだと何度も言っています。

 本番は失敗してもいいのですが、過程を大切にされるので、たいがいうまくいくようです。
いつも僕は満足しています。

 うちの方々は本当に一生懸命取り組んでくださると思います。
忙しい仕事が終わって、ご飯も食べずに駆けつける人もいます。
雪道を遠回りしてものすごい時間をかけて来る方もあります。
自身の体の不調を抱えておられるかたもあります。
老体にむち打ってくださっている方もあります。
大切な方をなくした傷心を抱えておられる方もあります。
生きている人間ですから、誰しもそれぞれに悩みや苦染みも持っておられます。

 そんな凹凸に満ちた心を御詠歌を通じて重ね合わせ、体も心も一つになっている姿を見ると、僕はジーンとくる時があります。

 大会の時でした。
ずっと体の不調で休んでおられた方が久しぶりに見に来てくださいました。
舞台袖にいるのでなんでだろうと思っていたら、
「一緒に練習してきた仲間だから一緒に行こうっていってもらえました」と嬉しそうに話しておられました。

 また苦しみを乗り越えて舞台に立った方もあります。
本人の番針はもちろん、周りが支えて下さった部分も大きいのでしょう。
「私は後ろから、声で背中を後押ししたい。」
そうおっしゃってくださった方がありました。

 力をあわせる。
心をあわせる。
なんて素敵なことなのだろうな~と思います。

 僕にお礼を言ってくださるみなさん。
でも本当は僕がお礼を言いたいです。

 ほんとうにありがとうございます。
心から。
2012-04-10 18:03:19

第37回但馬奉詠舞大会 善性寺組 「善性寺の御詠歌」

テーマ:御詠歌とともに
僕が教えに行かせていただいている隣の町の善性寺(ぜんしょうじ)の御詠歌隊のみなさんの奉詠。

「善性寺の御詠歌」を一生懸命唱えました。



善性寺と善住寺。

よく似ているので、よく間違われます(笑)




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ジオターゲティング
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