本日、JAL便にて東京から戻るフライト途中で、JALの機内雑誌「Skyward」を読んでいると、JALの名誉会長の稲森和夫さんと、我が石川県が生んだメジャーリーガーの松井秀喜選手の対談記事が掲載されていました。


その中では、松井選手のこれまでの活躍の裏側や心境について、稲盛さんがインタビューする形で4ページにわたりまとめられています。

二人の偉人のやり取りの中からはたくさんのヒントをいただけましたのでご紹介したいと存じます。



稲盛「ところで、スポーツ選手を続けていくいえで、どういうことが一番大事だと思いますか」


松井「僕は、良い時というのはほとんどなくて、逆風が吹いている時間の方が長いように感じるんですね。ですが、一番大事なことは、そこに踏みとどまりながら、努力して結果を出すことで、試行錯誤しながら、その連続です。あきらめず、踏みとどまることだと思っています。」


稲盛「自分自身で自分をどうモチベートしていくのか、それはやはり人間としては最高の強い意志力を持つということ」


松井「やはり根底には『野球が大好き』ということがあります。これを大事にしたい。そのために自分は何をしなくてはいけないかな、と考えます。つらいということはあまりなくて、今の自分をいい方向にもっていくにはどうしたらいいか、それだけを考えます。そういう時、チームメイトから良い影響を受けることもよくあります」


こんなやり取りが続いています。


そして、後半に稲盛さんがJALの社内にも貼ってあるという中村天風さんの言葉が紹介されています。


「新しき計画の成就は只不撓不屈の一心にあり。さらばひたむきに、只想え、気高く、強く、一筋に」


新しいことをやろうと思うと、どんなことがあろうとも折れないような精神で、ただ思い続けなさい、という意味だそうです。

稲盛さんが、経営にもスポーツにも何事にも通ずる言葉だとご紹介になられています。



私は「小松が大好き」です。

「石川県が大好き」です。「北陸が大好き」です。「日本が大好き」です。


それらが素晴らしい形となるまで、不撓不屈の一心で、ひたむきに、只想い、気高く、強く、一筋に頑張っていこうと思います。


私たち民間人にもきっとできることはあるはずです。


それを強く考えさせられた記事でした。


必要な時期に、こうやって必要なメッセージを与えてくださったことに、心から感謝申し上げたいと思います。

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不思議な国ですね。

昨日まで、東京、大阪出張に行っておりました。


久しぶりに長い時間、小松を離れたわけですが、、、、、、



いろいろと思う事があります。



多くの人が行き交う東京や大阪の街では、私の存在など、ホコリのようなものなので誰にも構われず、忙しいのに、とても充実した、穏やかな時間を過ごすことができました。



やはり小さなコミュニティにいつもいると、ある意味、とても息苦しくなってしまっていたのかもしれません。



とはいえ、私は故郷を世界最先端の「持続可能な社会システム」を導入した「自然と文化にあふれた自立できる社会」にしたいという夢は持ち続けているので、引き続き頑張りますよ。



ただ、思うことは、この国(特に地方)は本当におかしな状態になっているなと感じる。


なぜなら、



「日本のことを想った発言をする」→「右」と言われる。

「故郷のことを想った活動をする」→「政治家志望」と言われる。



この国は、市民が街のことを考えて動いてはいけないのだろうか?

本当に不思議な国である。



昔はそうではなかったと思います。



市民が自分たちの街に深くかかわり、自分たちで街を創っていったものと思います。



私は今、改めてそれをやりたいだけです。




「政治」はそれをバックアップしてくだされば有り難い限りです。



あとは、市民が動いて率先して街を創っていきましょう。

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「○○家」という独立した個人の集合体

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おそらく、昔の地域社会においては、「○○家」もしくは、「○○職人」とか、何かに特化し、その道を極めた人たちが多かったのではないかと思われます。



地域の方々がそれぞれ手に仕事を持ち、コミュニティの中で、「自分の色」を発し続けている。

手に仕事があり、それが収入の元になる。



コミュニティの中での役割分担がきちっとできているので、コミュニティの中で仕事、すなわちお金も循環するというシステムになっていたと思われます。



しかし、昨今の社会を観てみると、そういったプロ意識を持った人が少なくなっているのではないかと懸念します。


「プロ」という言葉だけは独り歩きしている感がありますが、実際に自分自身で責任を取りながら活動している人は少ないのではないでしょうか?

職種によって呼び方は違うと思いますが、いわゆる「その道を極めた人」がたくさんいる社会は、産業競争力から社会的な競争力まで考えても、これからの時代においてとても強いのではないかと思っています。



たとえば、「銀行」にお勤めになっていらっしゃる方を何と呼びますか?



「銀行員」

「銀行マン」



いろんな呼び方があると思います。



中には、小売業をしているわけではないのに「○○屋」という呼び方をされることもあります。



少し前であれば「銀行家」と呼ばれる人がいらっしゃり、敬意を表して「バンカー」と呼んだりします。



私がそれぞれの言葉の違いから感じるイメージは以下の通りです。


・「銀行員」…銀行に勤めている人。

・「銀行マン」…銀行員の中で、デキる人

・「銀行屋」…貸金に特化して、あらゆる手段を使って収益を上げる人。

・「銀行家」…金融を通じて、地域社会全体のお金の流れを管理し、企業の成長や再生支援までも自らのリスクで受けて処理する人。



一般的なイメージと違うかもしれませんが、「○○家」という名称からは、その道を極めた人という何かとても大きな存在を感じます。



お勤めしていても、プロ意識を高めて、専門性を高めることで、大きな存在となり、地域で大きな力となることでしょう。


一方、手に職をお持ちの方、自営業をされていらっしゃる方々も、「○○家」の意識を持たれれば、自らの仕事に自信を持ち、胸を張って、自らの仕事に見合った価格を付けられることでしょう。



「○○家」とは自らの仕事や行動に責任を持ち、さらに地域の発展のために一肌も二肌も脱ぐ度量の大きな人たちという定義ができるでしょうか?



いわゆる「○○屋」というポジションではなく、一人一人がお仕事などを通じて、「独立した個人」の意識を持ち、何かに依存することなく、自立した人たちが集まったコミュニティは、間違いなく世界的にも魅力の大きな町となることでしょう。



まずは一人一人の意識を「プロ化」「○○家」として変革させ、一つ一つの行動にプライドと責任をもつことから始めましょう。




私も、「社会企業家」と言われるのか、何なのかはわかりませんが、「○○家」と呼んでいただけるように頑張ってまいりたいと存じます。

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