2010年05月30日 17時20分36秒

神の国道226号線

テーマ:自転車の旅九州編

146日目

現在地:鹿児島県
天気:晴れ晴れ
体調:やや不調(ダルさ)
走行距離:51km
宿泊地:道の駅(喜入)☆☆?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



昨日、夜になってから辺りで謎の鳴き声が聞こえ始めました……。



どう表現したらいいのか、唸るような呻くような、"ヴヲヲヲヲヲッ"という声です。 それもあちこちで複数……


大きく、野太い鳴き声だったので哺乳類? と思ったんですが、辺りを確認しに行っても何も見えず……



すぐ真近くから聞こえる感じなのに。



何だ?!



牛の呪い?!!



一応、声を動画で録音しておいたのでUPしておきます。 よく耳をすますと謎の声が聞こえるはずです……。





結局、この声の正体は最後まで分かることはありませんでした……。






朝、「あっちぃ………」と暑さで目が覚めました汗


時間はまだ7時過ぎだったんですが、蒸されたテントから出てみても

いつの間にこんなに太陽が接近したんだ?!ってくらい暑くて、

今日になってようやく本州の南端まで南下したんだという事実をかみ締める次第となりましたあせる



何か動く気がせず、ノロノロとテントを撤収したんですが、

時間が経てば経つほど太陽の照りつけは危険なことになりそうだったので、すぐに出発DASH!





インドア坊ちゃまの何とかなるさ自転車日本一周紀


やたらとローカルな細い県道を進むことから朝ランはスタートしました。


相変わらず県道は標識の類が乏しく、こっちでいいのだろうかと半信半疑で進む場面もあったんですが、

とりあえずは一度も道を間違えることなく進行DASH!





インドア坊ちゃまの何とかなるさ自転車日本一周紀


今日行ったのはまず「特攻平和館」




インドア坊ちゃまの何とかなるさ自転車日本一周紀


そして知覧の「武家屋敷群」だったんですが、

メインは何と言っても特攻平和館の方でしたね……。



写真撮影は不可だったので外観等しかカメラに収めることは出来なかったんですが、

ここも先日訪れた原爆資料館同様、展示物の一つ一つが重く、濃厚でした汗



特攻(特別攻撃隊の略だったんですね、それすら知りませんでした)で亡くなった方たちの、

写真や遺書の現物等が展示されていたんですよ……。


特攻で亡くなっていった方々は、何となく西の方面の方達が主に徴兵されていたイメージが俺はありましたが

それは大きな間違いで、何と全国各地から徴兵されていたようです。


東京が最も多く86人、埼玉は22人、北海道でも35人もいました……。



一番印象深かったのは、何と言っても生の遺書でしたね……


「立派に死にます」 「どうぞご安心下さい」 「只今より征きます」 などの言葉が、

どの遺書を見ても20歳前後の若い世代とは思えないくらい達筆で書かれていました。


本当にまるで"将棋の駒"の字に例えられるくらいどれも達筆で、昔の人達はみんな字が上手かった……

いや、現代の人達の字がみんな下手になってしまったんだなー と変なところで勉強になったりもしました。

(俺も自慢出来るほど上手い字は書けません……)




時折、遺書の中で目頭が熱くなるような文章もありました。


いや、人に見られないように涙流しちゃいました汗



一部をメモってきたので載せますが、


「家を出発する時、台所でお母さんが涙を流されていたのが、東京にいる間中頭に焼き付いて、

 あの頃どんなにかえりたかった事かしれませんでした。

 ゆっくりお母さんに親孝行をする機会のなかったことだけ残念です。」



正面には亡くなっていった全員のキリッと整った顔立ちの顔写真と、戦死年月日……




やっぱり、国のためといえど悔いが無いわけでは無かったんだよね……


数々の遺書から、様々な無念を感じたような気がしました……。




ですが、それと同時にサッパリとしたような文章の印象も受けたりしました。


今の時代から見ているからとんでもないことのように思えますが、

当時はまわりみんながやっていることであり、国のために命を投げ出すというのが

そこまで突飛なことではない時代背景があったんでしょう……


「今はとても清々しい気持ちです」 「日本晴れです」 のように、生も死も無いような

達観した印象を受ける部分もありました。


実際、他の展示室で見たんですが、

特攻隊の出撃前夜の写真や出撃待ちの様子などが撮られた写真があったんですが、

本当にこれから死にゆくのだろうか?というほど悲壮感のまるで無い、屈託の無い笑顔が並んでいました。



トランプに興じている写真や、腕相撲をしている写真……



今の時代から見た彼らは不幸な時代に生まれてしまった……という印象を持ちがちですが、

果たしてそうなんだろうか……? と、ふと考えちゃいました。



写真で見た彼らは、実際死に向かったんだろうけど……

とても不幸を背負っているような顔つきではありませんでした。


不幸だと思えることが不幸であり、測れるものではないですが

彼らを不幸だと思うのはこちらの一方的な考えなのかもしれません。



事実、年々自殺者の増えていく現代……

戦争が終わって豊かになったはずの現代に、特攻に行く必要も無い立場でなぜ自ら死にゆく人達がいるのか。


自殺する人は、こうして特攻に行く人達のように同じ屈託の無い笑顔を作れる状態だろうか。



そう思うと、一概に昔よりも今の方が幸せだとは言い切れないですよね……。


複雑な気持ちになりました。


せっかく彼らの犠牲の上に今があり、彼らが望んだ平和が今こうしてあるんだから(混沌とはしているけど)

笑顔で生きていかないとね……





あ、タイトルの国道の県については写真記事で('-^*)/

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