-アンティカペディア-

イギリス、フランス、イタリアからのアンティークをご紹介させて頂きます。定番品からマニアックな物まで時代背景やそれに付随する情報を交えてご紹介させて頂きます。


テーマ:

本日発売のmonoマガジン英国特集に掲載されました。

スコッチについての興味深い記事もございますので 是非ご購読下さい。

当店取扱いのエジンバラクリスタルになります。

出品していない商品も多数ございますのでお気軽にお問い合わせ下さい。

http://www.anticarize.com/8_283.html

 

http://www.anticarize.com/16_279.html

 

http://www.anticarize.com/16_268.html

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 鉄筋コンクリート二階建ての川越商工会議所は1928年(昭和3年)に武州銀行川越支店として建てられた。設計は日本橋高島屋、京都市美術館などを手掛けた前田健二郎(1892~1975)
1970年に川越商工会議所が譲り受け今に至る。

ギリシャ神殿を思わせるデザインは古代ギリシャ、ローマ時代を見直そうと15世紀から16世紀にイタリアを中心に流行した運動、ルネサンス様式を採用しているからである。柱もパルテノン神殿のようにドーリア式が取り入れられている。
ルネサンス様式↓
http://ameblo.jp/anticarize/entry-11861111773.html

◆ドーリア式(ドリス式)とは
ギリシャ建築に用いる柱のデザイン。柱頭が鉢型でコリント式、イオニア式に比べ大変シンプルである。
コリント式↓
http://ameblo.jp/anticarize/entry-11994163372.html
イオニア式↓
http://ameblo.jp/anticarize/entry-12142008398.html













◆川越商工会議所(旧武州銀行川越支店)
埼玉県川越市仲町1-12

当店ホームページになります。どうぞ下記よりお立ちより下さい
http://www.anticarize.com/

facebookFacebookでも情報配信しております。→ここからフォロー宜しくお願いします。

twitterフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/Anticarize
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 今回は私が川越で一番好きな大塚美容室です。路地裏なうえ休日は観光客でごった返しているので通り過ぎるかもしれませんね。

 川越越戸のメインストリート大正ロマン通りの路地にある長屋は1927年(昭和2年)に建てれた。
鮮やかなパステルカラーの看板建築の建物は木造にモルタル壁で舗装されている。
長屋になっておりそれぞれが柱で区切られている。壁面、柱にはそれぞれ異なるレリーフで飾られている。一階部分は打って変わって和風になっている。

◆看板建築とは
軒が張り出していない垂直に建った壁面が特徴である。商店街に多く見られる。
1930年頃に始まった建築技法である為、今回のような洋風な建物にはアールデコ的な要素を取り入れたデザインも多い。











◆大塚美容室
川越市幸町1-5

当店ホームページになります。どうぞ下記よりお立ちより下さい
http://www.anticarize.com/

facebookFacebookでも情報配信しております。→ここからフォロー宜しくお願いします。

twitterフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/Anticarize
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
前回ご紹介した旧山吉デパートの隣に位置する旧田中屋についてです。

1915年(大正4年)に建てられた蔵造りの建物は桜井銃砲店として主に猟銃を商いにしていた。
蔵と言っても貯蔵や保管庫としての役割ではなく見世蔵と呼ばれる店舗兼住居の商家建築である。

収集家としても知られる川越の豪商、田中利明(1944~1998)が1995年に買い取り、修繕後2007まで田中屋美術館として地元の芸術家の作品を展示していた。とりわけ小村雪岱と岩崎勝平の作品は充実していた。現在はカフェ・エレバートとして営業している。









◆旧田中屋(カフェ・エレバート )
埼玉県川越市仲町6-4

当店ホームページになります。どうぞ下記よりお立ちより下さい
http://www.anticarize.com/

facebookFacebookでも情報配信しております。→ここからフォロー宜しくお願いします。

twitterフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/Anticarize
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 1936年(昭和11年)に建てられた川越初の高級百貨店、旧山吉デパートは前回紹介した旧八十五銀行本店を設計した保岡勝也による遺作である。鉄筋コンクリート3階建。イオニア式の柱やパラッツォ建築に用いられるコーニス(最上部に突き出した装飾的なモールディング)等ルネッサンス様式の要素を取り入れている。

◆イオニア式とは
トルコのアジア側辺りからローマに伝わった様式。渦巻き模様が主な特徴(写真枚目参照)

パラッツォ建築についての記事は↓から
http://ameblo.jp/anticarize/entry-11861111773.html

1951年(昭和26年)に閉店。その後暫くキャバレーとなり、2008年に復元工事を終え現在1Fには歯科医院が入居している。




イオニア式

コーニス







◆旧山吉デパート
埼玉県川越市仲町6-6

当店ホームページになります。どうぞ下記よりお立ちより下さい
http://www.anticarize.com/

facebookFacebookでも情報配信しております。→ここからフォロー宜しくお願いします。

twitterフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/Anticarize
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 本日より暫くは川越市について紹介していきます。さて、蔵造の街並みで有名な川越市ですが洋館建築も沢山現存しております。川越市第一回はその代表的とも言える旧八十五銀行本店からです。

 1878年(明治5年)川越藩の御用商人、横田五郎兵衛、綾部利右衛門らの豪商らによる設立願が認可され埼玉県初の銀行が設立される。名前の由来は八十五番目にできた国立銀行であることから。現在の建物は1918年(大正7年)に再建された。設計は保岡勝也。タイル張3階建ての鉄骨鉄筋コンクリートにはシンメトリーやドーム屋根など、ルネサンス的な要素を取り入れている。縞柄のバットレス(控え壁)が重厚な建物をポップな感じに見せている。












◆旧八十五銀行本店(現埼玉りそな川越支店)
埼玉県川越市幸町4-1

当店ホームページになります。どうぞ下記よりお立ちより下さい
http://www.anticarize.com/

facebookFacebookでも情報配信しております。→ここからフォロー宜しくお願いします。

twitterフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/Anticarize
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 誰もが一度はシャネルNo.5は聞いたことがあるんではないでしょうか。約100年前から販売されている香水ですし、CMや雑誌広告、アンディ‐ウォーホルのアート作品など一度はすれ違っていると思います。

さて、今日はシャネルの香水瓶についてです。

No.5の誕生 
 それまで誰も使わなかったジャージーやフランネル素材のスーツやブレザー等、革新的なデザインで人気を得たシャネルは香水をブランドに加える事を図りました。
ロシア系フランス人調香師エルネスト・ボーに依頼。ボーはNo.1~5、No.20~24の2セット10本の試作品をシャネルの前に用意しました。シャネルはその中からラッキーNo.でもあるNo.5を選び、そしてそれがそのまま商品名となります。修道院で生活した6年間毎日欠かさず礼拝を行いました。その大聖堂に続く廊下には5のパターンが連続して描かれていたそうです。
そして、修道院の庭の周りには五弁の花のゴジアゴイが咲き乱れていたりと5と言う数字に神秘性を感じておりました。

No.5のデザイン
 凝った装飾のデザインが主流だった当時シャネルは逆にシンプルさを追求しました。
琥珀色の香水と白地に黒一色の文字のみ。ボトルの形は1838年創業のビスポークテーラー、シャルベの香水瓶にインスパイアされたとの説があります。当時のシャネルの恋人の旅行鞄にぶら下がっていたようです。

シャルベの香水瓶 よく似てますね

製造年代の見分け方
1919年

 シャネルのブティックでのみで店頭販売されておりました。当初のデザインは現在のようなスクエア形状ではく細く丸みを帯びた形状でした。まずこの時代のボトルの入手は不可能と言ってよいでしょう。

1921年

 5月5日、No.5が正式に発表されました。運搬しやすいようにスクエアのボディに変更されました。栓には小さな正方形の上部にmf*のマークが施されております。このボトルも手に入れるのはまず無理でしょう。
 

1924年
 ベルテメール兄弟と業務提携を結びパルファム・シャネル社が創立されたことでNo.5は一気に流通します。シャネルの名を世に知らしらしめるきっかけとなりました。栓が八角形のエメラルドカットになったのもこの頃からです。NoのOの下にドットが印字されているラベルもあります。

 


1950年

 エメラルドカットはそのままに栓が厚手になります。この時代の物を探すのはそう難しくありませんが栓を留める紐に付属しているCマークが無い物がほとんどです。もしくは紐自体無いです。箱も大抵はシミ汚れていて完璧な状態で探すのは容易ではないですね。
 
                 1957年の広告

1970年、1986年
 栓がさらに大きく誇張されます。1986年からはやや小ぶりになりバランスが調整されます。栓を留める紐に付属するロゴもCからシャネルに代わります。もし箱が残っていてそこにバーコードが印字されていれば1989年以降の物です。



1970年の広告                      1987年の広告

当店取扱いのNo.5のボトルになります。
NoのOの下にドットが印字されていることから1924年から1950年のボトルと判別できます。
http://www.anticarize.com/1_267.html


当店ホームページになります。どうぞ下記よりお立ちより下さい
http://www.anticarize.com/

facebookFacebookでも情報配信しております。→ここからフォロー宜しくお願いします。

twitterフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/Anticarize
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
バカラが誕生してして今年で251年になりました。1999年よりクリスマスシーズンになると恵比寿ガーデンプレイスではバカラのシャンデリアが現れます。

さて、今日はバカラの歴史についてです。

◆バカラの始まり
1756年~1763年まで続いた7年戦争からの復興の為、メッツ大聖堂の司祭「ルイ ジョセフ デュ モンモラシー ラバル」が復興産業発展による失業者の救済を目的として、ルイ15世にガラス工場設立の認可を請願する。そして、1764年ロレーヌ地方バカラ村にフランスで初めてのガラス工場が建てられた。社名はまだバカラではなくサンタンヌ・ガラス社
この頃はまだグラスの他にも窓ガラスや鏡も製造しており特質した物ではなかった。

※バカラ村の復興産業発展の目的は建前で、実際は司祭が所有する広大な森からガラス製造に必要な燃料となる蒔で儲ける企みだったとの説あり

◆バカラの発展
1789年に起こったフランス革命、1803年~1815年まで続いたナポレオン戦争と度重なる戦争により経済は衰退。サンタンヌ・ガラス社は財政難の陥りベルギー人のエメ ガブリエル ダルティーグに売却する。社名はヴォネーシュ・バカラ社となる。この頃から質の高い鉛を加えたクリスタルガラスの製造を始める。高い質と技術に拘りぬいた氏の貢献によりわずか1年で復活を遂げフランスを代表するガラス会社へと成長していった。

※クリスタルガラスとは
ガラスの主成分(珪砂、カリウム、ソーダ灰)に酸化鉛を加えることで屈折率、透明度が増す。24%以上の酸化鉛を含んだ物をクリスタルガラスと呼ぶ。バカラは30%含んでいる為にその輝きを得られている。

写真は2012年に恵比寿ガーデンプレイスに出展されたシャンデリアになります。今年のシャンデリアも素敵なデザインですので是非間近でご覧になって下さい。


2012年恵比寿ガーデンプレイス




1855年パリ万国博覧会に高さ5メートルを超えるシャンデリアを出展し金賞を受賞した


◆当店取扱いの古いバカラ製の香水瓶になります。底にバカラのエッチングも施されております。

http://www.anticarize.com/1_269.html


http://www.anticarize.com/1_259.html


http://www.anticarize.com/1_253.html

当店ホームページになります。どうぞ下記よりお立ちより下さい
http://www.anticarize.com/

facebookFacebookでも情報配信しております。→ここからフォロー宜しくお願いします。

twitterフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/Anticarize
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 
 遺愛幼稚園(いあいようちえん)は遺愛女学校の付属校として1895年(明治28年)に開園するも1907年(明治40年)の大火(焼失戸数12390戸,死者8名,負傷者約1000名)で焼失。現在の建物は米国の篤志家(とくしか)の寄付により1913年(大正2年)に建てられた。

 ハーフティンバード(柱、梁、筋違、窓台が隠さずあえて剥き出す事で装飾のとして役割を兼ねている)の構造に枠組間が下見板張りで覆われているのが特徴。アメリカンビクトリアン様式とも言えるがスティック様式と称される場合もある。

ハーフティンバードについて↓
http://ameblo.jp/anticarize/entry-11152544495.html

下見板張りの記事は↓
http://ameblo.jp/anticarize/entry-11463108014.html

アメリカンビクトリアン
http://ameblo.jp/anticarize/entry-11206681163.html









◆遺愛幼稚園(いあいようちえん)
函館市元町4-1

当店ホームページになります。どうぞ下記よりお立ちより下さい
http://www.anticarize.com/

facebookFacebookでも情報配信しております。→ここからフォロー宜しくお願いします。

twitterフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/Anticarize
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

テーマ:
 伝統的建造物群保存地区とは函館発祥の地である弥生町、大町、末広町、元町、豊川町の各一部の範囲(写真2枚目参照)を指し開港により著しく発展した場所であります。保存地区とその周辺は明治、大正、昭和初期に形作られた異国情緒豊な町並みが残されております。残されていると言うよりは保存地区では条例がを定められている為、おのずと歴史的な景観が形成されます。そのため幾度の火事に見舞われても景観を維持できていると言う訳です。保存地区から外れていても周りに溶け込んだ雰囲気のある家や店が並んでおります。
この密集度は間違いなく日本一でしょう。写真を載せていない素敵な建物もまだまだ沢山ありますのでこんなの好きな方は是非一度訪れて見て下さい。






明治42年




昭和7年




大正10年


大正11年






昭和2年










明治41年




大正10年


大正10年


大正11年


当店ホームページになります。どうぞ下記よりお立ちより下さい
http://www.anticarize.com/

facebookFacebookでも情報配信しております。→ここからフォロー宜しくお願いします。

twitterフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/Anticarize

いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。