2009-04-01 14:30:53

厩火事

テーマ:落語

 「厩火事」という落語があります。髪結いのお崎さんが、亭主とけんかをして、仲人をしてくれた人のところへ乗り込んで、「今日という今日は、愛想も小想も尽きはてた」と言いつのるところから始まります。じつは、このお崎さん、亭主よりも年がだいぶ上だという設定です。


 なぜ、「厩火事」というタイトルかというと、『論語』の「第十 郷党(きょうとう)編」の、ごく短い一句を、いわば「引用」して、亭主を試してごらん、と知恵を授けるところから、この名がついた。


  (うまや)(や)けたり。子(し)、(ちょう)より退いて曰く、

人を傷(きずつ)くるか、と。馬を問わず。

 

  《うまやが火事で焼けた。孔子は勤めから帰ってきて言った。

  誰も怪我しなかったか、と。馬のことは聞かなかった。》


 旦那が大切にしている皿をわざと割ってごらん。お前に惚れてるなら、どこか怪我をしなかったか、と聞くはずだ。孔子様が馬のことを聞かなかったように。もし、こわした皿のほうを心配するようなら、そのときは別れてしまえ。


 皿の割れる音を聞きつけた亭主が、「おい、怪我はなかったかい?」と聞くので、お崎さんよろこんで、「おまえさん、そんなにあたしの体が大事かい?」「あたりまえだよ。お前に怪我されてみな。明日から遊んでて酒が飲めない。」


 俗に「髪結いの亭主」ということを言いますが、その代表のような噺です。


カメ        カメ        カメ        カメ        カメ


 

 


2009-03-13 17:54:23

ユーモア

テーマ:落語

 小林信彦『名人 志ん生、そして志ん朝』という本は、朝日選書で出たときに読んだはずですが、文春文庫の棚で見かけたので再読しました。2007年に文庫に入ったようです。


 好きなユーモアの例として、江國滋『続読書日記』のあとがきを引用してあります。


 〈読書家でもないくせに「読書日記」とは厚かましい、という風には考えない。〉
と、やや居丈高に出た著者は、さりげなく、次のようにつけ加える。
 〈蕎麦屋の娘でもないくせに「更級日記」を名乗った先例もある。〉


 江國滋(1934-97)は、エッセイストとして軽妙な文章を発表していました。作家、江國香織さんの父上です。がんで亡くなりました。享年63はいかにも若い。医者に「あなた、タバコをやめないと死にますよ」と言われて、「そうか、タバコをやめると死なないのか」と頭の中で反論したなどと屁理屈を書いたこともあります。


 小林信彦のこの本には、「落語・言葉・漱石」という章があり、漱石が作品のなかで、いかに落語を取り入れたかが論じられています。『吾輩は猫である』に、こういう一節があると紹介されています。そういえば、大昔に読んだことがあるのを思い出しました。


 〈吾輩〉が惚れている三毛子との会話の中で、三毛子の飼主である二絃琴の師匠のもとの身分は、次のように説明される。
 「へえ元は何だったんです」
 「何でも天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った先きの御っかさんの甥の娘なんだって」
 「何ですって?」
 「あの天璋院様の御祐筆の妹の御嫁に行った……」


 落語「たらちね」を彷彿させるやりとりです。


 副題が「志ん生、そして志ん朝」となっていますが、志ん朝さんが2001年10月1日に亡くなったのを惜しむ、心に沁み入る文章が中心になった本です。友だちが貸してくれた、志ん朝さんの「大工調べ」を聞きながら書きました。噺のテンポのよいことといったらありません。


カメ         カメ        カメ        カメ        カメ

2009-02-18 15:06:12

落語ふたたび

テーマ:落語

 立川談志は今年73歳になるのでしょうか、ガンを患ったにしては、依然、矍鑠(かくしゃく)たる活躍ぶりです。若いころから毀誉褒貶(きよほうへん)の絶えない落語家でした。でも、CDもDVDもたくさん出ていますから、その話芸に親しむ人は少なくないようです。ずいぶん前になりますが、TBSテレビだったかで、夜中に「大工調べ」を演じているのを偶然目にして、そのまま最後まで聞いてしまったことがあります。大工の棟梁と因業大家とのやりとりが、感情がうねるように演じられて、感激したものです。
 
 その談志師匠が、まだ若いころ(30歳直前)、『現代落語論』という新書を三一書房というところから出版しました。出てすぐに読んだ記憶があります。「落語とは人間の業(ごう)の肯定である」という、その後、談志のマニフェストのように称されたテーゼが開陳されていました。もっとも、その当時も、いま思い出しても、「業の肯定」というのが何を指したものか、よくわかっていません。ただ、若書きの熱気が充満した、ヤケドしそうなほどの本でした。今でも読む人が少なくないようです。現在の三一新書には入っていません。講談社から出ている「談志の遺言大全集」というシリーズに入っているようです。
 
 YouTube で、「談志 落語」と入力すれば、いくつもの動画が出てきます。また、「大工調べ」という噺は、いろいろな落語家の画像で聞くことができます。
 
 最近、あるきっかけがあって、落語の文庫本を集め、それを読み出しました。昔から、ラジオで聞いてきた噺の活字版です。


 堅物の若旦那を、「観音様の裏にある、お稲荷さまのおまいりに行こう」と誘い出して吉原へ連れ出す「明烏(あけがらす)」や、橋から身投げしようといている文七に、訳あって借りてきた五十両を(泣く泣く)くれてやる「文七元結(ぶんしち・もっとい)」や、浜で拾った金を女房が「夢でも見たんじゃないか」と言って、三年後に亭主に差し出す「芝浜」など、を読むと、日本人の行動や心理というもののカタログを見せられているような気がします。演者によって、細部がさまざまに違うので、違いに着目しながら聞くのも一興というものです。


ネコ        ネコ        ネコ        ネコ        ネコ

2008-05-16 16:31:02

落語事始め

テーマ:落語

 落語に興味を持ちはじめたのは小学校の5年生くらいだったと思います。ラジオの落語番組がたくさんあったような気がします。NHKの第1放送。子どもにも分かりやすいハナシをしてくれるので、三遊亭金馬という落語家が好きでした。三代目。いまの金馬(四代)はそのころ小金馬と名乗っていた。
 
 「孝行糖」という与太郎が飴売りになる噺とか、「錦明竹(きんめいちく)」という上方弁で早口の口上を述べる噺とか。「寿限無」「時そば」「長短」などなど。
 
 古今亭志ん生という、志ん朝のお父さん、と、この金馬師匠は同時代人です。二人とも大酒呑みの遊び好きなものだから、しょっちゅうピーピーしていたのだそうです。質屋にいれる質草もないので、噺を質にいれることをしたことがある、と語っていたのをどこかで耳にしました。質屋に行って一席うかがう。それに対して質屋がお金を貸してくれたんだとか。のんびりした時代だったのでしょうね。もちろん、請け出すまではその噺を高座にはかけない。
 
 あるとき、質屋に金を借りにいったら、先に来て落語をやっているのがいた、それが志ん生だった、という話もしていました。
 
 立川談志に『現代落語論 』という本があります。むかしは三一書房という出版社から出した新書でしたが、現在は、新刊本の本屋さんではおそらく手に入らないものです。講談社の大遺言集 とかいう「談志全集」の1冊におさめてあるようです。
 
 「落語は人間の業(ごう)の肯定である」ということを手を変え品を変えて述べたものでした。論理的な文章ではないけれど、これを言わないでは死ぬに死ねない、というような気迫が感じられるものだった記憶があります。


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