エジプト旅行記 その1
からの続きです。
カイロ近郊
メンフィスではラムセスのでっかい像をみれます。
本当に、本当にでっかいんです(笑)
横になっているのと、写真のようにきちんと立っているのとあります。
左の写真なら私は足元にいるくらいです。
何事もBIGなラムセス様ですから、当然遺跡もBIGですね。
まさに彼はラムセス大王です(笑)
このあたり、まだまだ遺跡がでてくるそうなんです。
すごいですね。
その遺跡たちが、今のエジプトを支えていますね。
友人ククちゃんがこんなことを言っていました。
「ファラオたちはすごいよなあ。未来の子孫たちをも助けているよね~。」
古代エジプト文明ってすごいなあ~。
すぐそばにミニ・スフィンクスがありました。
こちらはアラバスタ製です。
これはまたこれで、味があってかわいいかも。
ところで、アラビア語で日本人は「ヤバ-ニ」。
ヤバ-ニ、ヤバ-ニとどこへ行っても注目。
考えてみたらちょうどその時期って、ルクソ-ルでの
テロ事件後日本人観光客が減って、ようやっと
またぼちぼち増えてきたかなっていう頃だったからでしょうか?
警備とかはとってもしっかりしてて、どんどん整ってきてはいましたよ。
私の場合、トルコに2回目行ったときも地震後で日本人が激減してたし、
アメリカのロスアンゼルスに行ったときは、ニュ-ヨ-クのテロの事件後すぐ!
どうも、ひと気のない時に旅をしてるような気が…?あまのじゃく?
サッカラ
最古のピラミッドと言えば、階段ピラミッド!
そしてそのピラミッドコンプレックスが残っています。
階段ピラミッドを建築したというイムヘテプは天才として、のちに神格化されているんだからたいしたものです。
それもすごいけど、この本当に絵に描いたような青空とサラサラの土。
もう、色に感動でした。
思わずさらさらの土も少し持ち帰っちゃいました
(ごめんよ~)
近くには貴族の墓も残されているし、ぜひ、おさえたいポイントですね。
ダハシュ-ルの赤のピラミッド。
このピラミッドも中に入らせてくれます。
こちらも湿度は全開!
しかも、汗だくで中から出てきたあと、入り口でバクシーシをねだるおじさんがいました。
まったくお世話になっていないのに、
なせ???ってわけで無視したらけっこう怒ってました。
ただ働きのバクシーシもらいなんて、甘いんだよ~。
おとなりには屈折ピラミッドもあります。
角度に失敗しちゃって変更したから、屈折しちゃったそうな。
この辺はピラミッド作りの試行錯誤がうかがえます。
完全に失敗しちゃった崩れピラミッドもあるし、NEWピラミッド観光
地域らしいです。
こちらは近くのカ-ペットスク-ル。
実演と販売をしています。
しかし、こどもといえどもあなどれない!
この緑の服の女のコに手招きされて
近づいたら、真似して絨毯を織ってみろとの指示。
どれどれってなもんで、試した瞬間、すぐ「MONEY!。
バクシ-シ目当てだったんですね~。
しっかりしてるわ、ほんと。
こどもなんでなんか怒れなくて、50ピアスタル(100pt=1ポンド)あげたら、
隣の子にもやれってさらに指図!まいりました。
私の負けでした(笑)
こうかくとあくどいみたいだけど、でも、こどもたちはみんな元気で、瞳がキラキラしている。
なんだか憎めないのはあるのです。
私がエジプトが大好きな理由の中に、このパワ-一杯の国民性があるんでしょうね。
腹が立つこともあるけど。
エジプトでは、つらい時も明るく跳ね飛ばせる人はとても立派だと受け取られるそうです。
こういうノリが好きだな~。
なかなか楽しいでしょ?(笑)
カイロから飛行機で1時間くらい南に行くと、ルクソールという町があります。
巨大ピラミッド作りから1000年後、次の時代のファラオたちはこの地に
いろんな建造物やお墓をつくりました。
ツタンカーメンのお墓があるのもここで
そうそう、ピラミッドとミイラはまったく別な場所ですよ。
ルクソールはナイル川をはさんで、東と西に分かれます。
西側は死者の都と言われていたように、王族・貴族のお墓でいっぱいです。
ルクソ-ル 東岸
カルナック神殿
いくつかの神殿が集まった大きな神殿、カルナック。
うれしいことに、かなり原型をとどめていました!
大列柱室をずっと歩いていくと、ラムセスの巨像があり、聖なる池があり、とまさに圧巻。
また、スカラベの像があるのですが、
このまわりを7週したら願いがかなうとか。
いっぱいいました、周ってる方が(笑)
それにしても、この柱の高いこと!一番高いものは23mあるとか。
すごいですね~。
昔はずっとルクソ-ル神殿まで 道がつながっていて、
その両側にスフィンクスの像がずっと並んでいたらしいですよ。
まったく、この当時のファラオさんたちもやることが違いますね~。
ところで、ルクソ-ルではラクダの骨でキ-ホルダ-を作っていて、
ヒエログリフ(古代文字)で自分の名前もいれてくれるサービスがあります。
(無料ではありません)
ちなみにここでガイドをしてくれた「バダウィ」さんは自分のことを
森進一さんに似てるといってました。
う~ん、微妙(笑)
なかなかいい人で、助かりました。
実は私はアスワン・ルクソールを周った時に貧乏旅行だったため、
日本語ガイドを頼めず、英語ガイドだったんですね。
そのため、私のつたなすぎる英語と 訛りの強すぎる英語でさっぱり通じず、
大変なことになってたんですよ~。
前の日にそれで嫌なトラブルがあり、思わずバダウィさんに愚痴ってしまったところ、
知っている日本語をなんとかならべてガイドしてくれました。
あのやさしさはホントうれしかったです~。
運転手さんとも仲良くなったし、ルクソールはほのぼのしててよかったです~。
さて、こちらはルクソ-ル神殿。
ラムセスがいかにもって感じで現れています。
ほんと、テ-ベの都だった頃にタイムスリップしてみたいです。
ラムセスが生きたあの時代はどんなだったんでしょうね。
ショッピング情報としてはこの辺も小さいバザ-ルがけっこうありました。
カイロより物価が安いので、こっちのバザ-ルでお土産を買ってもOKです。
ちなみに私は厚底のブ-ツをはいてたので、エジプト人に大注目を浴びました。
3階に住んでいると笑われていました。
いつでもどこでもスタイルがかわらない私(笑)
でもさ~、チビだから、普通の靴にするとジーンズの長さが困っちゃうんだよ~。
小柄な方、わかってくれますよね?!
他にはルクソ-ル博物館、ミイラ博物館があります。
小さいけどおもしろかったですよ。
ところでルクソ-ルで事件(?!)発生!
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馬車(キャリ-)の悪~い男事件
市内見物をしてくれる馬車がいっぱい!
こりゃ-乗りたいわってなことで、
ルクソ-ル博物館からホテルまでの帰り道に、乗って見ることにしました。
まず、そこらのエジプト人に相場をきいたところ5ポンドくらいじゃないかとのこと。
さっそく交渉して8ポンドでOKと言う馬車のおじさんを発見しました。
乗った瞬間裏道にどんどん入っていく。そこはメインストり-トにはない庶民の感じ。
楽しい反面、なんかやばくないかな~という雰囲気になってきました。
指摘すると、OK,OKみたいな感じで陽気な馬車男。
う~んと思っていると、自分の横においでとのこと。
確かに眺めはいいし、なんせなんでも試したがりの私なので、ちょっとの間楽しんでました。
すると、マリファナすわない?とその男。
いらないと言うと、写真取ってやるってことで2枚パチリととってくれました。。
そして、さあ出発しなおしたところ、いきなり値段を40ポンドとか言い出す男!!
ついに本性発揮か~ということで、私も戦闘開始体制に入りました。
(当時の私は若かった~・笑)
激怒した私はポリスに行こうって言いまくり、ずっと負けじと争って根競べ。
ついに奴も諦めました。平和が戻ってきたかしら?
そして、ホテルが近くなって、今度は自分にキスしてくれないと40ポンドみたいなこと言い出した!
誰がするかと思ってまたケンカ。諦めたやつは、それでも8ポンド以上
とりたくてグジグジ。
どんな手でも使う男。
けして引かない強情な私。戦いはなかなかハードでした(笑)
最後には、2ポンドだけチップつけて降りました。
最初から2ポンドはチップにあげようと思ってたのに、
人の気分害するなよって感じもありでした。
ま、こんな事もありでしょう、と夜のディナーに向かう私でした。
次の日、偶然そいつに再会!
今日はどうでるか?と思うと、なんと「オ-、マイフレンド!」
いつから、友達なんだよっつ-の?!なんか笑ってしまったのでした。
やっぱりここはエジプトですね~。
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西岸
メムノンの巨像
昔は風の音が像が泣いているように聞こえたんですって。
修復後、すっかり静かになってしまったそうです。
周辺の遺跡は新たな遺跡を作るときにもってかれて、影も形もなし。
エジプトの文化って良く言えば資源再利用が得意です。
でもさ~、残しておいてくれると嬉しいですよね?
ハトシェプスト葬祭殿
そして、初の女性ファラオ・ハトシェプスト女王の葬祭殿。
ミュージカル「アイーダ」がここで上演された時はかなりの迫力だとか。
(そりゃ~、そうでしょうね~)
ハトシェプストさんは後のトトメス3世にかなり恨まれていたようで、
カルトゥーシュはかなり削りとられています。
そこにどんなドラマがあったんでしょうね?
まだ、幼いトトメス3世の代わりに摂政を務め、ファラオになった彼女。
ねたみや、政治の裏のどろどろ。
そのへんはすごかったでしょうね~。
男性にまけじと頑張っていたんでしょうか?
あごひげをつけた石造などが、彼女が女性だと気がつかせるのに時間がかかりました。
そして王家の谷に行ってお墓探検。
モロッコみたいなバスに乗って、いざ出発!
地表からどんどん掘られた内部に入っていきます。
かなり神秘的な雰囲気ではありますが、けして不気味ではなかったです。
なんだか、神聖な気持ちでした。
ツタンカ-メンのお墓はまた別料金でした。
思ったよりあっけなかったですが、彼クラスのファラオであれだけの埋葬物があったのだから、
他のファラオのは盗難にあっていなければすごかったんでしょうね。
クルナ村で一休み。
ここでアラバスタの置物を作ってました。
ハトちゃんにまぎれて見物してきました。
パンをのんび~り焼いていたりして
とてもこの下に貴族のお墓があるようにはみえないかも。
そもそも、クルナ村って盗賊の村だったんですって。
あれだけ王家の遺跡があれば、遺跡泥棒にもなっちゃうかなあ?
のんびりしていたら、こどもがいっぱい寄ってきたので、
日本から持ってきたあめをあげました。
喜んでくれたんだろうか?
この辺のこども達はちょっとシャイかな?
アブシンベル
エジプトの南、ヌビアの地に偉大なラムセスの神殿があります。
アスワンハイダムの建築でダムの底に沈みそうだったのをユネスコの力で救済しました。
確かに、こんなすばらしい神殿を沈めたら、ばちがあたりまっせ~。
文句なしでアブシンベル神殿は最高
さすが、本当にラムセスさんはすごいです!
ここにくると、ラムセスが奥さんのネフェルタリを本当に大事にしてたんだなって思いました。
歴代のファラオで、王妃のためにここまで頑張っちゃった人はそういないですよ~。
友人ククちゃんいわく、「ここに絶対ラムセスのカ-がいる!」
本当にそういう感じです。
絶対またあいにいっちゃうぞ~(笑)
ヌビア人の人たちは親切だし、実は私はアブシンベル空港でどのバスに乗るのかわかなくて困ってたのですが、どっかのガイドさんによくしてもらって助かりました。
ベナンからの旅行者のおじさん2人にもけっこう助けてもらったし、
強行スケジュ-ルの疲れが飛ぶ瞬間でした。
こういう人とのふれあいが旅の醍醐味かしらね~?
さきほども書いたように、今回のルクソ-ルとアスワンの旅行は、エジプトの
ミスルトラベルという国営の旅行会社だったのですが、お金がなかったためけちってたら、
直前になって英語の係員とガイドしかつかないことが発覚。
超ブロ-クンイングリッシュの私はあせったのですが、なんとかきりぬけました。
その分アスワンに戻ってからどうも不運っぽかったかも・・・。
なんせその前の日、トルコのイスタンブ-ルからカイロへ
戻ってくるのに、飛行機がどうも遅れるとか言っていたのです。
空港でもチケットに書いてある搭乗ゲ-トはまったく違う
飛行機になっているし、周りの人も困っていたくらい!
しかもアラビックで通じもしないし、でもこういう時ってなんかわかりあえるから不思議かも。。。
それにしても、空港のスタッフも「知らない、わからない」だけで、
こんなの日本ではありえないですよね~。
でも、そこがTURKEYアンドEGYPT(?)
結局、イスタンブールからアスワン経由でカイロという変なル-トに!
次の日の早朝にまたアスワンへ行ったのでした。
しかも、寒いトルコからいっきに南国アスワンへ!
しっかり体調を崩して、ダウンでした。
やっぱり、もう一度いかなくちゃあ~。
アレキサンドリア
こちらはエジプトの北、アレキサンドリア。
地中海に面していて、エジプトというよりローマみたいな感じかも。
そんなアレキサンドリア=アレックスには、
私と友人ククちゃん、そしてエジプト人の友達二人の4人でラムセス駅から電車で行きました。
駅について、タクシ-をget。
ところが、どんどん運転手は値段をあげてくる!
カイロっこはしょせん地元じゃないってわけで、ぼられそうになってました。
おそるべし~。(笑)
しかもその車はペンキを塗りたて?、猛烈にシンナ-臭くってまいりました。
逃げるように途中下車でした。
カイトベイの要塞
最後のエジプト王朝を必死で守ろうとしたクレオパトラ。
どんな気持ちで、ここから地中海をみてたんでしょうね。
クレオパトラって実はギリシャ人だったんですよ。
プトレマイオス朝はアレキサンダー大王がきてから、あらたに栄えた文明。
ただし、かなりローマに脅威を感じながらいたようです。
クレオパトラ7世はかなりの語学・社交術の達人。
本当に絶世の美女だったのかはともかく、人を魅了する力はあったのでしょう。
それもこれも祖国エジプトのため、かわいいわが子のためだったのかも。
ちょっぴりおセンチな気持ちになる一場面でした。
さて、ここはおいしいシーフードがてんこ盛りの町。
近くでおいしいシ-フ-ド料理を食べました。本当においしかった!
新鮮でたっぷりでした。
でも値段もけっこう高かった…、ぼられたかなあ?
その後、グレコロ-マン博物館に行きました。
伝統的なエジプト王朝時代からプトレマイオス朝時代、ローマ支配時代やキリスト教時代に
至る遺物を幅広く収蔵していて、見ごたえあり。
コプト時代のミイラになると作り方も変わってくるし、
やはり、ロ-マの遺跡っぽいものが多かったです。
ちなみにコプトとはエジプト独自で発達したキリスト教なんです。
現在でも1割はコプト教なんですよ~。
ざざっとしか紹介できませんでしたが、他にも楽しいところはた~くさんのエジプト。
今後もこうご期待(^^)