妮妮1564165498のブログ

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今回もグロ描写は殆どありません
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青年と犬と商店街

 薄暗く、長い長いアーケードがあった。支柱によって支えられた屋根と、立ち並ぶ商店で完全に通りを覆う、昔ながらの閉鎖型アーケード街であり、所々にかかる幟や垂れ幕には新入生を祝う言葉が書き付けてあった。

 長期間手入れもされず風雨に晒されたそれらの色は、元よりの古さも相まって酷く褪せ、退廃的な雰囲気をアーケード内で発散していた。

 かつてはアーケード街の天井に並んだ無数の照明が明るく下を照らしていたのだろうが、今は電気の供給が絶たれて久しく、太陽光を遮る屋根があるせいで中は非常に薄暗い。

 その中を駆ける二つの影があった。

 影の一つは矮躯の青年の物。タクティカルベストを着込み、MP5A3を抱えながら、額や首筋に汗を滲ませつつ小走りでアーケード街を抜けていく。

 その青年の隣を影の如く付き添って走るのは、一頭の堂々たる体躯を誇る雌犬だ。黒銀と白の混ざった毛コーチ キーリング
コーチ カバン
コーチ アクセサリー
並みが特徴のシベリアンハスキーであり、走るだけで汗を滲ませる人間と違い、足運びも軽快であった。

 青年はアーケード街の中で、既に四度発砲していた。自分の進路を塞ぐ動く死体の額に一発ずつ叩き込んで、その腐れた脳髄を赤茶けた商店街のタイルにぶちまけてやったのだが、同じように吹き飛ばさなければならない“西瓜”は、それこそ数え切れない程ある。

 走る二つの影を薄く包囲するかの如く、商店街の脇道や、シャッターが壊れた店舗、最初から開け放たれたままの商店から死体共が沸き出していた。

 スーツ姿の男性や、死後硬直もとけて肉が液化するまでに腐った手に買い物袋を惰性でぶら下げた主婦。腹腔から腸や残った糞尿を垂らす老婆。生活感をそのままに残した無数の死体が、唯一の生者である二人を仲間に引き入れるべく、薄汚い血に染まった口をガチガチと歯を鳴らしながら開いていた。

 商店街の中には酷い死臭が立ち籠めている。これだけ死体が居るのだ、それは当然なのだが、青年の鼻は死臭を嗅ぎすぎて腐臭に関しては殆ど麻痺しており、敏感な鼻を持つカノンのソレですら、あまりの臭気に殆ど役立たずと化していた。

 青年は脳内で、腐った大きなベーコンのブロックに大量の古いラードと糞尿を混ぜて反吐の詰まったバケツごと焼いたような臭い、との腐乱死体の臭気を形容した小説の事をちらと思い出した。だが、これはそんな生半可な物ではない。鼻粘膜だけではなく、神経や脳髄、精神までをも蝕む最高に不愉快な臭いであった。

 青年は臭いに辟易としながらも、文句を零すことは無く視線を巡らせる。生物の中では比較的嗅覚には鈍い生き物である人間でこれなのだ、カノンなど拷問を受けているような物だろうと思えば、まだ我慢する事が出来た。

 それでも、思考の中で現状に対して思いつく限りの悪態を作り出しながら、青年は小走りのままでサブマシンガンを肩付けに構え、目の前を塞ぐ主婦の腐った頭に弾丸を一発ねじ込む。

 音速で飛ぶ9mm弾が脳髄を打ち砕き、腐敗した脳髄をタイルに撒き散らし、前衛芸術のような染みを作り出す。ふくよかな体が後ろに傾いで倒れていき、長い長い買い物が終わった。

 しかし、発砲の音は響かない。MP5の銃身の先、そこに備えられた巨大な円筒形の器具、減音機によって大幅に音が殺されていたからだ。サプレッサ、一般の人間であればサイレンサーといった方が通りが良いであろうか。

 連中は音に敏感だ。なので、下手に銃を撃とうものならば、虫の死骸に群がる蟻の如く沸いてくる。特に、死体がどれだけ潜んでいるか分からない、こんな市街地では発砲のリスクは計り知れない。

 それこそ、その勢いは夕餉を知らされた欠食児童のごとしだ。

 しかし、減音機があれば音がかなり殺せるので、そのリスクはかなり減少する。

 とはいえ、あくまでこれは減音機である。劇的な効果を発揮するが、文字通りの効果しか有してはいない。

 町中に響き渡るような音が、おしぼりの袋を潰した程度の音に軽減された程度の物へ軽減されるに過ぎないのだ。それでもかなり効果はあるのだが。

 青年は銃口を巡らせて、老婆とエプロン姿の死体の頭を続けて砕く。エプロンにはムラタミートと染みに紛れて書いてあった。恐らく近くでシャッターが破られている肉屋の店主であろう。

 最低限の排除だけを狙って撃っているが、それでも持てる弾はさして多くなく、限度もある。青年はアーケードの天井からポールでぶら下がる店の看板を素早くチェックしながら、腰のポーチからタイマーを取り出した。

 十秒後に鳴り出すようにセットし、殆どやけくそ気味に商店街の狭い側道へと、出来るだけ遠くへ落着しろと願いながら放り込んだ。

 タイマーの音量は最大に設定しており、発する電子音がかなり大きいので、暫くはより大きい刺激に引き寄せられて其方に向かっていくだろう。

 自分が排除した死体をカノンと共に飛び越え、看板に視線を巡らせる。肉屋、写真館、喫茶店……それらの物に用は無い。必要な物が見つからないもどかしさに、青年は無意識の内に舌打ちをした。

 魚屋、八百屋、百円均一……こちらは簡単な工具や道具が手に入るので役に立ちそうだが、幅広な上に頑丈そうなシャッターが降りている。恐らく鍵がかかっていて開けられないだろう。

 目当ての物が見つからない事に、焦りと苛立ちが募る。まだまだ商店街は奥に続いているが、せめて本格的な金物屋か工具店、可能であればアウトドアショップでもあればいいのだが……。

 玩具店、裁縫点、ブティック……ペットショップ。ゆっくり散策できるのならばカノンの食事を調達してやりたいが、今はのんびりドッグフードの10kg袋を担いでいる余裕は無いので無視する。

 通り過ぎたペットショップの前面にはショーケースがてら小型犬を入れるゲージが設けられていたが、その中で子犬達が餓死してミイラ化していた。動き回る死体になること無く死ねた彼等は、ある意味において幸せなのだろうか。

 そんな考えを振り払い、また二体の死体を始末した。これでもうマガジンの三分の一程度を使った。緩い弧を描く細身のマガジンには9mm弾が25発入る。無数の死体を相手取るには少々頼りない数と言えよう。

 ロングマガジンやドラムマガジンがあればご機嫌だが、残念ながらそんな便利な拡張キットはそこら辺に転がってはいない。いや、これ以上要求するのは贅沢というものだ。

 そう思いながら、青年はアイアンサイトに新たな死体の額を捉え、トリガーを引き絞った。抗う術があるだけ、自分は恵まれているのだ。

 ラーメン屋、居酒屋に焼き鳥酒屋……大学の打ち上げでならお世話になるような店の姿もあるが、今は全く用が無い。既に商店街の半ば程度にまで近づいていたが、自分が欲しい物を置いていそうな店は、未だに見つからなかった。

 今は真冬であり、かなり冷える。おでんや暖かい焼き鳥を食べたいな……と、思いつつまた引き金を絞った。

 しかし、青年も流石に専門の訓練を受けた訳では無いので、移動しながらの射撃では百発百中とは行かない。今度は弾道が逸れて、ラフな格好をした男の死体の肩に命中した。

 されど、装填されているのは強力なホローポイント弾だ。貫通力は高くなくとも、かなりの破壊力を秘めている。

 ホローポイント弾の弾頭は柔らかく、目標の内部に侵入すると、マッシュルームのような形に潰れ、目標の内部を引き裂きながら回転し攪拌する。そして、貫通しないので着弾の衝撃はそのまま伝わる訳だ。

 対人使用目的で開発された弾丸が炸裂して、腐敗した肩の肉が弾けるようにえぐれ、そのまま死体は背後に向けて転倒する。

 映画であれば、弾丸を喰らっても大抵の主人公はひるむ程度で済むが、現実ではボディープレートを貫通し、仮に貫通しなくても手ひどい打撲を負わせることが出来るほどの威力が弾丸には秘められている。それこそ、思いっきり力を込めた前蹴りを喰らうような物だ。例え一撃で殺せなくて、転倒させる事が出来たら無効化は楽なものである。

 倒れた死体めがけて青年は軽く跳躍し、転倒して藻掻いている彼の首に踵から着地した。靴底に鉄板が入ったブーツの分厚いソール越しに、頸椎がねじ切れる気味の悪い感触と、首に通る骨の何本かが楊枝のようにへし折れる音が伝わった。

 少々どころではなく気持ち悪く、ブーツも汚れるが、弾の節約になるので我慢だ。放って置いて、近くを通った時に足を捕まれてはたまったものではないので、無視も出来ない。全く、面倒な連中だ。

 そのまま走りながら、新しいキッチンタイマーを取り出し、また商店街の脇へと伸びる路地へと、同じく十秒後にセットして放り投げた。そろそろ最初に放り投げた物の陽動効果が切れる頃だ、適当に巻いて陽動しつづけねば、囲まれて殺される事になる。

 本屋、二件目のペットショップ、揚げ物屋などと、目的の物は見つからない。そして、遂に商店街の中央、十字路にまで到達してしまった。後半分……これ以上行けば帰りが大変になるが、それでも行かねば無駄になる。青年は数秒だけ考えた後、そのまま足を止めること無く走り続けた。

 青果店、花屋、ブティックに……生活用品店!

 青年の顔に、思わず笑みが浮かんだ。普段通りの歪な笑みでは無く、心の底から沸いてくる純真な笑みだ。青年は思わず大声で笑いたくなる衝動を抑えながら、通りに少しはみ出るように置かれていた棚が転倒した生活用品店に入り込んだ。

 生活用品店に置かれている物は実に多種多様だ。狭い棚が十畳ほどの、ウナギの寝床のように細長い店舗に並べられ、その棚から商品が溢れそうなほどに置かれている。

 タオルや俎板、鍋に……ガスコンロと折りたたみ鍋。ずばり欲しかった物が少し探しただけで見つかった。

 青年はガスコンロの箱を確認すると、偶然の巡り合わせに感謝しながらサブマシンガンを手放し、スリングで肩からぶら下げられたそれが降りていくのに任せ、担いだバックパックを降ろす。

 急いでチャックを開けて中身を開き、ガスコンロを放り込む。そして、同じように置いてあったボンベを入る限り放り込んだ。これだけあれば万々歳……。

 そう思いながらバックパックのジッパーを閉めようとした瞬間、カノンが一度盛大に吠え、側面で何かの気配が動いた。

 しまった……! そう思いながら青年が顔を巡らせると、自分の右側面に置かれている棚の影から、一体の死体が這いだしてきていた。死体との距離はもう何メートルも無い、その腐り果てた顔面を細かく観察することさえ出来る距離だ。

 丸い輪郭に腐肉と蛆を張り付かせ、膨れた腹でエプロンを張り裂けそうにした男……恐らく、ここの店主であったのだろう。

 白濁した目を見開き、黄ばんだ歯を剥きながら腕を突き出して青年に掴みかかろうとしてくる。距離が近すぎ、最早サブマシンガンを持ち直している余裕など一瞬すら無かった。

 我ながら情けない叫びだなと思いながら、青年は叫びをあげつつ……死体の腹に不格好な前蹴りを叩き込んだ。

 つま先が腹に突き刺さり、僅かな弾力と何かが潰れる気色の悪感覚を返してきた。どうやら蹴りの衝撃で腐った腹がエプロンの中で破れたのだろう。

 死体が腹から腐った血液を滲ませ、手を前に突き出したまま背後に転倒し、棚を巻き込みながら倒れていく。凄まじい音が響きながら、棚が倒れ、陳列されていた商品が宙を舞った。

 くそったれ、舌打ちをしながら青年はバックパックを担ぎ上げ、ふと近くに落ちてきた簡易ガスバーナーキットを掴んだ。雪山旅行に使うような代物で、先ほど詰め込んだガスコンロのガスボンベでも使える物だ。

 これも詰め込もうと思っていた物だが、偶然近くに落ちてくるとは僥倖だ。こいつも朽ちた店舗で使われること無く風化する事を拒んだのであろうか?

 棚が倒れて商品が散乱した店舗だが、まだまだ使える物は探せばいくらでもあるだろう。目に入るだけで欲しい物は、クリップで固定するタイプの電池式スタンドライトに、同じく単一電池で作動する誘蛾灯。夜間警戒が楽になるであろうから欲しかったが……。

 「行くぞ、カノン。もう帰ろう、大きな音を出しすぎた」

 流石に、悠長に物色して荷物を沢山抱え込んでいる余裕は、もう無かった。ちょっとした油断がここまで響くとは、とも思うが、そもそも油断した自分が悪い。

 一瞬とはいえ、ガスコンロを見て欲を搔いたのだ。本当なら安全を確認してから取らねばならなかった。そうすればこんな無様な事にはならなかったであろうに。

 言いながら、掌より少し大きな簡易バーナー箱をポーチに放り込んだ。書いてある商品名や箱裏の紹介文がハングルだが、この際生産国は気にするまい。壊れなければの話だが。

 倒れた棚の上に仰向けで倒れ伏し、多数の商品を被っている死体が起き上がろうと奮戦空しく藻掻いているが、青年はその死体の足下を軽く跨ぎ、邪魔したな、と声をかけた。

 さて、現在物資の集積よりも重要なのは音だ。バカバカ撃ちまくった上に、タイマーも二個ばらまいた。その上、今の騒ぎだ。倒れた棚の上を歩きながら表に出ると、結構な量の死体が様々な所から沸いてくるのが見えた。

 扉が壊された饂飩屋の店舗や、大きく硝子が割れた銀行。誘い合ったかの如く、無数の死体が両サイドから少しずつ押し寄せてきていた。

 「……流石に多いな」

 言いながらエジェクトボタンを押し、マガジンを排出する。まだ何発か中に残っているが、近距離戦の最中でリロードするのは避けたかった。悠長に入れ替えていたら、噛みつかれて連中の昼餉になってしまう。

 ダクトテープで適当にマガジンを互い違いに括り付けてあるので、リロードは一瞬で済む。取り外したマガジンをくるりと半回転させ、弾が詰まった新しい方に向けて嵌める。それだけだ。

 マガジンを叩き込むが、ハンドルは引かない。既にチェンバーには古いマガジンから供給された弾丸が一発入っている。これで、たっぷり26発撃つ事が出来る。

 セレクターをセミオートからフルオートへと変更しつつ、此方に近づく死骸の群れを睨め付ける。カノンも身を伏せ、小さいながらも低く唸っていた。

 こういった具合に多数の軍勢を相手取る場合、5.56mm機関銃、MINIMIでも持っていればこれ以上無いほど心強いのだが、重い上に大きくて動きを阻害するので、探索には不向きであるから、とてもではないが持ち歩こうとは思えない。

 しかし、逃げ帰る為に後退するにも、探索の為に前進するにも、もう弾丸を使わざるを得ない状態だ。敵が挟み込むように押し寄せ、連携は取れていないが、それでも走ってくぐり抜けられるとは思えない程度の密度はある。

 目測だが、片翼につき二〇~三〇体という程度だろうか。とりあえず、装填されている弾の数より多いのは確実だ。

 こういう面倒事を青年は嫌っていたが、物資が足りなくなれば自分は死んでしまう。なので、こんな修羅場も数回は経験していた。そして、その度に血濡れた腕や腐臭のする息を放つ顎をくぐり抜けてきていた。

 趣味じゃないんだがね、と心の中で呟きながら、青年はポーチを漁り、またキッチンタイマーを取り出した。取り出した物を除けば、タイマーはあと一個だけポーチの中に残されている。

 三秒後に鳴るようにセットしてから、青年は侵入した方向とは反対の側を埋めるゾンビの群れを、大きく越えるように弧を描いてタイマーを放り投げた。

 丸くて白い卵を模したタイマーが宙を舞い、弧を描く軌道が最も高くなった瞬間、タイマーが見計らったかの如くなり始め、重力に惹かれて落ちていく。

 タイマーは見事に、群れの背後へと落着した。タイマーそのものが小型で軽いので、少々放り投げても壊れはしない。地に落ちたそれは、空しくも甲高い電子音を、設定できる限り最大の音量で響かせ続けながら滑るように転がっていった。

 死体共は実に単純な本能で動いている。臭いが強い物を追うか、大きな音を立てている物に襲いかかるか、そのどちらだ。

 そして、情報を一度に整理しきれないのか、必ずより大きな刺激を与えてくる方へと向かっていく習性がある。

 今回のそれは、青年やカノンの体臭よりも、鳴り響くタイマーであった訳だ。

 死体共はぞろぞろと振り返ってタイマーの方へと向かい、青年の前を塞ぐ死体共も殺到しようと押し寄せるが……単純であるが故に、一定の距離であれば、他に大きなアクションをしている物があっても、より近い物へと手を伸ばす。

 なので、青年はゆっくりと歩きながらノロノロした歩みで向かってくる連中の額に鉛弾をリズミカルに叩き込み始めた。

 引き金を短く、かつ素早く絞る度にマズルフラッシュが数度瞬き、フルオートで数発弾が吐き出された。そして、腐った人間の頭部が殆ど黒に近くなった血液と、けばけばしい色に変色した脳髄と共に噴出する。

 本来フルオートで引き金を引けば、引いている間中弾が出るのだが、青年は指切りでタイミングを計り、できる限り弾を無駄にしないよう努力しながら弾丸をばらまく。

 これは、フルオート射撃が出来る銃に慣れた軍人や警察官であれば習得している技法なのだが、青年は単に漫画で聞きかじった技術を真似をしているだけに過ぎない。好んで読んでいた漫画で解説されていたような気がする。

 全く、漫画は生活に何の役に立たないと大人やメディアが騒いでいた時期があるが、中々どうして役に立つじゃ無いかと思いつつ、青年は響いた空撃ち音を聞いて、マガジンの中身が空になったのを感じ取った。

 何匹くらい始末したか? と何とも無しに考えながらデュアルマガジンを外し、ベルトにねじ込んだ。長いので通常のマガジンポーチには収まらないのだ。

 手早くマガジンポーチから新しいマガジンを取り出し、装填する。そして、目の前約三メートルまで接近してきていた子供の頭を吹き飛ばした。

 服装はズボンとシャツだが、ランドセルが赤っぽい色だったので恐らく女の子だろうか。あんまり背が高くないので、低学年くらいかもしれない。

 甲高い音を立てて薬莢が転がり、死体が完全に死んでタイルに脳漿と腐れた内蔵をぶちまける。その様相を眺めながらくだらない感想を脳内にて漏らしつつ、青年は切り開いた文字通りの血路を、カノンと共に前進していった。

 連中は人間のように反射的に素早く腕を伸ばす事は出来ない。青年やカノンが隣を駆け抜けると、一瞬遅れて気付き、回頭するが、その時には二人とも風のように走り去った後である。

 そして、とろくさい死体共は単体であれば戦わずにやり過ごすのも楽な物だ。ぽつぽつと沸いた死体を蛇行するようなルートで走って回避し、一目散に商店街の入り口へと向かう。

 本当ならば電池や食べ物も欲しかったが、前から欲しかった大きな音を立てない調理器具が手に入ったのだ、今回はこれだけで我慢するとしよう。真っ先に死ぬのは何時だって欲の皮を突っ張らせた奴なのだから。

 欲を搔いたならば……一瞬の歓喜の後に、死の絶望が待っている。現に、自分はそれをついさっき生活用品店で味わったばかりなのだから。

 第三者視点から眺めるそれは滑稽かもしれないが、少なくとも自分はそのように観察されたくないので、青年は控えめに動くことを心がける。

 のろのろと動く死体の合間を駆け抜け、恨みがましく投げかけられる呻きの全てを無視しながら青年は商店街の入り口にまでたどり着いた。幸運な事に、自転車は転倒せずに残っていた。

 自転車に飛び乗り、腕時計で時刻を確認する……突入してから25分近くがしっかりと経過していた。計算通り……ではある。

 しかし、体感ではもっと短く感じられるが、時計の針はやはりちゃんとした早さで進んでいたようだ。探索をしている時間はほんの五分程に感じられたというのに。

 自転車のペダルに足を掛け、腰を浮かせて走り出す準備を始める。そして、腰からベレッタを抜き出し、親指で弾いてスライド後方に設けられたセーフティーを外した。初弾は既に装填されている。

 そして、前を見ると広めの道にちらほら死体共が沸き出していた。まだまだ走り抜ける余裕はあるが、さっさと退散した方がいいだろう。また、時間的にそろそろ途上で巻いてきた時計が鳴り始めている頃だ。

 「行くぞ、カノン」

 言ってペダルをこぎ始める。カノンも、ペダルに力が込められてタイヤが回転を始めると、速度を上げて追従しはじめた。

 細やかに方向転換をして、疎らな死体の軍勢の間をするすると通り抜ける。右手にはベレッタを握っていて、グリップを押しつける形で運転しているので精密さは僅かに欠けるが……。

 こういう時には便利だ。青年は一端速度を緩め、通りの角を曲がる最短ルートを塞ぐ死体の胸に弾丸を叩き込んだ。死体は体をよろめかせ、数歩後退して道が開く。青年はすかさずその合間を通り抜け、カノンは死体の背後を素早くすり抜ける。

 角を曲がると通りがかなりすっきりして死体の姿はない。そして、商店街から少し離れた時点で聞こえ始めていた目覚まし時計の凄まじいひび割れるようなアラーム音も聞こえてくる。

 十字路の向こうをちらりと見ると、時計を落としていた方向に死体が群れているのが伺えた。今まで探索を助けてくれた手法は、安定して効力を発揮していた。

 道が綺麗になってぐっと通りやすい、行きと同じ道を走り抜ける。最初に見た煙草屋の小口から、老婆が頭を突き出して何とか這い出そうとしていた。両手を前に突き出し、歯を楽器の様に打ち鳴らしていたが、どうやら足の長さが足りずに完全には這い出せずにいるようだ。

 青年は小さく、煙草の銘柄を呟いて通り過ぎた。果たして、彼女は死して尚店に縛り付けられねばならねばならないほど罪深い人間だったのだろうか?

 つまらない上に答えなど返って来よう筈のない考えをしながら、青年はそのまま通りを走り抜けた。隣を見ると、カノンはただ前を見て真面目に走り続けている。たぶん、生や死に関しては彼女の方が自分よりずっと全うに見つめられているのであろうと青年は思った。

 今までの経験則もあるが、やはり囮として転々と置いていった目覚まし時計の効果は絶大だ。自分が呼び寄せてしまった為に連中が押し寄せてしまった商店街から逃げ出す時は置いておくとして、町中の途上は殆ど快適だ。

 ちらほらと興味を惹かれなかった死体は残っているが、それでも軽く避けられる程度にしか居ない。これが囮が無い状態であったら、一々通りごと殲滅しないと碌すっぽ歩く事すら出来なかっただろう。

 暫く走り続け、青年はようやっと街を出る事が出来た。建物の列が途切れ、だたっ広い放置された農地が広がる外れにまで出てこられたのだ。

 自分が放り投げた目覚まし時計はまだ静かだった。流石に五分間隔は長かったようだ。移動速度を見直すべきだなと思いつつ、青年はペダルを踏み込む。もう障害物は無いので、思う存分自転車の速度を上げる事が出来た。

 速度を緩める事無く、軽く吐息しながら、息を深々と吸い込む。枯れ草と、立ち枯れた作物だった物の香りが肺一杯へと取り込まれ、町中で散々吸った腐れた空気が流されていく気がした。

 まだ街は近いし、死体も沸いてきているので、完全に腐臭が消えた訳では無いのだが、それでも体感でかなり違う物だ。建物による圧迫感があり、何かが凝ってしまったような閉塞感を感じさせる街と、開けた農地では趣も違っており、何より荒涼感が無い。

 街の中ではずっと、空気が重かった。腐臭と、汚物の臭い。そして、僅かに残った生活感が混ざり合って頭の芯から腐ってしまうような感じがする。それを吸っていると、自分の連中の仲間のような気がしてきて、酷く辛い気分になるのだ。

 大きな死の口、そこから這いだした青年は、清々しい空気で頭の中を洗いながら、ただただ走って自分達のキャンピングカーを目指した…………。










 街から離れた場所にて取り残されたコンビニに青年は自転車を止め、拳銃をホルスターにねじ込んだ。

 貴重な9mm弾を少し使ってしまったが、まだまだ予備はある。今後駐留米軍の死体や補給車に出会えるかは分からないが、それでも自分一人では撃ち尽くせない程なのだ、あんまり細かく考えない方が良いだろう。

 自転車から降り、鼓動が早くなった心臓を落ち着ける為に深呼吸を繰り返す。隣を見下ろすと、カノンが人間の脆弱な心肺能力を哀れむかのように、舌を出して短く呼吸を繰り返していた。

 町中や商店街をちょろちょろ動き回ったので少し太股が張り掛けていたが、カノンは全く疲れていないようだ。むしろ、まだ走り足りないとでも言いたげである。

 確かに、まともに散歩出来ていないのでフラストレーションを発散したがっているからというのもあるのだろうが、全く以て動物の体力とは凄まじい物だ。

 念の為にキャンピングカーの周囲を確認してから、何も変化が無い事を認めると、青年はキーを差し込んで後部の扉を開いた。用心を重ねて、頭だけを突っ込んで中を見てみるが、やはり出て行った時と何も変わっていない。

 別にそんなに気にする事は無いかと思うが、青年はゾンビ映画の鉄則という物をある程度気にするようにしていた。安全だと思った場所に隠れているなんて、よくある“お約束”の展開なのだから。

 映画と言って馬鹿にする事なかれ。なにせ、今の世は正にその映画のような狂った状態になっているのだから。ならば、念に念を入れて映画のように警戒したって悪い事は無い。

 そこまで神経質に確認してから、青年はようやく警戒を解き、後部の居住スペースへと入り込んだ。その後にカノンも続く。

 銃を放り投げ、暑苦しいベストを脱ぎ捨てる。確かに収穫はあったものの、中々にハードだった。

 タオルで軽く汗を拭いつつ、青年は自転車を折りたたみ、屋根へと押し上げる。固定するのは後でも良いだろう。兎に角今は、収穫物の確認だ。

 バックパックから箱入りカセットコンロを取り出す。パッケージでは土鍋が内容物と思われるカセットコンロの上で美味しそうに蟹を煮込んでいる。ごろごろと予備のガスボンベも転がり出るが、確か同じ規格の物がコンビニの中にもあった筈だ、後で貰ってくるとしよう。

 例しに箱から出してボンベをセットしてみると、問題なく稼働した。つまみを捻ると、ガスが噴出して電気で発火し、後は噴出され続けるガスによって燃焼し続ける。何処の家庭にでも一個は置いてあるであろうありふれた物だ。

 だが、そのありふれた物が何より有り難かった。このキャンピングカーの型が古いのか、それとも修理の結果かは分からないが、発電機は外にある上、シャワーは循環系を積んでいないオンボロの中で、何とか大きな音を出さずに使える調理器具なのだ。

 これさえあれば今まであまり作れなかった袋に入っているラーメンだって作れるし、お湯だって手軽に沸かせる。気楽にお湯が沸けば、毎日タオルで体だって清々しく拭けるのだ。

 青年にしては珍しく純粋な笑みを浮かべ、小さく歓声を漏らした。

 と、なると話は早い。人は物が手には入ったら使ってみたくなる物だ。青年は早速M360片手に一人でコンビニに再び入り込み、陳列棚に置いたまま手を付けていなかった袋のラーメンやレトルトパックを山ほど籠に詰め込んだ。久々に食べられると思うと、俄に唾液が沸き出してくる。

 後は発電機無しで動く電子レンジがあれば完璧なんだがな、と思ったが、そんな物の存在は思い当たらなかった。なので、青年は袋ラーメンやレトルト食品が満載された籠を持って、レジの奥に並ぶ電子レンジを横目に店を出た。

 ふと、横を見ると、街から煙が上がっている。一瞬、何か火元になる物を残してきたか? と心配になったが、自分があそこで生産したのは完全に動かなくなった死体が何十体かだけだ。

 そして、よく見てみれば、煙が上がっているのは商店街の方では無く、危険性の面から放置していた大きなチェーンスーパーの方からだった。真っ黒でかなり高くまで届く煙……恐らく、タイヤにエンジンオイルでも掛けて燃やしているのだろう。

 何故燃えているのかは分からない。単に自分が暴れた結果の騒動を聞きつけて、自分を呼び寄せようとしているのか、何らかの不測の事態で車が炎上したのか……ここからでは真相を知る事はできない。

 とはいえ、どちらであろうとも自分にはどうしようも無い。助けを求めて上げた狼煙であっても、助けに行ける訳も無いのだから。

 あの死人の街にキャンピングカーごと突入し、死体をかき分けてスーパーまで到達、その後群がる死体を銃で全部始末したとしても、リスクは山ほどあってもメリットは一つたりとも無いからだ。

 人と合流出来る事はメリットに感じるかも知れないが、このような場合では別問題だ。全ての争いは、“彼方と此方”は違うという事が原因で起きる。ならば、彼方が無ければ争いは発生しない訳だ。

 青年としては人間同士で殺し合いは可能な限りしたくないし、人助けをして自分の命を危険に晒すのはご免だ。まして、アレが自分を呼び寄せて荷物を奪う為の罠で無いとは言い切れないのだから、そんなつまらない死に方なんてもっての他であった。

 命を危険に晒すのなど、自分と静かな相方の為だけで十分だ。青年は思いながら、未だ空にたなびき続ける煙を見なかった事にして車内へと戻った。

 籠を持って中に入ると、カノンが鼻先を随分とひくつかせている。恐らく、食べ物の臭いに反応したのでは無く、遠くで燃えているタイヤの臭いを感じ取ったのだろう。

 青年の鼻では燃えるタイヤの臭いなどは全く感じられないが、彼女の鋭敏な鼻であれば分かるのであろう。

 気にする事は無いと言って青年はカノンの頭を強く撫でてから、天窓を強引に閉じた。こうすれば彼女でも少しは臭いが気にならなくなるだろう。

 さて、では久方ぶりの味を堪能しようではないか。青年は手を擦り合わせながら、キッチンスペースの棚より埃を被っていた小ぶりなアルミの鍋を取り出す。

 どの味が良いだろうかと、青年は籠の中を漁りながら、色とりどりの袋ラーメンを期待に満ちた目で見つめていた…………。
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 長く間が空いてしまって申し訳ない。何分春休みを良い事に仕事が山ほど入ってきて、書いている暇がありませんでした。もう少し更新速度が上がれば良いのですが…………

 沢山の感想や誤字報告、お気に入り登録に評価ありがとうございます。こんなに見てくれてるのかと嬉しくなる反面、期待に応えられるような話が書けているのか自信が無くてオドオドしていますが、楽しんでいただけるよう努力していく所存です。

 それでは、もしよろしければ、引き続き感想や誤字報告お願い申し上げます。
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