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 大変長らくお待たせ致しました。

 とはいえ、今回戦闘はありませんし、盛り上がりにも欠けます
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暇人と幸運と火種

 酷く暗い空間があった。床は無機質なリノリウムであったのだが、元の白さを伺わせないほど塵や土、飛散し乾いた血痕で汚されている。

 外より吹き荒ぶ風雨の音が入り込み、最早誰も立ち入らなくなった空間に音が喧しく反響していた。時折、空を裂くような雷の光が走り、轟音が轟く。

 そんな場所に、一筋の光が差し込んだ。光源は単三電池で稼働するL字型フラッシュライトであった。

 「……こりゃ酷いね」

 拳銃をシングルスタンスに構え、暗闇を切り裂く灯りの先を見つめる長身の少女が呟いた。普段は大型犬をイメージさせる、ボリュームがあり、うねりを持つ長髪は頭の高い位置で束ねられ、その装具と同じくしとどに濡れてボリュームを失せさせている。

 その背後に急ごしらえのさすまたで武装した一人の青年を伴い、闇に沈んだ空間を静かに制圧していく。

 そこは、元々はスーパーの事務室であったのだろう。並べられていた机などが全て引き出され、何処からか持ってきた寝具などが散乱していた。

 そして、頭部が著parker 5th
parker ペン
parker ボールペン
しく破壊された複数の白骨化した死体が蒲団にくるまるように横たわり、蛍光灯の基部に吊された先端に輪を作られたロープが虚しく揺れている。その真下には、腐敗して白骨化が進んだ死体がうち捨てられていた。

 「……何があったんだ?」

 「大方追い詰められて自害したんでしょ。店内の感じからして間違いないんじゃない?」

 自警団の青年の疑問に、少女は何とも無しに答える。実に痛ましい光景であったが、それが彼女の心を大きく動かす事はなかった。

 転がる死体の殆どは、よく見れば分かるが、かなり小さいものだ。身長は高くても130cmにも満たない物ばかり、つまりは子供の死体だ。

 そして、首を括るためのロープの真下にて散乱している骨の持ち主は、生前は恐らく女性だったのだろう。一緒に散らかっている服が女物だ。首を括った後で死体が腐敗し、そのまま首が千切れて落下したのであろう。

 筋書きは少女が語った通りなのだろう。死体に囲まれ万事休す。このまま動く死体となるくらないなら、と首を括る前の女性が子供達を殺した。頭蓋が割れているので、復活しないよう念入りに頭を潰したようだ。

 そして、最後に子供達の後を追うように首を括った。最終的に腐って首が落ち、死体としても死ぬ事を見越した自殺なのだろうか。

 少女としては、ここで始末するべき死体が人数分減ってくれているので有り難い、そうとしか思わなかった。自分以外には極めてドライになれる生き物なのだ、人間とは。少女の場合はそれが特に顕著に表れているだけである。

 「この部屋に使えそうな物は……無いね、うん。一旦戻ろう」

 二人は一緒に行動していた自警団を束ねる自衛隊員の壮年男性、おやっさんや、本名不詳の美男、エコーと離れて探索を行っていた。このスーパーはバックヤードと事務関係の部屋が分かれて作られており、効率的な探索を行うために分担したのである。

 このような状況で部隊を分けるのは危険だ。戦力が分散する事もあるし、人が一人でカバー出来る知覚範囲というものは、当人が思っているよりもずっと狭い。特に、ライトしか視界を確保する物が無い状況では尚更だ。

 だが、事は迅速に行う必要があり、効率の為に部隊を分けても、少女は死なないだろうと判断された。それほどに彼女の単体戦闘能力は高い。

 しかし、少女達の方は外れだったようだ。職員用のロッカールームや、この事務室。見つけた物は完全に活動を停止した死体が無数と、死に損なった死体が一体だけであった。その死体は少女が足払いして転ばせ、倒れた所を頸椎を踏み抜いて破壊している。

 「しっかし、あれだよね、ロッカールームの鍵の掛かったロッカーとか、開けたらサブマシンガンくらい入ってるべきだよね」

 「ゲームじゃねぇんだぞ」

 普通の事務机や商品棚に拳銃の弾丸が徐に放置されている世界であったら、もう少し生き易かったかもしれないな、と少女は考えながら部屋を後にした。

 手向けも、哀れみも彼等には必要はあるまい。死者は何も感じる事はないのだから。死者に対する全ての行為は、所詮生者が自分に整理を付けるための物に過ぎないのだ。

 散乱する死体の部品や、かつての生活の名残を頼りない灯りに縋って回避しつつ。店舗部分へと戻ると、二人が段ボールに腰を降ろして一服していた。

 「へいへい、何してんのさ、こっちは死体の首踏み砕いたり、徒労に終わった虚無感にうち拉がれていたってのにさ」

 「何って、どう見ても一服だろうがよ」

 エコーの言葉に少女はベレッタのセーフティーを外すことで応えた。最早この辺りはお約束とも言える。

 「んで、成果は?」

 こんな状態でも一服したがる煙草飲み共に呆れつつ少女は問うた。この雨の中で吸える煙草を持っていると言うことは、態々密閉容器にしまうか、ビニール袋にでもくるんでいたのだろう。全く、その情熱を自分の肺をヤニ付けする以外に向けられないものであろうか。

 愚問だなと笑いながら、エコーが煙草を持って居た右手とは逆の手で弄んでいた一つの金属塊を投げつけてきた。結構な速度であり、そのままスルーしたら鼻が顔面に埋まりかねない物だったが、少女は軽々しく受け止め、ライトの明かりにかざした。

 「……おお、鯖の味噌煮」

 「すげぇだろ、段ボール単位であるぜ」

 彼等はバックヤードで大量の食糧を発見していた。前の住人達はどうやら、直ぐに駄目になる肉や魚は燻製や乾物にしたりして誤魔化しつつ消化し、長期保存が利く缶詰などを温存していたようだ。大型食料品店ともなると、元より長持ちする缶詰の在庫は中々の物だったのだろう。

 「……んで、それをどうやって持って帰るのさ?」

 「それが問題だ」

 おやっさんが灰を落とし、短く刈り込まれた頭を掻きむしりつつ吐き捨てた。確かに、どれだけ素晴らしい物を見つけたとしても、持って帰れないのならば無いと同じだ。

 缶詰というのは単体であっても結構重量がある。掌に収まる大きさだが、アルミの外殻に食糧が収まり、保存用や味付けの液体も詰まっているのだから重くて当然だろう。

 そして、それが段ボール一箱分ともなると重量は言わずもがなである。段ボールは人間が物を運搬する為の箱でもあるので、それに収まっているのだから持ち上げられて然るべきだろうと思って持ち上げると、下手をすれば腰をやってしまう程の重さがある。

 更にそれが数箱ともなると、何をか言わんやである。只でさえ重い装具を纏ったまま、それを担ぐのは現役の自衛隊員であっても辛いだろう。その上、重量で動きが鈍化するので、死体の良い昼餉になりかねない。

 「荷台はみっけたんだけどねぇ」

 「無理じゃね?」

 エコーが片足で近くに放置されていた荷台を蹴った。与えられた加速度に従ってゆっくりとタイヤが転がり、折り畳まれた荷台が進み、伏した骨にぶつかって止まる。

 確かに荷台は人間が運ぶ事が出来る重量以上の物を効率的に運ぶ道具としては最適解と言えるのだが、如何せん室内で用いる事を前提としている器具だ。少なくとも、アスファルトの微細な起伏が存在する路面で用いるには向いていない。

 振動が激しく伝わるために、積載している荷物が徐々に傾いたり、ずれたりするのだ。そうなると盛大に地面に積み荷をぶちまけることになりかねない。

 そして、荷台を使ったからと言って、速度が絶望的から少しマシになる程度だ。死体のごちそうであることに変わりは無い。

 そして、自分達が拠点の中に入る方法は、人一人が乗っただけで嫌な軋みを上げる橋だ。荷台なんぞ無理矢理乗り上げようものなら、容易く底面が崩壊するだろう。

 「んで、どーすんの?」

 「詰めるだけ詰めて何回かに分けて来るかねぇ」

 「……また来られるの?」

 エコーは分けて来ると言ったが、また此処に来るというのは大きなリスクを伴う。死体が散っている状況としては最高に近い現状で、既に一人失っているのだ。危険性の高さは入り口で頭を弾けさせた死体が何より雄弁に物語っている。

 その上、この決死行は外が危険である事を知らしめる為、自警団の本音としては失敗する事が望ましいのだ。それが、何度も行って戻ってこれた上に食糧まで確保できたとなってしまうと、どうなるかは想像に難くない。

 若手は増長し、積極的に外に出ようとするだろう。そして古びた櫛の歯が欠けていくように死人が続出し……気がつく頃にはコミュニティで戦える者は居なくなっていることだろう。

 食糧を確保出来るのは有り難いのだが、それが今はこの上なく迷惑であった。本来であれば寿命を延ばすそれは、緩やかに坂を転がっている石を、悪戯に加速させるつま先と化している。脆い脆い石は、僅かな加速が加わるだけで、崩壊の速度を絶望的に速めることであろう。

 「……厄介だねぇ」

 「厄介だなぁ」

 少女は心底面倒くさそうに吐き出し、それぞれ口に出すか、内心にて同意した。持って帰って久方ぶりに豪華な食事に洒落込みたいという気持ちもあるが、見なかったことにしたいという気持ちもある。何とも整理を付けがたい気分であった。

 「んで、これどうすんのさ」

 「そうだな、まだ時間はあるし、雨も暫くは勢いが弱まりはせんだろう。今のうちに余所も廻ろう」

 結局、おやっさんが取ったのは先送りだった。それ以外に最善手がないのであれば、後回しにするのは別に悪い事ではない。何か、事態が好転するような物が見つかるかもしれないのだから。

 とはいえ、その可能性は限りなく低いと言えるが。

 「じゃあ次は何処行くよ」

 「向かいの薬局だな。薬は幾らあっても困らない」

 エコーの問いに、おやっさんは決められていた優先順位に従って行き先を示した。ホームセンターの中にも薬局があったので、薬そのものの備蓄はそれなりにあるのだが、それでも使っていれば何時か尽きる。現に、風邪薬の類いは在庫が心許なくなっていた。

 まともに食事も取れず、運動も不十分となると肉体的に脆弱な現代人は疲弊するのが早い。そして、現代治療に慣れきった体では独力で風邪をはね除ける事すら難しい。

 そして、風邪を惹けば直ぐに悪化して肺炎へと達し、そのまま死んでしまう。また、骨折のような平時であれば致死率の低い怪我であっても、治療が完全でなければ短時間で感染症に発展し、死に至る事もある。

 死体に喰われる以外の死も、最早彼等にとっては近しい存在となっているのだ。違うのは苦痛の種類くらいの物であろう。

 「おっけ、そんじゃあ行こう。ほら、何時までも煙突してないの」

 「一服くらいゆっくりさせろよ……」

 「駄目っすよおやっさん、この女に逆らったら額で煙草を吸えるようになっちまう」

 「あら、そんな野蛮な事はしませんわよ? お口に煙草を差し込むのに丁度良さそうな穴を新設して差し上げるだけですわ」

 軽口を叩くエコーの唇に硝煙の臭い漂う銃口を押しつけ、少女は悪戯っぽく笑って見せた。雑誌の表紙を独占出来るような爽やかな笑みであるが、吐き出した台詞は物騒極まりなかった。

 実際に引き金を引いたりはしないだろうが、それでも少女の人間性を計りかねているエコーには絶大な恐怖をもたらす。彼は気持ちの悪い汗が俄に浮かび上がるのを感じながら
、薄ら笑いを浮かべて煙草を踏み消した。

 「ああ、お前はちょっと別の所行け。薬局は小さいからな、四人で行ったらオーバーフロウだ」

 ヘルメットを被り治しながら、おやっさんが少女に命じる。確かに、地方都市の小さな個人経営薬局なんぞ探索するにしても高が知れている。態々大人数でぞろぞろ行く事はないだろう。

 「あてくし一人?」

 「おう、援護欲しいか?」

 別に、と答えて少女はベレッタをホルスターにねじ込んでカービンに持ち替えた。正直、少女は一人でも何の不便は感じていなかった。援護が欲しいと感じるのは、四方から押し寄せられるような状況になっている時のみだ。

 むしろ、閉所を探索するのであれば単身の方が身軽で良い。それが小さな店舗などの狭い空間であるのなら尚更だ。近接戦闘の為にカービンのストックを振り回したら、仲間の頭蓋を砕きかねない状況は窮屈でしかない。

 「おけおけ、何処行けばよろし?」

 「娯楽の確保は大切だろ?」

 そういっておやっさんは悪戯っぽく微笑んでから割れた硝子の向こうを親指で示した。其処にはシャッターが降りたままの酒屋がひっそりと営業を停止していた。

 「まーた嵩張る物を……」

 「俺ナポレオンな」

 辟易しつつ少女は溜息を零し、勝手な希望を上げるエコーに下品な手真似を送りながら先んじる。田舎町の酒屋に高級洋酒が早々並んでいてたまるか。

 スーパーから抜け出し、雨の中を出来るだけ濡れないように小走りに駆け抜ける。そして、店舗に取り憑くとシャッターに手を掛けた。

 だが、硬い感触が返ってくるだけで、塗装の剥げたシャッターが持ち上がることはなかった。施錠されているらしく、少々力を込めても喧しい音を立てて揺れるだけで少女の侵入を拒む。

 鬱陶しいなと内心で舌打ちをしながら、少女はしゃがみ込んでシャッターを観察する。かなり古びており、頑強性は期待出来ない代物だ。そして、鍵は地表近くに備えられている。

 「てりゃっ」

 かけ声は可愛らしい物だったが、腰の捻りがしっかり入ったトゥーキックには凄まじい威力が秘められている。

 長身から繰り出された体重と速度の乗った蹴り、オマケに履いているブーツのつま先には踏み抜き防止用の鉄板まで入っているとくれば、蹴られた際に与えられる苦痛は筆舌に尽くし難い。

 人間の脆弱な骨くらいなら、使い終わった爪楊枝の如く容易くへし折れる事であろう。

 とはいえ、それを喰らったのは苦痛を訴える事の無い冷たいシャッターだ。苦悶の呻きの換わりに、シャッターが波打つ耳障りな大音響を断末魔として発しながら、シャッターが僅かに浮いた。

 少女の蹴りは鍵の機構を完全に砕いた。元々一般の商店に使われるようなシャッターは然程頑丈な物でも無い。それが経年劣化で脆くなったのならば、ただの蹴り一つで機構が崩壊したとしても不思議ではなかろう。

 しかし、機構が変に壊れてロック部分がかみ合ってしまい、開かなくなるという可能性もあったが、少女は運が良かったようだ。

 やった、と呟いてから隙間に足先を差し込み、シャッターを持ち上げる。後はシャッター自体が構造に従って勝手に持ち上がってくれた。

 数ヶ月ぶりにシャッターが持ち上がり、埃と黴臭さが立ち籠めた店舗が新鮮な空気に晒される。

 人が長く住んでいない家屋特有の不快な臭いに、少女は眉を顰めた。腐臭には慣れたが、やはり、この特有の臭いは好きになれない。

 酒屋は外観通り、さして大きくはなかった。地方都市の個人経営酒屋に相応しい大きさである。

 縦に長い六畳程しか広さのない店舗には、右側にショーケース型の冷蔵庫が並び、左側には棚が固定され、そして中央には木箱が置かれ、その上にお勧めの品が手作りのポップと共にディスプレイされていた。本当に何処にでもある酒屋という風情だ。

 軽く鼻をひくつかせてみても、血臭や腐臭は感じ取れない。どうやら、中で誰かが死んでいたり、死に損なっていると言うことは無いようだ。晴れているのなら全体の腐臭のせいで分からないだろうが、今は雨と風が不快な物を全て押し流してくれている。

 「まぁ、田舎なら品揃えはこんなもんだよねぇ」

 少女は店内に踏み入り、適当に棚を物色する。高くても三〇〇〇円程度の焼酎や日本酒、国産のウィスキー等が陳列されているが、リクエストされたような高級洋酒の姿は見当たらない。売れもしない物を置く店はないので、当然だろう。

 「乾き物は……いけそうかな」

 酒屋にはお約束のスルメやさきいかのようなツマミも陳列されているので、どうせなら重量的にも此方の方が良いだろう。ビールの缶なんて重くて幾つも放り込んではおけない。

 雑に物色してみるが、特にめぼしい物は見つからなかった。カウンターの上には埃の積もったレジが残されており、鍵が掛かっており開かない。

 「まぁ、今となっては尻を拭く紙にもヒャッハーだしねぇ」

 つまらなそうにレジを数度叩き、他に何か無いかとカウンターの中を覗き込む。これが米国であったなら、自衛の為のショットガンなんぞが隠されていても良さそうなのだが……。

 「おや?」

 換わりに、ビニール袋に包まれた細長い酒瓶を収めた箱が置いてあった。メモが張られており、吉村さまお取り置き、と書かれている。

 「おお、久保田の万寿だ」

 少女は酒に詳しい訳ではないのだが、この酒は知っていた。父が母から誕生日に貰って喜んでいた品だ。確か、普通に買えば一万円以上はする日本酒である。

 「……貰っとこうかな」

 しかし、瓶の運搬は難しい。脆そうに見えて頑丈で、頑丈に見えて脆い、そんな半端な物なのだ。

 高い所から落としても大丈夫だったのに、うっかりぶつけただけで砕ける事もある。ふとした事で損傷することもあるので、長距離を持ち歩いたり派手な動きに付き合わせるのは宜しくない。

 とりあえず保留し、カウンターの上に置いておく。帰り際に回収しておけば良いだろう、少なくとも今は邪魔になる。

 何処の吉村さんかは知らないが、お楽しみにしていただろうけど悪いね、と少女は内心で謝罪して店舗の奥に進み、暖簾を潜って住居スペースへと移動した。

 空気は埃臭く、何かが停滞して沈殿したような雰囲気が居座っていた。暖簾の奥に細い廊下があり、磨り硝子の扉の向こうに厨房らしき部屋が伺え、居間の右手には二階に続く階段が闇に隠れるようにして存在している。

 フラッシュライトで廊下を照らすと、中程の壁に備えられた日めくりカレンダーは四月の末に入った頃で放置され、時計は三時を少し越えた辺りで止まっていた。

 土足ですいませんと誰にも届かない謝罪しながら進み、厨房に入った。地面が打ちっ放しのコンクリートである、随分と古い厨房だった。微かな腐臭がするのだが、これは肉が腐る臭いではない。恐らく、コンロの上に放置された鍋から漂う臭いだろう。

 ふと見やると、裏口が軽く開いていた。吹き付ける風によって扉が押しつけられているのだが、何かが挟まっていて閉まりきらずにいる。

 合間より吹き込む雨と風が床を汚していく。よく見れば落葉なども多少見受けられた。何かと思って近寄って見ると、スリッパが挟まっているだけであった。

 その裏口から表に出る。相変わらず天候は悪く、顔に当たる雨が痛い。少女は首から掛けていたゴーグルを装着し、カービンの銃口でなぞるように商店街の裏側、狭い農道と放置された田畑が広がる光景を確認した。

 少女の眉が僅かに上がる。畑の遠い所にトラックが止まっているのが見えた。正確には田圃に突っ込み、泥に足を取られて擱座しているのだろう。

 擱座しているのが普通の運送業者のトラックならば、大した物は入っていないだろうから少女は無視しただろう。しかし、それは少しだけ見た事のある物だった。

 警察の輸送車両なのだ。無機質なデザインのトラックであり、運転席は青色で二本の白いラインが本体中央から囲むように塗られている。そして、後部に存在しているコンテナ部分は独立しており非常に大きい。

 少女は暫し考え込んだ後、足早に駆けだしてトラックへと向かった。雨が土をふやかしているので非常に走りにくい。時折足を泥に取られるが、土を掘り起こすような勢いで走ることによって転倒を防ぐ。距離は数百メートルと離れていなかったが、かなり距離があるように感じた。

 「……間違い無い」

 その青いトラックの側面には、白いラインの上に警視庁と記されていた。これは、警察の資材運搬車だ。恐らく、運転手か同乗者が死体に変わり、運転を誤って田圃に突っ込んだのだろう。

 少女は運転席側に回り込み、フロント硝子を視認すると、まるで遮光シートでも張られているかの如く、赤黒い物が一面に張り付いていた。どうやら予想は大当たりであったらしい。

 その上、何かが運転席で蠢いているのが見える。シートベルトに拘束され、抜け出せなくなっているのだろう。連中にはシートベルトを外したり、扉を開けるほどの知能はないので、驚異たりえない。

 しかし、それでも少女は扉に手を掛けた。別に死を与えてやろうと慈悲を見せた訳ではない。トラックのコンテナを開くための鍵でも持って居るだろうと思ったのだ。

 扉を開けると、濃密な腐臭が漂ってきた。血肉が腐った際に発する独特の嫌な生臭い腐臭が解放されたことにより一気に襲いかかってくる。

 確かに嫌な臭いだが、それでも慣れた。毎日外に出れば嫌になる程嗅げるのだ、最早間近で深々と吸い込んだとしても気になどならない。小さな子供であっても、最早腐臭程度なんて事はなくなっている。

 少女はカービンを運転席に縛り付けられた死体の額にポイントすると、食欲に任せて大口を開けている死体共の口腔に5.56mm弾を、きっかり二発叩き込んでやった。

 「おなか一杯になった?」

 冗談めかした言葉と共に、永遠の死が訪れる。銃声は風雨にかき消され、轟くことはなかった。二体の死体が今度こそ死を迎え、体を弛緩させる。

 少女はカービンを降ろして車内を見回すと、イグニッションキーに別の鍵がぶら下がっているのが見えた。十中八九後ろの鍵だろう。不用心だが有り難い。

 少女は鍵を引っこ抜き、そのままコンテナの後部に向かった。

 警察の車両だ、それこそ積んでいる物には期待出来る。平時であれば単なる立ち入り調査の証拠物件が詰まっているだけの可能性などもあるが、状態から見て擱座したのは事件の渦中の事だろう。そうなると……。

 逸る心を抑えながら鍵をねじ込み、扉を開くと……想像した通りの物が少女を出迎えてくれた。

 ケースに包まれた実包の山や、一目で銃を収めていると分かる無数のハードケース。それらは全て固定具で床に固定され、埃を被りながら時を待っていたのだ、解放される時を。

 恐らく、このトラックは何処かへ補給をする為に走っていたのだろう。本来であれば、銃器などの奪われると大事に発展する物は、特殊装甲車などが運搬作業を行っていたのだろうが、そういう頑丈な物は別の優先度が高い用途にも求められる。その為、この車が運送の役割を担ったのだろう。

 そして、役割を果たせぬままに同乗者諸共変わり果て、田圃の中で放置された。この辺りは建物でショッピングセンターからも死角になっているので、存在に気付かなかったのだ。

 とはいえ、普通の車両が銃器の運搬を決して行わない訳ではないと思うけど、と考えながら少女は荷室の中に入り込み、手近なハードケースを開いた。

 スポンジのような緩衝材に保護されながら収められているのは、日本の警察が特殊部隊向けに調達しているMP5A5であった。

 本体側部に引っ込める事が出来る伸縮ストックと前方に緩く婉曲したマガジンが特徴の短機関銃であり、多くのアクション映画で活躍している名銃だ。

 新品ではないものの、よく手入れされている。銃の持つ機能的な美しさにほれぼれしながら、少女は分離状態にあったマガジンを取り出し、弾丸が装填されていないまま本体へと差し込んだ。

 そして、セレクターを動かしたり、槓桿を引いてみたりして動作を確認する。全ての部位が問題なく稼働し、そして目立った歪みのような物はない、全く以て完全な品であった。

 保存方法も丁寧で、整備もしっかりされていた為、錆びも浮いておらず、動作も非常にスムーズだ。物品管理に五月蠅い日本の警察に感謝しよう。

 少女は車外に出て、興奮を軽く押さえ込みながら多目的ポーチを漁った。そして、一本の筒状の道具を取り出す。

 本体は真っ赤なプラスチックで、掌から少しはみ出る程度の長さの筒。それは発煙筒であった。専ら救援を求める時に使う物だが、現在の用途は別にある。

 彼等は事前の打ち合わせで、何か危険に見舞われたり、特別な物を見つけたら発煙筒を擦って報せる事を決めていた。危険であれば一本、発見であれば二本擦ると。

 何故そんな本数分けを決めたかというと、危険に見舞われている場合は助からないからさっさと行け、という意思表示の為である。はぐれてしまっても、無駄に探し回らせて時間を浪費しない為の策であった。

 そもそも遠く離れて行動する予定はなかったので使う機会は無いと思われていたが、嬉しい誤算である。

 少女はいそいそと発煙筒のキャップを外し、キャップ先端に備えられた鑢を以て発火した。雨にも負けず火が灯り、危難を報せる鮮やかな赤の煙が立ち上り始めた。

 少女はそれを荷室の上に放り投げ、もう一本も同じように発火して投げた。こうしていれば、薬局の探索が終わる頃には気付いてくれるだろう。

 少女は再び荷室に入り込み、弾丸の包みを解いた。整然と、9mmパラベラムがを収めた箱がケースの内部に並べられており、少女はその中の一つを手に取る。

 ケースを開くと、鉛色の暴威が数ヶ月の眠りから目覚め、フラッシュライトの光に鈍い照り返しを以て答えた。弾丸は同じ経の穴が開いた厚紙の台座に収められており、取り出しやすく、金属同士が擦れ合うことに依る劣化や錆びが発生しないようにされていた。

 慎重に弾を取り出し、自分のM92Fのマガジンに装填する。使い古された為か、僅かに褪色したダブルカラムのマガジンに、弾丸は大人しく収まった。

 金属同士が擦れ合う音に心が酷く高鳴る。嗚呼、闘争の音だ、無意識の内に少女は興奮していた。

 そして、何かに突き動かされるように次々と弾丸をMP5のマガジンに詰め込み始める。一度に纏めて手に取り、リズム良く嵌め込んでいく。直列弾倉が弾で満ちると、得も言えぬ心強さを与えてくれる鉄の塊が掌に存在していた。

 弾が満杯になったマガジンを叩き込み、槓桿を引いた。甲高い音と共に薬室が解放され、そこからマガジンの先端と弾丸の鈍い煌めきが伺える。少女はしっかりとかみ合っている事を確認し、槓桿を引いている手を放した。

 槓桿は設計に従って独りでに戻り、マガジンから弾丸を押しだして薬室へと装填する。後は、セレクターをセーフティーから動かし、引き金を絞るだけで弾が出る。

 「はは、食べ放題にも程があるね、こりゃ」

 荷室に積んである弾丸のケースを収めた箱は、それなりの数がある。恐らく、一体一発で換算すれば、ホームセンターを包囲している死体の始末も、もしかすれば夢ではない程だ。

 愛おしむように弾丸の装填が済んだMP5の表面を撫でるが……少しだけ、恐ろしくもあった。

 武器とは、自分達を生かす物であると同時に、殺す物でもある。今の過激な若手が多いコミュニティに、これだけの武器を持ち込めばどうなるだろうか?

 自警団は彼等を御しきれるか? それとも、喚く彼等に武器を渡して探索に加わらせるだろうか?

 この銃器があれば、確かに外を制圧し、商店街の探索が可能だろう。だが、今までは精々口喧嘩、発展したとしても殴り合い程度であったコミュニティ内での不和はどうなるであろうか。

 少しだけ考えれば、未来は読める。これは食糧以上に有り難く、かつ迷惑な代物であった。それこそ、見なかったことにしてもいいのではないだろうか、そう感じさせられてしまうほどの物である。

 強い力を手に入れると人間は力に酔う。若く血気に盛る彼等が武器を手に入れる事が出来るようになれば、どうなるだろう。結果、とまでは行かないが、何が起こるかは火を見るより明らかだった。

 かといって、これを本当に見なかったことに出来るか? と問われれば、おやっさんもエコーも、勿論少女もそうしないだろう。

 直近の驚異として襲いかかる死体に、対抗出来る武器はこれだけなのだ。どれだけ工夫したとしても、単純に“人を殺す”事にのみ重点を置いて作られた物には叶わない。また、自分達の命を繋いでいるバリケードにも限界が近い事が分かってきた。

 死体を減らさないと、遠からずバリケードは破られるだろう。死体を減らすにも、あの中で生き延びるにも銃器が必要だ。これは、例え大きな不和の火元になると分かっていても放置は出来ない。

 かといって、弾だけ持っていくか? と言うと、そうも行かない。結局、弾数も大切だが、最後に物を言うのは銃の数なのだから。如何に数万の弾があろうとも、一度に弾を撃ち出せる銃口が一つでは火力に欠ける。

 それに、ここにあるのは特殊部隊向けの物なのか、9mm弾が殆どだ。開封すれば38スペシャルもあるのかもしれないが、自警団が保有している銃の殆どは38スペシャルを使うニューナンブやM37エアウェイトである。

 口径より大きくなければ規格から外れている弾でも撃てたマスケット銃とは違って、カードリッジタイプの銃では規格が違うと撃つ事は出来ない。その為、これを活用しようと思えば結局、銃が必要になる。

 出来るのは、見なかった事にするか、全部持って帰るか、それとも少しだけ持って帰って死体から剥いだことにするか、だ。

 しかし、少しだけ持って帰れば欲が出るし、死体を撃退するために弾が欲しいのは誰しも同じだ。少女も一々在庫を気にして引き金を絞るより、思いっきり西瓜玉の様に死体を頭を弾く方が気持ちが良い。

 どちらかと言えば、全部持って帰りたかった。

 少々モメ事が起こったとしても、管理を厳格にすれば何とかなるかもしれない。所詮希望的観測に過ぎないが、と続けながら、少女は荷室より飛び出し、向こうからダラダラ歩いてくる三人に、MP5を天に向けて発砲する事で発破を掛けた…………。
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 どうも私です。丸々一夏以上お待たせして申し訳ありませんでした。プライベートな仕事の方やら、所属サークルの研究が忙しくて死にかかっていました。何故一人で90ページの論文を仕上げ無ければならないのやら。

 とはいえ、大学も始まったので、チマチマ書く事が出来ると思います。スケジュール調整は大切だと思い知らされました。問題はアレだ、色々とやりたい事が多い割に、したくないのにしなければならない事が多いくらいか。

 後、なんやねん、この展開と思うかもしれませんが、お話なんてご都合主義じゃないと進みませんよ。とはいえ、ご都合主義なエンディングが待っているとも限りませんが。

 そろそろ暇人も盛り上がってきましたが、唐突に次から青年編に戻ります。転章による時間経過の表現だと思って下さい。

 青年の方が好きだという声を感想でちらほら見ますが、やっぱりアーパー(死語)かつ主人公が居なくても立派に生きて行けるキャラはヒロインたり得ないのだろうか。友人には、お前の書く女は格好良いが、ヒロインとは何か違うと面と向かって言われてしまいましたし。

 閑話休題。

 次は、これほど伸びないよう頑張ります。なので、生暖かい目で見守ってやって下さい。

 感想や誤字訂正などお待ちしております。感想は大変励みになっており、有り難いです。気付かない事に気付いたりも出来ますので。

 …………徒然の方も、やったほうが良いのかしら
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