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二話連続で更新しております。
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05:花盛り

館に戻ると、ベルルが白い長いエプロンを身に着け、僕を迎えてくれた。
どうやらサフラナと共に料理を作っていたようだった。

「おかえりなさい旦那様!!」

「……ああ、ただいま」

僕はいつもと変わらぬ風を装って、しかしそれが無意味である事を知る。
手には大きな花束が。

「あ……えっとその……ベルル、誕生日、おめでとう……」

結果このように中途半端な感じで、彼女に花束を手渡す事になった。
ベルルは大きな色とりどりの花束を見て「わああっ」と瞳を輝かせたけれど。

「なんて綺麗な花束なの!! 私、花束って貰ったの、初めてだわ!!」
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エプロンで手を拭いた後、ベルルは僕から、その大きな花束を受け取った。
花に優しく顔を埋める。

「ふふ、柔らかくって、良い匂いだわ。黄色に……白色に……あら、この桃色の小さなお花、とても可愛いわね。旦那様ありがとう!!」

ベルルが匂いを確かめた後、その色を数えた。
大きな花束だったので、それを抱えるのは少し重そうだと思い、僕は再びそれを持った。

「せっかくだから、居間に飾ろう。出来るだけ華やかにして、お祝いをしたいからな」

「まあ……ふふふ、楽しみだわ楽しみだわ。お誕生日って、こんなにわくわくするものなのね」

ベルル自身もどこか浮かれている様で、僕の腕を取ってぴょんぴょん飛び跳ねた。








「奥様は旦那様と休憩なさってください。あとはこのサフラナにお任せを。花束も私が花瓶に生けておきましょう。それにしてもこのような花束を用意するなんて、坊ちゃんもなかなか……」

「何が言いたい」

「いいえ?」

サフラナが、館に帰ってきた僕に茶を出し、とぼけた様子で斜め上を見ていた。

「お夕食までまだお時間がありますから、後はお二人でごゆるりとなさってくださいまし。そもそも、奥様のお誕生日にお料理のお手伝いをさせてしまって……」

「あら、私がお手伝いをしたいって頼んだのよ? ふふ、だって夕方までお料理がどのようなものか、待ちきれないもの」

ベルルはソファに座って、紅茶を飲みながら僕とサフラナを見て楽し気だ。

「一人でお部屋に居たって楽しくないわ」

「ほほほ、でしたら、旦那様のお相手をしてさしあげてください。今日は珍しく、このように早くに帰って来られた様ですから」

サフラナはニヤリと微笑んで、花束を慎重に抱え、僕らを残し居間から去った。
ベルルはちょこちょこと僕の側に寄って、僕の顔を覗き込んだ。

「旦那様、私今日、17歳になるのよ!!」

「そ、そうだな。もう立派な大人だ」

「そうなの、大人なのよ?」

大人……
ベルルはまだとても大人には見えないけれど、一般的な17歳の女性は、確かに大人と言う事になる。

大人であると言う事を誇張するベルルが可愛らしく微笑ましく、僕は思わず目尻を下げ、彼女の頭を撫でた。

「あ、旦那様ったら、私の事子供扱いしているでしょう」

「そんな事は無い。おめでとうベルル……」

おめでとう、と言うと、ベルルは少々頬を染め、僕の手に自分の手を重ねる。

「私ね、とても浮かれているの。お誕生日をこのように祝ってもらった事、今まで無いから。……今日は朝から、とても落ち着きが無かったのよ私。階段を踏み外して、転がり落ちそうになったの」

「それは危なすぎる」

とんでもない事を聞いて、僕は少々不安になった。
ベルルはさらっと言ってのけたので、大事には至らなかった様だが。

「足下がフワフワしているの。一つ歳を重ねるのって、こんなにドキドキするのね。地下牢では、私お誕生日の事も知らなかったから」

「………まあ、僕程の歳になると、あまり歳を取りたくないと思ってしまうけどな。ベルルは花盛りだから」

「……花盛り?」

ベルルは不思議そうに小さく口を丸くして、僕を見上げた。

「ああ。花盛りと言うのは女性の最も美しい年頃の事だよ。君はこれから、花盛りだ」

「………」

ベルルは頬を持ち上げる様に両手で包んで、何やら恥ずかしそうにした。
何度か瞬きをする彼女の瞳が綺麗だ。伏せられた睫毛は黒く艶やかで、差し込む午後の陽の光を弾く。

「私も旦那様の花盛りの頃を見たかったわ」

「ウッ……」

彼女がとんでもない事を言ったので、僕は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。割とすんでの所で留めた。

「あ、あのなベルル、花盛りと言うのは女性に使うんだ。そもそも僕の17歳の頃なんてただの……」

ただのクソガキだった。
魔法学校で気の合う友人たちとつるんで、くだらない事をしたり企んだりしていた時期だ。
それを思い出すと、17歳で大人と言うのはやはり言い過ぎかもしれない。ベルル以前の問題だ。

「それに男は30代からだ。……僕はまだこれからなんだよ……きっと」

自分で言って若干恥ずかしくなった。

「そうなの? ふふ、それなら私、旦那様の“これから”を見る事が出来るのね!」

「………」

いや、僕の事なんて割とどうでも良い。
ベルルの花盛りの方がよほど価値のあるものだ。

それでもベルルがこれからの僕に期待してくれている事は、この上なく嬉しい事だと思う。これからの僕を見てくれる人が、側に居るのだ。

「旦那様、今日はずっと一緒に居てくれるでしょう? 私のお誕生日だもの、我が侭を聞いてくれる?」

「勿論。その為に帰ってきたんだ。今日はもう仕事もしないし、君と過ごすと決めたんだ」

「わあい! それなら、こんなに良いお天気だもの、まずはお散歩に行きましょう」

ベルルは両手を広げ喜んだ。大人になったと言った矢先にこのような子供らしい仕草をしたりする。
可愛すぎるだろう。

彼女は立ち上がり僕の手を引く。

「こらこら、そう急がなくても」

「駄目よ旦那様。今日は永遠じゃないものっ」

ベルルは見て分かる程はしゃいでいた。




グラシス家の館を出たすぐ側の林を歩きながら、ベルルは僕に問う。

「あのね、旦那様。旦那様はお誕生日、沢山お祝いしてもらった?」

「……? 今まで、と言う事か?」

「ええ、そう」

ベルルは僕の腕を取って、興味津々な瞳である。
僕は少し考えながら、過去の記憶を遡った。

「ここ最近は、サフラナが毎年料理を豪華にしてくれたり、レーンが良く分からん木彫りの人形をくれたり、ハーガスが酒のつまみに珍しい魚介の干物を遠くの市場で買ってきてくれた事はあったなあ。……とは言え僕はあまり自分の誕生日に興味が無かったから、基本的に仕事を入れてしまっていたけれどね」

「……そうなの?」

「ああ。でも、僕が子供の頃は、それはもう盛大に祝ってもらったものだよ。グラシス家にも多くの使用人が住んでいたし、父も母も、その日は僕に優しかった」

「………」

思い出す事は沢山ある。普段厳しかった母は、この日だけはとても優しかった。うちは父より母が厳しい家だった。
普段料理をしない母が、得意のチョコレートプティングを作ってくれたっけ。

ベルルは僕の手をぎゅっと握って、腕に頬をくっつける。

「だったら、今年の旦那様の誕生日は、私が思いきり旦那様に優しくするわ」

「……君はいつも僕に優しいじゃないか」

ベルル程、僕に優しく僕に甘い女性は居ないだろう。態度と言うよりは、その空気と言う意味だ。

「違うわよ。旦那様のお願い、何だって聞いてあげると言う事よ」

彼女はそう言うと、僕の目の前に立った。
木漏れ日が揺れる。彼女の顔にかかる光と影が、その曖昧な輪郭のままちらちらと。

森の妖精たちの、クスクス笑う声が聞こえる。

ベルルはほんのり化粧をしていて、唇には明るい桃色の紅をさしている。
17歳、という年齢がそうさせるのか、改めて彼女を見ると、幼くとも大人の女性の色香をどことなく感じる事が出来る。

半年前、あの地下牢から彼女を連れ出した。
国王に命令されたからと言うのが唯一の理由であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。

みすぼらしい薄汚れた格好をしていたし、痩せ細っていて髪は伸び放題で、最初はこの娘が妻になると言う事に諦めの気持ちの方が大きかったと思う。

確かに今でも彼女は無知で、無垢で、知らない事の方が多いが、半年の間に沢山の事を知って、沢山の事が出来る様になった。
僕はそれを良く知っている。

「ベルル、17歳の誕生日、おめでとう。これはほんの気持ちだが………受け取ってくれ」

僕は数日前に買ったロケットペンダントを胸の内ポケットから取り出し、彼女に手渡した。
ムーンオパールの石が、淡い光を溜め込んで、優しい落ち着きのある色味を保っていた。

「まあ……旦那様、これ……ロケットね! 私の欲しいと言っていたもの、覚えていてくれたのね!!」

「勿論だ。好きな写真や絵を入れると良いよ」

ベルルはロケットを開いて、まだ何の写真も入っていないその金色のつるんとした窪みに魅入る。

「ふふ、そんなお写真なんて、旦那様と撮ったものしか無いじゃない。旦那様のお写真をずっと見ていたいから、私はロケットが欲しいと言ったのよ?」

「……それは光栄だな。でも、前に撮った写真はもう見飽きただろう。……どうせ来月には、新しい写真を撮る。結婚式を挙げるからな」

「………」

ベルルは小さく頷いてロケットを閉じ、表面の滑らかな石ををじっと見つめ、指で撫でた後、胸に抱いた。

「はは、ベルル。せっかくだから首にかけてくれよ。何の為にわざわざ箱から取り出して、持っていたと思っているんだ」

そう言って、僕は彼女の手にぎゅっと握られたロケットの鎖を持ち上げ、彼女の首にかけた。
金の小さな鎖の擦れるチャリチャリと言う音が、やがて落ち着く。

「………」

気づくとベルルはポロポロ泣いていた。

「ど、どうしたんだいベルル。もしかして、あまり……気に入らなかったかい?」

「違うの旦那様。……違うの、とっても素敵よ。優しい綺麗な色の石が、何だか旦那様の様だと思ったの。……大好きよ」

「………」

「大好きよ旦那様」

ベルルは涙を拭う事無く、むしろその感情を噛み締めるように静かに泣いていた。
春の温かい風が、気の向くまま軽やかに彼女の巻き毛を運ぶ。

僕は静かに彼女を抱き締めた。ただ、何も言葉が出て来なかったのは、僕自身とても感極まっていたからだ。

この日、彼女がこの世界に生まれた。
それがいったいどういう事であったのか。
彼女が魔王の娘であり、妖精女王の娘であり、地下牢に繋がれ唯一生かされた理由と様々な因縁因果から、目を背ける事が出来ない日はいずれやってくるだろう。
だからこそ僕はただ、彼女がこの世界に生まれたのだと言う事実を祝いたい。

ただシンプルにそれだけを祝う事が出来るのは、きっと僕だけだ。
僕が一番嬉しいに決まっている。
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