震災により被害にあわれた皆さまにお見舞い申し上げるとともに
お亡くなりになられた方のご冥福をお祈り申し上げます。
震災から時間が経ってしまいましたが、福島県のいわき市に
災害ボランティアに行って来ました。
ご縁を頂き、いわき市を初めて行きました。
高速を走り福島に近づくにつれ
美しく山並みの風景が広がり
地震に負けずに根を張っている植物達が
出迎えてくれている様でした。
道は多少凸凹している所があったり
甓屋根が落ちてしまった家にブルーシートが掛けてあったりしましたが、
草加とあまり変わらない様に感じました。
社会福祉センターに着いた時も
いわきが被災しているというのが
想像出来ない程、普通な感じで
ホントにボランティアが必要なのかしら…と不覚にも
思ってしまいました。
ジャージに長靴と気合いを入れて
社会福祉協議会の災害ボランティアの受付に行くと
思いの他、たくさんの人がいてビックリしてしまいました。
私が初めていわき市でボランティアをさせて頂いた日は
500人位いたそうです。
ダンプを持ち込んで来たチームや
会社やお友達同士…とたくさんの人達が
何か出来る事は無いか!!と
集まっている事に感動してしまいました。
受付をして初回参加時のオリエンテーションまでの間に
周りを良く見ると
建物と周りのアスファルトの間に
30㎝程の段差があり
地盤沈下で地面が沈んでしまい
建物は杭で沈まなかった為に
出来てしまった段差との事でした。
この時もまだ地震の被害があったんだなぁ~って感じで
実際に津波災害を見るまでは
テレビで見る光景が
いわき市にもあるという事が想像出来ませんでした。
オリエンテーションが終わりマッチングで
四倉に災害ゴミの撤去に7人のチームで向かう事になりました。
車に同乗させて頂き
四倉へ向かう途中も普通の街並みが広がり
もう時間が経ってしまったから
復旧しているんだなぁ~
もっと早く来たかったな~
と考えていましたが…
突然、家の脇にゴミの山が現れ
エッ!!と思うと同士に
そこから先は右も左も倒壊した家や
瓦礫だらけの景色が広がっていました。
津波が到達した地点を境に
こんなにも突然の惨状に驚き
改めて津波の恐ろしさを感じました。
住んでいる場所がほんの少し違うだけで……
言葉ではうまく言い表せませません。m(_ _)m
お伺いさせて頂いたお宅は
おばちゃまと息子さんのお二人で
2ヶ月避難所で過ごし
やっと帰ってきたばかりで………………と
おばちゃまがたくさん×2お話をしてくださいました。
皆さん共通して地震のお話をたくさんしてくださいます。
お話をしたがっている様に感じます。
スーパーアリーナには傾聴のボランティアもいたそうです。
午後から応援でお伺いさせて頂いた海沿いお宅は
敷地内のどこもかしこも
海の砂と流木やら何やら
かたずけてもかたずけても先が見えない様な状態でした。
家主さんがここは庭で芝生が生えてたんだよね~と
おっしゃっていた場所の砂を10㎝位取ると
芝生の先っちょが見え
海の砂の下で太陽も当たらなくても
ちゃんと芝生が生きていた事がとても嬉しく
活動の励みになりました。
家主さんからの心からのありがとう!や
ちょっとした嬉しさが
ボランティアに来て良かった!!と思え
また次のボランティアにつながっています。
作業の途中でも時間なると
センターに戻らなくてはならない事が
初めは、とても心苦しく思いましたが
きちんと区切りをつけないと
ボランティアを続けられない事がやっと分かってきました。
毎回、違うお宅へお伺いさせて頂き
どのお宅もとても大変な状態です。
昨日27人でお伺いさせて頂いた豊間のお宅は津波の被害がひどく
毎日ボランティアがお伺いしていても
まだまだまだまだ片付けていかなくてはならない状態で
ご主人は朝の4時から作業をされていたそうです。
片付けても片付けても・・・
ご主人が帰り前に
一人では30日かけてもこんなに片付けられない
一人でやれる事は限られているけど
たくさん集まっとものすごい力になる
今日はありがとうございました。
とおっしゃった後に
これからも片付けの日々は続いていきます…
でも、明日は午後から雨が降るみたいだから
明日の作業はお休みにします!
放射能の雨が降るから・・・
放射能が本当に悔しいです!!!
とおっしゃっていました。
福島は《地震》《津波》《原発事故》と重なり大変ですが
地震と津波に関しては
確実に復興に向かっています。
原発事故が一日も早く終息し
放射能の心配がない日を
一日でも早くむかえられる事を心より願っています。
がんばろう!日本
がんばっぺ!いわき
最後までお読み頂きありがとうございます。
皆さまにたくさんの幸せが舞い込みますように・・・
たくさんの愛と感謝をこめて
充重恋