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2012-02-23 14:23:11

『 偽物の意志 』と『 本物の意志 』

テーマ:国防を思う

安堵の心境(状態)で決意した ” 意志 ” は、本物の意志ではない!

実践(実戦)をくぐり残った ” 意志 ” こそが、本物の意志なんだ!


<安堵の心境(状態)で、>
シェイプアップのために、
明日から、
腕立て50回x3セット、腹筋50回x3セットを毎日の日課とかす。

<前の日、( 安堵の心境(状態))、>
よし!やったるぞ!とやる気マンマンだ。

実際にメニューを始める。
   ↓
思った以上にキツイ。
   ↓
これを毎日は、、ちょっと、、無理かもな・・
   ↓
修正して、腕立て20回、腹筋20回にする。
   ↓
なんとか毎日続けられたが、月に2日くらいは休んだ。
   ↓
腕立て50回x3セット、腹筋50回x3セットではなく、
腕立て20回、腹筋20回(月、2日くらい休み)に変更した。

と、

これが、実践(実戦)をくぐり残った、本物の意志というものなのです。

安堵の心境(状態)で決意した ” 意志 ” は、本物の意志ではない!

実践(実戦)をくぐり残った ” 意志 ” こそが、本物の意志なんだ!


あと、
今の日本を見回し、
安堵の心境(状態)で決意した ” 意志 ” を、
心情ファイター(成り気どり戦士)の如くに、
自分の本物の意志だと優越感的に思い込んで、
オラオラと活動しているのではないのかな・・?

と思ってしまうこととして、

原発反対運動というものがあります。

(もちろん、心情ファイターではなく、
 テレビで恐ろしいことばかりを報道しているので、
 とにかく、大事な家族たちの未来が心配で心配で心配でたまらなく、
 オラオラと猪突猛進的に、反対運動に参加している人もいます。)

そう、

<朝から晩まで、使いたい時に電気が使える便利な生活をしている状態で、>

ある芸能人の原発反対運動に感動して、
自分も熱烈な原発反対活動を各地に赴いて実行した。
   ↓
反対運動も功をなしてか、
各地、なかなか再稼動できない状態になっている。
   ↓
ますます、原発反対運動に使命を感じて燃えた。
   ↓
定期点検のために、ついに全国全部の原発が止まった。
   ↓
正義のヒーローのような気分に浸って、皆、よろこんだ。
   ↓
テレビの情報番組で、
今、想定以上に電力が不安定になっていて、
家庭の音楽機器などから出力される音が
おかしくなってきているという声が、
日本各地にて、数多く上がってきているという話を聞いた。
   ↓
テレビのニュースで、
日本各地の会社で、
今、使用している設備が、
電力不安定のため正常に機動しづらくなったり、
頻繁な瞬間停電による設備故障が多発して困り果てている
という話を聞いた。
   ↓
こんな状態じゃ無理だ!と
悲鳴を上げる会社が増えてきているというニュースも見た。
   ↓
このままじゃまともな運営ができないゆえ、
日本各地の企業や会社は、政府に原発の再稼動を求めた。
   ↓
しかし、世論的な問題で、なかなか原発を再稼動できない。
   ↓
数週間後、
多くの会社が、
大幅リストラの決行をしだしたというニュースをみた。
   ↓
まぁ、自分の会社には、
そんな噂もないので大丈夫だろうけども、
それよりも、
大幅なる電力制限にて、
使いたい時にドライヤーも使いないし、
風呂も浴びれないし、電子レンジも使えないのがとても不便だ。
   ↓
とある日の全体昼礼のとき、
(自分の)会社も大幅リストラをするという話を聞かせれた。
   ↓
数日後、自分にも声がかかった。
   ↓
職を失った。
   ↓
再就職先もなかなかみつからない。
   ↓
子供を学校に通わせるどころか、
明日の生活さえままならない状態の人があちこちに増え出した。
   ↓
自分と家族の未来に希望をえがき難くなってきた。
   ↓
とどめの如くに、
イランとイスラエルが戦争を開始して、ホルムズ海峡を封鎖された。
   ↓
通常、
一日、3隻入港するはず石油タンカーがまったく入港、そして出港できなくなった。
(原発が全停止すれば、一日3隻の石油量では足りないのは当然のご了承。)
   ↓
石油が入ってこれないので、貯蓄の石油で凌がなければならなくなった。
   ↓
電気料アップどころの話じゃなくなった。
   ↓
本気でヤバイ状態になった。
   ↓
日本各地で原発再稼動運動が始まった。
   ↓


さて、
原発反対運動に参加していた人たちは、
いったい、どのような行動をとるでしょうか?


おそらくでもなく、
大半の原発反対者は、
自分らのせいだなんて微塵も考えずに、
「 日本の危機だ!原発を動かせ!はやく原発を再稼動させろ!」
と吼えまくると思います。

実際の話、
去年の夏の節電期に、
原発反対運動に参加した人が、その帰りの電車で、
節電ゆえに冷房の温度を上げていたのに、
「暑い!温度を下げろ!こっちは金払って乗ってるんだ!」
的なことを、吼えまくっていた人もいたみたいですからね。

(↑馬鹿という言葉だけじゃ表現しきれないくらいに
  最悪最低な人間ですけども、 
  ま、市民運動したがる人というのは大体こんなものです。
  市民運動家あがりの菅直人元総理のことを考えれば、
  もの凄く納得できる方も多数いるでしょう。)


事実、
このような市民運動をする人というのは、
そのほとんどが、
心情ファイター(成り気どり戦士)のような気分で活動しているのであり、
自分の身が現実的に不憫になってから、
やっとこやっとこ、事の事実に気づけるような人が多いのです。

それなりに、
正論じみたことを論ずるので、
彼ら彼女らの言葉に理解納得してしまう人も多数いるのですが、
なんというか、
考え方は論理的(狭い時間軸展開上)に
納得できるところもあるのですけども、
やはり、
現実的な想定シュミレーション(広い時間軸展開上)に
欠如している人がかなりと多いように思うのです。

ま、左翼思想をもった市民運動家なんて、そんなものでしょう。

” 意志 ” の根が、
嫉妬心メラメラによる、
権力者や成功者や裕福者に対するズレた反発精神なのでね。

ま、反論したかったら(悔しかったら)、
どんなに苦しい状態(現実)になっても、初動の意志を貫いてみろっ!

と言いたいものです。


と、

ま、そんなことよりも、

日本中の全原発が停止してしまう、
今年の4月以降が、本気で本気で心配になります。

同じく、今年か来年の始め、
中東のイランとイスラエルで戦争が勃発してしまったら、

(イスラエルとしては、
 「イスラエルをこの地球上から消滅させてやる!」と
 大々的に公言しているイランが核兵器を完成させる前に潰したいので、
 戦争勃発の危機は、2年後、3年後先の話ではないのです・・。)

この先、かなりの確率で、
日本に、石油が入ってこれない状況・状態になりえそうなので、

政府は、いろいろな状況を、
「ありえない!!」で片付けずに想定して、
しかと、しかと、本気の本気の本気で、対策・対応してもらいたいものです。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-mm

2012-02-21 16:24:41

『 今、ここに迫りくる危機!』

テーマ:国防を思う

日本は、どこまでヤラれたら、
本気で自国を守ろうと思うのだろう?

どれだけ血を流したら、
今おかれている危機なる現実に気づけるのだろう?


ん?

日本の近海で海上保安の船が沈められたら?

それとも、
日本のタンカーが沈められたら?

それとも、
日本のどこかにミサイル攻撃をされてから?

etc・・?

日本というのは、実際に痛い目に合わないと、
何の対策行為もできない民族だとは理解しているのですが、
ハッキリ言って、血を流してからじゃ遅いのですよね!

血を流す前に、何かしらの対策を打たなければならないのですよね。

平和ボケした頭脳たちには、
ありえなすぎて、想定想像すらできないかもしれないが、
この先、海上保安の船が沈められたりetcで、
日本が変わる為の踏み台的な犠牲者となってしまう人や、
その家族や仲間たちの悲しみや悔しさを、
冗談や遊びではなく、
本気の本気で考えなければならない時代に突入したと思います。

事実、
日本の国民から一滴の血も流させない為の対応と対処と対策!
そう、
バカ坊ちゃんみたいに、いちいち犠牲という教訓を受けなくても、
ありとあらゆる対応・対処・対策を打ち出せる
強くて賢い国家になってもらいたいですよね。

先見性のない平和ボケした頭脳たちを変える為に犠牲になるだなんて、
無念すぎて可哀想すぎて言葉がありませんですよね。

一滴の血も流さないように、
ありとあらゆる危機を想定して、
それに対応・対処・対策するのが国家というものです。

それを後押ししてバックアップするのが、マスコミの仕事です。

しかし、
愚かしからずやにか、
平和ボケな頭脳を大量につくっているのは、
日本のマスコミたちであったりもするのですよね。

日本のマスコミたちは、
憲法9条を改正させようとする勢力を悪と称するような報道ばかりをする為に、
憲法9条の改正=悪!
と考えるような国民たちが増えてしまいました。

そういう国民が増える=選挙に落ちる確率が上昇する!
と考える政治家が増えてしまって、
憲法改正の言葉すら発せられない
情けない国会議員が日本の中枢機関に蔓延してしまいました。

これは、
政治家もダメですが、
やはり、国民に対して影響力のあるマスコミの力が大きいです。

最近、一部ではあるが、少しづつ変化はみられるのですが、
まだまだ痛みが足りないのか、今だに、
憲法9条は大事!洗脳キャンペーンをはってる大手マスコミの勢力は増したままです。

これらのマスコミ勢力は、
身内に怪我人がでないと、本気で気づけないのかもしれません。

ホント、残念なかぎりです・・


ええ、
戦後、考え方がガラリと変わった(変えられた)のは日本だけなのです。

ええ、
日本は、アメリカが作ってくれた平和の箱の中に入れられていたのです。

平和の箱についている窓からのみ世界を垣間見、接していたのです。

ええ、
アメリカ製の平和の箱の中から世界と交わっていた日本と違って、
箱の外で世界と交わっている中国や北朝鮮やロシアやアメリカやその他の国は、
システム的な変化はありますが、
考え方としては、戦後の延長線上で全ての物事を考えているのです。


憲法9条があったから、
日本は戦争に巻き込まれなかったのだ!という平和ボケした教育をうけ、
それを信じたオメデタイ日本人は、
「 もし日本に何かがあったら世界が許さない!」
というような願望的な言葉を、
素直に信じて安心しきっていたりもしていますが、
しばし、
平和の箱から抜けて、
自分から抜けて、
日本から抜けて、冷静に世界の事情をみまわしてみましょう!

特に、日本や台湾にとって他人事ではない、
中国の属国にされたチベットやウイグルの実状をみてみましょう!

ええ、
約60年前から今もなお、
チベットやウイグルの人たちは、
人間の諸行をこえた残虐な虐待・虐殺をうけているのに、
世界は中国に対して何にも手出しできない状態ではないですか!

ウイグルやチベットだって平和を愛している国なのに
世界はこれといった救済を行使してくれないのだから、
現実的に考えて、日本だってそれは例外ではないでしょう。

でも、
日本は、ウイグルやチベットと違って、
現在、世界No.1の軍事力をもったアメリカと同盟関係にあります。

この抑止力が効いているおかげで、
中国やロシアや北朝鮮も、
日本に対してやたらと手出しができなかったのですが、
近年、
民主党のバカ野郎のせいで、アメリカとの同盟に陰りでた瞬間、
その隙を利用して、
中国は日本の領土である尖閣諸島で様子見的アタックをしてきました。

その中国のモラルのないデタラメな国家態度に対してすら、
弱腰な対応をとってしまった日本の姿を世界に晒したその後日、
ロシアが、我らもつづけとばかりに、
「 北方領土は我が領土なのだぞ!日本よ!」 的な、
前代未聞な横暴行為にでてきたりもしました。

これらの発端は、
アメリカとの同盟に陰りが生じて、
本来の抑止力が低下してしまったからなのです。

世界は、” 弱り隙 ” を見逃しません。

それが世界の実状なのです。

ええ、話を戻しますが、

ついこの前、
オバマ大統領が、
アメリカを訪問した中国国家副首席主席対して、
「 チベットやウイグルの人権問題を一主権国家としてどうにかしたらどうですか!」
的なことを言っても、
中国側からは、
「 内政干渉するな!」 の一言で、シャットアウトされてしまったではないですか。

スーパーパワーのアメリカですらシャットアウトされてしまってるのです。

あと、
日本が救いの城と思い込んでいる国連だって、
チベットやウイグル救済のために何の対策も打てない状態ではないですか。

ま、国連が動けないのは、
中国が常任理事国になっているので、
他の国全部が、
「 中国共産党から、チベットとウイグルを救いましょう!」 と声を張り上げても、
中国一国が反対すれば、国連は一切機能できない状態になってしまうのでしてね。

ええ、常任理事国の発言権は強いのです。

その強力な発言権を、あの中国はもっているのです。

国連の常任理事国になってしまえば、
その後、悪に変身したとしても、
常任理事国としての権力を行使するできるのです。

それが今の国連の実状なのです。

常任理事国から中国を外さないかぎり、
国連なんて、イザという時には何にも役に立たないのです。

数年前に、
北朝鮮のミサイル発射実験を阻止してほしいと
日本は国連にお願いしましたが、
常任理事国の中国の反対によって、それは破棄されました。

だって、
北朝鮮は中国の子分ですし、
中国にとって重要なコマですので、
中国は北朝鮮のことを当然守りますからね。

それも、国連での権力を行使してね。

そんな、誰が見てもバレバレのことを、
中国は国連の場で強かにも行使してしまうような国なのです。

ええ、今という時代も、とても恐ろしい時代なんですよ。マジで。

ええ、
戦後、考え方がガラリと変わった(変えられた)のは日本だけなのです。

中国も北朝鮮もロシアもアメリカもその他の国も、
戦後の延長線上で全ての物事を考えているのです。

日本もそろそろ、本気で変わらなければなりません。


ええ、
率直的にいって、
中国は、日本を奪うために、本気で戦略を立てています。

それも、緻密に巧妙な戦略です。

今、現在進行形で、その計画と戦略を日本国内外で展開しています。

日本がもし中国に奪われたら、
日本の未来は、
チベットやウイグルのようになってしまう可能性が大いに想定されます。


ええ、
そんな未来を絶対阻止するために必要な、
強力な抑止力を顕示するために、
日本は、
世界No.1の軍事力をもつアメリカと強固なる同盟を再び築き上げましょう!

鳩山元総理の手で壊された日米同盟を修復して、
再び強固なる同盟を築き上げましょう!


そして、可能であるならば、というか、可能にさせたいのですが、

(アメリカの国力が、
 抑止力の均衡を崩しかねないくらいに弱り始めているのでね・・)

まず、憲法9条を改正しましょう!

そして、

核兵器の開発を世界に向けて公言しましょう!

原子力空母の開発に着手しましょう!

原子力潜水艦の開発に着手しましょう!

5世代戦闘機、いや、6世代戦闘機の開発に着手しましょう!

トマホークのような通常兵器の開発に着手しましょう!

宇宙からの防衛兵器の開発に着手しましょう!

レーザー兵器の開発にも着手しましょう!

etc、と、

これらのことを実際に公言して着手にはいれば、
今までの数倍数十倍と抑止力が強まり、
理不尽極まりない血を流してしまう危険性を
強力に強力に排除してくれるでしょう。


戦力を持たないことが、血を流す可能性を高くし、
強大で強力な戦力を持つことが、血を流す可能性を低くするのです。


こんなことは、
国家間だけではなく、
子供社会から大人社会に至る全ての一般日常生活に照らし重ねても、
その共通性を発揮する事実でもあるのです。

肉体の力も弱く精神も弱々しい人は、
ナメられたり、脅迫をされたり、カツアゲされたり、
子分にされたり、奴隷にされたり、イジメの標的にされたりするのです。

この、
動物にも通用する人間の心理システム、わかりますよね?

ええ、
強ければ、自分も被害をうけるので、
無策にも手を出すことができないのです。

お互いに、相手と自分の力を計り、
被害計算によって、自分らの打撃が大きい場合は、
相手への攻撃を意図的に避けるようになるのです。

それが抑止力というものなのです。

核兵器は、一発でも、10万人規模の被害をうけるので、
強国、弱小国関係なくに、
核兵器による抑止力が、一番、強さを発揮するのです。

戦後、アメリカ製の平和の箱に入り続けていた日本には、
この、
核兵器と抑止力による世界平和のシステムが理解できないかもしれませんが、
世間知らずの日本以外の国は、みんなそう理解しているのです。

なので、
みんな核兵器を持ちたがるし、軍事力を強化したがるのです。

それを続けないと、
力の均衡が崩れて、
抑止力を発揮できなくなってしまうのです。

北朝鮮のような弱小国家であっても、
アメリカまで到達する大陸間弾道弾核ミサイルを一発もっているだけで、
アメリカは北朝鮮に対して、無闇に手出しすることができないのです。

(北朝鮮は、今現時点、
 核爆弾は完成していも、大陸間弾道弾ミサイルはないでしょう。

 大陸間弾道弾ミサイルを完成させるためには、
 何発も何発も実際に実験しなければ、
 命中精度と実爆発の威力と精度を高められませんですからね。)


ええ、
軍事力もなく、精神態度も弱腰な国家なんて、
ブータンの国王なら利他の心で国交するかもしれませんが、
利己心と覇権欲が異常に強い中国が、
そんな人間的な国交をしてくれるなんて信じようがありません。

もう、
尖閣諸島事件での中国の横暴な国家態度をみた時点で普通に完全アウトですよね。


ええ、これらの対策・対応は、
本気で考えて本気で実施しないと、
本当に日本はチベットのような危険にさらされます。


ええ、
あと、
日本には、日本人なのに、日本を解体したいと思っているのか、
「 日本が軍事力を持つと、再び戦争を始めるから危険だ!」
と吼えまくる人たちが多くいますが、
ええ、
モラルのない中国や北朝鮮みたいな国の軍事力保持、
すなわち、バカに刃物じゃあるまいし、
冷静に考えなくても、
モラルのある日本が自ら戦争を起こすなんて考え難いですよね。

日本が軍事力を持つと、
日本は再び軍国国家となって戦争を起こしかねない!
という考え難いことを心配しているのは中国や北朝鮮なのです。

ですので、
日本が軍事力を持つと、再び戦争を始めるから危険だ!
と吼える日本人の正体は、
中国の工作員か
中国にお金をもらって再軍備反対を論じている売国奴である疑いが強いのです。

社○党とか共○党とか民○党の一部というか大半は、
実際、中国からの介入があったりもしています。

ええ、
彼ら彼女らは、平和という名の美しい衣をまとって語るので、
情報不足な人たちは、簡単に騙されてしまいます。

気をつけてください。

憲法9条の重要性を語る大手マスコミの報道には気をつけてください。



==== 他人事ではない、チベットの実情 ====

- チベットで今でも続く拷問の数々 -

1949年10月1日、中華人民共和国建国の日、
北京放送は、突然「人民解放軍は、中国全土を解放しなければならない。 
チベット、ウイグル、海南島、台湾も例外ではない」と発表した。

北京放送を聞いたチベット人は、その真意をはかりかねていた。

そして1950年、毛沢東の指示により、
人民解放軍がチベットに侵攻した。

当時、チベットにいた外国人は、10人未満だった。

その数人の外国人を「帝国主義者」と断じ、その数人を取り締まる、
という名目で、約8万4千人の軍隊が送り込まれた。

軍事的威嚇の下に、両国の間に「十七ヵ条協定」が結ばれた。

毛沢東は、「チベットの文化を尊重する」「チベットには一切手を加えない」
と確約したが、すべて言葉だけ、完全に裏切られる。

これが中国流の「約束」なのである。 

そのポイントは、「外交権と防衛権をチベットから取り上げる」ことにあった。

中国は、「チベットは元々国家として独立していなかった、中国の一部だった」
などと主張しているが、
「外交権と防衛権をチベットから取り上げる」と規定していることは、
中国がチベットを「国」として認めていたことを意味する。

詐欺師の国家版です。

毛沢東が、何故、国際法を無視し、120万人もの大虐殺を行ってまで、
当時、資源も発見されていなかったチベットを侵略したのか。

それは長らく チベット人だけではなく国際社会でも最大の謎であった。

毛沢東は第3次世界大戦を予測していた。

1964年の核実験成功後、
チベットに、インドとロシアを狙う核ミサイル基地を建設。

さらに大陸間弾道弾、軍事レーダー基地、飛行場を次々と建設。

チベットを一大核軍事要塞としたのである。

そのためには、チベット人120万人程度の犠牲など、些細な問題でしかなかった。

中国政府が国連の拷問禁止条約に調印した1986年以来、
拘留・監禁中に拷問死したチベット政治囚は確認されただけでも60人にものぼる。 

拘留中における拷問は圧倒的に身体に対する虐待だが、
虐待後、生き延びた者にとっても、拷問は心の傷となって後々まで残ることになる。

これから下に綴られる証言は、
拘留・監禁中の拷問を生き延びた人たちによるものである。 

拘留中における拷問は通常、尋問とともに行われ、
冷凍室に無理やり押し込められたあげく、
鞭打ちや電圧を帯びた牛追い棒の電気ショックをあびせられる。

拘留者の多くは、様々な種類の拷問具を耐え忍ばねばならない。 

監禁中における拷問は、拘留中とは違った様相を帯びてくる。

強制労働、訓練がそれだ。

チベット政治囚は日ごとに決められたノルマを課せられ、
病気や殴打による傷害で苦しんでいても関係なく従わなければならない。

強制労働の方が拷問そのものより苛酷だ、と報告する証言者たちもいる。

そしてまた、精神の深いレベルまで傷を負わせるやり方、
血液や体液の抽出、食事を与えない、などが挙げられる。

チベット僧たちはその宗教的信念のため、
より一層心理的苦痛を味わされることもしばしばだ。

例えば、排泄物をタンカ(仏画) を使って強制的に運ばされることもあるのだ。


- 拷問のビデオ -

囚人たちは、
集団死刑執行のようなチベット人に対する
残虐行為を映した拷問のビデオを見せられることもある。 

最も一般に見せられるものは、ある僧が残酷な拷問を受けている映像である。

僧がまず手と足を釘で打たれて磔にされ、
2度銃で打たれ、山積みになった小枝の上に吊るされ、
最後に生きながら火で焼かれるというものだ。


- 冷気・熱気への身体のさらし -

冬の間、囚人たちは、厳寒や雪の降る中、
裸あるいは薄い衣服だけで丸1日たたされることもある。 

ラサでの冬の気温は平均0~マイナス13℃になる。

西方や北方では、気温は氷点下数10℃までさがることもある。

苦痛を増加させるために、
拷問者は囚人たちを裸でたたせて冷水を浴びせることもある。

独房のなかには、極端に寒くなるように「工夫」を凝らしているものもある。

熱にさらすことも頻繁に行われる。 

親指に手錠をかけられるか、両手を背中で縛られて天井から吊らされる。

これには尋問をともなうこともある。

そのままの状態で、拷問者は火にあぶられ、
赤唐辛子をくべられ、熱湯をかけられることもある。 

赤唐辛子を火で焼くと、
すさまじく弾け散り、その煙で眼が痛み呼吸が出来なくなる。 

両手に手錠をかけられたまま熱い煙突に固定され、
まる1日中、水も食べ物も与えられず放置される。

焼けつくような煙突の熱で全身は水ぶくれ状態になる。 

体にできた水泡から水が流れ落ち、全身の傷が極度の発汗のために痛む。



毛沢東は、「大家族の一員としてチベットを抱擁する」と言い、
1950年、大虐殺を開始した。 
初めは友好的に振る舞い、そのうち暴力的になる。 
既成事実を周到に積み重ね、不条理を条理とする。
これが彼ら中国共産党の常套手段なのです。


毛沢東が死んだから
中国共産党も変わっただろうと思う人もいるかもしれないが、
今現在もまったく変わっていません。

今もかなり酷いことが行なわれています。



--- 「中国はいかにチベットを侵略したか」 マイケル・ダナム ---

妻、娘、尼僧たちは繰り返し強姦されまくった。 

特に尊敬されている僧たちは狙い打ちされ、尼僧と性交を強いられたりもした。 

ある僧院は馬小舎にされ、
僧たちはそこに連行されてきた売春婦との性交を強いられた。

あくまでも拒否した僧のある者は腕を叩き切られ、
「仏陀に腕を返してもらえ」と嘲笑された。

大勢のチベット人は、熱湯を浴びせられ、
手足を切断され、焼かれ、首を切り落とされ、馬や車で引きずり殺されていった。 

アムドでは高僧たちが散々殴打されて穴に放り込まれ、
村人はそのうえに小便をかけるように命じられた。

さらに高僧たちは「霊力で穴から飛び上がって見せろ」と中国共産党兵に嘲られ、
挙句に全員射殺された。 

おびえる子供たちの目の前で両親は頭をぶち抜かれ、
大勢の少年少女が家から追われて、
中国共産党の学校や孤児院に強制収容されていった。 

貴重な仏像は冒涜され、
その場で叩き壊されたり、中国本土へ持ち去られていったりした。

経典類はトイレットペーパーにされた。 

僧院は馬や豚小屋にされるか、
リタン僧院のように跡形もなく破壊されてしまった。

リタン省長は村人の見守る中で拷問され、射殺された。 

何千人もの村民は強制労働に駆り出されそのまま行方不明になっていった。 

僧院長たちは自分の糞便をむりやり食わされ、
「仏陀はどうしたんだ?」と中国共産党兵に嘲られた。 

1956年終わり頃までに、ほとんどの男は断種され、
女性は中国共産党兵に犯され妊娠させられていった。

ある村では25人の村人が人々の前で生きながら焼き殺され、
また別の村では24人の親が
子供を中国共産党の学校へ行かせるのを拒んだ罪で目に釘を打ち込まれ虐殺された。

現在、強い国力を持った国の中で、
仏教が主な宗教になっている国は日本だけである。 

チベットの仏教寺院が砲撃され仏経典が焼かれ、
仏僧が「仏経典なんぞ糞だ」と書かれた看板を首に吊るされ
大衆の前でひざまずく光景を見て、悲しみと怒りを共有できる民族は、
世界の中で我々大和民族しかいない。 


★ チベットの今

毛沢東は、
「チベットを支配するには仏教と仏教の指導者を徹底的に滅ぼせ」と言った。  

植民地における同化政策とは、被支配地で 古来よりの伝統文化を断絶させ、
支配国の社会文化制度を持ち込むことである。

また、支配国から大量の移住を推し進め、
被支配国の民族アイデンティティーを喪失させることである。 

被支配民族の抵抗に対して武力を行使するだけではなく、
巨額の国家財政を投入し、融和政策を採ることで、抵抗する力を失わせる。 

最近、中国共産党は、
チベット支配の正当性として、
「チベット人の生活が格段に向上した」ことを強調するが、
その実態は、漢族の資本を強制投入し、
安定していたチベット経済を根こそぎ壊し 
すべてを中国に依存させる改造計画である。

★ 掌以上の大きさの火傷の痕

2008年以降のチベットは、
この20年あまりで最も恐ろしい状況にあるという。 

あるチベット人は、漢人と同じ教育を受けた。

一応共産党員でもある彼は政府関連の職を得ているが、
しかし最近は毎朝出勤の際に
「今晩、無事に家に帰って来られるだろうか」と不安がよぎるという。  

チャイナモバイルに勤務していた1人の青年は、
朝の通勤途上、武装警官が無抵抗の僧侶を幾度も烈しく殴打する光景に出くわした。 

彼はこれを看過できず、
「ひどいことはやめてください」と止めに入ったために逮捕されてしまった。 

約2ヵ月後、彼は瀕死の状態で家族のもとに帰された。

皮膚が真っ黒に焦がされた掌(手の平)以上の大きさの火傷の痕が、
体中に幾つも残っている。 

拷問を受けたチベット人の体験談では
「タバコの火を押し当てられた」という話がよく出てくるが、
まさか、手がスッポリ入るほどの真っ黒の穴が出来るまで皮膚を焼く、
などという行為は、我々の想像の外である。 

うつ伏せに寝かされた青年の臀部は、
繰り返し殴られ焼かれたために、
それが人の臀部だと分からないほど 
皮膚のすべてがエグリ取られ肉が剥き出しになっていた。 

この仕業に憤りを覚えるのは当然だが、
それ以上に、
「これほどまでの残虐行為をやり抜ける者の神経とは一体どんな代物」なのか。

それはもはや人間の有様では無い。 

チャイナモバイルの青年と同じ目には遭わないまでも、
こんなことがいつ自分の身に起きても不思議ではない、
と30代エリートのチベット人は言う。

彼らがチベット人である限り、中国、チベットのどこに居ても安全は無いのだ。

★ 現在のチベットは、国全体が「刑務所」と化している

現在では、チベット本土の情報提供者とのコンタクトは非常に取りづらくなっている。

集落の至るところに監視員が居り、自分の家に出入りするにも尋問をされる。 

通信はすべてモニターされている。 

中国政府は、北京五輪のあと、
2008年中に5万人以上のチベット牧畜民に対し「家を与える」との名目で
強制移住を計画した。 

美しく平和な郷里から強制移住させられた牧畜民たちは、
中国政府が用意した「定住キャンプ」に暮らしている。 

しかし、それは住宅というよりも、「刑務所」と呼ぶに相応しい、

あまりにも殺風景な建物群だ。 

もちろん、その中に暮らしているのは、素朴で善良な元牧畜民たちである。 

そこには 学校はおろかバスさえ通っていない。 

そして、移住に伴って土地も家畜も取り上げられた彼らには、
「飢え」が現実として迫っている。 

当然、病院も無いが、
「酒だけは十二分に配給され」アルコール中毒者が増加している。  

これは、米国政府がインディアンから土地を取り上げ、
移住させ根絶やしにしようとしたやり方そのものであり、
今でも、アメリカ・インディアンの中には、
先天性アルコール中毒を患う人が少なくない。 

米国がかつて犯した卑劣な手口を、中国が現代になって採用しているのだ。 

★ 闘い続けるチベットのサムライ

国際社会は、中国の主張の真実を突き止め、
いかなる虐殺もやめさせなければならない。

そのために、日本政府は国連に、
第三国による調査団の設置と派遣を提案すべきであるが、
それに民主党はどう対処したのか。 

2009年9月の胡錦濤との会談で、
鳩山由紀夫は、チベット問題について「内政の問題と理解している」と述べた。

岡田克也は、2009年8月2「中国への内政干渉は控える」と述べた。

日本は中国から「日本の英霊が眠る靖国神社への参拝」への内政干渉を
散々やられておきながらのこの発言。

2009年3月、今は青海省と呼ばれているチベットのアムドで、
若い僧侶が当局への抗議の目的で焼身自殺を図った。

このとき、炎に包まれる僧侶を中国当局は銃撃した。 

膝の辺りを打ち抜かれ、
全身に火傷を負いながらも彼は一命を取り留め、病院に収容された。 

数日後、医師に足の切断を勧められるが、彼はそれを頑なに拒んでいる。 

焼身自殺を図ろうとしている人間を、
「止めるどころか銃で撃つ中国当局の非道ぶりとチベット人弾圧の実態」を、
「自身の体に残る痕をもって訴えるため」の治療拒否である。  

チベットでは現在も、丸腰の同胞が 命を賭けた壮絶な闘いを展開している。


===============================


日本には、水資源もあるし、海底資源もあるし、
技術力という資源もあるし、お金もある。

中国は、本気の本気で喉から手が出るほどに日本が欲しいのです。

事実、
中国は、何年も前から、
日本を我が国の省&自治国にする為の計画と戦略を練っていたのです。

尖閣諸島での事件は、
その計画と戦略の実行開始の合図みたいなものなのです。

いい加減、今、ここに迫りくる危機に気づきましょう!

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-ss


2012-02-16 15:49:39

『そろそろ本気で、幸せな気持ちを手に入れよう!』

テーマ:

そう、

「 失いたくない!奪われたくない! 」 と、
不安やら心配やらの感情思考の組み立てにて
悶々と自分を防衛していたことが、
なぜなのか、
次々と、失う方向、奪われる方向に
逆展開してしまったという経験のある人というのは、

いわば、表面的な願い裏腹にも、
マイナスの自己実現を一生懸命にしていたということでもあるのです。


ある種ある意味このような人は、
プラス、マイナスに関係なく、
自己実現という事実観点だけでみれば、
いわば、
もの凄く強力な自己実現パワーを秘めているということでもあるのです。

いわばこれ、
方向と方法を間違わず、
プラス方面にしっかりと照準を合わせて想念を集中すれば、
比較的容易に、
プラスの自己実現が展開してしまうという力を秘めているということでもあるのです。

普通の人にくらべて、想念の力が強いということでもあるのです。

であるのに、
想念の方向と使い方が間違っているから、
幸せを願いながらも、不幸な現実を展開させてしまっているのです。


では、なぜに、
「 これは大事だから、絶対に失いたくない! 」 とか
「 これは必要だから、絶対に奪われたくない! 」 とかetcと、
一生懸命に守っていることが、
次々と逆展開して、結果、失う現実、奪われる現実になってしまうのかというと、

人間の行動とか言動を司る無意識の領域、つまり、潜在意識の領域に、
方向違いのイメージをひたすら入力し続けていたからなのです。


なぜ、
スポーツや外科医のオペやetc技術競技で、
上達の為に毎日々々厳しい練習という行為をするのかというと、
同じ練習を繰り返すことによって、
いちいち、頭で考えなくても、
無意識に身体が動くような状態にさせたいが為に、
練習という反復行為を日々おこなっているのです。

人間というのは、
表面意識からの指令よりも、
無意識の領域からの必要条件に大きく従うようにできているのです。

ゆえに、
とある動きや思考を、
無意識の領域(潜在意識)にまでおとして、
考えなくても自然と身体が動くという状態にするが為に
毎日々々、練習という行為を反復的にしているです。

一回で、考えなくても自然と身体を動かすことができる人は、
元々、そういう才能を秘め持っていたか、
もしくは、
一回で、無意識の領域(潜在意識)におとせたということなので、
いちいち反復的に練習する必要もないということです。


そう、そして、
練習という種類の中には、イメージトレーニングというものがあります。

身体を思い通りに操作するのに先立つ練習が
イメージトレーニングでもあるのです。

一番重要なトレーニング(練習)なのです。


イメージトレーニングの際に知っておくべく大事なことは、
無意識の領域、つまり、
潜在意識には否定語が通じないということです。

そう、
表面意識には、英語やら日本語やらフランス語etcの言語で通じます。

しかし、
潜在意識の認識言語は、イメージなので、
失敗しているイメージを描きながら、
「 それは違う!そうじゃない! 」 と日本語やら英語やらの
否定語で制御しようとしても潜在意識には通じないということです。

つまり、
「 シュートを外さない! 」 というイメージを描いても、
「 外したらどうしよう!!?」 という不安が頭によぎった時点で、
シュートを外しているイメージを描いているのであり、
その、シュートを外しているイメージに対して、
「 外さない!外さない!」 と否定語で制御しようとしても、
潜在意識には、
シュートを外しているイメージしか伝わっていないということなのです。

潜在意識というのは、
描いたイメージしか通じない素直すぎで単純な意識なのです。

ゆえ、
成功の為のイメージトレーニングをするには、
成功しているイメージだけを潜在意識にインプットさせる必要があるのです。

「 失敗したらどうしよう!!?とかミスしたらどうしよう!!? 」
という心配や不安は、
その心配や不安が頭をよぎった時点で、
マイナスのイメージトレーニングをしているということなので、

成功を心から願っているのならば、

(頑張って、努力して{ここが一番大変なので})

心配とか不安とかというマイナスの感情を説得排除しながら、
成功のイメージトレーニングを繰り返すことが大事なのです。



これら云々なる理由で、最初に述べた、

「 失いたくない!奪われたくない!」 と、
不安やら心配やらの感情で悶々と守り固めていたことが、
なぜなのか、
次々と、失う方向、奪われる方向に
逆展開してしまったという経験のある人というのは、

一生懸命に、
マイナスのイメージを潜在意識(無意識の領域)に入力し続けて、

結果、願い裏腹にも、
成ってほしくない現実が展開してしまったということなのです。


「 潜在意識って何じゃそれ!? 」
「 そんな分けの解らないものなんて知らねーよ!」という人であっても、
当の本人の表面意識に反して、
潜在意識からの影響は現実事実として作用しているので、
潜在意識に対して、もっと素直に学ぶ気持ちで対応したほうが、
絶対的に、自分の幸せの為になれると思います。


とにかく、

(潜在意識の仕組みや作用や影響力という事実を知って、)

心配や不安が現実化しやすい人というのは、
実現化し難い人よりは、圧倒的に想念の力が強いということなので、
しかと、その自分の力を認識して、
これより後は、
方向と方法を間違わず、
上手に想念の力を使用するように心がけて生きていきましょう。


否定的な自己像(自己イメージ)は、
ありとあらゆる不幸な気持ちを様々な関連付けにて自分に与えてくるので、
幸せになりたいと願っているのならば、
絶対に絶対に、否定的な自己像は描かないことです。


たとえば、そう、
「 自分は皆に敬遠(嫌われている)されている。 」 と思い込んでいるとします。
もし、
この 「 自分が皆に敬遠されている。 」 という事実に対して、
自分が不幸な気持ちになってしまうのならば、
それは、否定的な自己像を描いているということなのです。

( その事実に対してマゾ的に快感を感じているのならば、
それは、肯定的な自己像を描いているということになりますが・・・ )

ええ、そう、
本気で幸せになりたいのならば、
自分が幸せな気持ちになれる自己像を描きましょう!

現実事実として本気で幸せになりたいのならば、
常々、自分のことを好きになれるような自己像を描き続けましょう!


” 自分を好きになれない者は、他人のことも本気で好きになることはできない!”
という真実があるので、
遠慮なく、自分のことを好きになれるような自己像を描きましょう!


日々現れる、否定的な思いを、常々、説得排除し、
意思を強くもって、肯定的な自己像(自己イメージ)を描き続けましょう。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-yu


2012-02-10 10:55:20

『 苦しいときこそ、ジョークを呟こう! 』

テーマ:

苦しいときに、
不安なときに、
悲しいときに、
ジョークを言える人って、
客観的に見てもカッコよすぎると思います。

当の本人的には、
別に、カッコつけてるわけでもなく、
ジョークを言うことによって、
苦しみや、不安etcを真に受けないよう緩和させ、
闇に引きずり込まれるかのような
心感触を麻痺させているだけなのでしょうけどもね。

しかしホント、
苦しいときに語られるジョークというのは、素敵すぎますよね。


【 好きなジョーク 】


レーガン元大統領が暗殺者に胸を撃たれ重症状態で病院に運ばれたとき、

自分を執刀するドクターにむかって、
「あなたたちは、共和党員だよね?」
と言って笑ってみせたという余裕感のあるジョーク。

実際、執刀ドクターは民主党員だったのですが、
レーガン大統領に、
「いえ、民主党員ですが、今日は、共和党員です!」
とジョークっぽく言って、レーガン大統領を和ませたという微笑ましい話。


(レーガン元大統領は共和党からの大統領であり、
 アメリカの国民は、日本の国民とは違って、
 自分は、共和党を強く支持する共和党員だ!
 自分は、民主党を強く支持する民主党員だ!と、
 政治に対する意見や意識がハッキリとした国民性を持っている。)



実話映画の 『 ブラボー・ツー・ゼロ 』 で、
英国の特殊部隊SASの隊員が、
イラク戦争での任務中に捕まり捕虜となった時、
(何人かがバラバラに捕まったが、
 その内の2人が同じ尋問施設に入れられた時の話)

これから待受ける過酷が想定される拷問の前、

筆者でもあり部隊隊長でもあるアンディーが、
尋問(拷問)に呼ばれ待ちでビビっている時に、
もう一人の隊員が、自分も内心は同じくビビっているはずなのに、
「おいっ!ビビってるのか?」
「っ!ま、大丈夫さ!妊娠することはないだろう!笑!」
といったジョークをはいて、
アンディーと自分の恐怖を数ミクロン緩和させようとした時。



寒くて寒くて凍えそうな時に、
寒さを真に受けて、寒い寒いと喚き震えるのではなく、
「あぁ~、ただですら寒いのに、今日のこの雪責めはキツイっ!」
と普通にジョークっぽく呟く。



変な噂が流れている最中にある集会に行ったとき、
なんだか自分に対する皆の態度が排他的なときに、
「あぁ~、今日の空気はえらく冷たいなぁ~、なんだか知らんけど!」
と、よくある他人事のように呟く。



あといろいろ。


これらのジョークを見聞きしたあとに、
「 自分だったこの状況でこんなことが言えるかな?」
と自分に仮想想定させてみると、
とてもじゃないが自分にはそんな余裕なんて微塵もなく、
震えて咽び泣いたり、荒れ叫んだり、怒り散らしたりするだけろうな・・・
という想定結果がでてくると、

「あぁ、マジで凄げーなぁ~!自分もこんな風になりたいなぁぁ。。」
ってな感じで、
些細なことに不安がったり不平不満を言ったり憤慨する自分に対して、
いい意味でのプラス寄りモチベーションを与えてくれたりもする。

これらのジョークのよさは、
苦しみや、不安や、悲しみを、
いちいち真に受けて、
いちいち真面目に、苦しまない!不安がらない!切ながらない!
という意思感と実緩和作用もあってホントに素晴らしきです。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-sh


2012-02-07 19:21:14

『 ” GET!読心術 ” より ” 知らぬが仏 ” 』

テーマ:

ついふとに思ってしまうことがある。

それは、
全ての人が、
ある日突然、精度の高い読心術を身につけてしまったら、
この世の世界は、
信じる気持ちも愛も正義もヘッタクレもない、
グチャグチャでギスギスで
殺伐としたメチャクチャな地獄になってしまうよな・・とな。


『 精度の高い読心術 』 とは、
好意、嫌み、憎しみ、怒り、見下し、批判はもちろん、
「なんか今日の○○さん、変な臭いがして気持ち悪い・・」とか、
「今、別の誰かを想像しながら、自分を抱いている・・」とか、
「今日もカワイイけど、鼻毛が2本でているなぁ・・・」とかetcと、
相手が感受発信している心の中の思いが全て詳細に読めてしまうという能力です。


『 自分にとって都合のいい読心術 』 とは、
相手の心の中の思いの大半は読めるが、
自分にとって不快でマイナス的な部分は読めないという能力です。

自分にとって都合のいい読心術であるゆえ、正確さに欠ける能力でもある。


昔から伝わる言葉に、『 知らぬが仏 』 という言葉がある。

ホントに、素晴らしい言葉だと思う。

この世の人間という生き物は、
まさに、事実を知らないからこそに幸せを感じられるというところがある。

事実を正確に読めない (知らない) からゆえに、
自分にとって都合のいい解釈で、
幸せ感を享受できるというところが大きいのだろうと思える。

そう、
好き合って交際していた2人が、
数年後、その人の本当の性格や事実を知って、
お互いもう一緒にはいられないetcで別れるということが、
世の中の日常茶飯事であったりもしてる。

これなんかも、
人間という生き物には、
人の心の中で思っていることが正確に読めるという能力が無いからゆえに、
数ヶ月も数年間も愛を囁きあって一緒に過ごせたりもするのだろう。

もし、
相手の心の中で思っていることが読めてしまったら、
数ヶ月間、数年間、一緒に過ごせるどころか、10日で終了、
いや、
付き合うということ自体が無理・拒否・拒絶になるのかもしれない。

人の心の中の思いが正確に分からないからこそに、
言葉で表現される愛の言葉やら、
体から溢れる好意に思える雰囲気を判断材料にして、
お互い、自分にとって都合のいい解釈で、
好かれている感やら愛されてる感を
感じられるというところが大きかったりもするのだろう。

というか、
上記のようなことなんか、
考えようとも思わないくらいの、
『 知らぬが仏 』 状態になれれば、
この世の世界の中でも、人間は、幸せを感じられるのだろう思う。

時々、
相手の心から微妙に漏れ読めてくる事実すらも読めないくらいに、
鈍感な感受力でいられれば、
これぞホントの
『 知らぬが仏 』 状態という幸せの境地に至れるのだろうとも思う。


好かれること、愛されること、
褒められること、正確に理解されることetcという、
『 愛を与えられること 』 に、この世の幸せを感じる人には、
絶対に絶対に、精度の高い読心術を与えてはいけない。

与えれた瞬間から、
その人の精神は、この世の荒波に討たれて崩壊に至るだろう。

『 愛を与えられること 』 に、この世の幸せを求めない人、
『 愛を与えられること 』 以外で、
自分の幸せを感じられる人でなければ、
精度の高い読心術を上手に捌きこなすことはできないことだろう。



☆☆☆☆☆☆☆


読心術者は、

人から与えられたいという気持ちが皆無な心境、
または、
「もし与えられたら嬉しいなっ!」 くらいの、
無欲に近い心境を持っていないと、
ありとあらゆる精神病に侵される危険性があります。

読心術者を、被害妄想者という言葉に変えて考えた場合でも、
人から与えられたいという気持ちが強い被害妄想者は、
鬱病云々、いろんな精神病に侵されやすいということです。

被害妄想者とは、
読心術者の苦しみの事実を、
軽度な疑似体験として体感・心感しているようなものなのです。

被害妄想で苦しんでいる人で、
その苦しみから脱出したいと本気で思っている人は、
読心術者が、
(逃れられない)苦しみ悲しみetcの心苦を軽減させる為の対処法と同じく、

好かれること、愛されること、
褒められること、正確に理解されることetcという、
『 愛を与えられること 』 に幸せを感じたがる心から
自分を脱出させる必要があるのです。

『 愛を与えられること 』 に、この世の幸せを求めない人、
『 愛を与えられること 』 以外で、
自分の幸せを感じられる人間にチェンジさせる必要があるのです。

与えられたいという気持ちは、
その気持ちの強さに比例して、
人の心を、邪霊に侵されるかのごとくにビクビクと不安定にし弱くします。

認められたいという気持ちや、
理解されたいという気持ちも、
与えられたい気持ちの部類に入るのですが、
それらの気持ち(思い)は、
心が敏感な人にとっては危険すぎる気持ち(思い)なのです。

人の気持ちに鈍感な人や、
自分にとって都合のイイ思考のできる人にとっては大丈夫ですが、
たとえ、今、鈍感な人であったとしても、
その、鈍感な感受力に根拠ありな理由がなければ、
ある日突然、
鈍感が敏感に変わったり、
自分にとって都合の悪い思考しかできなくなった時に、
「なぜ?こんな自分になっちまったんだ・・・??!!」と、
その突然の心境の変化の理由すらも解らないということが拍車をかけて、
出口の見えない鬱々心苦迷路地獄に
突き落とされたかのような気持ちに苛まれます。


与えれたい喜びというのは、
人間にとって正常なる喜びでもあるのですが、
心が過度に敏感すぎる人にとっては、
それが起因となった苦しみや悲しみetcという心苦が現実としてあるのです。

普通以下に敏感で普通以上に鈍感であるならば、
自分にとって都合のいい解釈力で、
「 自分は皆に愛されまくっている!幸せ~♪」 と
『 愛を与えられる喜び 』 というものを、
何の障害も無くに感受できるのだけどもな。

しかしというか、
悲しからずやというか、
普通以上に敏感すぎる人には、とうてい無理な芸当・・


与えられたい喜びからの脱出。

与えられたい喜びから脱出できれば、
この世の中で受ける、様々な苦しみ悲しみを軽減することができます。

そして、

与えられたい喜びから、
与える喜びにチェンジすることができれば、
世の中、恐いもの無し!な力強さや喜びがえられます。

なぜなら、
外部的な変化によって、
失うものとか奪われてしまうものが何もない心境状態で、
かつ、
自分発信で、
自分起因で、
自家発電で喜びを感じることができるというのだから、
これ、最強の心境状態とか言いようがないですよね。

と、
頭では、その理屈を理解できても、
実際には、大気圏を突破するほどの意識変化が必要なのでもありますが、
それらの事実や仕組みを知っているだけでも、
苦悩からの脱出の扉が開けてくれると思います。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-snow


2012-02-01 10:37:01

『 思いの領域 [ では & まで ] 屈服するな! 』

テーマ:

自分にはできないと限定するな!否定するな!

表層的願いに反して、
必ずや、そこまでの人間に枷られてしまうだろう。


現・現実的主観として、今は、それが不可能だとしても、
「 自分は、できる!できる! 」 とプラス的自己暗示で継続発破をかけよう!

今、現実実体的に、
力関係や上下関係や影響力関係etcゆえに、
” ○○という名前の肉体で活動している自分 ” が劣勢に立たされているとしても、
思いの領域までもが、そんな現実実体ごときに屈服してはいけない。

思いの領域までもが、現実的事実からの圧力に侵害されてはならない。


自己暗示をかけるという思行為というのは、
『 思いの領域 』 では、
絶対に屈服しないという強い意志のあらわれでもあるんだ。

「 屈服してたまるか!」 という、精神的強さのあらわれでもあるのだ。


思いの世界で屈服したら、
その弱々しき思いの波は、
必ずや、現実実体世界にも影響をおよぼす。

思いの世界で屈服しなければ、
その強き思いの波は、
必ずや、現実実体世界にも影響をおよぼす。


上記のキーポイントは、
この、
目から入力された文字列の事実内容を信じられるかどうかということ。

信じられるものは実践を実行にうつせるが、
信じられないものは実践を拒否・拒絶してしまう。

信じる力が強いものは実践を自家発電的に実行できるが、
信じる力が弱いものは実践による結果出現時間に簡単に左右される。
Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-s


2012-01-15 10:18:43

『その人の信じているものが、その人を形成する。』

テーマ:

善きも悪しきも、
自分が信じていることだけが、
自分の思考形態と精神形態を形成しているのである。

おそらくでもなく、
自分が信じていないものに対しては、
拒絶と猜疑と反抗と反発で対応していることでしょう。


人には必ず、信じているものがあります。

「 信じてる = 神様 」 、と連想的に考えてしまうかもしれないが、
信じてるものとは、
勿論、神様も含め、
とある 『 考え方 』 とか 『 精神性 』 とかなどなども、その対象となります。


たとえば、

「母の考え方や教え」を信じているもの。

「彼氏の考え方」を信じているもの。

「中学時代の担任の先生の言葉」を信じているもの。

「大学の教授の言葉や考え方」を信じているもの。

「好きな俳優の考え方」を信じているもの。

「尊敬するスポーツ選手の考え方」を信じているもの。

「とある科学者の考え方」を信じているもの。

「とある宗教の教祖の言葉や教え」を信じているもの。

「とある評論家の考え方」を信じているもの。

「好きな歴史上の人物の書物」を信じているもの。

「とある著者の書物の内容」を信じているもの。

「とあるニュースキャスターの考え方」を信じているもの。

「とある報道番組での放送内容」を信じているもの。

「とある大好きな先輩の考え方」を信じているもの。

etcと、人の数だけ信じている対象があると思います。


その信じている考え方etcが、
未来結果的に、幸せに導いてくれる考え方etcなのか、
未来結果的に、不幸に導いていく考え方etcなのかは、
時間が経たったりしないと分からないところもあるが、
その人が、その考え方etcを心から信じてしまったら、
たとえ、
他の人に、他の考え方etcを熱烈熱心に伝えられたとしても、
おそらくでもなくに、
拒絶と猜疑と反抗と反発で対応してしまうことでしょう。


そう、
ヒトラーの考え方を信じている者に、
ユダヤ人も同じ人間だし、
自分らと同じく優れている部分もあるし素晴らしい部分もある!
だから、拷問・虐待・虐殺なんてしちゃいけないんだ!
という考え方を教えても、
おそらくでもなくに、
拒絶と猜疑と反抗と反発と憎悪で対応されてしまうことでしょう。

そう、
イエスキリストの言葉でもある
「自分がしてほしいことを他人にもしてあげろ!」
それが自分も他人も幸せになれる唯一の方法だ!
という教えを信じている者に対して、
フッ!他人に優しくしてあげたって、
ぜんぜん見返りもないし褒め損してバカをみるだけだぞ!
という考え方を教えても
おそらくでもなくに、
拒絶と猜疑と反抗と反発で対応されてしまうことでしょう。


『 信じてるもの 』

人それぞれ、信じているものが違うからこそ、
価値観の不一致から意見の対立から国家間戦争まで起こるのですが、
善きも悪しきも、
人はみんな、何かしらの考え方etcを信じて生きています。

なかには、
信じられるものは自分だけ!
自分は自分で全てを判定・判断しているんだ!
と思い込んでいる人もいるかもしれないが、
過去に読んだ本の言葉にしろ、過去に聞いた恩師の言葉にしろ、
無意識的にも、
何かしらを信じているからこそに判定や判断ということができているのです。


自分が何を信じているのか、
漠然とではなくに、自分自身で明確に知っているでしょうか?


善きも悪しきも、
自分が信じていることだけが、自分の思考形態と精神形態を形成している。


自分形成の根本ともいえる自分が信じているものは、

いちいち周りに公表する必要もないが、

自分自身の中では明確に知っていたほうが、

心的複雑迷路脱出のためにも、

よきのことだと思う。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-ky


2012-01-09 21:37:25

「 幸せのコントロール 」=「『 考えない 』 のコントロール 」

テーマ:

簡単に言えば、

心の訓練とは、『 考えない 』 をコントロール下における自分になる!

ということである。


『 考えない 』 ということをコントロールできれば、人は楽な気持ちになれます。


取り越し苦労、持ち越し苦労、etc苦労などは、
『 考えない 』 をコントロールできないから、
それら苦労etcの奴隷にされてしまうのです。

『 考えない 』 ができることによって、
『 考える 』 ということがスムーズにできるのです。

生産的な 『 考える 』 ができれば、
自己実現が容易にできるようになれます。

生産的な 『 考える 』 ができるには、
まずは、『 考えない 』 をコントロールできないと始まれません。


『 考えない 』 の訓練例として、

どんなショックを受けようとも、
「 前へ!前へ!」 と前だけを見つめて
自分の背中を押すという思考行為があります。

後ろ向きになって、くよくよと考えたり、自分をイジメたりする考えを、
強制的に、断ち切ったり、再びまた寄ってきても、
前へ!前へ!と 『 考え 』 を振り払う思考行為が、
『 考えない 』 の訓練をしているということでもあるのです。

そう、

・誰かに声をかけた
   ↓
・そっけない態度を受けた
   ↓
・自分がダメなのかと落ち込んだ

となっていたのが、いつもの自分のパターンだとしたら、

・誰かに声をかけた
   ↓
・そっけない態度を受けた
   ↓
・ま、そんなこともあるさ!前へ!前へ!

という思考態度で対処しようとする意志が、
『 考えない 』 訓練をしているということでもあるのです。


『 考えない 』 を邪魔してくるものに、欲というものがあります。

昔の修行者というのは、ストイックに欲をコントロールしていました。

なぜならばそう、『 考えない 』 を邪魔されないためになのです。

欲があると、どうしても、『 考えない 』 を邪魔されます。

欲しいものを誰かに横取りされたら、
なかなか、「 前へ!前へ!」 なんて思い切れないのです。

修行者だろうと何だろうと、
『 考えない 』 をコントロールできなければ、
ねちねちズルズルとマイナス思考に憑りつかれて苦しんでしまうのです。

その不幸感が辛くてイヤゆえに、
自ら 『 考えない 』 訓練して幸せに近づこうとしているのです。

『 考えない 』 をコントロール下におければ、
心があらゆるものから開放されて幸せな気持ちになれるのです。

人間というものに心というものがあるかぎり、
この事実は、過去も現在も未来も同じだと思うのです。


『 考えない 』 訓練は、
「よし!『 考えない 』 訓練をするぞ!」 と意識的に実行態勢におかないと、
なかなか難儀なところがあったりもします。


P.S.

(俗世的なたとえと言うか話となるが、)

酒を飲んで酔ったら、
なぜなのか、
心が強い気持ちになってハッピー感覚になれたという
経験をした人ならば分かると思いますが、

酒を飲む前には、不安やら心配事などで気弱な心境だったのに、
酒を飲んで酔ったら、心が強気になったぞ!という時というのは、
そう、
その人や周囲の現状的には、一切、何一つとて、変化したことはないのです。

変化したのは、周囲の人の思いや外部的な変化ではなく、
自分の心の中の 『 考え 』 に変化が生じたのです。

酒を飲んで酔ったら、理性が麻痺して、
いちいち変なことは 『 考えない 』 ということができてしまったからゆえに、
気弱な自分が強気の自分に変われたりハッピー感覚になれたりしたのです。

酒の力ではあるが、
『 考えない 』 をコントロール下におけたからゆえに、ハッピー感覚になれたのです。


この 『 考えない 』 を訓練によって意識的にできるようになれば、
いちいち (外部要因でもある) 酒の力を借りなくても、
いつでも心は幸せ感覚に浸れるようになれるのです。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-be

2012-01-05 13:32:24

『 消費税を上げたいのならば、財務省職員の給与を毎月4割カットせよ! 』

テーマ:国防を思う

消費税を上げたら、日本の経済は絶対確定的に没落します。

そんなことは分かりきっていることなのです。

それが分からないのは、
お金に困った経験のない経済学者や評論家etc云々たちぐらいなのです。

ええ、
消費税が上がったら、
人口の半分以上を占めるであろう、
ただですら給料の安い一般国民たちは必要以上に財布の紐を締め始めます。

消費税が上がると同時に、
ちゃんと給料も上がれば、そんなことはないのですが、
給料が上がらないのに、消費税が上がったら、
必要以上に財布の紐を締めるのは当たり前のことなのです。

そう、
そういう人間心が分からないのが、
お金に困った経験のない経済学者や評論家etc云々たちなのです。


--------------------

たとえ消費税が上がったとしても、
毎月の給料が今まで以上に上がれば
国民は、財布の紐をジワジワとユルめ始めるし、
自分の会社の未来が安定的に思えてくれば、
「よし!来週の週末には、久々に家族で旅行にでもいくか!」
とか、
「薄型テレビとブルーレイは各部屋に必要だな!」
とか、
「ハイブリッドの車も試しに一台買っとくか!」
とか、
「etc、etc!」
ってな気持ちになって、
ジワジワからガンガンに向かって財布の紐をユルめだすのです。

そういう経済的に余裕を持つことができると同時に、
精神的にも余裕を持つことができた人たちが日本国中に増えれば、
お金が(消費が)回りに回って、
国の景気がV字上昇的に上がりまくっていくのです。

ま、とにかく、
消費税を上げるよりも先に、
日本全体の景気を活性化しなければ、
ただですら体力を奪われている体にトドメを刺すぞ!かの如くに、
脱出不可能な不景気底なし沼に(日本経済を)突き落としてしまうってことが、
普通に見えまくってくるのです。

それでも消費税を上げるというのならば、
野田どじょう総理という人間は、
数年後の未来現実結果視点からみて、
日本の経済を破滅に導いたA級戦犯者となりますわね。

それと、その訪れし未来の危機を、
国民に分かりやすく説明報道放送しない、
分析理解力のないマスコミたちの責任でもありますわね。

ま、そういうことになります。


~~~~~~~~~~

景気というものを上げるには、
様々に規制されまくった規制を緩和し、
足枷のように拘束された法律を排除し、
税を下げ、財政出動をして、
リターンのみこめる事業や産業に参入すればいいのです。

『コンクリートから人へ』なんぞというスローガンのように、
リターンのみこめない社会福祉etcなどばかりにお金を投資し、
リターンのみこめる事業や産業には
お金を投資しなかったり減額ばかりしていたら、
普通に考えても、
未来の日本国に収入をもたらす事業や産業が激減してるってことだから、
当然のごとくに税収は超激減し、
老後の安定(社会福祉)どころではなくなってしまうのですよね。

ええ、
若くして職を失ったり、職に就けなかったりする人が、
5人中1人の割合で増えまくってしまったりもするかもしれません。

高い学費を払って大学に通いそして卒業しても、
残念ながら就職先がないなんぞという日本国にしたら、
まったくをもって、
野田どじょう総理曰く、
「未来の子供たちにツケを残さない為にも・・!!」
どころの問題じゃなくなってしまいますよね。

日本は、
国民たちの仕事に対する考え方も優れ、
能力や技術力etcも優れまくっているのに、
つまらぬ法律や規制にガチガチに束縛されまくていて、
本来の力を発揮できない状態にあるのです。

その力を解放するのは、政治家の仕事です。

その仕事を後押しするのは、マスコミたちの仕事なのです。

しかし、
無能でかつ勇気もない政治家やマスコミばかりゆえに、
日本という国は、まったくゼンゼンに、
明るい方向に脱出前進できない状態にあるのですよね。

~~~~~~~~~~~


ええ、
「消費税を上げよう!」なんぞという財務省云々の考え方は、
国民はお金をいっぱいもっているので、
税を上げれば上げた分、国の税収が増えると考えているのですよね。

ええ、
日本国民のタンス預金は、
1400兆円から1500兆円といわれています。

日本の1年間の国家予算が約90兆円くらい、
東北地震の今後10年間の復興費が約30兆円くらいということを考えると、
日本国民というのは、実際、もの凄いお金持ちということがわかりますよね。

そうその、
国民たちがタンスにしまっている多額のお金を引っぱり出すには、
「税を上げるのが一番の方法なのだ!」
という機械的な考え方に固着しているのが、
お金に困った経験のない経済学者や評論家etc云々たちなのです。

国の経営に直接的に携わっている財務省の人間というのは、
大半がそういう考え方をしているのです。

国民たちは金をいっぱい持ってるだから、
税を上げれば、自動的に引っぱりだせるだろうという考え方です。

しかし、日本国民が平均的にお金を持っているのではありません。

タンス預金1500兆円といっても、
その大半は、年配層の人たちの貯めこんだお金がほとんどなのです。

若い世代の人は、全体的に給料が安いので、
あんまりお金を持っていない人が多くいます。

またそれに、
年配層の人たちというのは、
お金を使いたいという欲が薄れてきたような人たちが多いので、
普段からあんまり買い物なんてしないのです。

あとそれに、
定年後の生活に対しても強い不安をもっているので、
「いざという時のために!」
とか、
「もしものときのために!」
ってな感じで、
なかなかお金を使えない状態にあるのです。

ええ、
日本国にお金を回すお金を使いたい世代は、
低給料であんまりお金を持っていない若い世代の人たちなのです。

なので、消費税を上げれば、
給料の安いお金を持っていない世代の人たちは、
条件反射的に、財布の紐を締め始めるのです。

ゆえに、
消費税を上げれば、
タンスに眠っている多額のお金をむしり取れるという考え方は、
現実的に、的外れな策となってしまうのです。

財務省の人たちというのは、
分かっているのか分かっていないのか、
そういうことをしようとしているのです。

ええ、
『 人間心が理解できない=経済が理解できない 』
ということなのです。

--------------------


もちろん、消費税が上がる前の年には、
駆け込み消費で物を買う人が増え、
国民の消費がガツーンと上がりますが、
消費税が上がってしまったら
確実的に財布の紐を締め始めると思うのですよね。

ええそうです、
野田ドジョウ総理は、
2014年4月に8%、2015年10月に10%と言っているので、
それが決定すれば、
2012年から2014年4月までの間に駆け込み消費がガツーンと上がり、
そして、
「あっ、来年の10月には10%になっちゃうんだ!!!」という危機感により、
しかたない的な感じで、、
2015年10月までの間にも、
軽い傾斜だとは思いますが、一応、消費は上がると思うのですよね。

ええ、みなさん、
この国民を見下すかのようなトリックに騙されてはいけませんよ。

みなさんが買い物をしまくったのは、
来る消費税増税に対処するための、
単なる駆け込み消費ということですので、
その消費による景気の上昇は金メッキ的な一過性のものなのです。

消費税アップによって、景気が上がったわけではないのです。

野田どじょう総理の判断が景気上昇に導いたわけではないのです。

ええ、
消費税が上がった次の年からは、
景気は、確実的に、逆V字下降をしてしまうのです。

それが、未来に訪れる現実的なる事実なのです。

ええ、
消費税3%が消費税5%に上がったときでさえ、
実態結果的に景気が悪くなったので、
5%から8%に上がれば、
(バカ頭たちの)想像を超えるくらいに、景気が悪くなるでしょう。

1991年以降からの20年も続く不景気から脱出できないのは、
学生時代から、実際にお金に困った経験もなく、
机の上で一生懸命に勉強ばかりして、
オレこそが一番頭がいい!的な気持ちで高学歴者となったような、
いわば、
人の心(経済)の分からないような人ばかりが、
大学の教授になったり、官僚になったりして、
この国の経営に携わる権利権力のようなものを手に入れ、
そして、
その、権利権力をフルに利用して、
現実的に使い物にならないことばかりを、
「 これぞ景気経済UPの秘術! 」とばかりに
提案推奨採用した年月を繰り返してきたがゆえに
いまだに、
不景気から脱出できないのだろうと思えてしまうのですよね。

経済(人の気持ち)のわからない人に国の経営をまかせたら、
不景気になるのは当たり前のことなのですよね。

とまぁ、
まだまだ言いたいことはいっぱいあるのですが、
ま、
野田どじょう総理が、
ネバーネバーネバーギブアップの精神で国民に説明すれば、
国民も理解してくれるだろう的に消費税を上げると言うのならば、

まずは、
「消費税が上がっている期間は財務省職員の給与を毎月4割カットする!」
という、法的な絶対力で、
財務省職員の給与を4割カットさせてくださいな!

そしたら、
2014年4月に8%、2015年10月に10%という
消費税のアップに肯いてやってもいいですよ!

ってな感じですかね。

まぁ、とにかく、
消費税を上げたいのならば、
財務省職員の給与を毎月4割カットするという法律をつくってくださいな!

ってことです。


おそらく、
(財務省が)
野田どじょう総理というスピーカーをとおして、
「税を上げなくてもイイ方法が絶対あると思うので、
 消費税のアップは、もうしばらく、考えてみます・・」
的なことを、
手のひらを返したかのように、表明してくると思いますので。

ええ。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-y-i


2011-12-26 13:47:57

『 外部からのマイナス反応に強くなろう! 』

テーマ:

外部からの高評価や好意や好認や周りと繋がってる感に喜びを感じすぎると、
やっぱどうしても、
周りからの批判や悪口や誤噂などなどのマイナス反応に対して、
力いっぱいに弱々しくなってしまう。

外部からのプラス反応に対して無防備に手ばなしに喜ぶ癖がついていると、
ある時突然に空気感が微異変した周囲のマイナス反応に敏感になったりして、
アホみたいに心配性になったり落ち込んだり、
卑下否定的な過去反省などして、
まるで、無力で自虐的な幼子のように弱々しい自分になったりもしてしまう。

そう、
とにかく、
外部から得ることのできた
自分にとって好ましいものに対して喜びを感じすぎる癖がついていると、
その喜びの強さに比例するかのように、
外部からのマイナス反応に対して弱々々々しくなってしまうのです。


そう、
批判や非難や中傷や悪口や誤噂などなどのマイナス反応というのは、
全ての人間たちの人生にとって、いわば、付き物でもあり、
誰にも逃れられないものの内の一つだとも思うのです。


そうよ、世の中を見渡してみてください!

世界的に有名な芸能人であろうとも、
優秀で有名なスポーツ選手であろうとも、
大企業の社長であろうとも、
聖職者であろうとも、
大金持ちであろうとも、
超美人であろうとも、
超美男であろうとも、
アメリカの大統領であろうとも、
日本の総理大臣であろうとも、
みんなみんな例外なくに、
批判や非難や中傷や悪口や誤噂などなどのマイナス反応を
受けまくっている姿が普通に見えてきたりもしてきますでしょう。


そう、善人・悪人、関係なしに、
人間として、様々な個性&感情をもった人間々々と生きているかぎり、
世のマイナス反応から免除開放されることなんてありえないのです。


人間を愛し、
人間という生き物を信じているという人であっても、
この現実的事実は、心の片隅で理解しておく必要があると思うのです。

人間を愛し、
人間という生き物を信じているという人の中には、
「私は、南アフリカのヨハネスブルグの街を夜ひとりで歩けるよ!」と
愛に敵なし的に豪語する人もいるでしょうが、
人間を愛し、
人間という生き物を信じているという人であったとしても、
南アフリカのヨハネスブルグの街を夜ひとりで歩いてはいけないのです。

ひとりでなく、ボディーガードがついていたとしても、
夜の外出は犯罪に巻き込まれる可能性が高いのです。

女性であるならば、
私は小学生だからレイプされる心配はない!と考えるかもしれないが、
あそこは、
処女とセックスするとエイズが治るという変な迷信が蔓延っているので、
生まれたての赤ちゃんであったとしてもレイプされてしまう可能性があるのです。

ま、そのくらい、危険な犯罪大国ということです。


人間を愛し、
人間という生き物を信じているという人であったとしても、
「人間という生き物の、いったい " 何(要素) " を信じてるのか?」
という見極めが必要なのです。

頭の弱い善人・聖人・武人であっては、自分も他人も守れないのです。

ってな感じで、
「まじめに愛を抱いて接していれば絶対に人から批判されることはない!」
と思い込んでいる人もいるでしょうが、
残念ながら、
まじめ好きな人には好印象を受けるでしょうが、
まじめ嫌いな人や愛に不信感を感じている人たちには
吐き気がもよおすほどの拒絶反応をされたり迫害されたりもするのです。

また、
人に優しく接していれば、
大多数の人々には喜んでもらえたりもするでしょうが、
一部の人々からは、
「アイツは羊の皮をかぶった悪魔だ!偽善者だ!」etcと、
誤解的なマイナス反応を受けてしまったりもするのです。

オリンピックで金メダルをとれば、
たいていの人々から尊敬を受けたりもするが、
一方では、妬みや様々な感情etcから、
理不尽的なマイナス反応をされたりもしてるのです。

そう、結局、
自分的にはどんなに気をつけて人生を生きても、
外部からの批判や非難や中傷や悪口や誤噂などなどマイナス反応から
完全に免除、標的外されることはないのです。


であるならば、
「外部からのマイナス反応に対して抵抗力をつけるべし!」する方が、
精神的にも楽になるだろうし、
精神的な苦痛が少なくなれば、普通に、幸せ感が増えてくると思うのです。


そう、
外部からのマイナス反応に強くなる為には、
やっぱり、頭の部分をおさえるのが一番の方法だと思うのです。


仕組み的にいえば、

好ましい評価や尊敬に対して強く喜べば、
条件反射的に、
嫌な評価や蔑みに対して強いショックや悲しみを
感じてしまうようになってしまうということです。

今、食べたいと強く思えば、
今、食べられないことが耐え難いことになってしまうということです。

そう、
頭の部分をおさえるとは、
自分の喜びや幸せ感を分析し、
その発生源にメス(対処・修正・修養)を入れるということであり、
すなわち、この場合、
外部からの高評価や好意や好認や周りと繋がってる感etcなどに対して、
無防備に手ばなしに喜んでいた癖を修正するということなのです。

高評価や尊敬を得たとき、
前の自分は、嬉しくて舞い上がり、調子にも乗ったりして、
妄想他評価的に、
「自分は凄いと皆に思われている!」的に思って自己満足していたところを、
今度からは、
人からプラス反応を受けたら、
前みたいに手ばなしで喜ばずに、まずは、感謝で受けとめる考え方をしていこう!
、etcな感じで、
得たこと、与えられたことに対して、
冷静に感謝で受けとめ、
そして、
外部の存在に対して、
精神的に依存しなくても大丈夫な自分に修正、修養していけばいいのです。


------------------------------

『今、食べたいと強く思えば、
 今、食べられないことが耐え難いことになってしまうのです。』
の場合の頭をおさえるとは、
食べたいという強い欲求を上手くコントロールするということなのです。

そう、たとえば、
「自分は今、遭難中だから、食べ物が食べられないのは当たり前のことなんだ。」
的な想定想像シュミレーション思考で自分を納得させれば、
今、食べたいという強い欲求を騙し騙しにもコントロールすることが可能なのです。

足を怪我して不自由な人は、
「自分の足は生まれつきこうなんだ!」と考えて自分を納得させれば、
考えない時の数倍は自由な気持ちにチェンジできるのです。

このような思考法を上手に活用して、
頭をおさえる修養をすればいいのです。

------------------------------


批判や悪口etcなどの
外部からのマイナス反応に強いということは、
すなわち、
外部への精神的依存が極力少ないということでもあるのです。

外部への精神的依存が少ないということは、
他者から好かれたり褒められたり尊敬されたりすること、
総じて、外部から得たこと、与えられたことが、
自分という存在の
喜びや幸せや楽しさや活力や高テンションetcを
築き支えているわけではないということでもあるのです。

外部からの好ましい供給が、
自分自身のプラス思考や感情を形成しているわけではないということなのです。

自分という存在は、
外部存在の精神的奴隷者にはなっていないということなのです。

ゆえ、
精神的依存が少ない人は、
外部的な変化にいちいちブレるということがほとんどないのです。


そう、なかには、
外部存在から得たことや与えられたことに対して
喜ばない自分に形成してしまうと、
なんだかまるで、
人生というものが、
まったくぜんぜんツマラナイもの面白くないものに
なってしまうんじゃないかと心配する人もいるかと思いますが、
大丈夫です、その考え方自体が間違った思い込みでもあるのです。

なぜならば、
人間の幸せとは、
好きなものがある!好きな存在がいる!
という思いが自分の心の中に存在しているときに、
疼くかのような幸せ感覚に包まれるようになっているからです。

どうでしょうか?
片思い・両思い関係なくに、
めっちゃ好きな人がいる!
もの凄く好きな趣味がある!
という精神状態の時が、
一番、幸福感を感じたりはしないでしょうか?

好きなものや好きな存在を思うだけでワクワクとした嬉しい感覚が、
心の何処かから
湧き水の如くに湧き上がってきたりはしないでしょうか?

そう、
いくら大勢の人に好かれて熱烈に愛を囁かれたとしても、
その人たちのことをまったく好きになれなければ、
ただウルさくてウザイという不快感覚しか抱けなかったりもするのです。

そうやっぱり、
ある人に熱烈に好かれたとしても、
自分がその人のことを好きになれなければ、
なんだかなぁ~??的な感じで、心の中に幸せ感は疼かないですよね。

そうです、
自分発信で何かを好きになれる精神状態の時が、
人間にとって、一番、幸せな感覚でもあるのです。

精神的依存が少ない人の喜びや幸せというのは、
大半が、自分発信で何かしらの存在を好きになっていて、
自家発電的に喜びや幸せ感覚を感受していたりしているのです。

他人に好かれたり認められたりすることが幸せの素ではなく、
自分発信で何かしらの存在を愛しているということが幸せの素になっているのです。

なので、というか、
精神的依存の少ない人は、
もの凄く趣味が多いし、二次元、三次元、四次元をとわず、
興味関心のある好きな存在がいっぱいいたりするのです。

そうです、
好かれることが幸せなのではなく、
好きな存在がいるということが幸せなのです。

(本人は意図としてないが、
 人に対して支配する気持ちもなく、
 明るいので、現実的事実として他者から好かれることが多い。)

両思いが一番幸せでもありますが、
両思いであったとしても、
ある日ある時、その人のことを好きになれなくなったら、
幸せ感覚は消え去るし、
一緒にいることが苦痛になったりもするのです。

自分発信からの好きが心からなくなったら、
傍にいようが遠くにいようが誓いをたてようが何だろうが、
残念ながら、自分の心から幸せ感覚が消滅してしまうのです。

そういうものなのです。


そうよ、
外部依存、外部任せではなく、
自分発信で何かに興味関心を持ち、そして好きになる!

この精神状態に至ることが、
マイナス反応に強く!
そして、自家発電的な幸せ感エネルギー源も持っている!
という、最強の精神状態だと思うのです。



簡単な要としてまとめますと、

外部からのマイナス反応に強くなるために、

外部から得た好ましきプラス反応に対して、
「これぞ私の幸せ♪」的に執着して
喜びすぎないよう自分の心をコントロールすること。
(得たものに対しては、感謝の気持ちで対応すると統御しやすい)

得たであろうと思われる外部からの好ましきプラス反応を、
妄想にひたるかのように繰り返しに想像して喜びたがる癖を修正すること。

の2点を、
ついつい忘れないよう常日頃から自分を戒めて実践していれば、
じわじわジワジワと、
批判や悪口や誤噂話なんぞというマイナス反応に対して、
昔とくらべて数倍数十倍と抵抗力が強くなってきている自分を
確かな感触として実感できるようになれてくるでしょうと、

思ったりとね。

Angelyの悩み雲を晴らす技術詩集-n-k


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