Angeli・ka fuです。

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名古屋 子どもを亡くした親の会で

パパ会・ママ会 開催だそうです。

お父さんもいろんな気持ちがあると思うのです。
でも、お仕事があったり、外に向かうためには、感情や気持ちを封印してがんばるしかない、
ところもきっとあることでしょう。
人前で泣くことなんで、できなかったりもするでしょう。

わたしの主人は、外で泣けないのだから、家でくらい泣かせてくれ、と言ってて、
二女の前では泣かない、と決めていたわたしと、気持ちが通じ合えませんでした。
当時、どちらも、それぞれ精一杯でした。

 

お父さん同士、がんばってることを認め合える時間だったり、

感情のままに涙したり、お子さんのことを語り合えたり、
無理しない、そのまんまの自分でいられる時間になったらいいな、とわたしも思います。

もし、そんな時間を過ごしてしまったら、
明日からの仕事ができないんじゃないか、このまま崩れていくんじゃないか、
そんな心配もあるのかもしれません。

でも、きっと、それは稀有だった、と解ってくださると思います。

同じ気持ちを持って、頑張ってる人がいる、ということが、
日々を過ごす支えに、きっと、なります。

お部屋は、パパ会とママ会、別々だそうです。
それもいいですね。
やっぱり、母親の気持ち、父親の気持ち、子どもへの愛は同じでも、考え方の異なるところもあることでしょう。
何を話しても、何を感じても、OKな時間を、

味わってくださいね。

 

 

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少しご無沙汰していました。
11月に飼っていた黒猫が交通事故にあい、死んでしまいました。
神さまは無常だなあ、とつくづく。
無常だ、ばかやろーと思ってるから、またこんなことが起こるのか?と自分を責める迷路にもはいってみたり。
感情も、気持ちも、いろいろありました。もとい、あります。
また、少しずつこちらにも気持ちを綴ってゆきます。

クリスマス、、ですね。世間は。
私も今は、普通にクリスマスを賑やかに過ごしたり、祈りを届けたり、メリークリスマス!と伝えあったり、
するように、できるように、なりました。

それでも、心の中のどこかには、同時にあります。
かなこがいなくなって初めて迎えるクリスマスの胸をかきむしりたくなるような辛さ、、
(クリスマスに限ったことではありませんね。
お正月も誕生日も卒業式も入学式も夏休みも・・・折々に。)
世間が賑わう季節には、反比例のように
息苦しくなったり、暴れたくなったり、目を背けたり、感情を封印したり、・・・
その奥には、
あんなに楽しくてしあわせだった時間を自分は、もう二度と、絶対に、過ごすことはないんだ、
という絶望に近いものがあるのでしょうか…
書いてて悲しくなります。読ませてしまって、ごめんなさい。

クリスマスには、
辛さを抱えながら、涙しながら、も世間の賑わいの中にそっと紛れ、
一緒に食べるよね?とケーキを買って
天に神さまに夜空にキャンドルに、どうか子どもがしあわせでありますように。
と祈りますね。

そんな気持ちと同時に、
自分にも優しく。この世を生きる自分の為に祈りを捧げる、聖夜でもあっていいのかな、と今は思っています。
読んでくださってるみなさまにも。祈ります。

名古屋親の会を主宰されてる、淳子さんがブログにてすてきな絵本をご案内されてましたので、
ご紹介しますね。
わたしも購入してみようと思います。
ご紹介ありがとうございます。




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「松山城」

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かなこ絵画コレクション → まとめページはこちら

「松山城」

 

これは、きっと紅葉の時期の松山城です・・ね?

桜の季節は花見に。
秋にはどんぐり拾いに。
いろんな思い出があります。

 

この地で生まれたということ。
この地で育ったということ。
私と主人の娘であるということ。

そんなことの起こる確率って?途方もない奇跡ですね・・
この世で出逢う縁は、どこから繋がっているのでしょうね。
そして、どこへと繋がるのでしょう。






 

 

 

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「美しい瓶」

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「瓶」

これは、一部、貼り絵、になってます。瓶のラベルのところですね。
わたし、この瓶の絵を見ると、
お手紙がはいってて、
海を渡って届く、外国の綺麗な美しい瓶、をイメージするのですね。
なぜだかわからないけど。
映画とか、本とか、そんなところからのイメージでしょうか。

あちらから、お手紙付きで、いつか、届かないかなぁ。。
そんなことを想います。





 

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私はずっと泣けませんでした。

こんなに、こんなに、悲しいのに。こんなに、こんなに、苦しいのに。辛いのに。

ぽろぽろと涙こぼれることはあっても、
うるうると胸がくるしくなることはあっても、

わんわん、声を挙げて泣くことはできませんでした。

 

毎日毎日、家中に響く声で号泣していた義母が、

羨ましく、妬ましかった。

一番、一番、悲しいのは、苦しいのは、母親であるわたしのはずなのに、なんで、あなたがそんな大声で泣くの。
そんなことを思ってました。

 

たとえ、悲しくても苦しくても

感情を脇に置くことができた。
引きこもって人との接触は絶ったけれど、

家事はできた。

寝込むこともなく、

やらなくちゃいけない、最低限のことはやれた。

 

私はどんなにか冷淡で冷たく、心のないひどいやつだろうか、と。

だから、神さまはこんな私から、こんな私だから、かなこを連れ去ったのだと、思った。

 

心理学を学ぶ流れの中で、エニアグラムを学んだ時、

自分の特性を知って、ほっとした。

あぁ、私は理性が強いタイプだけど、決して感情がないわけではないんだ。

出せない、出さない、だけ。
本当にほっとした。『冷たいやつ』である自分が許せなく、ずっと責めていたから。

 

キャラクトロジー心理学を学んで、

自分のキャラクターを知って、ようやく腑に落ちた。

私はリジットという、感情を固め、感じないようにする特性を持ってた。

 

感情を封じ込めてた・・のか・・

 

初めて、声を挙げてひとりわんわん泣いた日、
本当にほっとした。
あぁ、これが悲しい、って感情なんだ、と思った。

 


かなこが亡くなって10年以上経過してました。
もし、わたしと同じような方がいらしたら・・と思って書いてみました。

 


あなたが人目もはばからず、号泣できないのは、
冷たいからでも非情だからでも愛がないから、でもないのです。

あなたの中に愛はあります。
 

あぁ、これが悲しいってことなのか、と思ったように、
あぁ、これが愛なのか、って思える体験がありました。

人は、どちらかひとつだけ、を感じることはできなくて、
どちらかを封じ込めると、他の感情も封じ込めてしまうのですね・・


いつか、あなたがあなたの中にある愛にたどりつき、ほっとする瞬間がありますように。