例えば…。

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例えば…

かなこが、

「おかあさんの傍で、隣で、ずっとずっと、ずーーっと、くっ付いて一緒にいるよ。」

と言ってくれたとしたら、、

 

ううん、ずっとじゃなくていいよ、と。

そう言うだろう、自分がいることに気付く。

 

ずっとじゃなくていい。

あなたはあなたのやりたい事を。

自由に好きなように楽しんで!

 

生きる世界は違っても

そんな姿は視えなくても

願うことは、この世と一緒なんだ。

 

あなたがあなたの人生を歩くことを。

おかあさんは尊重したい。

 

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四国地方?西日本?梅雨明けしたそうです。

聞いた瞬間、
だよねーーっと。(-"-;A ...
だって、朝から蝉がうるさいくらいに鳴いているもの。

 

毎年、毎年、梅雨明けブログ書いてるような?

 

梅雨明け、はそれだけわたしにとって最重要課題なんだな、と・・・
梅雨明け→盛夏へ というイメージがあるのでしょうか。
そう思うとなんとなく、どんよりするというか、胸がぎゅっとするというか、、なのですね。
何年経とうと、
身体に刻み込まれた、季節とともに感じる感情、傷み、のようなものが残っているのでしょう。
じわじわくる夏の空気感、気温、風や音や蝉の声や色鮮やかな草花や朝顔や、開放的な夏休みの雰囲気や、
そんなものが、、胸をざわざわさせます。
もう、条件反射のようなものですね。

あーー、ホント‼夏は嫌いです。
嫌なものは嫌です。

夏休みも嫌いです。
暑いのも嫌いです。
そう、嫌いなんです!!!

嫌なものを嫌、と認めると、少しほっとしますね。
嫌だけど、なんとかしなくちゃ、どうにかしなくちゃ、と思ってしまうと、人はしんどくなります。
まずは、嫌なものは嫌なんだ、を認め、
嫌でもいいですね。嫌で当然なんです!
それを認めたら、
あぁ、嫌でもこんなこともできてるじゃん、と小さなことを認めることもできますね。
朝顔も花火もきれいだね・・と少し思えます。

 

夏、夏休みには、たくさんの事故のニュースも流れます・・
その度に、

あぁ、また夏休みに辛い人が増えてしまった、、と胸がぎゅっとなります。
ご家族の気持ちが手に取るようにわかり、どんな時間を過ごされているか、、と。
まだ亡くされて年月の経ってない方は、
夏の気配を感じるだけでどうにかなりそうで、泣けてきて、息が苦しく、逃げだしたい気持ちばかりでしょう。

わたしは、亡くして1年目、
夏がくるのが怖くて怖くてたまりませんでした。あと少ししたら、
1年前のかなこの思い出を振り返ることができなくなる、
1年前の楽しかった夏の記憶をたどることも悲しいですが、
それがなくなってしまうこと、途切れてしまうその日がくること、それがとても怖かった。

家じゅう締めきって引きこもってました。夏の気配も夏休みの風も子どもの声も感じないようにして。
次女が、
夏休み明けに幼稚園から帰ってきて、
「○○○は、なんで海とか遊園地とか行かんかったん?」
っと聞いてきました。きっと、お友達が夏休みの思い出話をしたのでしょう。
あぁ、ごめんね、と思って、
2年目の夏休みは、少しだけ外出をがんばってみた記憶があります。

自分ではどうにもならない時期は絶対にあって、その時に無理することはないです。
あとから取り戻すこともできるし、
少しやってみようか、とか思うときも、少しできるようになるときも、必ず!やってきます。
だから、無理な時は無理でいいのです。
あぁ、わたし今は無理なんだ、と認めてあげてください。
大丈夫。
ずっとずっと、一生このまま同じではないですから。
悲しみはなくなるわけではないですが、
形が、やり方が、やり過ごし方が、変化してゆきます。

だから、今はそのまんま、今のあなたでいいのです。
そして、そんな中でも、できてることを数えてみてください。
日常のちっちゃなちっちゃなことでいいのです。
生きてるだけ、息をしてるだけでいい、
そんな時期もあります。

盛夏、夏休みに向かうこの季節に。
息が苦しくて涙が止まらなくて悲しくて夏がくるのが怖いあなたへ。







 

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「カノン」

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Angeli・ka fuです。

はじめましての方はこちらをどうぞ。→こちら

ご訪問ありがとうございます。
 

パッヘルベルの「カノン」
大好きな曲でもあり、
わたしにとって、思い出深い曲です。

かなこを妊娠中でした。ミニコンサートが開催されて、
お腹に手を載せて、目を閉じて聴いてたわたしの瞼の裏に、知らない景色がばーーーーっと拡がった、
そんな体験はその時が初めてでした。
えっ!?っと思わずびっくりして、目を開けてしまった・・・それ以来何度やっても同じことは起こらなくて。
かなこがいなくなってから、カノンを聴いたらそんなことがまた起こるかしら?とCDを買ったりしました。
あの景色、映像は、何だったのでしょう。
麦?のような穂が揺れて、一面黄金色で、風に揺れ、その風がわたしのほうへ向かってざーーっと。。
実際に風に吹かれ髪の毛が揺れたような気がしました。
あの風景は前世だったのかしら?と確信も何もないですが、すこーしだけ思ったりします。

次女は、ピアノでこの曲を弾いてくれました。
眼を閉じて聴いてみたけど、その時も同じことは起こらなくて。
次女が、わたしの好きな曲を選択し、弾いてくれて嬉しかった。

少し前になるのですが、
朝付けたテレビの天気予報のバックに流れてたのが、
「カノン」でした。

何度も何度も聴いたカノン。
しばし、お弁当を作る手を休めて、
聴いてみました。
なぜだかわからないのですが、
まるで、自分が新しく生まれ変わったような、穏やかなただただ静かな気持ちになりました。
ちょうどその頃、わたしにとって大きな気づきがあったりしたので、
そんな気分になったのかもしれません。

長い長い旅をしていたような。
いやいや、まだ終わってないんですけど。。
旅は続いてゆくんだと理解しながら、

いったん休憩する、
そんな気分でした。
休憩もまた、ほんの一瞬なんだろうけど。

「カノン」の曲ように、人生は?関係性は?魂の旅は、
繰り返され、追唱され、ずっと、ずっと続いてゆくのかな・・・
と思ったりしました。
穏やかな朝でした。

今朝、天気予報を付けたら、また「カノン」が流れていました。
ちょうど昨日、びっくりするようなことが起こり、
自分が変われば相手が変わる、、を実感してたところでした。
もう絶対無理だと、仕方ないんだと、あきらめてるようなことが変化して、
あぁ、まさかこんな日がくるなんて、と思いました。びっくりです。

なんだか、かなこが「よかったね~」っと、メッセージをくれたような気がして、
朝から嬉しく泣けてしまいました。

 

妊娠中に聴きにいったミニコンサート、隣には主人がいて、連れて行ってくれたんだったなあ、と
思い出したりしました。

もう20年以上前のことになるんだなあ・・・
妊娠中から本当にしあわせだった、と改めて思い出しました。



 

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猫2匹に感情揺らされて。

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Angeli・ka fuです。

はじめましての方はこちらをどうぞ。→こちら
 

うちに初めての猫がやってきたのは、昨年の6月でした。
そして、今年の七夕に二匹目の仔猫がやってきました。
七夕の日、仔猫がやってきたー(^^)/

おっとりのんびり性格でマイペース、人懐っこくて甘えん坊で、家じゅう自分のものだった先住黒猫に、
やんちゃでちょっとやばい(^-^;やりたい放題自由で好き勝手する仔猫がある日突然、乱入してきました。
仲良くなったら楽しいよねーーと勝手なこと思うは人間で、
それは、黒猫にとってはストレス以外のなにものでもないですよね・・・

仔猫は、おそらく黒猫にじゃれついてるつもりなのか?
後追いしたり、黒猫の動向をじっと観察したり、、
そんな態度に、黒猫は迷惑そうで、でもきっぱり怒れず、
それでもヒートアップする仔猫の態度に、いい加減にしろよーーっと、やり返しながら、
わたしの顔をいい?いい?みたいな顔でちらちらっと見たりします。
いいよ、いいよ、やり返していいよーーっと声をかけながら、
うーー、なんかちょっと切ない。

 

猫たちがじゃれあう?けんかしてる?姿が、かなこと次女の姿とだぶったり。

お姉ちゃんのあとをついて回り、まねっこばかりして、自由に好きなことやってたよなーとか。
黒猫がいないすきに、寝床にはいりこんだり、餌を横取りしたりする姿をみて、
かなこが溜め込んだきれいなシールやおもちゃを、いない間にこっそり使い込んだりしてた姿を思い出したり、
黒猫が何をしてるか、うしろからじーーっと観察する姿が、
次女がまねをしようと観察してた姿とだぶったり、

あーーなんだ、これ。。この感情・・・
猫の姿をみて、そんなこと思い出してるわたしは、何やってるんだとか思いつつ。
胸がぎゅっとなります。
それでも、2匹から目が離せなくなったりしてます。

毎日あーだこーだ、と大変だったけど、
とてもとてもしあわせだった日々。つい昨日のことのようなのに、もうずっと過去のこと、、ですね。
関わりあう猫の姿をみながら、
感情を揺らされながらも、
母としてしあわせだった日々を思い出し、再確認もしています。


馴染んで、慣れて、そのうち、仲良くなれますように。。
 

Angeli・ka fuです。

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久しぶり参加の広島の親の会主催者の 俊ハハさん とKちゃんを迎えての親の会。
話しのテーマは、いつもいろいろ出ますが、
今日は、
「子どもたちからの合図・メッセージ」

という話がメインでした!

名古屋、子どもを亡くした親の会「心のままに月の光の会」
「セラピールーム光のささやき」を主宰されてる荒川淳子さん★じゅんちゃん(光穂ママ)が

著書
からだは心の道しるべ~闇と光とともに生きる~の中でも書かれてます。
(読まれた方、とてもほっとする、嬉しくなるテーマでしたよね!!)




子どもたちは、お母さん、お父さん、ご家族に向けて、
自分の存在に気が付いてほしくて、なんらかの合図、メッセージをくれるということ。
それは、お母さんにだけは判るような、身近な人だからこそ!解る合図だったりします。
あ、これあの子だ!あの子からだ!
ピンとくるのは、本当に家族の絆があってこそ、だと思います。

そんな合図があること、
自分が気づいたのはこんな合図だった~~、こんなメッセージだった~~
そんな話に花が咲きました。
わたしの場合は、
「真冬のダンゴムシ」(^-^;笑
↑今日のブログの題はこれにしよう~~(笑)

と会の中で言ったけど、やっぱちょっと抵抗があったので、σ(^_^;)
変更してみました。笑
より、今日の会のテーマにふさわしく。^^
じゅんこさんのブログ「時空を超えて生きる」
わたしたちバージョンに加えて、
わたしたちは、きっと次元を超えて子どもたちと共に生きている、と思えました。

他にもたくさんの合図、メッセージの話が出ました。
子どもたちは、姿は視えなくても、魂の存在として近くにいるんだよ。見守ってるんだよ。
と伝えたくて、なにかしら手段はないかしら?と画策してくれてるんだと思うのです。
だから、親の会ではこどもたち集団での画策になる(と思ってる)ので、
よりわかりやすく、それそれーーってことが起こりやすくなるとわたしは信じてます。

みんなでカードも引いてみました。
「え?さっきの話聴いてたの?」
っていうようなカードたち。



そのあとも、
「え?あの話をした後に、今日このメールが届くなんて!!」
というようなシンクロ。

この世で姿が、成長が見守れないことは、残念で悲しくて辛くて・・
でも、必ず、存在してくれています。
「天国は、宇宙の先にある。けど、隣でもある。」
そんなメッセージの話も出ました。
子どもたちのいる世界は、どこか遠くの遠くの手の届かないような世界ではなくて、
ほんのすぐ隣にある、薄皮一枚隔てたような、重なりあった世界だそうです。
あなたのすぐ隣に、お子さまはいてくれてます。
かならず!です。

この世界とあちらの世界と

次元を超えて、
わたしたちは、重なりあって生きています。
決して、消えていなくなったわけじゃないよ。
それを知らせるために、ここにいるよ、って教えてくれるために、
子どもたちはたくさんの合図やメッセージを伝えてくれてるんだと思います。

 

荒川淳子さん著書♪

 

 

■Angeli・ka親の会 今後の予定■

     ★8月 お休み

     ★9月11日(日)
★10月25日(火)

★11月お休み
★12月上旬 X’masランチ会

 

時間 13:00~16:30 (都合のよい時間帯で自由に参加できます。)

場所 松山市内公共施設にて

参加費 500円
申込先・お問合せ angeli-ka@ezweb.ne.jp