(この写真は昨年12月のコースの際のものです。)
この1月の半ばに、アセンシアコースで教会へ参りました。
修了なさるにあたり、生徒さんへのメッセージをイエス様より頂戴しました。
生徒さんがご自身でメッセージを受け取っている間に、私も生徒さんへのメッセージを頂くのです。
ノートに自分にしか解読できないような字で書き取るのですが・・・
終えてノートを閉じて、しばし瞑想していたのですが、目を開けてふとあることに気がつきました。
ノートから真っ白い光が前方に放たれていました。
え??、どこから?とページをめくると、それは先程書き取ったイエス様からのメッセージでした。
「あぁ・・そうでしたね。聖なる言葉・メッセージは光。まさにこのように・・。」
というと、その白い光は、スーッと肉眼では見えなくなりました。
たとえ見えなくても、真意をうまく理解できなくても、聖なる言葉からは、こうして光が放たれ、その愛のエネルギーは目にした者の、聞いた者の内に浸透していきます。
この現象は天に向けての私のある問いかけへの答えでもありました。
「そこにただ置いておきなさい。いつでも受け取れるように。」
それが、イエス様を通してのお答えでした。
生徒さんへのイエス様からのメッセージは、個人へ向けてのメッセージであると同時に、アセンシアコース修了生の皆様、そして探求の道にある方、目にされ、受け取られる方皆様の色んな状況へ向けて贈られたものであると観じます。
生徒さんのご了解を得て、皆様と分かち合いたいと思います。
K様、シェアしてくださってありがとうございます。
*()内の補足は、言葉と同時にビジョンとして見せながら、言語化されなかった内容です。
イエス様より
自らを信じ
あきらめぬこと。
あなたのその意志こそが
あなたを目的の地へと導きます。
あなた自身を生かす道を歩まれてください。
神が与えたあなたの命を生かすこと
中心から外側に向かい
小さな網目のごとくに
全てと繋がってゆくこと
あなたが今なしていることは
小さきものも大いなるものも
あなたの内に抱くこと
小さきものから大いなるものを
(小さきものから大いなるものまで の意も含んでいます)
理解すること 知ることなのです。
木を見て森を見ず
森を見て木を見ず
いずれも、それでは全てを知ることは
真に理解することは
かなわぬものです。
(十分ではない の意を含んでいます)
一本一本の木も、
そしてそれらによって形なす森も
(一本の木、そして森に、息づく命全て を指しています)
同じように等しく見ること。
双方向です。
神から人へ
人から神へ
そしてひとつであることを知るのです。
そこに神の恩寵があるという
真の理解に至るのです。
愛と光があなたに届きますように。