プロセスを楽しむ

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日々の生活、日々の子育て、

日々の仕事、日々の家事、

日々の勉強、日々の療育、を楽しんでいますか?

 

「なんでこんな退屈なことをしているのだったかなぁゲッソリ

「こんなことを続けてどうなるのだろうショボーン

「ほんとうにやりたいことは、これじゃないのだけれどチーン

と悩む日々を過ごしていませんか?

 

こんな喩え話があります。

 

二人の子どもが母親の運転する車に揺られて3時間かかるディズニーランドに向かっているミッキーくるま。R

一人の子どもの目的はディズニーランドに着くことだ。彼は「まだ着かないの?」「つまんないよ」と言っているもやもや

もう一人の子は2つの目標を持っている。できる限り早くディズニーランドにつくことと、着くまでの旅を楽しむことだ。この子は窓の外を眺め、巨大なトラックが通り過ぎるのを興奮しながら眺め、道行く人々に手を振るイエローハーツそこにイライラはない。この瞬間を生き、この場所を楽しんでいる。

もし車が途中で故障し、ディズニーランドに行けなかったとして、旅を楽しんだのはどちらの子どもだろうか?

ディズニーランドに到着できれば、二人とも大きなご褒美を得られるが、それでも途中の旅を楽しんだ子どもは片方だけである。

(ラス・ハリス「幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない」より 引用要約)

 

日々の療育も、旅そのものを楽しむこの子どものようになる、ことが目標です。

苦しくてつまらない時間ではなく、少しでも、今、この瞬間にできることが増え、新しいことを学べる好奇心に満ちた時間になるように日々の療育プログラムを考えましょう。

 

なかでも、ことばの学習や

会話ができるようになるプログラムをしている時間は、

旅の途中であるとともに、旅の目的地だと言えるでしょう。

 

ご褒美がどれがいい?と尋ねられ、じーっと待ってもらえ、

指さししたり、覚えたての文字で欲しいものを書くことで、欲しいものを伝えようとする・・・・そんな学習はもっと滑らかなコミュニケーションへの旅の途中でありつつ、完璧な1回のリアルな会話なのです。

 

日々の生活の中では、なかなか時間をかけて待てなくても、1対1の時間であれば、じっくり待つことができます。

速いテンポで生活が流れる中で日々を過ごす子どもの中には、ゆっくり考えてゆっくり答えていいのだ、ということを知らず、表出しようとすることを諦めている子どももいます。

 

いつの日か、子どもと会話をしたいなら、

今日、子どもからの表出を、ゆっくり待ってみませんか?

今日、子どもが理解できるように、写真や絵本を使いつつ、ゆっくり話しかけてみませんか?

早く早くと子どもを急かして先に進むことを休んで、目を大きく開いて耳を傾けて子どもが話をしたくなる瞬間をじっくりゆっくり待ってみませんか?

 

旅は終えられる旅ばかりではありません。

でも、終えらないだろう旅でも、すでに歩き始めている今を楽しむことはできるのです虹

 

 

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ゴールデンウィークですね爆  笑

いかがお過ごしでしょうか?

 

今日は「要求」について、です。

 

週末におやつを食べよう、という時に、

3歳の娘がこんなことを言い始めました。

 

娘「クッキーが食べたい」

どうぶつビスケットを出すと、ちがう、と言います。

娘「バターのついているクッキーが食べたい」

クラッカーにバターをつける?

(そんなことはこれまでしたことないけれど)

ちがーう!と怒ります。

娘「バターが挟まっているクッキーが食べたい」

!!白い恋人!!

 

バターじゃないけど。ホワイトチョコレートだけれど。

先々月、1回1枚、2回ほど食べさせていたのでした。

けれど、我が家に在庫はないし、近所に石屋製菓もありません。北海道物産館へ行く予定もありません。

なので、

「ママも食べたいなぁ。でも、今は家にはないから、また今度見つけたら買おうね」と言って事なきを得ました。

(ちなみに、バターサンドは食べさせたことがないので、バターサンドかも?とは思いませんでした)

 

が。

「要求する」ということについて、いろいろ考えさせられる一場面でした。

 

話し手である要求者は、欲しいものが明確にあり、言葉や手がかりを重ねて伝えようとする。

そして、聞き手である提供者は、相手の欲しがっているものについて、発される言葉と現在と過去の文脈から類推して聞き取る。

 

その両者が一致すれば、

たとえ、バターがホワイトチョコレートであれ、

それが今目の前にないものであれ、

同じものを思い描けるのですよね。

 

話し手がどんなにつたなくても、伝えようとすることをあきらめず、聞き手が忍耐強く聞き取ろうとすれば、単純な物の要求って伝わることが多いだろうな、と思います。

 

でーもー、後で気づいたのです。

 

先月、白い恋人を食べた時の空き箱を娘の「ままごと遊びのクッキー入れ」におろしてやっているのです。

これ↓

開けると、母お手製のダンボールクッキーが詰まっています。

このクッキーが食べたいの!と見せてくれれば、すぐに欲しいものを理解してあげられたのに。こんなにわかりやすい箱、他にはないのに と思ったのでした。

 

発語のない子どもたちの言葉のトレーニングをしていると、もっとうまく聞き取りたいなぁ、と思うことが多々あります。「文脈」を共有できているとかなり多くのことを聞き取れるので、お母さんと一緒に考えたりするのですが、「伝えようとすること」を早々に子どもがあきらめてしまうことが多々ありますえーん

子どもにあきらめないで!と言っても、そんな言葉は意味を成しません。

あきらめないで要求を続けてくれるようにするには、大人が忍耐強く聞き取って要求を叶え、要求が叶ったキラキラと子どもが喜ぶ回数を増やすしかないのです。

 

白い恋人の中身をバターだと言ってもそれでいいのです。

箱を持ってきて これ と指さすだけでもいいのです。

 

生活を共にして楽しいことを一緒にする、ということは、そんな(テキトーな)伝え方でも伝わる、ということなのです。そして、その経験が要求したら叶う、という経験になり、その経験がもっと細かい要求も伝えたいという次への気持ちにつながるのでしょう。

 

子どもが自分の欲しいものを手に入れるまで、あきらめずに伝え続ける気持ちが育つといいなぁ、と願っています流れ星

 

しかし・・・。

美味しい記憶ってすごいなぁ、と思ったのでした。

約2ヵ月前に人生でたった2回しか食べていないものを思い描き、限られた語彙を駆使して要求しちゃうほどのモチベーションになっちゃうのですね。

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新学期と春休みの振り返り

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新学期も始まり、半月が経ちます。

 

「アタリラブラブ」とか「ハズレバツブルー」とか、

「あたったラブ」とか「いまいちショボーン」とか、

そういう言葉を耳にする今日この頃です。

 

どんな環境であれ、

「子どもが笑顔で通える環境に仕立てていこうとする」ことが大切です。

必要な情報は早めに新しい環境で関わる人々と共有し、支援や配慮が必要な時にはきちんと伝えていくことが大切です。

そのうちわかるだろう・・・そのうち気づくだろうし・・・そのうち・・・と先延ばししてしまうことが、子どもの日々の負担になってしまうことがあります。

大人の思いこみや大人の都合で、子どもが大変な思いをすることがないように気をつけたい時期ですチューリップ 

 

 

さてさて。

話は変わり、通常セラピーに戻って、

「春休みの過ごし方の振り返り」での話をば。

 

Kくんは春休み中、デイサービスへ通っていました。

春休み開始直後は良かったのですが、後半は少し機嫌がいまいちにだった・・・と、お母さんがおっしゃっていました。

いろいろ話をしていて、こんなことが原因かもしれない、と思い当たることが出てきました。

 

四角オレンジデイサービス施設はそんなに広い施設ではないので、どうしてもこじんまりとした動きになってしまう

上三角自宅もデイサービスも大人の目が近くにある

丸ブルー教えられて学ぶ機会が少ない

 

対して学校は、

四角オレンジ安全管理がなされているので、一人で体育館から教室まで移動する、校庭に出て思いっきり走り回ったり飛び回ったり、好きなように動くことができる(動かないでもいられる)。

上三角先生の目はあれど、いたずらという名の知的好奇心を満たす遊びもある程度は黙認される。

丸ブルー算数だったり、国語だったり、描画だったり、音楽だったり、いろいろなことを日替わりで楽しめる。

 

学校に通うということは、この子にとってそんな要素もあったたのですねぇ、とお母さんがしみじみと仰っていたのが印象的でした。

次の夏休みには、上記の気づきをすべて満たすようなことは難しくても、1つか2つ、もしくはちょっとしたことでも、何か取り組めそうなことを考えていくことになりました。

 

上三角自宅もデイサービスも大人の目が近くにある」

特に、このことは将来にわたる大きな課題になりがちです。

ことばの発語がなく重度の知的しょうがいをもつ子どもも、いつの頃からか「一人で過ごしたい」という素振りを見せ始めます。登下校の時に、お母さんがそばを歩くのを嫌がったり、部屋の扉を閉めてこもるようになったり、お風呂に一人で入って長く出てこなかったり・・・そういうご報告を聞くと、心の成長ぶりに頼もしく思います照れ

 

お話しを伺っていると、多くの場合、そういう日は「ある日、突然」「急に」やってくることが多いようです。

そういう「独り立ちの日」がくることを頭の片隅に小さく覚えておいて、心の準備をしておくことは大切なことなのだと思います。もちろん、独り立ちの日に安心して手も目も離すためにも、いろいろなことをコツコツ積み上げておくことはとても大切なことですぽってりフラワー

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前回の記事

小さな「あれ??」から「ひらめいた!」は子どもの経験値を増やします。そんな困った場面を解決できた経験が多ければ多いほど、確実に会話のスキルが伸びていきます。

と書きました。

今回はその「ちょっとした困った場面」のアイディア例です。

 

【ルーティンをくずす】

・いつもならおやつが出てくるタイミングで、おやつが出てこない

・どうぞ とプリンが出てきたのにスプーンが出てこない

・いつもは開けてから渡されるお菓子が開けられないまま出てきた

・どうぞ と出されたコップにお茶が入っていない

 

【アリエナイことが起きた】

・いつもはちゃんと着せてくれるのに、お母さんがズボンを頭にかぶせた

・お母さんが僕の靴を履いている

・すっごく晴れているのに、玄関には長靴が用意されている

・真夏なのにお母さんがフリースパーカーを着せようとする

 

【「ない」を味わう】

・自動販売機でジュースを買ってきて と言われたのにお金を渡されない

・帰宅時に玄関開けて と頼まれたのに、鍵を渡されない

・お風呂から上がったのにバスタオルを渡してくれない

・いつもの場所に動画を見るためのタブレット端末がない

 

ポイントは子どもをよく観察して、場面を設定すること、です。

子どもに「あれ?」と思い「こまったなぁもやもや」と思ってもらうことがポイントです。

パニックを起こさせるほどの困った場面はやり過ぎですバツブルー

自分で解決できることだと意味がありませんバツブルー

失敗に弱いお子さんの場合は、もっと些細な小さなことにする必要があるかもしれませんし、指示待ちの傾向が強いと「どこからか天の助けがくるはず~ラブラブ」と困る前に諦めてぼんやりし始めたりします。なので、お子さん本人の表情や普段の様子をよく観察して、考えることがとても大切なことです。

 

会話訓練

街で子ども達が楽しそうにしているのを見て、

春休みだなぁチューリップと思ったりしています。

セラピールームには、春休み・夏休み・冬休みになると

集中トレーニングの子どもがやってきます。

普段はコツコツ積み重ねていく学習が多くなりがちですが、

学校がお休みの時期には、複合的な分野に渡る課題や

ギュギュッと短期間でステップアップできる課題を重点的に行うことができます。

 

集中トレーニングで取り組むことの1つとして「会話訓練」があります。

 

ふきだし(ハート)質問されたら、答えた上で、相手に質問を返すこと。

ふきだし(…)覚えている知識ではなく経験を思い出して返答すること。

ふきだし(ハート)あいづちをほどよいタイミングで打つこと。

会話訓練には様々なステップがあります。

 

この春休み、会話訓練に取り組んでいる子どものお母さんと話をしていると、

グリーンハート経験していない事って答えられないよね、ということと、

ブルーハート子どもが自分の言葉で話せるようになると

経験をどんな風に子どもが理解しているか確認できるよね

という2つに行き当たりました。

(やっぱり、と言う話なのですけれど)

 

たとえば。

ICカード(スイカ、パスモ、イコカなど)を使って改札を通っていても、「ICカードってどうして必要なの?」という質問に答えられなかったりします。

普段、改札に入る前に「カードが要りますよ」と付き添っている大人に声をかけ続けられていると、ぼんやりと指示に従うことでスルーしてしまっていて、流れ作業のように流れている可能性があります。

そんな時は人の流れの少ない時にわざと声をかけず、子どもがどうするのかなぁ?と様子を見てみることをオススメします。

通ろうとしたら扉が開かなかった、という経験をすることで、ICカードの役割を理解できることがあります。

そんな小さな「あれ??」から「ひらめいた!」のは子どもの経験値を増やします。そんな困った場面を解決できた経験が多ければ多いほど、確実に会話のスキルが伸びていきます。

 

そして、駅ではICカードが必要だとわかっていても、「ICカードは電車に乗るためのもの」とは答えられなかったりします。

何に使うの?と聴くと、「改札を通る」と言っていて、なるほど・・・・と思わず頷いてしまったのでした。

カードをかざして開くのは、改札のゲートであって、カードで電車のドアを開けるわけではないので、直前直後だけで因果関係を捉えてしまうと、そんな理解になるのも無理はない気がしてしまいます。

子どもに子どもなりの表現をさせてみると、なるほど、そんな風に思っていたんだねぇ!と、子どもの見え方を理解することができます。

 

キャッチボールのように話を続けるための会話訓練、

子どもの見えている世界を覗かせてもらうための会話訓練、

会話訓練って奥深いなぁ、と思う日々です。

 

言葉が話せる、話ができる、会話ができる、ということは、とても楽しいことです。

会話訓練はトレーニング中からすでに楽しいものです。

表現する楽しさ、理解し合える楽しさ、そんな楽しさラブラブをたくさん味わいながら進めることが会話訓練を進める時のポイントです。

 

人と会話することが苦痛になってしまうと、会話訓練の意味がなくなってしまいますからねもやもや