[本] きちんと読むハルキ / 騎士団長殺し | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。



著名な画家の作者以外に存在を知られていなかった一枚の絵。
その絵を糸口に、自分の中に潜む、いわば目をそむけてきた
ネガティブな面に目を向け、探る物語です。

初めて村上春樹を読む人は、
凝縮された(といっても1,000ページ)ハルキ・ワールドを
満喫できる一冊です。

すでに何冊も読んできたハルキ・ファンには、
予定調和を安心して楽しむ一冊となるか、
逆に肩すかしをくったと感じる一冊となるでしょう。

私は微調整された予定調和を楽しむ一方で、
今この時期に世に出た作品にしては時代とのズラシを感じました。
(ズレたのではなく、意識的にズラシた)


   ◆      ◆      ◆

 

 

 

 


妻から好きな男がいると離婚を切り出され、
商業的肖像画家の[私](36歳)は都内広尾のマンションを出ます。

しばらく東北各地を車で旅した後、
商業的な肖像画を書かないことを決意し、
神奈川県小田原の山頂にある古い一軒家で暮らし始めます。


   ◆      ◆      ◆

その家は著名な日本画家雨田具彦のアトリエでした。
[私]は天井裏で「騎士団長殺し」と題された絵を見つけます。

雨田具彦の作品では異質な作風の未発表の作品でした。
飛鳥時代の惨劇を描いたその絵は、
オペラのドン・ジョバンニの一場面を彷彿とさせます。

秘密めいた一枚の絵、 対面の山頂に住む免色(メンシキ)と名乗る男からの肖像画の依頼、
(破格の報酬で自由に表現していいという条件で)
深夜庭から聞こえる鐘の音・・・・。
いよいよハルキ・ワールドの幕開けです。


   ◆      ◆      ◆

これまでの作品に比べ、
[私]の自身のネガティブな内面への探索に比重をおいています。

免色の肖像画を描くにあたり彼の内面を表現しようと
[私]はじっくりと格闘します。
やがて、旅の途中で見かけた「白いスバル・フォレスターの男」を
誰に依頼されたわけでもないのに描き始めます。

好きなように描こうと内面を探ろうとすれば
どちらも実在の人物の肖像画でありながら、
作品と対話を通じ、[私]自身の内面が現れてきます。
物語に登場する3つの穴は探索の入り口、
暗闇の路は探索の道のりです。


   ◆      ◆      ◆

画家雨田具彦のオーストリア留学の過去と
ナチスドイツのオーストリア併合。
具彦の弟の徴兵と中国での虐殺。

歴史の汚点に身をおいた登場人物のとった行動を描くのと併行して、
[私]のネガティブな面への対峙が進行する流れに惹かれました。

この作品では主人公に直接害を及ぼす暴力が登場しません。
その分、歴史の大きな暴力、暴力をふるう可能性のある自分が
はっきりした輪郭をともなって浮き彫りになってきます。

これまでの作品なら世界/日本で起きている事件を取り込むところ、
あえてそれをせずに、 今の[私]は無事で、現在の闇は確かに存在する気配を匂わせのみ。
読者が今の情勢と自分を結び付けて考える糸口を提供しています。
村上春樹のみごとな筋さばきです。



[end]


*** 読書満腹メーター ***
お気にいりレベル E■■■■□F
読みごたえレベル E■■■■■F


*****************************
作家別本の紹介の目次なら
日本人著者はこちら

海外の著者はこちら

*****************************


<----左側の
①「ライブラリーを見る」をクリックし、
②ライブラリの各本の"LINK"をクリックすると
 その本を紹介した記事にとびます。