無念とより添う ~ 「一葉の口紅 曙のリボン」 | そっとカカトを上げてみる ~ こっそり背伸びする横浜暮らし

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大きな挑戦なんてとてもとても。
夢や志がなくても
そっと挑む暮らしの中の小さな背伸び。
表紙の手ざわりていどの本の紹介も。

相互読者登録のご期待にはそいかねますのでご了承ください。



文章が始まる前に掲げられた2枚の白黒写真。
左手には簡素な日本髪で地味な着物を着た女性。
右手は長い髪にリボンの洋服姿でポーズをとった女性。

対照的な雰囲気の二人は同じ明治5年(1872年)生まれです。
左手が五千円札でもおなじみの樋口一葉の写真。享年24歳。
右手は一葉と同時代の女性作家のはしり木村曙。享年18歳。

☆☆☆       


一葉の口紅 曙のリボン / 群ようこ (ちくま文庫)
 
¥540 Amazon.co.jp
(1996年刊、1999年文庫化)

題名には二人の名前が冠されていますが、
後の一葉、樋口夏子の作家人生を描いた小説です。

父の死後の貧窮、婚約者の金品要求、
食うや食わずの暮らしのなかで、
井上ひさしの戯曲「頭痛肩こり樋口一葉」の題名とおり、
頭痛肩こりに悩まされながら、夏子は小説を書き続けます。

執筆を師事した小説記者の煮え切らない態度、出版元の経営難、
書いた小説を納めてもなかなか金が入りません。

☆☆☆       


令嬢たちが集う和歌私塾「萩の舎」主宰中島歌子の成功と嫉妬。
☆☆「萩の舎」の裕福な朋友伊藤夏子の気楽さと優しさ。
新聞小説を発表した人気者で、牛鍋屋で働く同い年の木村曙。
☆☆「萩の舎」塾生田邊龍子(三浦花圃)の小説家デビュー。

実在の女性たちの明治の文壇へのチャレンジが、
夏子の暮らしと対比の対象として生々しく描かれています。

☆☆☆       

一方、夏子の方はといえば、
借金と転居を繰り返す暗い暮らしぶり、
執筆が思うように進まない苦悩、
☆☆書き上げた原稿の報酬が入金しないもどかしさ、
といったパッとしない場面ばかりです。

「士族として」が口癖で元の生活を忘れられない母親を、
鬱陶しいことのこの上なく生々しく登場させて、
なんとか生々しさを保っています。

でも、
活きいきとした場面として描くのはムリまでも、
生々しく書くことができたはずの夏子自身の心中は
むしろ淡々と冷静に描かれています。

☆☆☆       

その筆勢のせいでしょうか、
すでにその夭逝をしる読み手としては、
夏子にひたひたとしのびよる死までのカウントダウンのような
虚しさばかりを感じてしまいました。

過剰な同情やヒロイン扱いをするより
こうした筆勢に身をまかせて淡々と虚しさと向き合う方が、

後世に残る作品をかきながらも、
広い評価を実感しないまま朽ちた樋口夏子の無念に
寄り添えたように思えます。

少なくとも樋口夏子が望んでいたのは、
自分が亡くなって100年以上も経ってから
中途半端な金額の札に肖像を残すことではなく、

ほんの10日間でも明日の心配をせずに暮らせるほどの原稿料を
無事手にすることだったことであることは間違いありません、


[end]




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