小学生から中学生の頃、けっこう長い間、
私には家業をもつ家の子をうらやましく思う時期がありました。
魚屋の兄弟はちゃきちゃきとしていて近寄ると魚の匂いがし、
材木屋の息子は木の香りを思わせる清々しさが漂い、
印鑑屋の息子は、どこかひっそりとした笑顔を浮かべていました。
◆
勤め人の両親を持つ私がその家業に憧れていたわけではなく、
家業の雰囲気をまとった彼らのたたずまいに惹かれていたのでしょう。
だからといって、家業をもつ家の子なら誰でもそうだという訳ではありません。
酒屋の息子とタバコ屋の娘もいましたが、
彼らから酒の匂いもタバコの匂いもしませんでした。
◆
古書店や骨董品店を舞台にした小説をよく目にします。
商品のもつ雰囲気と、それをその生業を背景に登場人物に、
時代を超えた良さへの感度のような独特の雰囲気をまとわせています。
まあ、人の手を経たものに、「いわく」をつけやすいという
小説にとっての都合のよさもありますが。
◆
この小説の主人公麻子も、穏やかな町にある骨董屋の長女です。
妹の七葉(なのは)と店の骨董を観るのが好き、という子どもでした。
- スコーレNo.4/ 宮下 奈都 (光文社文庫)
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麻子は、中学、高校、大学と進学し、就職して社会にでます。
そこで出会う女友達とに違和感を感じながらも、
その時代毎に恋をします。
恋、家族を見る目、自分の中に根付いている価値観が、
時代とともに成長していく姿が柔らかで感性豊かな文章で綴られています。
◆
クリスマス・プディングっていうのは、冬の約束みたいなものなんだよ
イギリスの家庭でクリスマスに作る菓子が、
今ではさほど旨そうに思えないことを知った麻子たちにかけられた
従兄の言葉です。
骨董ばかりでなく、
彼らが住む町や、長く続く風習や、古い映画、レコードなどがもつ空気を
こんな風な言葉で描かれています。
◆
麻子が自覚しながらも今ひとつ輪郭がぼやけていた
自分の中に根をはった大事にしてきたことが、
彼女の成長とともにゆっくりと姿を明らかになっていきます。
夢を探したり、追いかけたりして仕事についたわけでもないのに、
仕事を通じて知り合った靴という商品に、
そして職場で知り合った人たちを通じて、
大事にしてきたことが日々の生活に活きてきます。
◆
自分探しや、夢の実現に向けて行先を探すのもいいけれど、
仕事に就いてから自分の中で大事にしてきた価値を発見する成長も
悪くありませんね。
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