2011-03-19 12:00:00

地震の夜のあたたかいおにぎり。

テーマ:華音の愛のメッセージ

    みなさん、こんにちは。


    「クローバー華音の愛のメッセージクローバー」です。




    11日の地震は信じられないものでしたが、


    みなさんご無事でいらっしゃいましたか?


    ご家族さまは?。ご自宅はいかがでしょうか?。


    どうかご無事でとお祈りしております。




  

    地震の時は、たまたま用事で仙台クリスロードダイエー近くの2階にいました。


    恐ろしい揺れに生きた心地がしませんでした。


    とても長い!。恐ろしく長い横揺れ!


    思わず近くにあるものにつかまるしかありませんでした。


    


    大津波警報が出たと聞きましたが、その時は次々の余震にピンときませんでした。

   

    (午前中19階のみんなの学び場東北支社におり、3時には帰社予定でした。)


   


    19階の支社が心配で支社にすぐメールしましたがもうつながりません。


    支社のあるビルに走って戻ってもう全員避難していることを確認、安堵したが顔を見たい。


    火災の恐れがあるからと避難所に誘導されましたが、凄い人数。吹雪。  


    19階にいた聞き屋さんと熊澤さんはなかなか探せない。


    あきらめて探した探してタクシー相乗りさせていただき、 


    国道45号線は津波の恐れがあるので利府街道を3時間かかって帰宅。


    自宅が無事に立っていることは信じられない感じでした。



    

    その夜はご近所皆さんで郷右近さんの玄関に寄せてもらい、ブルーシートの風除けや


    反射式ストーブを焚いて暖をとってくれ、着いてすぐに息子さんがパンを焼いてピーナッツをつけて


    いただいたときは、言葉になりませんでした。


    愛犬ダックスのももちゃも阿部さんと高橋さんが救助してくれてそこで待ってていました。


    地震や津波の被害情報がラジオでもわからない不安でいっぱい。


    その時は多賀城市の街半分は津波 波が押し寄せて、自宅1キロで止まっていたのでしたが

 

    暗く相次ぐ余震に震えてサイレンの鳴る中、全然わからずにいました。


    




    ご近所の方に本当に助けられました。


    その上同じに被災した郷右近のご実家であたたかいおにぎりを炊きだしてくださり、


    仙台新港のコンビナートが爆発して夜空が次々と光り、強い余震が続く不安の中、


    皆さんで肩寄せ合ってあたたかいおにぎりとお漬物をいただいたときは、


    お気持ちの有難さで、お米の一つ一つが光輝き生きて命に代わってくれるようで


    泣けてしまいました。




    

    地震の夜三日月のあたたかいおにぎりこそ、


    確かな「愛のメッセージ」クローバー


    

    忘れない。

    



    

             おにぎり         




 

  


   

    



    

2011-03-05 12:00:00

続「リリーは何でも知っていた」

テーマ:華音の愛のメッセージ

       こんにちは。





  「揺れるハートぴかぴか(新しい)華音の愛のメッセージ揺れるハートぴかぴか(新しい)



    チャペル続・リリーは何でも知っていた。チャペル




   3月になりましたが、寒い日が続きますがみなさんおかわりございませんか?


  


   転勤、進学、新しい人生が変わる時期ですね。




   先週は、我が家のぺットのりりーちゃんがガンになって手術したお話でした。


 


   その続きをお伝えします。






☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆    ☆     ☆     ☆





  リリーは左足の切断手術を終えて、家に帰る日が来ました。



  スタッフの方に手当ての仕方を教えていただいてリリーを受け取ろう としましたら、




  急にリリーは抱いてるスタッフの顔を見て訴えるように、アウアウ~~~と話しだし止まらなくなり、



  「あら~、リリーちゃんいままで鳴いたりうなったり全然しなかったのに




  そう…痛かったのね~。辛かったのね~。そうだったの~・・。」



  と言うスタッフに、本当に痛かったのを我慢してたのよ~とばかりに二人の会話は続くのでした。




  リリーちゃんはよく頑張ったわね~と言わ れてようやくホッとした様子で、




  ずっとこらえて いたんだな~と、胸がつまる感じでした。








  家に帰って傷が癒えて三本足での生活に慣れるまで3か月はかかり、 



  うんちで踏ん張るのが結構バランスを必要で、プルプルと必死のようでした。



  また、いつものように玄関に勢いよく降りて、思い切りひっくり返った時の



  リリーはショック状態で茫然として、ただ抱きしめるしかありませんでした。






   

  お散歩には行けないので車いすかとも思いましたが、三本足を



  周りの方の目にふれさせるのは不憫で意外と勇気がいるものですね。



  車で連れて行き、ビっこを引きながら移動して風に吹かれるりりーを



  見ていると、どんな風でも勇気をもって向かっていくのを教えてくれてる気がしました。








  それから半年は痛みもなく元気で暮らしてくれましたが、



  急に元気がなくなり、ガンが全身に転移しているのがわかりました。



  自宅での点滴の仕方やお薬でなんとかと自宅で最期と思いましたが、

 

  日に日に衰弱してゆくのをそばでみているしかできません。



  20度以下だと呼吸が荒くなるので、クーラーをびんびん



  効かせて自分たちは布団をかけてそばで寝ずの番。



  リリーも体力の限界を超えているのがわかり、自分たちもかなり



  疲れていて、病院に連れて行く途中で私は神様に祈りました。



  もうこれ以上リリーに頑張れと辛い思いはさせたくない・・



  十分頑張ったのでもう行ってもいいよ・・



  神様どうかりりーを助けてください!、お願いしますと。



  そうしたら、後部座敷からリリーから気が伝わってきました。



  わかってくれてありがとう・・・というような声がハートに届いたのです。








  帰り道でもうリリーは虫の息で気も呼吸も感じられなくなり、



  「お父さんが今晩静岡から帰ってくるから、リリー死ぬんじぁないよ!」



  と叫ぶしかなかったのですが、もうダメだと思いました。



  娘が帰るころにも虫の息、しかし夫が単身赴任先からリリーに逢うため



  に帰宅した時には、ご主人さまを待ちかねていたように目を開けてくれ



  「今帰ったよ。リリーちゃん待っててくれたんだね、ありがとう揺れるハート



  と言われて、振り絞ってこたえる様子にジンときました。






 

  夫がいた2日間持ちこたえいよいよ出かける時は、りりーちゃん 行ってくるよ!という夫を、




  いつものように車で駅まで見送ると いう強い意志を、



  もう水さえ飲めない体で這って行くという瞳と全身で示して、




  無理しなくていいんだよ~と言っても聞きませんでした。



  最後のお勤めを成し遂げようとしたんですね。






  今にも消えそうな命を抱きかかえて車に乗り、

  

  駅で夫と最後の握手をして、いつまでも手を振る夫の姿と



  見えなくなる電車をりりーは、ずっと見送っていました。





  

  家に帰りドッと疲れがでたようでしたが、

   

  でもまだリリーは頑張っていて、



  その夕方埼玉の息子が帰ってくるのを待っていたのです。



  一晩しか泊まれない息子を目だけで喜んで迎え、



  惜しみながら行く息子も朝に見送り、



  夕方帰ってくる娘を待っていてリリーは亡くなりました。


  


  渾身の思いで家族すべてを見送ったリリーの姿に心打たれるばかりでした。







  お布団の周りにカサブラカとピンクのトルコキキョウで飾り、



  好きな食べ物も沢山添えて、リリーをはさみ川の字で寝ました。



  次の日の火葬は娘の休みの日で、私一人でさみしくないように



  リリーは考えてくれていたのですね。



  家を出るとき、蝶々がいっぱい見送ってくれてびっくり。



  お天気がよくて、煙が見えて空に駆け上がってゆくリリーがみえるようで、




  娘も「りりーちゃん漸く4本脚で空を自由に駆けて登って行ったね。」と話すのでした。







  よく亡くなる人は、家族の痛いのを持って行ってくれるというのです  



  が、それからまもなく娘の子宮内膜症が目に見えて楽になり、



  これもりりーちゃんのおかげだな~と話すのでした。






  りりーちゃんはなにもかも知っていて、なにもかもちょうど良くして亡くなりました。

 

  人もワンちゃんも思いは言葉なしに心が通じるのですね。

  

  ここまであっぱれな生き方をしたリリーちゃんを誇りに思います。



  みなさまのお宅でもいろんなドラマがあるでしょうね。

          

  最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。


          

        華音

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2011-02-26 12:00:00

「リリーは何でも知っていた。」

テーマ:華音の愛のメッセージ

みなさん、こんにちは。


  土曜日担当の華音と申します。

  

  いかがお過ごしでしょうか?。




       ドキドキ 「華音の愛のメッセージ」 ドキドキ
    
    今週は、音譜 リリーは何でも知っていた。 音譜をお送りいたします。



 

  春はもうすぐですね。


  福寿草が咲き始めましたし、風があたたかくなりましたね。



  今日はうちの愛犬リリーのお話です。


  シェットランドシープドッグといって、あのラッシーの小型です。


  色も同じでとても賢くて優しい子でした。


 


  夫が単身赴任の時や子供たちの反抗期の時も、


  みんなの気持ちをだれよりもわかってくれて、


  思わず一人涙するときは、どうしたの?大丈夫だよと


  顔をなめて慰めてくれるのでした。


  外から帰ったときは、100年ぶりにあったように熱烈歓迎


  後ろ脚で立ち、前足で喜びを全身で表してくれて、


  それを見ると疲れも吹き飛びました。


  お出かけが大好きで、車の助手席にすわり前を見て出発。


  時々急ブレーキで前にドンガラガンと落ちてしまうけど、


  もうあわてて、自分で登ってくるのでした。


  おかしいでしょう・・・。




  でも10歳の時に後ろ足のガンになり、足もつけずにびっこをひくようになり

 

  とうとう痛みをこらえるのだけで精いっぱいになり部屋の隅で


  うづくまる日々にとうとう右足を付け根から切断する手術をお願いするにことにしました。


  犬とはいえ家族同様、切って苦しめるだけではない か?と悩みました。


  安楽死がいいと人にすすめられましたが、リリーの生命力にかけました。


  病院に連れて行くとき、栄養をつけるようにおいしい牛肉を食べさ せましたが、


  なにかを察したようで車から降りようとはしませんでした。




  手術が終わって面会にいきましたが、りりーはかなりやつれた様子で言葉になりません。


  持って行った大好きなローストビーフをすこしだけ 食べたら、


  ヨタヨタと立ち上がり後ろ脚一本だけでひどそうに 狭いケージの中を回り後ろ向きになって


  私たちに、ほら足が片方になったんだよ~と教えてくれた時は 切なくてせつなくて・・・。




  ごめんね、リリー。痛かったでしょう。


  ほんとうにごめんね。


  許してね・・・ 。


 
  と言うしかありませんでした。


  そんなわたしたちを、リリーはじっと目をそらさずに見つめていました 。


  まるでなにもかもわかっているよ・・・というばかりの表情をしていたのでした。


 


  人格というものがありますが、そのようなものを 威厳とか品とかを物言わぬ姿で示してくれました。


  それからのことは、また来週お伝えさせていただきます・

  

  わんちゃんでもこころがあり、


  チューリップ赤リリーは何でも知っていたのです。 チューリップ赤



  みなさん、 楽しい週末を お過ごしくださいませ。


  また来週土曜日お会い致しましょう。


         華音

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