今から10年ほど前,私が修習生の時の話です。
裁判所,検察庁,弁護士の3つを順番に修習しますが
その中で家庭裁判所での修習が2週間ほどありました。
私は京都で修習をしていたので京都家庭裁判所に行きました。
京都家庭裁判所では玄関近くに
女性と子どもの銅像「母子像」が据えられています。
私はそれをみて「ああ,家庭裁判所っぽいな~」と思いました。
家裁での修習の最終日に
修習生と裁判官のかんたんな懇談会がありました。
裁判官から「質問でも感想でも気軽にどうそ」と促され
修習生が順番に発言していきました。
その中で修習生のMさんが質問
「裁判所の玄関にあるのが,なぜ母子像なのですか?」
その質問に裁判官,修習生一同キョトンとしました。
Mさんは続けます。
「あの,家庭って女性と子どもだけのものじゃないのに
なぜお母さんと子どもの像だけでお父さんの像がないのか
と思って…」
確かに…!
私自身,玄関脇の母子像をみて「家庭裁判所っぽいな~」と
当たり前のように思っていたので
Mさんの質問に目の覚める思いがしました。
裁判官の一人が
「家庭裁判所では家庭内の問題を扱っていて
お母さんと子どもが困っていることが多いので…」
と言いかけましたが,途中で発言をやめました。
というのも
そのときの修習で私たちが記録を見せてもらった事件が
偶然にも家庭内の問題で「お父さん」が弱い立場にあり
お父さんが困っている事件だったのです。
裁判官もそのことを思い出したようで
途中で黙ってしまわれました。
結局Mさんの質問には誰も答えることがないまま
懇談会はおひらきとなりました。
私は家庭裁判所の母子像の前を通るたびに
Mさんのこの質問を思い出します。






