またまた1週間経ってしまいました(^▽^;)
1週間ごとに更新のペースが定着しつつありますが…。
 
そろそろ最終回にしたいと思います(笑)
 

前回までの内容
私が建築家を目指した訳①~アメリカンカントリーに憧れて~
私が建築家を目指した訳②~家具工房に飛び込み弟子入り~
私が建築家を目指した訳③~運命的な工房との出会い~
私が建築家を目指した訳④~家具作りから家作りへの憧れ~
 
ハウスメーカーと格闘の末(笑)、
無事に思い通りに自作の施主支給を果たすことができ、
満足していた私。
 
家を買ったら、ローン返済のため、今まで以上に働かなければなりません(笑)
 
看護師の資格を活かし、仕事をバンバン入れていきました。
フリーでいろいろな仕事をかけもちでやり、
ほとんどフル状態で仕事をしていたので、好きな木工もできなくなり、
まあ、もうほとんどやりつくしたのでしばらくお休みしていました。
 
そして、少ししてまた木工がやりたくなり、遊夢工房DAIHACHI
木工教室はお休みしていたので、
また教室を探し、QUARTさんに行って家具を作ったりしていました。
 
そんな時、ひょんなことから長男が大学の建築学科を受験すると言い出したのです。
 
私にとっても寝耳に水(笑)
 
長男がそれまで建築に興味を持っているとも思えなかったのだけど、
私と部屋の間取りについていろいろ話していた時に、
面白そうだなと思い、なんとなく志望したのだそうです。
 
私は、長男のために建築学科のある大学をいろいろ調べ始めました。
そして探しているうちに、いつしか社会人で受けられるところはどこかな・・・など
自分目線で探し始めている自分がいました(;^_^A
 
でも、今更お金をかけて4年間も大学に行ったところで、
それを仕事としてやっていけるかどうかもわからないのに、
そこまでする意味があるのか。
専門学校にしても、お金がすごくかかる。
仕事としてやるかどうかもわからないのに、
お金をかけて学校へ行くのは、どう考えても道楽としか思えない…
と、あきらめることにしました。
 
そんな話を、ふと友達に話したある日。
なんと、その友達が若いころに職業訓練校の建築科で1年間勉強し、
実務3年積んで、2級建築士の資格を取ったことがあるから
札幌でもそういう学校があるんじゃないの?という情報をくれたのです。
 
な、なんですと・・・!?
 
そんな方法があったとは!
 
あれ?でも待てよ・・・。
なんか覚えがあるぞ・・・。
 
そういえば昔(10年以上前)、家具の職業訓練校を探していた時に、
札幌には建築科しかないと聞いてあきらめたことがあったではないか!!
 
札幌高等技術専門学院
 
その建築科に、今まさに行きたいと思っている自分がいる!
 
しかも、失業保険をもらいながら勉強できるというではないか!!
 
これはもう、行くっきゃない!!
 
なんと回り道したことか!!
いや、むしろ失業保険をもらえるこのタイミングで行くのがベストだったのではないか!!
 
それから資料を取り寄せ、学校へ見学に行き、
ハローワークへ行き、いろいろ説明を受け、
試験勉強をし、晴れて合格!
 
とうとう今年4月から札幌高等技術専門学院建築技術科
学生として2年間勉強することになりました。
卒業後、実務2年積んだら、2級建築士の受験資格がもらえます。
あくまでも、受験資格です(笑) 試験を受ける要件を満たすということです(;^_^A
 
資格オタクの私は、とりあえず、2級建築士の資格を取ることを目標に
がんばって勉強、技術を習得したいと思っています。
この歳で勉強して頭に入るのか。卒業してもどこかで雇ってくれるのか…。
いろいろ考えたらきりがありません。
でも、やってみたいから、人生一度きりだし、
最後のチャンスかもしれないと思ってとりあえずやってみます!
はてさてどうなることやら・・・。
 
アラフィフからまた新たなチャレンジする私を応援してください。
 
 
 
 
AD
気づけばまた1週間あいてしまいました(;^_^A
 
前回までの内容
 
遊夢工房DAIHACHIで家具作りを習い始めた私は、家具作りが楽しくて楽しくて
ほぼ毎日のように、ほんの少しの時間があれば通い家具を作った。
 
DAIHACHIでは、 板を作るところからやらせてもらった。
 
私はパイン材のカントリー家具が作りたかったのだが、
板を買うと結構な値段になる。
DAIHACHIでは、ツーバイフォーの木材からパイン材の集成材を作っていたのだ。
 
2x4
よくホームセンターに売っているようなツーバイフォーの木材
 
しかも、そのパイン集成材を自分で作るとさらにコストを抑えられると言う。
これは作るっきゃないでしょう!
 
板を作るだけで何日もかかり、気の遠くなるような細かい作業が続いたが
その工程が楽しくて仕方なかった。
 
そして、来る日も来る日も通い、やっと完成したカップボードがこちら
 
当時の画像が残っておらず、最近の画像で…全体像はお見せできず(;^_^A
 
ほぼ思い通りのカップボードが当時5万円以内でできたのだ!
 
ここから火が付き、家中の家具を作り替えた。
 
以前住んでいたマンションのサイズに合わせた家具の数々。
たぶん細かいものも合わせると10~20くらいの家具は作ったはず。
(これも画像がほとんど残っていない…)
 
キッチンの面材も替えたりして、扉を引き出しにしたり。
 
そして、家具を作るうちに、「いつか自分で家を作りたい」と思うようになった。
でも、そんなことは夢のまた夢だと思っていた。
 
ところが、思いがけず、注文住宅を建てることになった!(いきさつは割愛・笑)
これは、もう、自分で手掛けるしかないでしょう!
 
まずは、絶対キッチンは作りたい!(いきなり!笑)
そして、洗面化粧台も作りたい!
トイレのカウンターも!
玄関の下駄箱も、既成のものではなくオリジナルで作りたい!
 
自作で施主支給をしようという無謀な試みに挑戦した(笑)
 
ハウスメーカーさんには、すっごく嫌がられ、
(水回りは一番お金が取れるところですからね)
設計士さんに
「キッチンは既成のものにして、扉などの面材だけ替えたらどうですか?」
と言われた。
 
でも、そこで反論!
 
「一生に一度かもしれない大きな買い物するのに、
自分の思い通りのものにできないなら
意味がないじゃないですか!」
 
ここでも、かわいくない女登場(笑)
 
そして、私の家作りの奮闘の日々が始まる!
 
家づくりブログはこちら (もう10年近く放置…)
 
あれ?もう少し続く・・・(笑)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
AD
前回までの内容
 
やっと自分で、家具作りを教えてもらえる工房を見つけ、
これから家具作りが習えると思っていた矢先に
まさかの「他の人が作り終わるまで待って」と足止めをくらい、
習いに行くことができなくなった。
 
その工房では、私が習いに行ったのをきっかけに
地域の活性化のために、家具作りを教えてほしいという人を受け入れることにして
それを道新の記事で取り上げてもらう手はずになっていたらしく
取材の時に私に協力してほしいと言われていたのだが、
私が行かないことにしたので、そのあとの私の紹介者の人が取材を受けたらしい。
 
ま、そんなことはどうでもいいのだが。
 
で、家具作りを習いに行けなくなった私。
これからどうしようかな~と考えていた時に、
帯広から友人家族が泊まりに来た。
その家族が、家を新築し、大きな鏡を買いたいと言ったので、
家具屋に連れて行ってあげることになった。
 
どこの家具やがいいのかよくわからなかったが、
なんとなくその近くを通りかかった時に目についていた家具屋で
私も行ったことはないのだけど、大きい家具屋なので
友人家族の望むものがあるかな~となんとなく連れて行ったのだ。
 
結局、そこで友人家族は希望のものを見つけることはできず、店を出た。
 
店を出て、ふと道路を挟んで向かい側の建物の壁に
「木工教室」と書かれている看板が目に入った。
 
え??何?木工教室???
 
私は、すぐにでもそこに行きたい衝動にかられたが、友人家族が一緒なので
その衝動を何とか抑えた。
友人家族はそのあと、また別の家具屋を見に行く予定だと言い、そこで別れることになった。
 
よっしゃー!(笑)
 
友人家族と別れた私は、いてもたってもいられず、
すぐさまその看板のかかっているお店に行った。
 
営繕業をやっているお店なのだが、店舗というより
作業場という感じで、何とも不思議なお店だった。
 
「あのー、外に木工教室と書かれた看板があったんですけど、
家具とか作るの教えてもらえるんでしょうか」と聞くと、
今までそこに通って作ったという生徒さんの作品の写真などを見せてもらった。
 
私が作りたいと思っていた家具と同じくらいの大きさの家具を作っている人もいて
カントリーっぽい家具を作っている人もいて
すごく希望が持てた!
 
私が作りたいと思っているパイン材で1200mm幅のカップボードというのも
相談していると実現できそうな感じだった。
値段はいくらくらいかかるのか聞いたところ、おおまかな概算で
以前の工房の1/3くらいの金額でできるのではないかということだった。
自分でどこまでやるかで金額は変わってくると言う。
例えば、板を自分で作るところから始めると、コストを抑えられると言う。
 
え~~?
板を自分で作るところからやらせてもらえるの?
 
私は、うれしくなって、ワクワクして、すぐにその教室に通う予約をした。
 
そこから私の家具職人(?)への道が始まった運命的なお店。
そこで、数えきれないほどの家具を作り、家中の家具をほとんど作り替え、
カントリーの世界を実現することができた。
 
その教室は遊夢工房DAIHACHIというお店。
 
そして、私の変遷はまだ続く(笑)
 
 
 
AD
前回は、家具作りをしたいので、家具作りを教えてくれるところを探そうというところまででした。
 
前回の記事
 
それから電話帳で、家具工房らしき名前の所にいろいろ電話をかけて
家具作りを教えてほしいと頼みましたが、どこも断られました。
なかなか、そんな割に合わないことをやってくれるところはありません。
 
家具作りの職業訓練校もないかと探しましたが、
旭川や帯広にしかなく、札幌は住宅建築だけだというのであきらめました。
(後に、ここに行くことになるとはその時知る由もなかった・笑)
 
 
たまたま、私が実家のある町に帰っていた時に
町内の地図が壁に貼ってあり、そこに地元の企業が広告を載せていて、
そこにたまたま載っていた、とある家具工房の広告に目が留まりました。
 
「あそびにおいでよ」って書いてあったのです。
 
家具工房なのに、「あそびにおいでよ」ってどういうことかなと思いましたが、
遊びにおいでと言うから行ってみようと思い、電話をして
「すみません。広告に『あそびにおいでよ』って書いてあったので、行ってもいいですか?
家具作りを教えてほしいのですけど…」と無謀にも言いました。
 
そこの社長さんが電話に出て、
「あんた主婦かい?面白いこと言うね。面白いから来てごらん」
と言ってくれたので、喜び勇んで行きました。
 
そこは、公共施設などの家具を造っているところで、
そういえば、児童館に子供を連れて行ったときに
そこの工房の名前が付いた家具を見たことがありました。
 
社長は、「なんで家具を造りたいのか、どんなものが作りたいのか」など
いろいろ話を聞いてくれました。
 
そして、私が「カップボードを作りたい」というと、
社長は「いきなり大作は大変だから、まずは小物から作っていたらどうか」と言い、
子どものテーブル(天板がオープン式で収納できるもの)を作ることになりました。
 
「このくらいの大きさなら、このくらいの値段でいいよ」と言った値段が
思ったより高くて、びっくりしたけど
まあ、授業料も含まれていると思えば仕方ないかと思い、
そこで家具作りを教えてもらうことになりました。
 
実家のある町までは片道1時間かかるのですが、
子供が幼稚園に行ったらすぐに車を走らせて工房まで通いました。
 
工房の新米の女性職人の方に教えさせると言われ、
女性の新米職人の方に習いました。
正直、面倒だったと思います。
工房の自分の仕事のほかに、素人に教えなきゃいけないんですから。
でも、私は嬉しくて楽しくて仕方なくて、毎日のように通いました。
 
何日か通って、やっと作品が完成した時には、とっても嬉しかったのですが、
木の材質が少しイメージしていたものと違って、
自分の作りたいカントリー家具とはちょっと違うかな~と思っていました。
 
で、次にいよいよカップボードを作りたいと言ったら、
1200mmの幅のものを作りたいと言ったのに、社長は
「そんなに大きいものは邪魔になるだろうから900mmの幅のものでいいだろう」と言い、
なんで自分の好きなものが作れないのかと、ちょっと不満に思ったのと、
それで12万だか15万だかと言われ、ちょっと高すぎるな~と思って
どうしようかなと考えていました。
 
そんな時、私の父が友達に、娘が工房で家具作りを習っているということを話したらしく
父の友達の娘さんも、「私も家具を習って作りたい」と言って、
私の紹介でそこの家具工房に連絡をすることになりました。
 
そしたら、社長は来るもの拒まずで、
「地域に恩返しをしなきゃと思って受け入れることにした」
と言うのです。
 
私は自分が作れればいいので、別にいいやと思っていたのですが、
現場の職人さんたちは大変です。
社長が安請け合いしたことで、現場の職人さんたちは、工房の仕事もしながら、
素人の生徒複数に教えなきゃならなくて
とんだとばっちりで負担が増えると言うことで、
現場の職人さんに
「次の方が来て作品造り終わるまで、お休みしてもらえませんか」と
言われたのです。
 
え~~?なんで?
 
私が家具を造りたくて、自分で開拓してお願いして習わせてもらうことになったのに、
どうして私が我慢しなくちゃいけなくて、ほかの人が優先なの?
、納得がいかない思いでした。
 
でも、子供の幼稚園の行事などもあり、いろいろ忙しくなる時期だったので
ちょうどいいと思って、休むことを承諾しました。
 
それが、新たな工房と出会う運命だったとも知らずに・・・。
 
つづく
 
 
 
 
 
 
 
毎日更新のはずが、気づけば1週間も空いてしまいました!

毎日更新するって、習慣つけるのが大変ですね。

毎日更新するには、記事の内容に困ると言うこともありますよね。

さて、そこで秘策(笑)

今日からまたシリーズ化して(笑)、何故私が建築家を目指したかを書いていきたいと思います。


思い起こせば、小さいときから、「新築の家」に憧れがありました。

うちの実家は、中古で購入し、リフォームを繰り返した家だったので、新築の家に住んでみたいとずっと思っていました。

リフォームの時に、大工さんが仕事してるのにも、興味がありました。

父に「家を建てるにはいくらくらいかかるのか」なんて聞いた記憶があります。

でも、将来の仕事で「建築家」を目指そうとまでは考えたことがなく、ただ、新築した家を見るのが好きだったり、住宅に関する雑誌やテレビ番組を見るのが好きだったりと言う程度でした。

なにせ、物理(理数系)が苦手だったので、自分には無理と思っていました。

結婚してから、「いつかはマイホーム」と言う夢を持っていましたが、夫は全くその気がありませんでした。

私一人で住宅雑誌を見たり、モデルハウスを見に行ったり、勝手に夢を膨らませていました。

札幌への転勤を機に、マイホームを実現したいと言う思いが強くなりましたが、やはり夫は、全くその気なし。

古くて狭い社宅に我慢できず、なんとか中古のマンションで折り合いをつけ、渋々承諾してもらい、購入することになりました。

それから、今まで雑誌で見て憧れていたアメリカンカントリーのインテリアを少しずつ取り入れていきました。

でも、やはり最大のネックは家具です。

どんなに雑貨で飾っても、最終的にカントリー家具じゃないと、カントリーインテリアにはならないんです。

カントリーの世界って、こんな感じ

でも、高いんですよ!このカントリー家具が!

20~30万とかするんです!

当時、カントリー雑誌に必ずと言っていいほど出ていたenfant(アンファン)と言うメーカーの家具。

カントリーファンの憧れでした。

久々にenfant(アンファン)のHPを開いてみたら、家具の製造をやめることになってしまったようです。

カントリーブームは消えてしまい、ナチュラルテイストや北欧系に変わってしまったからでしょうか。

残念です。

で、そのカントリー家具が欲しいけれど、高くて買えないわけですよ!

高い家具なんて、贅沢品ですからね。

それで、自分でDIYを始めるわけです。

まだDIYなんていう言葉もメジャーじゃない頃でした。

作り方の雑誌やネットのサイトなども、一部のマニア向けのものだけで、
今みたいに女性向けのものとか全然なかった時です。

試行錯誤しながら見よう見まねで、カラーボックスをリメイクして作っていました。

でも、もっとちゃんとしたカントリー家具が欲しい!

買うのが無理なら、自分で作るしかない!

どこか家具作りを教えてくれるところはないだろうか。

そう思い立ち、家具作りを教えてくれるところを探し始めました。

つづく