呉下の凡愚の住処

三国志(孫呉)・春秋戦国(楚)および古代中国史絡みの雑記、妄想、感想をおいてます。
文物や史跡など、誰もが実際に見に行けるものを布教していきたいな。
他、中国旅行記や中国語学習記も。

いらっしゃいませ!
このブログは、しがない社会人が中国史にまつわる想いのたけを中心に
自らをネタにしながら生きた証をひたすら書きなぐる、
備忘録 兼 避難所 兼 動物園のような場所です。

カテゴリ【三国志】【中国史】では比較的まともなことを書いていますが、
それ以外のカテゴリにまともな内容はほとんどありません。

【お知らせ / 2016年6月6日(月)】
2014年夏からずっと開店休業状態が続いているため
休業期間にコメントいただいた方へのお返事を
この記事にまとめています。
お返事でき次第、随時更新予定です。

三国時代の孫呉と春秋・戦国時代の楚に傾倒しています。
そして、青銅器・漆器・玉器などの文物が大好きです。
たびたび中国の博物館まで文物を見に行きます。
生暖かく見守ってくださいね!
御用の方はこちらまでお問合せください。

Twitter:

↓お世話になっております。

  にほんブログ村 歴史ブログへ

テーマ:
この記事にて紹介した、烏林にある史跡の詳細です。
前の記事から続いてます。

白骨塌 Báigǔtā

洪湖 白骨塌

洪湖 白骨塌

江咀村にあります。紅血巷から南におよそ300mの場所です。
昔は長江に面した磯でしたが、現在は80㎡ほどの長方形の土盛りです。
博主注:土盛りというか林……?)

洪湖 白骨塌

洪湖 白骨塌

曹操水軍は船をこのあたりに停めて動かないように固定していたので、
あたり西北一帯は火計で燃え尽きてしまいました。
この戦いで、曹操軍において焼死・溺死した兵士は数万に上ります。
戦いが終わったのち、村人たちは付近の死体を一箇所に埋葬するため、
死体を大きな水たまりに集め、上から土をかぶせました。
一説によると、これは東呉の兵が行ったこととも言われています。

洪湖 白骨塌

数年後、おびただしい数の白骨が露わになり、
夜は鬼火が煌々と照ったと言います。
こうして農民たちはこの地を“白骨塌”と呼ぶことになりました。
“白骨塌”と書かれた石碑があり、
現在でもあたりを一掘りすると白骨が出てくると言われています。

洪湖 白骨塌
▲話が怖いのでこの祠も意味深に見えてくるのであった

洪湖 白骨塌
▲周囲の風景▼
洪湖 白骨塌


曹操湾 Cáocāowān

洪湖 曹操湾

烏林寨の西北およそ150mのところにあります。
曹操自身の陣幕があり、軍議や号令を担当していた場所です。

洪湖 曹操湾

洪湖 曹操湾

高さ1.5mの石碑が立っており、勇ましくも古風に
“曹営帳郶:曹操湾”と書かれています。
博主注:私自身が1.5mしかありませんが石碑はもっと小さいです)
戦のあと、現地の人々はこの地を
“曹操湾”、“曹公湾”“曹忠湾”などと呼びました。

洪湖 曹操湾

曹操湾の左前方および左後方にはいくつか丘があり、
現地の人々から“薄破山婆婆山とも)“木魚山”
“園椅湾”といった名前で呼ばれています。
博主注:どれがその山か分かりませんでしたが……)

洪湖 曹操湾

村人の間には今でも曹操に関する話がたくさん伝わっているそうで、
こんなフレーズも残っています。
“安営扎寨曹操湾,跑馬射箭薄破山,練兵習武木魚山,埋鍋造飯園椅湾”
薄破山で騎馬の訓練をし、木魚山で練兵を行い、
園椅湾で就寝や食事をし、窟頭山で軍議や雑談をしたようです。
近年、曹操湾一帯で馬の骨や鐙が発掘されており、
大きな戦があったことの証明となっています。


烏巣山 Wūcháoshān

曹操湾の近くにあります。カラスの巣が多いことからこの名が付きました。
現地の人が言うには、曹操はこの地に駐屯すると勝利を確信したようで、
文官武官を連れて烏巣山に登り、宴会を開いて勝利を祈りました。

折りしも明るい月が東から昇って、意気盛んな曹操軍の軍船を照らし出しました。
軍旗ははためき、帆柱は林のようです。
そのときカラスの群れが現れ、木々の間を飛び回りました。
曹操は酒の勢いに乗って情景を詠い上げました――
月明星稀,烏鵲南飛,繞樹三匝,何枝可依?
山不厭高,海不厭深。周公吐哺,天下帰心 。

天下の英才を集め、天下を統一しようという強い意思が表れた詩です。
ここは詳細不明、未到達です)


万人坑 Wànrénkēng

洪湖 万人坑

洪湖 万人坑

曹操湾から西北およそ700mの、烏村鎮香山村香山の南麓の水田にあります。
曹操軍の死体を埋めた場所だと言われており、
現在は“葬埋殉職兵士潭:万人坑”と書かれた石碑が立っています。

洪湖 万人坑

洪湖 万人坑

このあたりの水田は見た感じは普通なのですが、
実はとても深く、水深は20m以上にもなるそうです。
博主注:現在のところは、言うほど水田ではない気もします)
水田近くの怪石は険しく、石壁には人馬の足跡のようなものがあります。

洪湖 万人坑

香山は低くて小さな丘で木が生い茂り、頂上には“香山宮”という道観があります。
赤い壁で緑に囲まれた、昔ながらの道観です。

洪湖 万人坑
▲本当に何も関係ない道観でした。
ほとんど関係者でしょうが、意外と人がいました▼

洪湖 香山宮

博主注:一緒に行ってくれたタクシーの運ちゃんによると、
この地で以前大洪水があって、このあたりで水死した人がとても多く、
それでここにたくさんの人を埋めた……とのことでした。
現地の人の話だったので、そういうこともあったんでしょうねえ。


放馬場 Fàngmǎchǎng

烏林寨の西南およそ150mのところにあります。
昔は広々とした草地が広がっており(現在は開削されて漁業池になっています)
曹操軍が放牧をしていた場所と言われています。
赤壁の戦いは真冬のできごとで、ほとんどの草木は枯れていました。
長江に面したこの広い土地だけはまだ芝が枯れていなかったので、
兵士たちは戦馬をここで放し飼いにしたそうです。
ここも未到達ですが石碑はありそうです


写真撮影:2016年5月24日(火)
参考:马儒君《寻找三国》中国文联出版社、
乌林_荆州洪湖乌林旅游指南
AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

      ランキング

      • 総合
      • 新登場
      • 急上昇
      • トレンド

      ブログをはじめる

      たくさんの芸能人・有名人が
      書いているAmebaブログを
      無料で簡単にはじめることができます。

      公式トップブロガーへ応募

      多くの方にご紹介したいブログを
      執筆する方を「公式トップブロガー」
      として認定しております。

      芸能人・有名人ブログを開設

      Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
      ご希望される著名人の方/事務所様を
      随時募集しております。