かふぇ・あんちょび

このカフェ、未だ現世には存在しません。

現在自家焙煎珈琲工房(ただの家の納屋ですけど…)を営む元バックパッカーが、

その実現化に向け、愛するネコの想い出と共に奔走中です。


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 ・・・文字通りの意味とは少々異なるかもしれない。


 ネパールは、観光立国らしい。

これといった産業も資源もない小さい山国のネパールであるが、山国は山国でも世界の屋根と称されるヒマラヤ山脈を擁する山国であるから、世界中から山好きが押し寄せてくるのであろう。

 であるならば、旅行者を相手に幾ばくかのお金を稼ごうとするのは、ここネパールの勤労少年の正しいあり方といえるのだろうか・・・。




 カタコトの日本語と上手な英語を話す12、3歳くらいの少年が、トレッキングに行くならガイドを雇わないか? と売り込んできたので、話を聞いてみた。


 ガイド料は1日7ドル ( 385ルピー、約700円 ) だと言う。


 わーお! いい値段するねー、

 その値段でキミのような子どもガイドでは、なんとも頼りないなあ


と苦笑すると、なんと彼はガイドをオーガナイズするだけで、ちゃんとした大人のガイドを付ける と切り返された。

語学の才能を活かして、仲介料を稼ぐという事なのだろうか?


 別に本格的なトレッキングをするつもりはなくガイドはいらないのだけど、少年にはいたく興味を惹かれ、とりあえず値段交渉をしてみる事にした。


 少年には悪い事をしたが、そもそも不要のガイドであるから交渉は圧倒的に僕が有利である。

7upを2本買ってふたりで飲みながら話をした僕の興味は、


 一体この子は幾ら自分のフトコロにいれるつもりなのか?


というこの一点であり、僕は値引き交渉のふりをしながらなんとか彼の取り分を探りだそうと、持てる話術の限りを尽くした。


 結果、4日間のトレッキングのガイド料が1、000ルピーというところまでディスカウントして、どうやら少年はそこから200せしめ、800が大人のガイドに渡るらしい・・・という感じまでは話を引き出す事ができた。


 ・・・すげえ。


大の大人が丸一日僕と山道を歩いて稼ぐ金額を、この子はその紹介だけで手に入れようとしているのである。


 結局、値段の折り合いがつかない事にして交渉を決裂させたのだが、なかなかに考えさせられる出来事であった。


 この年齢から、こうしてシタタカに生きていかないといけないのだろうなあ・・・。



 

 この話には後日談がある。

 僕は旅の後半にネパールをもう一度訪れ、ここポカラからアンナプルナ・ベースキャンプへと向かうもっと本格的なトレッキングをするのだが、2年後となるその時に、僕はこの少年に再会する。



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 ホテルの隣にある雑貨屋で自転車を借りて、湖のほとりの道をダムサイド地区へと向かう。

目指すは、パキスタンやインドですれ違った日本人バックパッカー達からさんざん聞かされてきたクチコミの有名店、日本食レストランである。


 旅を始め、日本を出てから7ヶ月が過ぎていて、その間僕は日本食と名のつく料理を全く食べていない。


 旅の宿で僕がヨダレを垂らさんばかりにして聞いてきた話によると、そのアニ―ル・モモ・レストランという食堂は日本人バックパッカー向けに特化していて、日本のものと全く変わらぬカツ丼があり、漫画 『 ドカベン 』 の単行本が全巻揃っているのだという。


 懐かしい食べ物と、日本語の活字と、当然そこに集まっているであろう旅行情報、こういうのは有効利用しておかないともったいない。


 たどり着いたそこには、当然日本人が溜まっていて、みんな黙々と日本の漫画や雑誌を読みふけっていた。

まるで学生街の定食屋そのものの雰囲気だ。

うーん、でも、こういうのに飢える気持ちはわかる、わかるぞ!


 カツ丼を注文して待っている間に、置いてある情報ノートを読んでみた。

前のヒトの情報や旅の感想に対する誹謗中傷が延々と書き加えてある、不愉快極まりないノートだった。

 僕ら日本人は英語が不自由で、その分欧米人バックパッカーと較べて情報収集の苦労が多いのだから、こうした先人の記録はすごく貴重なんだけどなあ・・・。


 パキスタン北部、カラコルム・ハイウェイにあった宿、バトゥラ・インの日本語の情報ノートは珠玉の緻密さと情報量で、日本人バックパッカーはなんて素晴らしい旅人たちなのだろうと誇らしくも思っていただけに、今回は非常に残念な気持ちがした。


 まあそれでも、落書きだらけの中から我慢して読み取ったトレッキングのメモによると、アンナプルナ方面への3、4日の軽いコースは独りでなんとかなりそうな感じだった。


 出てきたカツ丼は噂に違わぬもので、ちゃんとカツ丼の味がした。


 ううう・・・美味い! 日本食、ウマイ!



ボーダー vol.1―迷走王 (1) (双葉文庫 た 33-1 名作シリーズ)/狩撫 麻礼
¥730
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 ここで読んだこの漫画、非常に面白く読み応えがある作品だった。


 放浪の旅の途中にアジアのどこかで知り合った二人の日本人が、帰国した東京の街でボロアパートの便所に住むような最低の貧乏生活を送る目茶苦茶なストーリー。

 ふたりとも頭のネジがかなりユルんでいて、それが長い旅によるものなのか、それともそもそもそうだったから長い旅に出なければならなかったのかは不明ながら、見事に日本での社会生活からハミ出してしまっている。

 現役の長期旅行者としては、面白くもあり、自分の未来を見ているような不安もあり、引き込まれずにはいられないパワーがあった。

 バックパッカーが旅の途中のリアルタイムで読んだら、そりゃハマるわ・・・。


 その後の旅で、ポカラのこの場所で同じ漫画を読んだ日本人バックパッカーにネパールから遠く離れた場所で出会うと、お互いに心の友に巡りあったような気分になったものである。


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 まず、" グルカ兵 ” の名前に聞き覚えのない方は、Wikipediaの下記のページをご覧下さい。


Wikipedia contributors, "グルカ兵," Wikipedia, , http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%AB%E5%85%B5&oldid=18442667 (accessed 3月 31, 2008).


 では・・・



 ネパールに入ってから、僕にとってはここ何ヶ月かぶりの曇り空で、ヒマラヤの山々はなーんにも見ることができない。

この季節のネパールは天気が良いと聞いてきたので、なんとなく肩すかしを食ったような気分であった。

そういえば、『 深夜特急 』 の沢木耕太郎は雨季にインドからネパールに入り、カトマンズでずっと雨に閉じ込められて部屋でチャラスばかり吸っていたはずである。


 ポカラの宿はレイクサイドとダムサイドというふたつの地区に集中していて、僕が泊まっている豪華な宿はレイクサイドにあった。

 朝食をとって散歩がてら周りの宿をあたってみると、宿泊費の相場は100~150ルピー ( 200~300円 ) といった感じである。

ここポカラは湖のそばの風光明媚な土地で、観光立国のネパールでもとりわけヒマラヤへのトレッキングの出発地として開発されているのであろうから、そのせいで立派できれいな宿が多く、宿代もそれなりにするのかもしれない。


 僕が国境で予約して1泊した宿は1泊250ルピー ( 約500円 ) の、ゴージャスなツインルームであったが、正直言って僕の宿に対するこだわりは低料金というほぼ一点に集約されていたので、早速宿に戻って主人に もっと安い宿に移る と告げた。


 すると主人は、いま泊まっているバスタブ付のツインではなく、シャワー設備のみの部屋ならば150ルピーでいい とあっさりディスカウントしてきたので、それならば、と部屋だけ移動する事にした。

 部屋に専用のシャワーが付いていて、しかもそこからお湯が出るというだけで、もうじゅうぶんにありがたい。


 宿の主人と話をしてみると、彼はグルカ兵としてインドのアーミーに30年在籍し、そこで貯めたお金で引退後に3年間このホテルを借り受けて経営しているのだそうだ。

 初老の、朴訥そうな主人にはなんとも僕をひきつけるものがあって、夜などにも何度か話し相手になってもらった。

 僕の聞きかじった知識では、グルカ兵と言えば世界最強の傭兵と謳われる存在なのである。


「 軍隊生活では全てがシンプルで、真実とか、誠実、といった事がもっとも大切で、それは生命にかかわる事なんだ。

でも、ホテル経営のようなビジネスでは、そのやり方は通用しないみたいなんだ。

30ルピーで仕入れたものを、馬鹿正直に これは30ルピーだ と言ってしまっては、自分の取り分がなくなってしまう。


じゃあ、一体私はどうすればいいのだろう? 

ウソをつかねばならないのか?


私は、自分はこの商売に向いていないように思うよ。 」


 ホテルを借り受けた3年の期間のうち既に1年が過ぎ、かなりの赤字が出ているらしかった。


 レセプションに置いてあるホテルカードによると、僕が初日に泊まった部屋はデラックス・ツインと呼ばれ1泊25US$、替えてもらった通常のツインが1泊15US$という事になっている。

それをそれぞれ250ルピー、150ルピーまで値下げしないとお客が入らないと言う事は、実に80%OFFまでディスカウントしている計算になる。


 うーん、8割引料金・・・。


 生きていくというのは、勇者の彼にとっても一筋縄ではいかないという事なのだろう。


 あれから彼の契約期間はとっくに過ぎてしまっているのだが、元世界最強の傭兵は、現在どうしているのだろうか?

 穏やかな引退生活を送っている事を、あるいは、海千山千のネパール観光業界でも再び歴戦の勇士となっている事を、遠くここ日本で、心から願っている。


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 入国スタンプをもらった後、ネパール側に入るとすぐにバスの客引きがやってきた。


 ここからポカラへと向かうバスには、ムグリン経由とタンゼン経由というふたとおりのルートがあるらしかった。

ムグリン経由の方が道路の状態が良く、所要時間も短いらしいのだが、ポカラからカトマンズに向かう時に通る道とルートの一部が重複しているらしい。


 むう・・・。


 アジア地図の上に自分の通ってきたルートをペンでなぞり、ひとり悦に入っている僕としては、通り道は一筆書きの状態の方が好ましい。

たったそれだけの理由で、道路が悪く時間もかかるというもうひとつのルート、タンゼン経由のバスを選ぶ事にした。


 客引きはポカラでの宿の予約も勧めてきて、1泊250ネパールルピー ( 約500円 ) だと言う。

インドでは1泊100円を切る宿に泊まり続けてきており、ここにきて5倍の宿泊費はいかにも高いのだが、そこはそれである。

ヴァラナシの宿を出てから24時間が経過しているし、これから更に山道をバスで10時間以上揺られた後に、夜の街で安宿を探して歩くのはいかにも面倒臭いのだ。

次の日に宿を替わればいいや、という事にして、ここは客引きの誘いに乗っておいた。


 ポカラへの道中はグニャグニャした山道で道幅も狭く、バスはぜんぜん速度が出ない。

道標で計算したところによると、時速は15~20kmといった感じの、えらくのんびりとしたバスの旅であった。


 だけど、景色はどことなく日本の田舎にも似て懐かしく、通り過ぎる集落では民家の軒先や庭先をかすめて通るような感じであるので、車窓の風景が楽しく、結構退屈しないで過ごせた。

 所要11時間でポカラに到着。


 驚いた事に、なんとバスターミナルには予約した宿から迎えが来ていた。

 

 すげえ、ネパールでの500円っていうのは、やっぱりすごいんやわ・・・


お迎えの宿のヒトは僕をタクシーに乗せ(!)、到着した小さなホテルで案内された部屋は、バスタブ付のツインルーム(!)であった。


 わーお! 王さま気分!


 こうして、僕の旅の次なる国、ネパールでの冒険が始まった。

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